女性の生き方・女性の権利

2018年10月 7日 (日)

キズナアイから考えること。

NHKの「キズナアイ」解説が問題になっていますね。
色んな人がヤフーでも書かれています。

ノーベル賞のNHK解説に「キズナアイ」は適役なのか? ネットで炎上中

https://news.yahoo.co.jp/byline/sendayuki/20181003-00099158/ 

確かに「萌え絵」と言われるもののなかに、女性から見て不愉快なものもあります。
女性をめぐる表現というのは、みんなが違和感を表明したり、クリエイターの中でも女性が増えたりして、いろんなディスカッションを経て鍛えられて行くものであり、議論は大歓迎。
この問題を提起した太田啓子さんや千田ゆき先生に、非難が殺到したり、それを理由にフェミニズム一般を批判するような動きってとても残念だと思います。
でも、
気になって(というかちょっと時間が出来て)見てみると、
「キズナアイ」
胸が大きいとか、おへそが出ているとか、受け答えの仕方を理由に、
性的だと言われて、こういうところに出てはいけないと言われるのはかわいそうではないか、と私は思うのですね。
知的好奇心のある若い女性ってもしかしたらこういうタイプの人、結構いるのではないでしょうか?
よく考えると
私も20代の頃はこんな感じだったかもしれません。
胸は大きかったし、修習生から弁護士になったばかりのころは、キャピキャピしており、受け答えはキズナアイのようだったと思います。
当時のはやりもあり、服装も周囲をびっくりさせていたようです。
そのため、年上の女性の人たちからは軽く見られたり、周囲から「こんなやつが弁護士になっていいのか」と陰で言われたりして辛かったからですね。
確かに、私は地味なスーツを着たりしていなかったのですが、それは私の個性だと思っていたし、実力本位の自由業についたにも関わらず、自分の好きな服を聞いて好きな振る舞いをしていることプラスそれが女性だからということを理由に差別されたり軽くみられるのはひどいと思っていました。それはひとつの女性差別かと。
女性が女性であること、女性が好きな服装をすることが性的だとか問題だと言われて公の場から排除されたり差別されること、見下されることに対して、怒りを感じていました。
また、20代の頃に、女優の 裕木奈江さんに似ていると言われていたことがあったのですが、彼女は、主婦層から「ぶりっ子」と思われてバッシングされてすごく嫌われ、
芸能界からいなくなってしまい、とても怖かったことを覚えています。
そんな経験からも、
仮想のキャラを叩くと、似たような実在の女性も公的な場から排除されてしまいそうで、心配です。また、批判をされないために、人目を気にして地味な格好をする、目立たない格好をする女性が増えるのも心配ですね(弁護士業界はどんどんそうなっているようにも思いますけれど。残念です。著明な五十嵐二葉弁護士がお若いころは女優のような服装で裁判所に行き、裁判官に注意されても平気でいたそうです。福島みずほ先生も議員になる前からピンクなどのカラフルな服を着ていて、ルールにとらわれず、業界からは浮いている感じでしたが、私は好きでした)。
また、見た目がセクシーだとみなされると性被害に遭っても仕方がない、という議論にもつながりかねず、危険ですよね。
エマ・ワトソン
が胸を見せたのは、反フェミニストなのか、という論争も起きましたが、女性があるがままにあることを批判されるべきではないと私は思います。
 ところで、
今度改めて書きたいと思いますが、私は、ハリウッド映画の
「キューティーブロンド」
が好きなんですね。「キューティーブロンド」、おバカ映画ではありません。お勧めします。
 リース・ウィザ―スプーン演じる主人公エルは、ハーバード・ロースクールに進学しますが、その見た目や立ち振る舞い、ブロンドやファッションから、教授やボーイフレンドからも見下され、ハーバード同期の女子学生からも軽蔑される。
 彼女は、彼女の見た目を気に入っていたボーイフレンドが、実は彼女を見下していたんだ、ということを知り、猛烈にファイトを掻き立てられるんですね。
 そして、彼女はものすごくがんばって頭角を現すのですが、それにも関わらずセクハラを受けるというものすごい理不尽を体験する、でもそれを乗り越えて彼女は首席で卒業するという痛快な話です。
 ここで彼女が体験することは典型的で普遍的な女性差別ですが、女性はこうした偏見や差別とたたかわないといけない。
 だから、女性を表面だけで判断するのではなく、その想いを理解しあって、励ましあっていかないといけないな、といつも思います。
そして、痛感するのは、キズナアイのようなキャラ、それが象徴する若い女性は
どんなに頑張って愛されキャラになり、人気があっても、
もてはやされている陰で結局はある意味で馬鹿にされている、これが女性差別の本当に悲しいことなのです。
(キューティーブロンドを是非見てほしい)。
がんばって学校に行き社会に出て色んなことに挑戦するのに、
見下され、差別にあい、痴漢にあい、AV強要にあい、セクハラにあい、レイプされる
私の事務所に相談に来る女性たちもそうです。
あんなにキラキラしているのに、キラキラしているが故にひどい目にあい、
ひどい目にあった途端「あなたには隙があった」と同性からも言われてしまうのです。
だから、私の場合は弁護士の資格をとり、一人前に実力をつけようと必死になりました。
馬鹿にされないためには、自分を守る鎧が必要なのが、この差別的社会です。
でも私はかなり資格によって守られてきたと思いますが一般はもっと厳しく、どれだけの女性がどれほど悔しい思いをしていることだろう、と思います。
みんなで手を取り合って、この差別社会をなんとか変えていきたいですね。

2018年8月20日 (月)

どうして女性差別と戦うの?

