女性の生き方・女性の権利

2020年2月29日 (土)

セクハラ被害・リベンジに効果的な作戦とは?映画「スキャンダル」を見てきました。

 


映画パンフレットから

■ #MeTooの先駆けとなったスキャンダルの真相に迫る。

 2017年に#MeToo運動が始まる一年前の2016年、FOXニュースで上層部のセクハラが明るみに出ました。

 その顛末を描いた映画「スキャンダル」が日本で公開されました。

 映画は、告発後FOXから巨額賠償を得ることで和解したキャスターのグレッチェン・カールソンが秘密保持契約を締結し、事件の詳細を語れないため、現実に起きたスキャンダルに着想を得たフィクションとして製作されています。

 それでも、グレッチェン・カールソンやメーガン・ケリーがその名のままで主役として登場、非常にリアルな展開で、このスキャンダルの真相に迫ろうとしています。

 華やかな仕事の舞台裏でひそかに起こる長年のセクハラや度重なる侮辱に女性たちはどうリベンジしたのか?

 日本でも使えるヒント満載です。

■ 最も「ものを言える女性」のはずが

 米国でも最も「ものを言える女性」であるはずのニュースキャスター。

 しかし、実はセクハラ被害にあい、その被害を沈黙せざるを得ない状況が描かれています。

 加害者はFOXのCEOであり、TV業界の帝王と呼ばれたロジャー・エイルズでした。

 ニコール・キッドマン演じるグレッチェン・カールソンは、人気キャスターとして活躍しましたが、次第に閑職に追いやられ、ついに解雇。映画では「更年期の女なんて」とカールソンがエイルズから罵倒される屈辱的なシーンも描かれています。侮辱され、否定され、それでも働き続けないといけない。辛いですね。

 カールソンは解雇を告げられると、CEOの性的要求を拒絶したためにスポットライトのあたる場から追われたと主張、セクハラでCEOを提訴します。

■ ホットラインは有効か?

 カールソンの言い分に「でっちあげだ」何故なら、

FOXニュースにはハラスメントのホットラインが設置され、誰でも通報できる。これまで通報は一件もない

という会社側の言い分が当然予想されます。

 映画の中のカールソンは、反論します。

 ホットラインはCEOにコントロールされ、情報が寄せられてもCEOに筒抜けで、誰も怖くて声を上げられないと訴えます。日本でも、ありがちな話ですね。

 機能しないホットラインを設置している日本の大企業にもよくよく考えてほしいところです。

■ なぜ拒絶できずに性的要求に応じざるを得なかったのか?

 映画は、野心溢れるキャスター志望の女性と、シャリーズ・セロン演じるメーガン・ケリーが、CEOのセクハラ被害にあったことを明らかにします。

 なぜ拒絶できずに性的要求に応じざるを得なかったのか?

 ある日CEOに呼ばれ、大きなチャンスを期待して部屋に入ると、暗に、しかし威嚇的に、性的関係を強要される。

 彼にとっては何度も獲物をしとめてきた手慣れたやり方。でも不意を突かれた彼女たちには万事休すです。

 自分から見たら性的対象でありえないおじいさん。しかし相手はそう思っていない、虎視眈々と狙われていたのです。

 拒絶してその場を立ち去る自由はありますが、それはこれまで長年築いてきた夢とキャリアの終焉を意味します。

 家族やローンのことを思うかもしれません。計り知れない恐怖です。

 不意の出来事で熟考する思考能力もその時間も奪われ、従うしかない。

 罠にはめられる瞬間がどんなものであり、それがどれほど女性に選択肢を奪い、卑怯な加害なのかを映画はよく描いています。

 被害者の訴えは容易に理解されないので、彼女たちは責められることを恐れ、沈黙します。

 女性たちは競争相手で、弱みを見せられず、連帯もないのです。

 日本の報道現場や、多くの職場も同じではないでしょうか?

映画パンフレットから
映画パンフレットから

■ セクハラのカルチャーを覆すには?

 映画ではこうしたセクハラのカルチャーを覆すには何が必要かも教えています。

 まず、

 1)外部メディアがこのことを報道し、社会問題とすること。

 2)内部の顧問弁護士ではなく外部の第三者(法律事務所ですが)に調査委員会を作らせ、安心して話せる環境をつくること、

 3)被害者たちがみんなで名乗り出ること。

 しかし、決定打は

 4)'''カールソンがセクハラを迫る会話の一部始終を録音していたこと''(エイルズの弁護士談)

 でした。

 2)は会社側のあるべき対応として非常に参考になります。

 顧問弁護士や社内調査ではだめ、第三者調査が必要です(ちなみに、米国では今や、企業セクハラの第三者調査についてしっかりしたマニュアルが確立されています)。

 一方、1)、4)は(映画の)カールソンの戦略ですが、非常に有効でした。

特に、録音のような物的証拠は何より重要です。それが、2018年に日本で明るみに出た財務省セクハラ事件でも一つの決め手になりました。

 弁護士のところにセクハラ相談に来られても、録音のあるとなしでは、全然違います。

 働く女性には「危ないな」と思う対象に近づく前に、自衛と権利行使のために、録音をお勧めします。  

 そして、危なさに関する感度を上げること。自分から見て無害なおじいさんや善良に見える取材対象・取引先でも、安心せずに防衛することをお勧めします。

 映画のカールソンは、録音をずっととっておき、ついに解雇を言い渡されたときに、録音を使ってリベンジしたようです。

 まず、録音をもとに訴状を提出し、それをエイルズが全面否認したところで、動かぬ証拠として録音を提出する。これでエイルズは詰んでしまい、勝ち目はありません。

 用意周到な戦略ですね。日本でもセクハラの企業に対する賠償責任の時効は10年。悔しい思いをしても働き続けなければならないことだってあるでしょう。それでもリベンジできる時があるはずです。

 今後は日本でもそうなるといいし、そんなリベンジを恐れて、誰もが気安くセクハラをすることができない、そんな状況に追い込みたいものです。

  (でも録音できなかったからといって自分を責めないでください。できる人からやっていけばいいのです)。

■ 公共空間でのバッシング 

 

 メーガンは、トランプの女性蔑視を大統領選の討論番組で指摘した結果、トランプ本人から執拗にツイッターで攻撃され、会社は彼女を助けません。

 映画の終わりに、エイルズは会社を追われ、カールソンは巨額の賠償を勝ち取りますが、トランプは大統領選に当選します。

 権力は巨大で、対応は表面的、セクハラや差別の告発には大きなリスクが付きまとい、戦いの終わりは見えません。

 声を上げた人に対する仕返しのリスクは決して過小評価できません。トランプのツイッターでの攻撃たるやひどいものでしたし、それにあおられる人たちもいます。

 こうした公共空間でのバッシングは女性を傷つけ、追い詰めます。周囲のサポートや連帯がもっと必要です。

 セクハラの文化に立ち向かうために、「スキャンダル」は女性だけでなく男性にもみてもらいたい映画です。

 

主演女優たち(映画パンフレットから)
主演女優たち(映画パンフレットから)

■ 日本では告発はないのか?

 さて、日本ではなぜこうした告発を聞かないのか?被害がないのではなく、沈黙が続いているのです。

 セクハラの告発があっても、「スキャンダル」というほどの盛り上がりは見せません。

 しかし、セクハラ上司の被害者がたった一人だけ等、考えられるでしょうか?被害者はもっといるはずです。

 会社単位で声をあげられるようにするためにも、FOXの例は参考になるでしょう。

 より深刻なのは、誰かが必死に声を上げても誰も聞こうとしない、関心を待たない、という現状ではないでしょうか?

 そんな中で被害にあった人は孤立させられ、追い詰められ、沈黙したまま時を経ても深い傷を抱え続けます。

 日本のメディアの女性たちが最近出版した書籍「マスコミ・セクハラ白書」は、あまりにひどい日本のメディアでのセクハラの被害を告発しています。

  

画像

 FOXの女性たちだけでなく、声を上げた日本のメディアの女性たちにもエールを送り、一人ひとりができることを考える機会にしてほしいと思います。

 特に未来を担う世代のために!

※ 映画館で鑑賞される方は、ウイルス感染にくれぐれもご注意ください。

2019年1月19日 (土)

2月12日バレンタインチャリティーパーティーのご案内

寒い毎日が続きますね。一月の新年ってとても輝かしいですけれど、急にインフルエンザとか風邪、寒いから急に体調悪くなったりしがち。いかがお過ごしでしょうか。

でも、もうすぐ2月になり春が近づきます。

私の最近の近況としては、あと1ヶ月後に迫った

2月12日のチャリティ・ディナーパーティー

ヒューマンライツ・ナウ
Love and Human Rights
バレンタイン・チャリティーディナーパーティー

Photo

の準備でいろんな方々にお誘いをしております(^^)

https://hrn.or.jp/charityparty_2019/

なんと、ヒューマンライツ・ナウが初めて開催するチャリティパーティーなんですね。

これまでもネットワーキングパーティーは時々開催させていただいていたのですが、

 正式なチャリティ・パーティーは初めてです。

これまでのイベントと違って少し高めの価格設定なのですが、、皆様にご協力いただいて、是非、成功させたいと思ってます。

Mv_01

 これまでは「あまり高額のお支払をいただくパーティーって、ちょっと申し訳ないなあ」と思ってきました。

でも、今回開催することになったのは、より多くの方に支援をしていただきたい、理解をしていただきたい、そして、団体をもっと成長させたい、と思うからなのです。

日本の市民社会はどうしても資金力が足りなくて影響力が足りないと言われています。

特に人権団体にはお金が集まりにくいです。

でも、そんな中で人権団体があまり活動をできないと、人権意識も高まらなくてみんなが苦しんでしまう、、そんな負のサイクルを変えたいなあ、と思うんですね。

 例えば、お金を使うのでも、教育や貧困、途上国の現場の支援、そんなところにカンパを送られる方もいるかもしれません。でも人権侵害の構図の一番末端で起きてしまっていることを何とかするためにも、そうした問題を生み出している、構造そのものや仕組みを変える、そうした構造だったりカルチャーを許してしまっている、その部分を変える努力をしていく必要がある、と私は思うんです。

みなさんがちょっとお金の使い先に民間セクター、なかでも人権NGOへの寄付を考えていただけたら。。。それはきっと未来に人々が大切にされる社会をつくるための投資になると思います。

そしてそれを若い世代にバトンタッチしていきたい。ヒューマンライツ・ナウには、それこそ毎日毎日、すごいたくさんの人権の相談が来て、まるでオフィスは社会の縮図、「みんな私たちのことを公的な機関(Institution)と思っているかな」と思ったりします(^^)

 ご要望にお応えするために、毎日がんばっていますが、でも私も生身の人間だし、持続可能にやっていくためには個人の努力だけではだめで、団体が大きくなって、若い人たちを育てて、次世代にバトンタッチしたいなあ、と思います。

 チケット18, 000円(1月申し込みの場合)って、一日にすると50円なので、数ある支援先の中から一部だけ、ヒューマンライツ・ナウもお金の使い道に含めていただけたら、もっと大きな変化を作れるんじゃないかな、と思います。

 そして、パーティーですから、新しいつながりもできる。かけがえのない友達とか、新しい発想とか。

 バレンタインデーは愛の一日ですが、こんなパーティーに出て愛を感じる素敵なバレンタインデーを過ごすのもいいのではないかな、と思います。

 みなさんのご参加お待ちしてます!

#新しい出会い

#真っ当なNGOにお金を

#バレンタインの過ごし方

開催概要

 

日時   2019年2月12日(火) 19:00〜21:00
場所   シャルマンシーナ TOKYO
       東京都渋谷区神宮前4-5-6
シャルマンシーナ TOKYO
参加費
20,000円 (2月以降お申し込みの場合)
18,000円 (1月31日までにお申し込みの場合)

当日は愛の気持ちを表すために、赤いものを一点身に着けてご来場ください。
主催/連絡先
                        認定NPO法人ヒューマンライツ・ナウ
Tel:03-6228-1528
                        Mail:event@hrn.or.jp                     

呼びかけ人

久保利英明 濱田邦夫 菊間千乃 国広正 寺尾のぞみ 伊藤真 道あゆみ 大西基文 ほか

トークセッション

ひとりひとりの人を大切にし、
豊かな社会につなげる
〜企業が取り組む人権活動のご紹介〜

株式会社フジテレビジョン / 報道局員 阿部 知代 氏
株式会社マネーフォーワード / 取締役 瀧 俊雄 氏
株式会社メルカリ / ビジネスリーガルチームマネージャー  上村 篤 氏
LINE株式会社 / 公共政策室社会連携チーム 松根 未和 氏                

チャリティ・オークション

                

著名人の方にご協力を得て出品いたします。

参加申込

 

下記のボタンからお申し込みください。(外部サイトへ移動します)

https://2018hrn-charityvalentine.peatix.com/

Cover9gjc2kb0bhhycnu9iaufwjjfux6gax

上記方法が困難な方につきましては以下の方法でお願いいたします。

  •                         事務局へ連絡
    Mail:event@hrn.or.jpもしくはTel:03-6228-1528
    件名を「チャリティパーティ申し込み」として
    お名前とふりがなをご明記のうえご連絡ください。                     
  •                         参加費の振込み
    銀行名:三菱UFJ銀行 普通口座
    支店:上野支店(337)
    口座番号:5466424
    口座名:トクヒ)ヒユーマンライツナウ

 

2019年1月16日 (水)

強制結婚からの自由を求めたサウジの少女。なぜ国際政治が動き、カナダ政府に受け入れられたのか。

第三国の受け入れが決まり、安堵の表情を浮かべるクヌーンさんのツイッター投稿

新年あけましておめでとうございます。

 今年は早々から、女性の権利を巡ってひどいニュースが相次いでいますが、新年はちょっと明るいニュースからスタートしたく、海外の記事をご紹介します。

■ サウジアラビアの女性をタイで国連が保護

新年早々、タイの国際空港を舞台に以下のような出来事があり、世界中が大きな関心を寄せてきました。NHKが報じています。

サウジアラビアの女性が、親から強制的に結婚するよう迫られたとして、海外への逃走を図り、タイの空港で拘束されましたが、「送還されたら殺される」などと訴えて国連が保護する事態となっています。

サウジアラビア出身の女性、ラハフ・クヌーンさん(18)は6日、家族と隣国クウェートに旅行中に1人で抜けだし、タイの首都バンコクに向かいました。

タイの当局は、家族からの通報を受けたサウジアラビア大使館の要請を受け、空港でクヌーンさんのパスポートを没収したうえで、空港内にあるホテルで拘束しました。

クヌーンさんは、ツイッターで「送還されたら殺される」などと訴え、タイの当局が事情を聞いたところ、親に強制的に結婚するよう迫られたため逃走を図ったと説明したということです。

この問題については、欧米メディアなどが大きく取り上げ、UNHCR=国連難民高等弁務官事務所が対応に乗り出し、クヌーンさんを保護する事態となりました。

出典:NHKニュース

 サウジアラビアをはじめ、中東の一部地域では、少女が親によって強制的に結婚させられるしきたりがいまだに根強くあります。

 そしてそうした一家のしきたりに従わなかった場合、そのような不名誉な女性が家族にいることは「一家の恥」として、家族の名誉のために、家族が女性を殺害していまうこともしばしば発生します。これを「名誉の殺人」と言います。

 そして、いったん結婚してしまえば、女性は様々な自由を奪われてしまい、厳格なシャリア法のもと、女性からの離婚は制限され、不貞を疑われれば、むち打ちの刑等を処せられます。

 そのため、結婚を拒絶して、逃げおおせるには、海外逃亡しかない、とこの女性は考えたのでしょう。そして、名誉殺人の習慣を考えれば、「送還されたら殺される」という訴えはまさにリアルなのです。