 今、私は女性の権利の問題に取り組んでいるのですが、実は昔からフェミニストだったというわけではありません。

 小さいころはとにかくおとなしくて引っ込み思案。
 そもそも前に出たい、という要望がありませんでした。
 だから女性だから差別されるというより、おとなしいから損をしている(自分ではそうは思わなかったけれど通知表に書いてあったかな)という感じだったと記憶しているのです。
  できれば前に出ることなく無難に過ごしたい、誰の目にも止まらずに、楽して暮らしたい、そんな性格でした。
 加えて以前にも書いた通り、大変不器用でしたので、女性だからというより、自分の特性として生きづらさがあったように思います。
 それでも高校、大学と性格がどんどんかわり、ようやくやりたいこと、やれることが増えていった私。
 特に早稲田大学は自由な大学でしたし、大勢の男性の中で女性は少数だったですし、法学部、という権利について勉強する場で権利意識にも目覚めてしまい、やりたい放題だったと記憶しています。ですから、女性差別に遭遇する機会がありませんでした。
 最近、「今まで女性差別を経験したことなんてない」と語る女子学生がいてけしからん、という論調がネットでフェミニストの方々から発言されていますが、私は典型的にそのようなけしからん鈍感な学生だったことでしょう。
 これで就職活動をすれば、きっと挫折をしたのでしょうが、就職活動というのは諦めていました。
 なぜなら私は不器用でしたし、コピー取りやお茶くみ、経理等の仕事が苦手でした。
 当時はバブル絶頂期で均等法は施行されたばかり。そして、ワンレン・ボディコンの時代でした。
 バンカラな早稲田の自分の周辺は通用しても、ワンレン・ボディコンとはほど遠い。でも、「私は私」という感じで、別に目指しもしませんでした。
 ワンレン・ボディコン・ハイヒールの、やる気に満ち溢れた勝気できれいな女性たちが総合職を目指しているなか、きっと社会でエリート女子どうしの熾烈な女性の戦いがあるであろう、そんな場面にはちょっと耐えられないな、と思ったのです。
 きっとその戦いの漁夫の利を得るのは男性たちや企業であり、女性は頑張りすぎた後で体を壊してやめてしまうだろう(特に私のような根性のない者は)と思ったのです。
 私はひのえうま年で、競争に巻き込まれずに生きてきました。そのため受験でもあまり苦労せずに生きてきたのです。もともと小さい時から勝気な少女ではなく、大学でも男性が多いという特殊条件で、比較的甘やかされていたのです。
 私のような不器用な者が差別されずに生き残っていくには資格、司法試験しかない、ということだったんですね。
  司法試験は厳しい試験ではありますけれど、世間は女性が死闘を演じているというのに、自分はそこには加わらず(競争には到底耐えられず)、競争を降りる、資格をとって楽したいな、という安易な気持ちがあったと思うのです。
  私は勉強は得意でしたので、司法試験は何とかなると思ったのですが、2回一次試験で落ち、その時が私のいわば初めての社会における挫折でした。
  気が付けば、大学を卒業した無職のプー太郎。自分を見失いました。そんな時に支えてくれたのが、中学高校時代の友達でした。
  励ましてくれるのです。
  以前、ラジオのインタビューを受けたときに話したのですが
  「大学を卒業して、仕事もなくて、プー太郎で勉強していて、、、本当に受かるかどうかわからないとうい時は、絶望的な気持ちになりました。その時、「自分も弱い存在なんだな」と思いましたね。そんな状況の中、周りの友達が励ましてくれたのがとても大きいかったです。だから、「自分は弁護士になったら人を励ます人になろう」と思いましたね。」
http://hrn.or.jp/media/1400/
 特に言われたことが、「弁護士になってほしい。試験にちょっとくらい落ちたからっていいじゃない、がんばりなさいよ。私たちさ。。。社会ですごく差別されて本当に悔しいんだから。大変なのよ」「女性の地位が低いって、社会に出て初めて愕然としたよ。でも自分にはこの環境、何ともできない。だから、弁護士になって。こういう状況をなんとか少しでも変えてほしい」
  ということ。その時に、自分の資格というのは単に自分のものだけじゃなくて、他の人の願いをかなえることでもあるんだ、という思いになったのだと思います。
  このことは結構私の中では大きかったと思います。
 しかし、その後、弁護士になってからも、特殊な世界、当時は弁護士500人時代で、新人は金の卵のように大事にされ、私のような若手の女性弁護士は差別をされるどころか、優遇され、大事にされてきました。
 だから私は留学もすることができ、自分の夢も数々かなえてきました。
 NGOを立ち上げたあと、私は手持ち事件を見直し、それまでかなりの比重を占めていた刑事・少年事件をほぼやめる決断をしました。例外は死刑えん罪の名張事件のみです。
 そして民亊に絞り、打ち込む事件としては女性の権利や離婚に関する事件をメインとすることにしました。刑事や少年事件も対応していては、NGOと両立することがとても難しかったからです。その時はとてもさみしい気持ちもしましたけれど、NGOの仕事に集中するために決断したのです。
 こうして女性の事件を専門とするようになり、私はある時気がつきます。
 クライアントとして私の前に立ち現れる女性たちの多くは私よりずっと優秀で、賢く、器用で、美人で、聡明で、真面目な努力家です。
 ところが、そうした女性たちが理不尽に差別され、暴力を受け、洗脳され、依存させられ、搾取され、心身共に深く傷ついているのです。
 翼がおられた女性たち、女性であるがゆえに。
 素敵な女性たちの身に起きていることに私は心の底から怒りを感じました。
 私は自分の資格によって本当に差別から守られてきた、ということがまざまざとわかるのです。
 よく美人は得だといいます。そして不美人は差別されて理不尽な思いをすると。
 しかし、私が見てきた現実はそうでもありません。美人でも不美人でも女性は本当に等しく見下されている。
 向上心があり、好奇心旺盛な素敵な女性・魅力的な女性であるほど、セクハラや性暴力に会いやすい、そして騙されて搾取されやすい、換金されたり性的に搾取される、利用価値があると踏めば利用されてしまうのです。社会の入り口にたち、やりがいのある仕事・やりがいのある人生を求める真面目で真摯な女性たちにとって性被害というのはどれだけその人生を馬鹿にし、台無しにすることなのか、怒りしかありません。そうした性被害を誰にも言わず、職場を黙って離れ、夢を失う女性たちがいるのです。
 この社会は差別に満ちている。そのせいで人生を奪われる女性たちは後を絶ちません。だから、これまで資格によって守られ、その資格によって不当な現状に異議申し立てのできる立場にある私は女性たちに寄り添っていかなければと思っています。
 もうひとつ、1997年、東電OL殺人事件が起きた時のことを私は衝撃をもって覚えています。
 2つの顔をもった被害女性。慶応大学経済学部を卒業し、東京電力に初の女性総合職として入社した彼女が殺害されたその時。
  彼女が亡くなったというのに、犯罪で殺害された犠牲者だというのに、メディアは切り刻むように彼女について書きたてました。面白おかしく、プライバシーをえぐり、愚弄し傷つけたのです。なぜ女性がレイプされ殺害されたのに、社会は女性をセカンドレイプするのだろうか。
 総合職で働いていた女性が30代で未婚であったこと、性的な仕事をしていたことについても本当に心無いことを言われていました。多くの人はそのことを人権問題だとすら思わなかったようですが、私はこれは女性の人権問題だと思いました。
 私はこの社会はあまりに差別的で残酷だと思いました。
 あの時、自分に力があったら何か言えただろうに、自分は弁護士でも特段の発言力もなく、ただ理不尽さを抱えていたのです。悔しい思いでした。
 でも、それからインターネットの時代になり、私の意見をSNSやブログ、ヤフーやメディアなどで発信する機会が増えました。
 私は、何かあると、あの理不尽な思いを思い出し、試練に立たされている女性、社会から理不尽に叩かれている女性がいれば、そばにいて助けたい、ひどい報道や風潮があれば、専門家としておかしいときちんと異議申し立てをしたい、と思うようになり、それが今につながっていると思います。
 