 彼女の訴えは、少女のわがままでもなんでもなく、自由と生き死にに関わることだったのです。

 ちなみに、サウジアラビアといえば昨年、女性に自動車運転が解禁される、という前向きなニュースが流れましたが、女性の人権のために活動していた人たちが拘束されたり、10月には著名なジャーナリストが殺害されるなど、人権問題については非常に闇が深い国です。

■ クヌーンさんがTwitterでSOS。世界に支援が広まる。

 クヌーンさんは、普通の18歳の少女。

 マララさんのような国際的に著名な人ではありませんでしたが、今年1月はじめに彼女がタイで拘束されて以降、急速に国際的な支持が広まり、彼女の状況が世界の主要メディアで報道され、国際関心事となりました。

 先ほどのNHKニュースに

タイの当局は、家族からの通報を受けたサウジアラビア大使館の要請を受け、空港でクヌーンさんのパスポートを没収したうえで、空港内にあるホテルで拘束しました。

 とありますが、ホテルに拘束された後に彼女のとった行動が世界中に知られることになったのです。

 彼女はTwitterで発信を始めたのです。

 彼女のツイートは1月5日に始まります。最初はアラビア語で書いていましたが、次第に英語で発信し始めます。

 訳すると、「私はクエートからタイに逃げてきた少女です。私は大変な危機的状況にあります。サウジの大使館が私を強制的にサウジアラビアに帰国させようとしているから。私は空港で乗継便を待っています。」というものです。このツイートがリツイートされ始めました。

 次に、彼女は自分の顔写真を自撮りしてツイッターにアップ、Rahaf Mohammed Mutlaq Alqununという名前も明らかにします。

 彼女は「失うものは何もないから、私のすべての情報を明らかにする」と宣言して、こうした情報を公開し、国際社会に助けを求めます。

 するとこのツイートはまたたくまに世界中でシェアされ、現地人権団体や国際的な報道機関が彼女と接触、国際的な応援の声がツイッター上で広がりました。

 1月6日には彼女を強制帰国させるクエート行きの航空便が手配されているなか、彼女は公式に自ら、国連の介入を求めました。

 さらに、タイ警察に対し、ノン・ルフールマン原則に従い、タイで難民申請手続きを開始してほしい、と訴えました。

 「ノン・ルフールマン原則」とは、生命や自由が脅かされかねない人々(特に難民)が、入国を拒まれたり、強制送還されることを禁止する国際法上の原則です。18歳の少女がこうした手続について話せる、というのはすごいと思います。

 こうした彼女の訴えを受けて、1月6日にはさっそく、署名サイトChange.orgで、彼女を助けようという署名が立ち上がりました。この署名サイトは数日間で9万人以上が署名し、国際問題になったのです。

 勇敢な少女のツイッターでの発信と、それに答えたインターネット上の国境を越えた支援の広がりによって、彼女の実情は世界中の主要メディアによって報道されるようになり、国際的な関心事となります。

 この日、彼女自身のツイッターアカウントの発信はきわめて活発で、ツイッターを駆使して世界中に事態を訴え、サポートを求めました。別の国に暮らす彼女の友人もアカウントを一緒に管理して、彼女の情報発信を助けました。

■ 国連が保護し、カナダが受け入れるまで

 1月6~7日の間に既に彼女はタイの弁護士にコンタクトを取り、弁護士が彼女に対する強制送還を差し止めるための仮処分申請をしましたが、残念なことにタイの裁判所はこれを認めませんでした。

 彼女の乗るクエート行きの飛行機が手配され、彼女は強制送還されてしまったのだろうか、と多くの人が心配していましたが、彼女の友人が彼女に代わってTwitterを更新。彼女はまだタイにいて、助けを求めている、と訴えるビデオメッセージを発信しました。

 ここから国際政治と国連が動き出します。

 1月8日に国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、スイス・ジュネーブで会見。

「クヌーンさんは現在、タイの安全な場所で国連の保護下にあり、国連が難民として認める手続きを進めている」としたうえで、「国連は人々が危険にさらされると感じる場所に返還することはしない」と強調

出典:NHKニュース

 したと報じられています。

 実は、タイは難民条約を批准していません。ではタイで助けを求めた人は難民になれないか、といえば、そうでもないのです。

 UNHCRが難民と認めた人(マンデート難民といいます)にはUNHCRとして事態に介入して、保護を進めていく、ということになるのです。

その後、国際社会の支援が一気に進み、クヌーンさんはカナダへの受け入れが決まりました。その経緯は、以下のとおり報じられています。  

UNHCRは詳しく話を聞いた結果、クヌーンさんを難民に認定しました。

  これを受けて、カナダとオーストラリアが受け入れを検討する考えを示していましたが、タイの当局は11日夜、会見を開き、クヌーンさんがカナダを選び、タイを出発したことを明らかにしました。クヌーンさんは今後、カナダ政府とIOM=国際移住機関の保護を受けることになるということです。

出典:NHK

 

 こうしてクヌーンさんは、無事にカナダで受け入れが決まり、12日には無事、カナダに到着しました。

 ピンチに屈することなく、知力と気力を尽くして本当によくがんばり、国境を越えた素晴らしいキャンペーンに支えられ、自由を得ることができたのです。

 

画像

(クヌーンさんの命綱となったツイッター。今やフォロワーは17万人を超える。)

■ 考えたいポイント

この件は、何よりも若いクヌーンさんのSNSを活用した、最後まであきらめない勇敢な行動が国際的な支援を呼び、最終的に国連が動いて彼女の自由をサポートした、という点が現代的でとても新しい難民保護の事例といえるでしょう。クヌーンさんには本当に大きな祝福を送りたいと思います。

そのうえで、今回の経過を振り返って、私たちが考えてみたいポイントがいくつかあります。

(1) まず、国連がクヌーンさんを難民として認定したことについてです。

これまで難民といえば、政治的な迫害を受けた人々、と考えられてきました。しかし、近年では、女性やLGBT等、ジェンダーやセクシュアリティに基づく迫害・差別によってクヌーンさんのように強制結婚や名誉殺人の危険にさらされたり、LGBTであることを理由に処刑の危険にさらされる人たちがいることがクローズアップされるようになりました。

 そこで、近年では、UNHCRや欧米諸国もこうしたジェンダーやセクシュアリティに基づく迫害を受けた場合も難民として認めよう、という認識が共通になりつつあります。

 クヌーンさんがすぐに難民と認められたのはこうした経緯によるものです。

 日本も是非これを見習ってほしいものです。

(2)   もうひとつのポイントは、タイが難民として引き受けない場合であっても、第三国が引き受ける事例があるということです。

 この場合、カナダとオーストラリアは早々と、自分たちがクヌーンさんを受け入れます、という意思表明をしました。

 これは日本語では「第三国定住」、英語ではResettlementという制度です。

 難民受け入れ先進国は、自国に直接訪れて庇護を求めてきた難民を受け入れるだけでなく、人道目的から積極的に、他国にいて苦しんでいる人を難民として受け入れる国際貢献をしてきました。

 特にカナダはこうした難民の受け入れに積極的です。

 この二国の受け入れ表明を受けて、クヌーンさんが選択権を認められ、カナダに行くことを選んだのです。

 日本は全く蚊帳の外で、NHKはしばしばこのニュースを伝えていましたが、日本が受け入れる、ということは全く考えていなかったようです。そもそも日本は「第三国定住」はきわめて限定されており、今はミャンマー難民受け入れ等のプログラムが試験的に実施されているだけで、広く世界中で困っている人を積極的に第三国定住で受け入れるシステムがないのです。

 そのため、こういう時にあまり役に立たないのです。

(3)  そして、仮にクヌーンさんが訪れたのがタイでなくて日本だったらどうなっていたでしょうか。

  日本の難民認定率はきわめて低く、2017年で、たったの20人にとどまっています

 たったの20人! です。

 しかも、いま世界で大問題になっているロヒンギャの人たちも難民として認めない姿勢を貫くなど、クヌーンさんが訴えていたノンルフールマンの原則に関する理解も十分でないのが現状です。