 

2018年8月18日 (土)

#Metooがパンドラの箱をあけた今、ひとつひとつのことを地道に。

残暑お見舞い申し上げます。皆様にはいかがお過ごしでしょうか。
今年の夏は、本当にたくさんの事件のご相談やご依頼をいただいています。
8月に入ってからの新規受任は既に8件。相談案件はもっとさらに多いわけです。
しかも9日から15日まで夏休みをいただいていたのですから、休みの前後がどういう状況かお分かり頂けるかなと思うのです。それだけ、救いを求める女性たちが多いということなんですね。

ところで、夏休みもあったので、この間のジェットコースターのような日々を振り返ってみました。
思い起こせば、昨年の#Metooの動きから、パンドラの箱が空いたように、いろんなことが起きすぎて、どちらかというとその中心にいる私ですらついていけないな、と思うことがあります。
私は近年、一つのテーマとして、AV出演強要問題を取り組んできましたが、昨年からは、性犯罪被害について、2017年刑法改正とその後の課題に取り組むようになり、伊藤詩織さんの声を届ける活動にも関わりました。それが3月ころまでの話。
それから、アラーキーの問題でKaoRiさんのこともNY Timesなどで取り上げられましたが、AV強要と構造が似ている、エンターテイメント業界における人権問題ですが、解決できないままです。
そして4~6月は、財務省セクハラ問題と、メディアにおける#Metooの話題、そして一般社会におけるセクハラの問題が厳しく問われました。メディアで働く女性たちのグループも誕生しましたね。

その後、杉田水脈議員(AV強要問題や詩織さんの件でも攻撃を繰り替えていましたが)のLGBT問題での発言が人々の怒りを爆発させましたが、本人は姿を消したまま。
そしてさらに東京医大の女性差別問題が発生したのです。驚愕の事態ですね。
このようにつらつらと振り返り、私が何が言いたいかというと、ひとつひとつきっちり解決できないまま、新しい大問題が勃発して、世間の関心もついつい新しいことに奪われてしまい、結局何も解決したり前進しないで怒りややりきれなさだけが募ってしまうのではダメだな、ということです。
次々、日替わりのようにとんでもないことが起きますが、その前に起きた問題が帳消しになるわけでもなくすべて未解決。そしてすべての根っこはつながっている。
だからその都度右往左往しているだけでなく、ひとつひとつについて忘れることや関心を失うことなくウォッチし続けて、地道に解決を求めていくことが必要だよね、ということを自戒をこめて思うのです。
そしてその前から続いている問題、例えば福島原発事故の避難者の権利の問題なども絶対風化させてはいけない問題です。
そして、私のところにご相談に来られる被害では、ここでは書けないように問題もたくさんあります。グラビアの問題、児童ポルノ、風俗、児童虐待etc。
私は飽きっぽいようでいて、実はしつこい性格ですし(^^) 、様々な#Metooの問題が起きるたびに「実は私も」と救いを求める人が私のクライアントになってくれているので、取り組み続けないといけないという職業上の強制的契機もあるのはいいことだと思っています。
時代に翻弄されたり振り回されたりせずに、地道に活動していきたいと思います。

2018年8月 5日 (日)

東京医科大 女性のみ一律減点の衝撃 女性たちはなぜ怒っているのか。

Photo

 東京医科大前で抗議する人々(Ourplanet-TV提供)

■ 女性のみ一律減点の衝撃

 東京医科大の医学部医学科の一般入試で、大学が女子受験者の得点を一律に減点し、合格者数を抑えていたことが明らかになりました。

 日本にはまだまだ女性に対する差別が横行していると体感していたけれど、ここまであからさまな、明確な男女差別が秘密裏に脈々と行われていたことは衝撃的です。

 多くの女性たちが心から怒っています。抗議行動もさっそくおきました。私も一人の女性として心から悔しいです。

 本来、女性の社会進出が進んでいない国では、女性に優遇措置をあたえて実質的な男女平等を確保すべきだという、「ポジティブ・アクション」という措置が講じられるべきなのです。

 ところが、日本ではポジティブ・アクションで女性を優遇するどころか、男性を優遇して女性を減点するという明らかな、時代錯誤な男女差別が、日本のど真ん中に位置する最高学府、著明な医大で横行していたわけです。

■ 夢を踏みにじる罪深さ

 今回の女性差別は、若い女性たちの真摯な夢や思い、努力を踏みにじったという点で、本当に罪が重いといわなければなりません。

 学生にとって、受験は将来への夢をかなえるための切符。特に医大の場合はそうでしょう。

 とくには女性には今も、社会に進出し、一生続けられるやりがいのある仕事を得ることがとても困難です。

 だからこそ、キャリア形成における受験・進学がとても切実な問題なのです。

 長いこと努力し、青春をかけて必死に勉強して受験し、医師になるという夢をかなえよう、そんな若い女性たちの真摯な思いを差別で踏みにじる行為が、大学によって平然と行われていたというのは犯罪的です。

 女性であるがゆえにどんなに努力しても差別される、それでは夢は切り開けません。社会に希望など持ちようがありません。

 このことがどれほどひどいことなのか、よく胸に手を置いて考えてみるべきです。

 しかも、今回の事態は捜査によって発覚しなければ、世に知られることさえありませんでした。

 受験生は夢にもそのようなことを知らずに受験したことでしょう。これは、受験生の信頼を裏切りを深く傷つける行為です。

 そして、多くの女性は「きっと自分の時もそうだったのだに違いない」と、理不尽な差別体験を思い出したに違いありません。

■ 女性を利用する悪質さ

 さらに、なんと、東京医科大は、男女共同宣言を出して、ウェブサイトに掲示しています。

 そのなかで、

国際的視野から医療イノベーションを実行できる良き医療人の育成を役割とする東京医科大学は、男女が互いにその人権を尊重しつつ責任を分かち合い、性別にかかわりなく、教育、研究、診療、大学運営において個性と能力を十分に発揮できるよう、グローバル社会にふさわしい職場環境と風土づくりに努めます。

と述べています。

 さらに、東京医大は2013年、文部科学省の「女性研究者研究活動支援事業」に選ばれ、女性医師や研究者の出産・育児と仕事の両立を支援するため、3年間で8000万円を超える補助金を得ていたというのです。その陰で女性差別をしていたわけです。

 対外的には「女性」を売り物にし、「女性」を利用して国からお金をいわば詐取して、実際には女性を差別する、どこまで女性を馬鹿にしているのでしょう。その見識は到底信じられるものではありません。

 今回の事例は、憲法に違反した差別ですが、差別をしたことそのものは日本では何の刑事罰にも該当しません。

 このようなことが起きても国として制裁ができないというのは理不尽です。

 こんな差別的な受験システムでも合格された方のことを思うと複雑な心境ですが、やはり補助金返還、今後の補助金打ち切りも含めた厳しい社会的制裁が科されるべきでしょう。  

 そして、このような意思決定に関与した人たちが誰なのか、その全員を特定し、個人としてペナルティを課す必要があるでしょう。

 医師会や学会の重鎮も判断に関わっているのではないでしょうか。現状では、理事長と学長が説明も十分ないまま辞任しただけになっています。

明確な説明責任を求めます。

■ 男女差別を続けた理由の時代錯誤

 さらに驚いたのは、このようなことを敢行した理由です。

同大出身の女性医師が結婚や出産で離職すれば、系列病院の医師が不足する恐れがあることが背景にあったとされる。水面下で女子だけが不利に扱われていたことに対し、女性医師や女子受験生からは「時代遅れだ」との声が上がる。「いわば必要悪。暗黙の了解だった」。同大関係者は、女子の合格者数を意図的に減らしていたことについてそう語る。

出典:読売新聞

「女性医師が結婚や出産で離職すれば、系列病院の医師が不足する恐れがある」

 そもそも、女性をひとくくりにして、「女性が結婚や出産で離職する」と決めつけて、女性全体を差別することそのものに問題があります。

 女性はひとりひとり違うのです。出産で離職する女性もいれば、両立したいとがんばる女性も、仕事を優先する決断をする女性もいるでしょう。

 女性を「性」という属性でひとくくりにし、「結婚や出産で離職してしまう存在」と決めつけて、女性すべてに不利益を課す、そのことがあってはならないことです。性を理由とした明らかな差別です。