 難民認定の要件が著しく厳しい日本では、クヌーンさんが難民として受け入れられたか、しかもこんなに迅速な対応がされたか、といえば、そうはならなかったでしょう。強制送還されていたかもしれません。

 しかも、難民申請者への収容方針がとても厳しいですので、携帯電話も取り上げられて収容され、Twitterのキャンペーンなどすらできなかったかもしれません。

 そして、仮に国連が介入したとしても、タイのように国連と緊密に協議のうえ、カナダに引き渡す、というような柔軟な采配を取っただろうか、といえばそれもクエスチョンマークです。日本は難民の受け入れについて国際的なスタンダードから大きくかけ離れているのです。

(4)  ここからは全くの仮定の話ですが、仮に、万が一、日本が受け入れを表明したとして、日本は選んでもらえたでしょうか。

 このように難民の受け入れが少ない国、そして、ジェンダー平等も進んでいない国に来たいと思ったでしょうか。

 ちなみに、2018年のジェンダーギャップ指数でカナダは16位、日本は110位、サウジアラビアは141位です。

 カナダのトルドー首相は自らをフェミニストであると言い続け、昨年発生したサウジアラビアの人権活動家の拘束に対しても、毅然と声をあげ、サウジアラビアと関係悪化をしても姿勢を貫いてきました。

 こうした事情を聡明なクヌーンさんも知っていたのかもしれません。自分が命を懸けて逃げ出し、たどり着く国が、女性の権利を大切にする国なのか、女性の権利に関して一本筋を通している政府かどうか、を若い女性は見極めるのではないでしょうか。

 こう考えると日本の現状が大変悲しくなりますが、日本が海外で迫害され、困っている人たちを受け入れる、そして選ばれる人道大国であってほしい、と私は願います。

■ サウジアラビアや中東で生きる女性や少女たちの未来のために

 

 今も世界で続く強制結婚や名誉殺人などにより、多くの女性たちがとても不自由なおびえた生活を強いられ、場合によっては暴力にさらされ、殺されています。そうした女性を難民で受け入れるということは本当に国際貢献の第一歩というべきでしょう。

 日本もこうした貢献のできる国に早くなってほしいと心から願います。

 今回の事件では、クヌーンさんの勇気と知性、行動力は驚くべきもので、伝統的なサウジアラビアの女性像を大きく覆し、世界が称賛しました。彼女のように知性と勇気を兼ね備えた女性たちがサウジには確実に育っている、そのことはとても頼もしい、勇気づけられることです。他方でそうした女性たちに強制結婚などの旧来のしきたりを押し付けようとする伝統社会の理不尽さが一層浮き彫りになりました。

 今後も、若い世代と伝統社会の対立は深刻になっていくことでしょう。

 日本からも私たちにできる、中東の少女や女性たちの未来を応援できるサポートを是非考えていければと思っています。

参考: ヒューマンライツ・ナウが2018年に公表した報告書(英語)

  http://hrn.or.jp/news/14306/ サウジアラビアは88頁から。

                                        (了)

 

 

2018年12月31日 (月)

交際相手・結婚相手には、はっきり言いましょう。最初が肝心。

若いころの恋愛の失敗から得た教訓についてお話します。

若いころにつきあっていた人に対する不信感が募り、別れる頃には「大嫌いな人」になっていました。なぜそんなことになったのか。その頃私は恋愛というものがわかっていませんでした。
「おかしい」と思ったことをその場で言わずに飲み込んだこと
それが原因です。
彼氏の発言の中で「これはおかしい」と思うことがありますよね。
しかし、まあいいかと思い、言わずに飲み込んでしまう。そうすると、それは「同意」と受け取られてしまいます。
例えば「女の子は甘いものが好きだからね」というびっくり発言。
別に甘いものが好きじゃないし、女の子でひとくくりにされることに違和感がありました。
でも、「うん」と言ってニコニコしている。
はっきり言う女の子は嫌われる、とか、わがままと思われたくない、とか
その人は年上だったので、意見すべきじゃない
伝統的な考えを持っているけど、別に悪気があるわけじゃない、
男の人はわかってないから仕方ない
などのないまぜな気持ちがありました。
しかしこれは「おかしいな」と思ったら早いうちに修正しないといけません。
その後、機嫌をとるために何度か甘味屋に連れていかれました(^^) なんか馬鹿にされてる気がしますね。これは笑い話ですむレベルですが。。。
最初はちょっとしたずれが、どんどん拡大します。
気が付いたら、同じ新宿駅から出発していても、埼京線(例えば戸田駅)と中央線(国立駅)くらい遠い彼方に離れてしまい、共通点もなく、会話も成立しなくなっていくのです。
これにはびっくりしました。
最初は「まあ、別に目くじら立てる必要ないよね」くらいで飲みこんだことが、
三か月くらいたつと「この人こういう人だから」となり、「これはいけない」と是正を試みようとするけれども修復の余地もなくなり、だんだん憎しみのように黒くて固いものが心の中に出来てしまうのです。
そして、「おかしいな」「違和感がある」と思ったことを心の中で反芻し、くよくよし、かみしめ、どんどん不信感を募らせてしまいます。特に結婚前は、単なる交際でも「この人と一生パートナーとしてやっていけるか」と悩む時期ですので、余計ですね。
最後のほうは、会話が成立せず、苦笑いをするしかない、すべての反応が疎ましく見えて、怒りを感じる、という感じになっていたのです。
別にデートDVやモラハラがあったわけではありませんが、好きだった人が一年もしない間に大嫌いになったのです。
このような絵にかいたような経験をした私は、大きな教訓を得ました。
これは別にその人が悪かったわけではなく、はっきり言わなかった自分が悪いのです。
相手の偏見や嫌なことに対して、NOと言えなかったために、関係性のなかでそれを助長してしまったのです。
そこで私はその後は、嫌なことがあれば最初に言って解決することにしました。
ちょっとしたことでも最初から言って、解決するようにしました。
嫌なこと、許せないこと、気に障ることは、その都度、どうしてそれが嫌なのかはっきり説明しました。
あなたが好きだから、ずっと仲良くいたいから、知っておいてほしい、と真剣に話すと、ちゃんと聞いてくれます。聞いてくれない人はそこでおしまいにしたほうがいい。
最初のうちにそうしておくと後々問題は起きなくなります。
これはとっても大事なことです。
されて嫌なことを、飲みこんでしまうことから、我慢してしまうことから、
DVやモラハラもうまれてしまいます。
我慢することで女性は損をしてしまうのです。
交際したばかりの小さなことから、地獄の芽は生まれます。
是非皆さんにお伝えしたいと思いました。

2018年12月30日 (日)

大事なこと・女性はリハビリテーションセンターではない。

Photo

ジュリアロバーツの言葉。とても大事なので、ご紹介します。

明日少女隊さんが訳されています。

女性は、悪く育った男性のリハビリセンターになってはいけません。
男性を正したり、変えたり、子供のように手を焼いたり、育てたりするのはあなたの仕事ではありません。
あなたはパートナーが欲しいのであって、プロジェクトが欲しいわけではありません。
#ジュリアロバーツ 
#結婚 #恋愛

これって本当に大事なことです!!!
私が担当してきた離婚事件で痛感するのは、母性本能でトゲトゲした男性と結婚してしまい、結局傷つけられてしまう女性たちです。

DV被害に遭う女性の多くが、男性を自分の力で変えようとします。
優しくないところや暴力的なところもつつみこもう、のみこもうとします。

でも、結局うまくいかないケースをたーくさん見てきました。

女性まで不幸になり、子どもも不幸になってしまうのです。
若くて自信のある女性ほど自分を過信して「私の力で変えてみせる」「私が彼を幸せにする」と誤った判断をしてしまうけれど、パートナーの性格まで変えることはとても難しいです。