 次に、「女性医師が結婚や出産で離職すれば、系列病院の医師が不足する恐れがある」ということが「必要悪」と正当化されていたことの問題です。

 そもそも、出産や結婚を理由に、職業生活において女性を差別することは、日本が批准した女性差別撤廃条約や、1985年に制定された男女雇用機会均等法で明確に禁止されています。今回は、出産や結婚を理由に、仕事に就く前の大学受験から女性の門戸を閉ざすというものであり、到底許されません。

 仮に、結婚や出産で離職する女性が多いとすれば、それは、系列病院の労働環境にこそ問題があるはずです。

 出産や育児と両立しない労働環境が横行し、女性が離職を余儀なくされる、という問題が現実的に発生しているのであれば、その環境こそが変えられるべきであり、両立が可能な職場にすべきなのです。

 女性の出産後離職が多いということはその職場にとって恥ずかしいことです。  

 女性の出産後離職が多いとすれば、それは個々の女性の問題ではなく、職場環境に原因がある、ということを肝に銘じるべきです。  

 ところが、時代遅れの職場は、自分ではなく女性に問題があると決めつけ、「だから女はだめなんだ」等と女性全体を差別し、不利益を課し、女性を排除してきました。

 そのような考えはもはや通用しない、ということで、1985年に男女雇用均等法が制定され、女性差別が法律で明確に禁止されたのです。それから30年以上たっているのにこの時代錯誤はどうでしょう。こんな認識は、本当にいますぐに、改められるべきです。

■ 女性だから差別されるのは日本特有。

 この間、自民党・杉田水脈議員の「生産性がない」発言が多くの人を傷つけてきました。子どものいない女性も傷つけられました。女性は、子どもがいなければ「生産性がない」と言われるのに、子どもを産むからと言われて十羽ひとからげに学生の頃から差別をされる、それではいったい女性はどうせよというのでしょうか。

 「なぜ女性だからという理由で私たちはこんなに差別され、排除されなければならないのだろう」  

 女性たちは今回、世代を超えて憤りを感じています。そして、その悔しさを増幅させたのは、この国際ニュースではないでしょうか。

ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相(38)は2日、第1子の女児出産に伴う6週間の産休を終え、職務に復帰した。

アーダーン首相は、予定日から4日を過ぎた6月21日に女の子、ニーブ・ゲイフォードちゃんを出産。産休中は、ウィンストン・ピーターズ副首相兼外相が首相代行を務めたが、アーダーン首相は閣議資料の閲覧や、重要案件をめぐる判断などは継続して行った。

アーダーン首相は当時、「複数の役割をこなす女性は、私が最初ではありません。仕事をしながら赤ちゃんを産む女性も、私が最初ではありません。ほかにも多くの女性がやってきたことです」と語っていた。

出典:BBCニュース

 海外では、医師どころか、首相のような激務すら、女性が出産をしながらもできる環境が整えられているのです。

 女性が育児と家庭を両立できないような環境を放置しつつ、女性だからと社会の門戸を閉ざす日本とは、雲泥の差。

 同じ時空で進行している出来事とは思えないほど、女性の地位や女性をとりまく社会環境に違いがあることは明らかです。 

 日本の最新のジェンダーギャップ指数は、世界117位

 先進国としては異例の低さです。ニュージーランドは9位、1位のアイスランドの首相も女性です。

 世界の50%以上の国は日本より女性の地位が高いということがデータで示されているのです。

 さらにOECDのデータに基づき、医師の分野で世界を見渡すと、女性医師は活躍しており、医師の74%が女性であるエストニアをはじめ、医師の50%以上が女性という国が多いのが現状です。

 医師の中に20%しかいない日本はOECD加盟国最下位・異常な低さだ、ということがわかります。

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 この違いはどこからくるのか、やはり女性医師就業率が高いスウェーデンの実情をみると、育児休暇、子どもへの手当、保育園等のサポート等の社会システムが充実していることがその背景にあるようです。

 ここで私たちは気づいてしまいます。日本において女性の地位が低いのは、女性に問題があるのではなく、時代遅れなステレオタイプな見方のまま、女性が働きやすい環境の整備を怠り、女性を排除してきた日本の政策や社会環境に問題があるのだ、と。

 私たちは別の国で暮らしていたら、もっと全く違う活躍ができるかもしれないのだ、ということを。

 「なぜ女性だからという理由で私たちはこんなに差別され、排除されなければならないのだろう」  

 それは、私たちが女性だから、でも、私たちがダメだから、でもなく、私たちがこの国に生きているから、であるとすれば、女性たちは一層怒ります。

 現在、#私たちは女性差別に怒っていい というハッシュタグができて急速に広がっています。

 でも、本来、私たち女性は「怒っていい」と誰かに許可を求める必要はありません。

 #私たちは女性差別に怒っている  

 #私たちは女性差別に怒るべき

 というところが本音ではないでしょうか。

■ 今、必要なこと

 今、必要なことは少なくとも以下のようなことです。

1 国・文科省としてこの事案の真相究明を徹底して行い、責任者に責任を取らせること

  もちろん、東京医大自身も内部調査の結果を早急に公表して、責任者にペナルティを課し、受験生に責任をとるべきです。

2 文科省は、他にも同様の事例がないのか、抜き打ち検査も含めて、すべての医大入試、大学入試等を調査すること

3 国として男女差別へのペナルティを強化する法制度を導入すること

  なぜ憲法違反の男女差別をしても、何のペナルティも課されないのか、納得がいきません。

4 出産後離職を減らす抜本的な対策の導入

 以下は政府統計ですが、日本の出産後離職率の高さは異常です。出産退職は少し改善したとはいえ、46.9%。

 