1日1回くらい肝に銘じたい格言です。

あなたを犠牲にして尽くす必要はないんです。

あなたには自分が幸せになる必要があるし、あなたと一緒に笑ってあなたをケアして、

あなたに優しくしてくれるパートナーと一緒にに過ごす権利があるんです。

そのためには屈折していない、「何を考えているかよくわからない」というようなことのない、

朗らかな、優しい男性を選ぶことを、私はお勧めします。

2018年12月29日 (土)

広河隆一氏に対する告発について

広河隆一氏に対する告発について

 1226日発売の週刊文春で、広河隆一氏から性被害にあった方々の告発記事が掲載されました国際的な人権にかかわるフォトジャーナリストとして著名な広河氏への告発は極めてショッキングな内容でした報道内容については、本人も一部をオフィシャルサイトで認めています。

高い志を持って広河氏を尊敬しフォトジャーナリストを目指してきた女性たちを性的に踏みにじる性暴力行為があったことを知った時には、ただ、ただ愕然としました。

私自身、人権に対する活動で広河氏と一緒に行動する機会のあった者として、その陰で行われていた人権侵害に今まで全く気づくことができなかったことを、被害者の方々に心からお詫び申し上げたいと思います。

私が広河氏に最初に会ったのは2010年頃でした。以後会う機会は年に1度か2度でした。Days Japanに訪問したのは2016年頃の一度だけでしたが、私は人権を守る観点に立ってフォトジャーナリストとして活躍する広河氏に対する尊敬の気持ちを抱いており、そのことを公にしてきました。そのことで、被害にあった方々が私に相談することを躊躇してしまっていた可能性もあるのではないかと思うと心から悔やまれます。

 当事者のご承諾をいただきましたので、私がこのことを知るに至った経緯をご説明します。

 記事掲載の直前に、被害者のお一人から、被害にあったこと、他にも被害に遭った方々がいること、信頼のおける方の取材に応じる形で告発する予定であることについて話を聞きました。

 話をお伺いする中で苦しかったのは、被害者の方々にとって、国際的な人権に関わる活動をしているという広河氏の社会的な立場が圧力となり、「自分が間違っているのではないか」、「告発することで、社会的に良い活動を潰してしまうのではないか」と考えてしまい、事態を明るみにするのが難しかったということでした。私自身、そうした圧力の一部であったのではないかと自責の念に駆られました。

 私は告発する女性たちの立場に立つことを明確にお伝えし、彼女の意思を尊重してきました。被害者の皆さんはそのとき既に、取材を通じて告発することを決められていました。

 私は、被害者に対するバッシングや、個人を特定されるなどといった二次被害が、報道直後に発生することのないように、できる限りのことをしながら、今日まで推移を見守ってまいりました。

 今もご相談を下さった方とはお話しており、ご本人の意思を大切にし、彼女たちを守れることは今後も、何でもしたいと思っております。

 今回の件ではいろいろな思いがめぐります。二度とこのような被害を出さないために、私自身考えなくてはいけないことが山ほどあります。被害に遭われた方々のことを思うと、広河氏と連携した活動に関与してきたことを通じて、加害者を助長させてしまっていたかもしれないことへの責任を痛感しております。

 そして、性被害をなくすことを一つの目的に掲げて活動しながら、未だ非力であることについても申し訳ない思いでいます。

 2019年、そして将来、夢をもつ女性たちが同様の性被害に苦しめられることを少しでもなくせるように、自分ができることを淡々と続けていくしかないと思います。ひとつひとつ、目の前のできることに丁寧に取り組んでいけたらと思っております。

まずは被害に遭われた方々が、少しでも安心し、その傷を癒すことができるよう、出来る限り寄り添った活動を続けていきたいと思っております。

 

20181229

伊藤和子

2018年10月 7日 (日)

キズナアイから考えること。

NHKの「キズナアイ」解説が問題になっていますね。
色んな人がヤフーでも書かれています。

ノーベル賞のNHK解説に「キズナアイ」は適役なのか? ネットで炎上中

https://news.yahoo.co.jp/byline/sendayuki/20181003-00099158/ 

確かに「萌え絵」と言われるもののなかに、女性から見て不愉快なものもあります。
女性をめぐる表現というのは、みんなが違和感を表明したり、クリエイターの中でも女性が増えたりして、いろんなディスカッションを経て鍛えられて行くものであり、議論は大歓迎。
この問題を提起した太田啓子さんや千田ゆき先生に、非難が殺到したり、それを理由にフェミニズム一般を批判するような動きってとても残念だと思います。
でも、
気になって(というかちょっと時間が出来て)見てみると、
「キズナアイ」
胸が大きいとか、おへそが出ているとか、受け答えの仕方を理由に、
性的だと言われて、こういうところに出てはいけないと言われるのはかわいそうではないか、と私は思うのですね。
知的好奇心のある若い女性ってもしかしたらこういうタイプの人、結構いるのではないでしょうか?
よく考えると
私も20代の頃はこんな感じだったかもしれません。
胸は大きかったし、修習生から弁護士になったばかりのころは、キャピキャピしており、受け答えはキズナアイのようだったと思います。
当時のはやりもあり、服装も周囲をびっくりさせていたようです。
そのため、年上の女性の人たちからは軽く見られたり、周囲から「こんなやつが弁護士になっていいのか」と陰で言われたりして辛かったからですね。
確かに、私は地味なスーツを着たりしていなかったのですが、それは私の個性だと思っていたし、実力本位の自由業についたにも関わらず、自分の好きな服を聞いて好きな振る舞いをしていることプラスそれが女性だからということを理由に差別されたり軽くみられるのはひどいと思っていました。それはひとつの女性差別かと。
女性が女性であること、女性が好きな服装をすることが性的だとか問題だと言われて公の場から排除されたり差別されること、見下されることに対して、怒りを感じていました。
また、20代の頃に、女優の 裕木奈江さんに似ていると言われていたことがあったのですが、彼女は、主婦層から「ぶりっ子」と思われてバッシングされてすごく嫌われ、
芸能界からいなくなってしまい、とても怖かったことを覚えています。
そんな経験からも、
仮想のキャラを叩くと、似たような実在の女性も公的な場から排除されてしまいそうで、心配です。また、批判をされないために、人目を気にして地味な格好をする、目立たない格好をする女性が増えるのも心配ですね(弁護士業界はどんどんそうなっているようにも思いますけれど。残念です。著明な五十嵐二葉弁護士がお若いころは女優のような服装で裁判所に行き、裁判官に注意されても平気でいたそうです。福島みずほ先生も議員になる前からピンクなどのカラフルな服を着ていて、ルールにとらわれず、業界からは浮いている感じでしたが、私は好きでした)。
また、見た目がセクシーだとみなされると性被害に遭っても仕方がない、という議論にもつながりかねず、危険ですよね。
エマ・ワトソン
が胸を見せたのは、反フェミニストなのか、という論争も起きましたが、女性があるがままにあることを批判されるべきではないと私は思います。
 ところで、
今度改めて書きたいと思いますが、私は、ハリウッド映画の
「キューティーブロンド」
が好きなんですね。「キューティーブロンド」、おバカ映画ではありません。お勧めします。
 リース・ウィザ―スプーン演じる主人公エルは、ハーバード・ロースクールに進学しますが、その見た目や立ち振る舞い、ブロンドやファッションから、教授やボーイフレンドからも見下され、ハーバード同期の女子学生からも軽蔑される。
 彼女は、彼女の見た目を気に入っていたボーイフレンドが、実は彼女を見下していたんだ、ということを知り、猛烈にファイトを掻き立てられるんですね。
 そして、彼女はものすごくがんばって頭角を現すのですが、それにも関わらずセクハラを受けるというものすごい理不尽を体験する、でもそれを乗り越えて彼女は首席で卒業するという痛快な話です。
 ここで彼女が体験することは典型的で普遍的な女性差別ですが、女性はこうした偏見や差別とたたかわないといけない。
 だから、女性を表面だけで判断するのではなく、その想いを理解しあって、励ましあっていかないといけないな、といつも思います。
そして、痛感するのは、キズナアイのようなキャラ、それが象徴する若い女性は
どんなに頑張って愛されキャラになり、人気があっても、
もてはやされている陰で結局はある意味で馬鹿にされている、これが女性差別の本当に悲しいことなのです。
(キューティーブロンドを是非見てほしい)。
がんばって学校に行き社会に出て色んなことに挑戦するのに、
見下され、差別にあい、痴漢にあい、AV強要にあい、セクハラにあい、レイプされる
私の事務所に相談に来る女性たちもそうです。
あんなにキラキラしているのに、キラキラしているが故にひどい目にあい、
ひどい目にあった途端「あなたには隙があった」と同性からも言われてしまうのです。
だから、私の場合は弁護士の資格をとり、一人前に実力をつけようと必死になりました。
馬鹿にされないためには、自分を守る鎧が必要なのが、この差別的社会です。
でも私はかなり資格によって守られてきたと思いますが一般はもっと厳しく、どれだけの女性がどれほど悔しい思いをしていることだろう、と思います。
みんなで手を取り合って、この差別社会をなんとか変えていきたいですね。

2018年8月20日 (月)

どうして女性差別と戦うの?