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 政府の調査の結果でも、職場環境が子育て中の女性にサポーティブであれば、または保育所があれば、派遣先で不利益取り扱いを受けなければ、仕事をやめなくて済んだのでは、という結果が浮き彫りにされます。政府は統計をとり、調査をすることはある程度やっていますが、それを抜本的な制度改革につなげるべきです。

 そして、医療現場をはじめ、働き方を抜本的に改める改革が急務です。

 出産後離職により不本意に職場を辞めざるを得ない状況、それ自体が差別によるものであり、抜本的な対策が必要です。

 人口の過半を占める女性にこのような時代遅れの差別的扱いをいつまでたっても続けるなら、世界からさらに取り残され、日本に未来はありません。(了)

2018年6月 3日 (日)

6月8日シンポジウム『メディアで起き始めた#Me Too 声をあげられる社会をつくるために』

こんにちは。

早くも6月になりましたね。皆様いかがお過ごしですか。68日にイベント開催します。4月に起きた財務省のセクハラ問題、このまま終わらせていいのでしょうか。

 せっかく勇気を出した女性がいるので、社会を変えたい。そこでみんなを応援するイベントを開催したいと思います。

素晴らしいゲストをお呼びします! 早めにお申し込みくださいね。お待ちしております。

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201868日(金)開催 <http://hrn.or.jp/news/13928/>

シンポジウム『メディアで起き始めた#Me Too

 声をあげられる社会をつくるために』

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 【日 時】201868() 18時~21時(開場 18時半)

【会 場】専修大学 神田キャンパス5号館 7 571教室

・水道橋駅(JR)西口より徒歩10

・九段下駅(地下鉄/東西線、都営新宿線、半蔵門線) 出口5より徒歩5

・神保町駅(地下鉄/都営三田線、都営新宿線、半蔵門線)

出口A2より徒歩5

:交通案内 https://www.senshu-u.ac.jp/access.html#anchor01

:施設案内 https://www.senshu-u.ac.jp/about/campus/

 

【スピーカー】

小島 慶子 氏(エッセイスト・東京大学大学院情報学環客員研究員)

浜田 敬子 氏(ビジネスインサイダー統括編集長)

古田 大輔 氏(BuzzFeed Japan 編集長)

伊藤 詩織 氏(フォトジャーナリスト)

【参加費】一般 2000円/学生 1000

今年4月に財務省のセクハラ問題が発覚。財務省はセクハラを認めて謝罪したものの、その対応は極めて問題をはらむものであり、改めて日本が政治・省庁のトップからセクハラに寛容な社会であることを浮き彫りにしました。

同時にメディア内では、セクハラが横行してきた現実について、ようやく女性たちが沈黙を破りはじめました。声をあげる被害者への二次被害が深刻ななか、声をあげた女性たちを孤立させず、どう現実を変え、セクハラ・性暴力を許さない社会をつくっていけるかが今、問われています。

テレビ局や日本社会のセクシズムについて問題提起を続けてこられた小島慶子さん、4月の財務省問題直後にメディアの女性対象アンケートを実施されたビジネスインサイダー統括編集長の浜田敬子さん、BuzzFeed Japan #Metoo キャンペーンを展開されてきた古田大輔さん、日本で #Metoo の先駆けとなった伊藤詩織さんと一緒に、財務省はじめ省庁と政治はどう変わるべきか、メディアはどう変わるべきか、そして広くセクハラや性暴力をなくす社会をつくるために私たちにできることを考える機会としたいと思います。

当日は、メディアの現場の女性、セクハラ問題に声をあげた若い世代の方のご報告も予定しています。是非、皆様のご参加をお待ちしております。

ヒューマンライツ・ナウは女性に対する深刻な 人権侵害である性暴力をなくすために政策提言・キャンペーン等の活動を進めていきます。


 【参加申込方法】

参加申込ご希望の方は、以下のフォームよりお申込みください。 <https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSfj35dssNSzWBD7eg7ETDtQsNBkpyZ94jFbmtZTL2B34cORIQ/viewform?c=0&w=1>

※フォームへのご入力が難しい場合には、参加受付アドレス

event@hrn.or.jp)宛にメールにてお申込みください

件名を「6/8 #MeTooシンポジウム参加希望」として、


お名前(ふりがな)、ご所属(任意)、連絡先(メールアドレス等)、参加費種別[一般、学生]、

どちらで当イベントをお知りになられたかをご記載ください。


【スピーカー プロフィール】

◆小島 慶子 氏

エッセイスト、東京大学大学院情報学環客員研究員。

1995年から2010年まで、TBSにアナウンス職として勤務。その後は執筆、講演、メディア出演などの活動を行っている。メディア表現と多様性に関するシンポジウムの開催など、メディアのあり方についてえる活動や、#WeTooJapanサポーターとして、ハラスメントのない社会を目指す活動も行っている。

 ◆浜田 敬子 氏


BUSINESS INSIDER JAPAN 統括編集長/AERA前編集長。1989年に朝日新聞社に入社。前橋支局、仙台支局、週刊朝日編集部を経て、99年からAERA編集部。記者として女性の生き方や働く職場の問題、また国際ニュースなどを中心に取材。米同時多発テロやイラク戦争などは現地にて取材をする。2004年からはAERA副編集長。その後、編集長代理を経て編集長に就任。編集長時代は、オンラインメディアとのコラボや、外部のプロデューサーによる「特別編集長号」など新機軸に次々挑戦した。20165月より朝日新聞社総合プロデュース室プロデューサーとして、「働く×子育てのこれからを考える」プロジェクト「WORKO!」や「働き方を考える」シンポジウムなどをプロデュースする。20173月末で朝日新聞社退社。

20174月より世界17カ国に展開するオンライン経済メディアの日本版統括編集長に就任。「羽鳥慎一モーニングショー」や「サンデーモーニング」などのコメンテーター、ダイバーシティや働き方改革についての講演なども行う。


◆古田 大輔 氏

BuzzFeed Japan編集長。

1977年福岡生まれ、早稲田大卒。2002年朝日新聞入社。社会部、アジア総局、シンガポール支局長、デジタル編集部などを経て、201510月に退社。同月、アメリカ発祥のメディア BuzzFeed の日本版創刊編集長に就任。ニュースからエンターテイメントまで幅広いコンテンツを配信し、ダイバーシティや #Metoo などのテーマにも力を入れている。

◆伊藤 詩織 氏

1989年生まれ。ジャーナリスト、ドキュメンタリーフィルムメーカー。フリーランスとして、エコノミスト、アルジャジーラ、ロイターなど、主に海外メディアで映像ニュースやドキュメンタリーを発信している。国際的メディアコンクール「New York Festivals 2018」では、Social Issue部門とSportsDocumentary部門の2部門で銀賞を受賞。著者『Black Box』(文藝春秋社)が第7回自由報道協会賞大賞を受賞した。

 

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2018年5月 6日 (日)

#Metooのインパクト セクシュアルハラスメントが投資(ESG)リスクに急浮上 他人事ではない

ヤフー個人にも書いた記事、こちらでもご紹介します! 皆様の会社でも是非参考にしてください。

セクハラは世界中、どこでも起きるリスクがあります。

■ 財務省の信用失墜

 福田財務事務次官(当時)によるセクハラが週刊誌で報道されて以来、財務省の対応は法令に基づくセクシュアルハラスメント対応ができず、その権威は著しく失墜しました。

 ようやく、セクハラを認めて被害者に謝罪したものの、

 ・セクハラという人権問題への無理解

 ・不祥事が起きた際の調査体制の不備

 ・ガバナンス、説明責任の欠如

 ということが一気に表面化してしまったのです。

 財務省はこれまでの対応を謝罪し、

 セクハラやパワハラは決してあってはならず、そういうことへの認識が軽い組織だと言われることがないよう、今後、先進的な組織になったと言われるように生まれ変わらなければならない

 と会見で表明しましたが、国際的にも広く報道され、国際的な信用失墜は明らかです。度重なるトップの不適切発言や反省の欠如、調査の打ち切り等、大きな禍根を残したまま、このままの幕引きは到底納得がいかないと多くの人が感じ、政治不信を増幅しました。

 考えてみれば、これまで政府や企業トップの多くがセクハラ被害を深刻に考えず、女性たちは長い間我慢を重ね、それが限界に達してこうした事態に至ったのです。財務省の対応は明らかに時代遅れでした。事態が発覚した後は、セクハラ被害の訴えに備えてこなかったことが明らかな混乱ぶりでした。

■ 民間も他人事ではない。セクハラ問題で企業トップが次々辞任する米国 

 さて、これは全く政府以外の民間では他人事でしょうか。あなたの企業のセクハラ対策はどうなっているでしょう。

 残念ながら、財務省と同様なことが自社で発生したら? と心配になった会社も少なくないのではないでしょうか。 もし民間でこのようなことが発生したら、どうなるのでしょうか。

 米国では既に、昨年秋からの#Metooの動きが民間に広くいきわたり、民間企業におけるセクハラの告発が増え続けています。

 ●ワインスタイン・カンパニー

 まずは女優たちからセクハラの被害の訴えが続々と出されたワインスタイン氏の映画会社ワインスタイン・カンパニーは立ち行かなくなり、破産申請を行いました。

 ●Uber

これに先立ち、急成長を続ける会社Uberでも、2016年12月にを退職した女性エンジニアが、上司によるセクハラをUberマネジメントが放置し、適切に扱わなかったことを2017年2月にブログで告発、トラビス・カラニックCEOは謝罪し、対策を講じると誓ったものの、6月には辞任を余儀なくされました。 

 本件はCEOがセクハラをしたのではなく、セクハラの根絶が不徹底であったことが問われた事案です。

 ●米アマゾン

 アマゾンでもテレビ番組や映画の制作・配信を中心とする部門であるアマゾン・スタジオのトップであるプライス氏がセクハラの告発を受けて辞任に追い込まれました。

 ●ナイキ

 さらにあのナイキでも、つい最近、2018年3月に以下のような事態が展開したのです。 

米最大のスポーツメーカー、ナイキの2人の経営陣、「ナイキ」ブランド(売り上げの90%以上)のトリーバー・エドワーズ社長とジェイ・マーティンゼネラルマネジャーが、「職場での不適切な行為」という内部からの告発により退任した。セクハラか不正行為を意味する「不適切な行為」による退任は、エドワーズ氏がナイキの次期CEO(最高経営責任者)と目されていただけに波紋は大きい。

出典:繊研新聞

 

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 皆さんはどう思われますでしょうか。米国の名だたる著名企業の役員自らがセクハラをしていた、という訴え、またはセクハラの対応が不適切であることを理由に次々に会社を追われ、破産に至った企業もあるのです。

■ セクハラ問題が投資リスク・トップのESG課題に浮上

 こうしたなか、世界の投資家はセクハラ問題に注目をはじめ、セクハラの訴えのある会社への投資を控える傾向が生まれています。

 セクハラは深刻な投資リスクだという記事が昨年秋以降次々と掲載され始めています。

 ■Nasdac:Sexual Harassment is a Major New Investment Risk

 ■Wall Street Journal:Why Sexual Harassment Matters to Investors

  また、ポジティブな側面からも、ESG投資の2018年の主要な指標にセクハラやハラスメント、女性に対する対応を指標として重視していく、という動きが出てきています。

 ところでESGとはなんでしょう?