 今、私は女性の権利の問題に取り組んでいるのですが、実は昔からフェミニストだったというわけではありません。

 小さいころはとにかくおとなしくて引っ込み思案。
 そもそも前に出たい、という要望がありませんでした。
 だから女性だから差別されるというより、おとなしいから損をしている(自分ではそうは思わなかったけれど通知表に書いてあったかな)という感じだったと記憶しているのです。
  できれば前に出ることなく無難に過ごしたい、誰の目にも止まらずに、楽して暮らしたい、そんな性格でした。
 加えて以前にも書いた通り、大変不器用でしたので、女性だからというより、自分の特性として生きづらさがあったように思います。
 それでも高校、大学と性格がどんどんかわり、ようやくやりたいこと、やれることが増えていった私。
 特に早稲田大学は自由な大学でしたし、大勢の男性の中で女性は少数だったですし、法学部、という権利について勉強する場で権利意識にも目覚めてしまい、やりたい放題だったと記憶しています。ですから、女性差別に遭遇する機会がありませんでした。
 最近、「今まで女性差別を経験したことなんてない」と語る女子学生がいてけしからん、という論調がネットでフェミニストの方々から発言されていますが、私は典型的にそのようなけしからん鈍感な学生だったことでしょう。
 これで就職活動をすれば、きっと挫折をしたのでしょうが、就職活動というのは諦めていました。
 なぜなら私は不器用でしたし、コピー取りやお茶くみ、経理等の仕事が苦手でした。
 当時はバブル絶頂期で均等法は施行されたばかり。そして、ワンレン・ボディコンの時代でした。
 バンカラな早稲田の自分の周辺は通用しても、ワンレン・ボディコンとはほど遠い。でも、「私は私」という感じで、別に目指しもしませんでした。
 ワンレン・ボディコン・ハイヒールの、やる気に満ち溢れた勝気できれいな女性たちが総合職を目指しているなか、きっと社会でエリート女子どうしの熾烈な女性の戦いがあるであろう、そんな場面にはちょっと耐えられないな、と思ったのです。
 きっとその戦いの漁夫の利を得るのは男性たちや企業であり、女性は頑張りすぎた後で体を壊してやめてしまうだろう(特に私のような根性のない者は)と思ったのです。
 私はひのえうま年で、競争に巻き込まれずに生きてきました。そのため受験でもあまり苦労せずに生きてきたのです。もともと小さい時から勝気な少女ではなく、大学でも男性が多いという特殊条件で、比較的甘やかされていたのです。
 私のような不器用な者が差別されずに生き残っていくには資格、司法試験しかない、ということだったんですね。
  司法試験は厳しい試験ではありますけれど、世間は女性が死闘を演じているというのに、自分はそこには加わらず(競争には到底耐えられず)、競争を降りる、資格をとって楽したいな、という安易な気持ちがあったと思うのです。
  私は勉強は得意でしたので、司法試験は何とかなると思ったのですが、2回一次試験で落ち、その時が私のいわば初めての社会における挫折でした。
  気が付けば、大学を卒業した無職のプー太郎。自分を見失いました。そんな時に支えてくれたのが、中学高校時代の友達でした。
  励ましてくれるのです。
  以前、ラジオのインタビューを受けたときに話したのですが
  「大学を卒業して、仕事もなくて、プー太郎で勉強していて、、、本当に受かるかどうかわからないとうい時は、絶望的な気持ちになりました。その時、「自分も弱い存在なんだな」と思いましたね。そんな状況の中、周りの友達が励ましてくれたのがとても大きいかったです。だから、「自分は弁護士になったら人を励ます人になろう」と思いましたね。」
http://hrn.or.jp/media/1400/
 特に言われたことが、「弁護士になってほしい。試験にちょっとくらい落ちたからっていいじゃない、がんばりなさいよ。私たちさ。。。社会ですごく差別されて本当に悔しいんだから。大変なのよ」「女性の地位が低いって、社会に出て初めて愕然としたよ。でも自分にはこの環境、何ともできない。だから、弁護士になって。こういう状況をなんとか少しでも変えてほしい」
  ということ。その時に、自分の資格というのは単に自分のものだけじゃなくて、他の人の願いをかなえることでもあるんだ、という思いになったのだと思います。
  このことは結構私の中では大きかったと思います。
 しかし、その後、弁護士になってからも、特殊な世界、当時は弁護士500人時代で、新人は金の卵のように大事にされ、私のような若手の女性弁護士は差別をされるどころか、優遇され、大事にされてきました。
 だから私は留学もすることができ、自分の夢も数々かなえてきました。
 NGOを立ち上げたあと、私は手持ち事件を見直し、それまでかなりの比重を占めていた刑事・少年事件をほぼやめる決断をしました。例外は死刑えん罪の名張事件のみです。
 そして民亊に絞り、打ち込む事件としては女性の権利や離婚に関する事件をメインとすることにしました。刑事や少年事件も対応していては、NGOと両立することがとても難しかったからです。その時はとてもさみしい気持ちもしましたけれど、NGOの仕事に集中するために決断したのです。
 こうして女性の事件を専門とするようになり、私はある時気がつきます。
 クライアントとして私の前に立ち現れる女性たちの多くは私よりずっと優秀で、賢く、器用で、美人で、聡明で、真面目な努力家です。
 ところが、そうした女性たちが理不尽に差別され、暴力を受け、洗脳され、依存させられ、搾取され、心身共に深く傷ついているのです。
 翼がおられた女性たち、女性であるがゆえに。
 素敵な女性たちの身に起きていることに私は心の底から怒りを感じました。
 私は自分の資格によって本当に差別から守られてきた、ということがまざまざとわかるのです。
 よく美人は得だといいます。そして不美人は差別されて理不尽な思いをすると。
 しかし、私が見てきた現実はそうでもありません。美人でも不美人でも女性は本当に等しく見下されている。
 向上心があり、好奇心旺盛な素敵な女性・魅力的な女性であるほど、セクハラや性暴力に会いやすい、そして騙されて搾取されやすい、換金されたり性的に搾取される、利用価値があると踏めば利用されてしまうのです。社会の入り口にたち、やりがいのある仕事・やりがいのある人生を求める真面目で真摯な女性たちにとって性被害というのはどれだけその人生を馬鹿にし、台無しにすることなのか、怒りしかありません。そうした性被害を誰にも言わず、職場を黙って離れ、夢を失う女性たちがいるのです。
 この社会は差別に満ちている。そのせいで人生を奪われる女性たちは後を絶ちません。だから、これまで資格によって守られ、その資格によって不当な現状に異議申し立てのできる立場にある私は女性たちに寄り添っていかなければと思っています。
 もうひとつ、1997年、東電OL殺人事件が起きた時のことを私は衝撃をもって覚えています。
 2つの顔をもった被害女性。慶応大学経済学部を卒業し、東京電力に初の女性総合職として入社した彼女が殺害されたその時。
  彼女が亡くなったというのに、犯罪で殺害された犠牲者だというのに、メディアは切り刻むように彼女について書きたてました。面白おかしく、プライバシーをえぐり、愚弄し傷つけたのです。なぜ女性がレイプされ殺害されたのに、社会は女性をセカンドレイプするのだろうか。
 総合職で働いていた女性が30代で未婚であったこと、性的な仕事をしていたことについても本当に心無いことを言われていました。多くの人はそのことを人権問題だとすら思わなかったようですが、私はこれは女性の人権問題だと思いました。
 私はこの社会はあまりに差別的で残酷だと思いました。
 あの時、自分に力があったら何か言えただろうに、自分は弁護士でも特段の発言力もなく、ただ理不尽さを抱えていたのです。悔しい思いでした。
 でも、それからインターネットの時代になり、私の意見をSNSやブログ、ヤフーやメディアなどで発信する機会が増えました。
 私は、何かあると、あの理不尽な思いを思い出し、試練に立たされている女性、社会から理不尽に叩かれている女性がいれば、そばにいて助けたい、ひどい報道や風潮があれば、専門家としておかしいときちんと異議申し立てをしたい、と思うようになり、それが今につながっていると思います。
 
 

2018年8月18日 (土)

#Metooがパンドラの箱をあけた今、ひとつひとつのことを地道に。

残暑お見舞い申し上げます。皆様にはいかがお過ごしでしょうか。
今年の夏は、本当にたくさんの事件のご相談やご依頼をいただいています。
8月に入ってからの新規受任は既に8件。相談案件はもっとさらに多いわけです。
しかも9日から15日まで夏休みをいただいていたのですから、休みの前後がどういう状況かお分かり頂けるかなと思うのです。それだけ、救いを求める女性たちが多いということなんですね。

ところで、夏休みもあったので、この間のジェットコースターのような日々を振り返ってみました。
思い起こせば、昨年の#Metooの動きから、パンドラの箱が空いたように、いろんなことが起きすぎて、どちらかというとその中心にいる私ですらついていけないな、と思うことがあります。
私は近年、一つのテーマとして、AV出演強要問題を取り組んできましたが、昨年からは、性犯罪被害について、2017年刑法改正とその後の課題に取り組むようになり、伊藤詩織さんの声を届ける活動にも関わりました。それが3月ころまでの話。
それから、アラーキーの問題でKaoRiさんのこともNY Timesなどで取り上げられましたが、AV強要と構造が似ている、エンターテイメント業界における人権問題ですが、解決できないままです。
そして4~6月は、財務省セクハラ問題と、メディアにおける#Metooの話題、そして一般社会におけるセクハラの問題が厳しく問われました。メディアで働く女性たちのグループも誕生しましたね。

その後、杉田水脈議員(AV強要問題や詩織さんの件でも攻撃を繰り替えていましたが)のLGBT問題での発言が人々の怒りを爆発させましたが、本人は姿を消したまま。
そしてさらに東京医大の女性差別問題が発生したのです。驚愕の事態ですね。
このようにつらつらと振り返り、私が何が言いたいかというと、ひとつひとつきっちり解決できないまま、新しい大問題が勃発して、世間の関心もついつい新しいことに奪われてしまい、結局何も解決したり前進しないで怒りややりきれなさだけが募ってしまうのではダメだな、ということです。
次々、日替わりのようにとんでもないことが起きますが、その前に起きた問題が帳消しになるわけでもなくすべて未解決。そしてすべての根っこはつながっている。
だからその都度右往左往しているだけでなく、ひとつひとつについて忘れることや関心を失うことなくウォッチし続けて、地道に解決を求めていくことが必要だよね、ということを自戒をこめて思うのです。
そしてその前から続いている問題、例えば福島原発事故の避難者の権利の問題なども絶対風化させてはいけない問題です。
そして、私のところにご相談に来られる被害では、ここでは書けないように問題もたくさんあります。グラビアの問題、児童ポルノ、風俗、児童虐待etc。
私は飽きっぽいようでいて、実はしつこい性格ですし(^^) 、様々な#Metooの問題が起きるたびに「実は私も」と救いを求める人が私のクライアントになってくれているので、取り組み続けないといけないという職業上の強制的契機もあるのはいいことだと思っています。
時代に翻弄されたり振り回されたりせずに、地道に活動していきたいと思います。

2018年8月 5日 (日)

東京医科大 女性のみ一律減点の衝撃 女性たちはなぜ怒っているのか。

Photo

 東京医科大前で抗議する人々(Ourplanet-TV提供)

■ 女性のみ一律減点の衝撃

 東京医科大の医学部医学科の一般入試で、大学が女子受験者の得点を一律に減点し、合格者数を抑えていたことが明らかになりました。

 日本にはまだまだ女性に対する差別が横行していると体感していたけれど、ここまであからさまな、明確な男女差別が秘密裏に脈々と行われていたことは衝撃的です。

 多くの女性たちが心から怒っています。抗議行動もさっそくおきました。私も一人の女性として心から悔しいです。

 本来、女性の社会進出が進んでいない国では、女性に優遇措置をあたえて実質的な男女平等を確保すべきだという、「ポジティブ・アクション」という措置が講じられるべきなのです。

 ところが、日本ではポジティブ・アクションで女性を優遇するどころか、男性を優遇して女性を減点するという明らかな、時代錯誤な男女差別が、日本のど真ん中に位置する最高学府、著明な医大で横行していたわけです。

■ 夢を踏みにじる罪深さ

 今回の女性差別は、若い女性たちの真摯な夢や思い、努力を踏みにじったという点で、本当に罪が重いといわなければなりません。

 学生にとって、受験は将来への夢をかなえるための切符。特に医大の場合はそうでしょう。

 とくには女性には今も、社会に進出し、一生続けられるやりがいのある仕事を得ることがとても困難です。

 だからこそ、キャリア形成における受験・進学がとても切実な問題なのです。

 長いこと努力し、青春をかけて必死に勉強して受験し、医師になるという夢をかなえよう、そんな若い女性たちの真摯な思いを差別で踏みにじる行為が、大学によって平然と行われていたというのは犯罪的です。

 女性であるがゆえにどんなに努力しても差別される、それでは夢は切り開けません。社会に希望など持ちようがありません。

 このことがどれほどひどいことなのか、よく胸に手を置いて考えてみるべきです。

 しかも、今回の事態は捜査によって発覚しなければ、世に知られることさえありませんでした。

 受験生は夢にもそのようなことを知らずに受験したことでしょう。これは、受験生の信頼を裏切りを深く傷つける行為です。

 そして、多くの女性は「きっと自分の時もそうだったのだに違いない」と、理不尽な差別体験を思い出したに違いありません。

■ 女性を利用する悪質さ

 さらに、なんと、東京医科大は、男女共同宣言を出して、ウェブサイトに掲示しています。

 そのなかで、

国際的視野から医療イノベーションを実行できる良き医療人の育成を役割とする東京医科大学は、男女が互いにその人権を尊重しつつ責任を分かち合い、性別にかかわりなく、教育、研究、診療、大学運営において個性と能力を十分に発揮できるよう、グローバル社会にふさわしい職場環境と風土づくりに努めます。

と述べています。

 さらに、東京医大は2013年、文部科学省の「女性研究者研究活動支援事業」に選ばれ、女性医師や研究者の出産・育児と仕事の両立を支援するため、3年間で8000万円を超える補助金を得ていたというのです。その陰で女性差別をしていたわけです。

 対外的には「女性」を売り物にし、「女性」を利用して国からお金をいわば詐取して、実際には女性を差別する、どこまで女性を馬鹿にしているのでしょう。その見識は到底信じられるものではありません。

 今回の事例は、憲法に違反した差別ですが、差別をしたことそのものは日本では何の刑事罰にも該当しません。

 このようなことが起きても国として制裁ができないというのは理不尽です。

 こんな差別的な受験システムでも合格された方のことを思うと複雑な心境ですが、やはり補助金返還、今後の補助金打ち切りも含めた厳しい社会的制裁が科されるべきでしょう。  

 そして、このような意思決定に関与した人たちが誰なのか、その全員を特定し、個人としてペナルティを課す必要があるでしょう。

 医師会や学会の重鎮も判断に関わっているのではないでしょうか。現状では、理事長と学長が説明も十分ないまま辞任しただけになっています。

明確な説明責任を求めます。

■ 男女差別を続けた理由の時代錯誤

 さらに驚いたのは、このようなことを敢行した理由です。

同大出身の女性医師が結婚や出産で離職すれば、系列病院の医師が不足する恐れがあることが背景にあったとされる。水面下で女子だけが不利に扱われていたことに対し、女性医師や女子受験生からは「時代遅れだ」との声が上がる。「いわば必要悪。暗黙の了解だった」。同大関係者は、女子の合格者数を意図的に減らしていたことについてそう語る。

出典:読売新聞

「女性医師が結婚や出産で離職すれば、系列病院の医師が不足する恐れがある」

 そもそも、女性をひとくくりにして、「女性が結婚や出産で離職する」と決めつけて、女性全体を差別することそのものに問題があります。

 女性はひとりひとり違うのです。出産で離職する女性もいれば、両立したいとがんばる女性も、仕事を優先する決断をする女性もいるでしょう。

 女性を「性」という属性でひとくくりにし、「結婚や出産で離職してしまう存在」と決めつけて、女性すべてに不利益を課す、そのことがあってはならないことです。性を理由とした明らかな差別です。

 次に、「女性医師が結婚や出産で離職すれば、系列病院の医師が不足する恐れがある」ということが「必要悪」と正当化されていたことの問題です。

 そもそも、出産や結婚を理由に、職業生活において女性を差別することは、日本が批准した女性差別撤廃条約や、1985年に制定された男女雇用機会均等法で明確に禁止されています。今回は、出産や結婚を理由に、仕事に就く前の大学受験から女性の門戸を閉ざすというものであり、到底許されません。

 仮に、結婚や出産で離職する女性が多いとすれば、それは、系列病院の労働環境にこそ問題があるはずです。

 出産や育児と両立しない労働環境が横行し、女性が離職を余儀なくされる、という問題が現実的に発生しているのであれば、その環境こそが変えられるべきであり、両立が可能な職場にすべきなのです。

 女性の出産後離職が多いということはその職場にとって恥ずかしいことです。  

 女性の出産後離職が多いとすれば、それは個々の女性の問題ではなく、職場環境に原因がある、ということを肝に銘じるべきです。  

 ところが、時代遅れの職場は、自分ではなく女性に問題があると決めつけ、「だから女はだめなんだ」等と女性全体を差別し、不利益を課し、女性を排除してきました。

 そのような考えはもはや通用しない、ということで、1985年に男女雇用均等法が制定され、女性差別が法律で明確に禁止されたのです。それから30年以上たっているのにこの時代錯誤はどうでしょう。こんな認識は、本当にいますぐに、改められるべきです。

■ 女性だから差別されるのは日本特有。

 この間、自民党・杉田水脈議員の「生産性がない」発言が多くの人を傷つけてきました。子どものいない女性も傷つけられました。女性は、子どもがいなければ「生産性がない」と言われるのに、子どもを産むからと言われて十羽ひとからげに学生の頃から差別をされる、それではいったい女性はどうせよというのでしょうか。

 「なぜ女性だからという理由で私たちはこんなに差別され、排除されなければならないのだろう」  

 女性たちは今回、世代を超えて憤りを感じています。そして、その悔しさを増幅させたのは、この国際ニュースではないでしょうか。

ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相(38)は2日、第1子の女児出産に伴う6週間の産休を終え、職務に復帰した。

アーダーン首相は、予定日から4日を過ぎた6月21日に女の子、ニーブ・ゲイフォードちゃんを出産。産休中は、ウィンストン・ピーターズ副首相兼外相が首相代行を務めたが、アーダーン首相は閣議資料の閲覧や、重要案件をめぐる判断などは継続して行った。

アーダーン首相は当時、「複数の役割をこなす女性は、私が最初ではありません。仕事をしながら赤ちゃんを産む女性も、私が最初ではありません。ほかにも多くの女性がやってきたことです」と語っていた。

出典:BBCニュース

 海外では、医師どころか、首相のような激務すら、女性が出産をしながらもできる環境が整えられているのです。

 女性が育児と家庭を両立できないような環境を放置しつつ、女性だからと社会の門戸を閉ざす日本とは、雲泥の差。

 同じ時空で進行している出来事とは思えないほど、女性の地位や女性をとりまく社会環境に違いがあることは明らかです。 

 日本の最新のジェンダーギャップ指数は、世界117位

 先進国としては異例の低さです。ニュージーランドは9位、1位のアイスランドの首相も女性です。

 世界の50%以上の国は日本より女性の地位が高いということがデータで示されているのです。

 さらにOECDのデータに基づき、医師の分野で世界を見渡すと、女性医師は活躍しており、医師の74%が女性であるエストニアをはじめ、医師の50%以上が女性という国が多いのが現状です。

 医師の中に20%しかいない日本はOECD加盟国最下位・異常な低さだ、ということがわかります。

画像

 この違いはどこからくるのか、やはり女性医師就業率が高いスウェーデンの実情をみると、育児休暇、子どもへの手当、保育園等のサポート等の社会システムが充実していることがその背景にあるようです。

 ここで私たちは気づいてしまいます。日本において女性の地位が低いのは、女性に問題があるのではなく、時代遅れなステレオタイプな見方のまま、女性が働きやすい環境の整備を怠り、女性を排除してきた日本の政策や社会環境に問題があるのだ、と。

 私たちは別の国で暮らしていたら、もっと全く違う活躍ができるかもしれないのだ、ということを。

 「なぜ女性だからという理由で私たちはこんなに差別され、排除されなければならないのだろう」  

 それは、私たちが女性だから、でも、私たちがダメだから、でもなく、私たちがこの国に生きているから、であるとすれば、女性たちは一層怒ります。

 現在、#私たちは女性差別に怒っていい というハッシュタグができて急速に広がっています。

 でも、本来、私たち女性は「怒っていい」と誰かに許可を求める必要はありません。

 #私たちは女性差別に怒っている  

 #私たちは女性差別に怒るべき

 というところが本音ではないでしょうか。

■ 今、必要なこと

 今、必要なことは少なくとも以下のようなことです。

1 国・文科省としてこの事案の真相究明を徹底して行い、責任者に責任を取らせること

  もちろん、東京医大自身も内部調査の結果を早急に公表して、責任者にペナルティを課し、受験生に責任をとるべきです。

2 文科省は、他にも同様の事例がないのか、抜き打ち検査も含めて、すべての医大入試、大学入試等を調査すること

3 国として男女差別へのペナルティを強化する法制度を導入すること

  なぜ憲法違反の男女差別をしても、何のペナルティも課されないのか、納得がいきません。

4 出産後離職を減らす抜本的な対策の導入

 以下は政府統計ですが、日本の出産後離職率の高さは異常です。出産退職は少し改善したとはいえ、46.9%。

 

画像

 政府の調査の結果でも、職場環境が子育て中の女性にサポーティブであれば、または保育所があれば、派遣先で不利益取り扱いを受けなければ、仕事をやめなくて済んだのでは、という結果が浮き彫りにされます。政府は統計をとり、調査をすることはある程度やっていますが、それを抜本的な制度改革につなげるべきです。

 そして、医療現場をはじめ、働き方を抜本的に改める改革が急務です。

 出産後離職により不本意に職場を辞めざるを得ない状況、それ自体が差別によるものであり、抜本的な対策が必要です。

 人口の過半を占める女性にこのような時代遅れの差別的扱いをいつまでたっても続けるなら、世界からさらに取り残され、日本に未来はありません。(了)

より以前の記事一覧

フォト

新著「人権は国境を越えて」

2021年2月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28            

ウェブサイト

ウェブページ

静かな夜を

リスト

無料ブログはココログ