投資・企業関係者の方はよくご承知のことと思いますが、E(Environmental 環境)、S(Social 社会)、G(Governance・ガバナンス)のことです。企業が社会的責任を果たし、しっかりとしたガバナンスを確保することを投資家は求めるようになり、短期的な利益だけでなく、長期的な持続可能性と社会的責任への対応に注目するようになってきたのです。このESG投資の傾向は国際的な潮流となっています。

日経新聞 企業、ESG対策手探り

  株式市場を席巻する新たな潮流に企業が戸惑っている。欧米で広がる「ESG投資」は環境や社会への配慮、企業統治が優れた企業を選んで投資する手法だ。

出典:日経新聞2018年4月6日

 最近では日本生命がこの方針を鮮明にしていますが、持続可能でない分野への投資をやめていく、という側面も伴っています。

 日生、ESG投資を急拡大 石炭火力は停止検討

 これまでESGのなかで、S=Socialは軽視されてきました。Socialの中核をなすものが人権・労働ですが、最近では、海外のサプライチェーンで起きる児童労働、奴隷労働、人身取引、紛争鉱物等がESGリスクとして強く意識されるようになってきたのです。

産業、投資の分野で人権や環境配慮が進んでいくのは大変歓迎すべき流れです。

 ただ、それでもこれまではおひざ元で起きるセクハラや女性差別等は、たいしたことではない、としてリスクとみなされてこなかったのです。あくまで人権上のリスクは途上国や紛争地での問題、そうした認識でした。

 しかし、#Metooの影響を受けてこうした状況が変わりつつあります。

■ ESG・労働・人権・セクハラの課題を企業はより意識すべき

 

 興味深いのは、ナイキがセクハラ問題の対応に追われていることです。

 ナイキは1990年代以来、いわゆるスウェットショップ問題で国際的に非難を浴びてきました。途上国で児童に大変低い賃金を支払って働かせて、靴を作らせている、という問題です。ナイキはNGOのこうした告発を無視しましたが、米国では不買運動に発展し、株価が下がり、ナイキは対応を余儀なくされ、サプライチェーンで発生する児童労働や過酷な低賃金労働を根絶すると宣言しました。

 その後、ナイキのCSR(企業の社会的責任)は進化を遂げ、国際ブランドの最先端のCSRを自認して先端的な方針を発表してきました。

  NIKE、2020年サステナビリティ目標を発表。

 この目標のラインアップをみると、「日本企業の数段先を進んでいるし明確なコミットメントだ」という感想を持つ人も多いのではないでしょうか。しかし、そのナイキも、自社でのセクハラ対策がおろそかであれば、足元をすくわれ、巨大なガバナンスリスク、投資リスクにさらされるのです。ナイキ等のリーディング・カンパニーが今後この軽視され続けてた問題に対して、どのような対策を打ち出していくか注目されます。

■ ESG課題がまだまだな日本の課題

 国際的なESG投資の潮流に日本も無縁ではいられないはずです。環境、そして人権に関する企業の姿勢は国際的な注目を集め、ESGにおいて十分でない会社、リスクの高い会社は下手をすると投資引上げをされるリスクにさらされる時代が来ています。他人事ではありません。

 東京証券取引所がコーポレートガバナンスコードの改定に乗り出していますが、EU並みに厳しいESG情報の開示を求めるルールづくりが必要であり、企業も人権や環境に関するポリシーを明確にし、説明責任を果たしていくことか求められるでしょう。

 セクハラについては、日本社会の認識はこれまで著しく低く、裁判所でもセクハラの賠償額は極めて少額なままでした。そのため、企業にとっては重大なリスクと認識されてこなかったのですが、今後はガバナンス、投資上のリスクになりうるのです。

 セクハラ対策については、厚労省がせっかく雇用機会均等法に基づいて、詳細なマニュアルを作成しているのであり、これに即した対応を急ぐ必要があります。

 厚労省 セクシュアルハラスメント対策に取り組む事業主の方へ  

 http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000088194.html

「何がセクハラかわからなくて怖い」「不安」という声も少なくありませんが、何より女性たちの生の声を聴くことから始めることが大切ではないでしょうか

 こちらは、4月28日に新宿で若い女性たちがセクハラに我慢できないということで企画した街頭でのスピーキングの様子です。

 

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 何を言われて傷つき、苦しんできたかが多く語られました。たとえばこのようなことです。

 「私は黙らない。セクハラや性差別に声を上げたときに言われた7つのこと」

 こうした若い女性が声をあげる様子を見ると多くの企業管理職の方々は、生意気な若い女性だと言ってバカにしたり軽視したり、苦手だと嫌悪感を示したり、話が論理的でないから等と聞く耳を持たなかったり、とにかく面倒くさい、怖いから関わりたくないと言って遠ざかる、それが標準リアクションだったのではないでしょうか。

 しかし、このようにして女性の声を大切にせず、差別やハラスメントに寛容でいては済まされない時代になりつつあります。

 是非女性の声を聴き抜本的な対応に乗り出してほしいと思います。

※ 5月22日夜にヒューマンライツ・ナウが開催するESG投資・ESG開示セミナー。ESGについて知りたい方にお勧めです。ここでもセクハラに関連する議論もできればと思っています。

  「ESG開示・ESG投資をめぐる国際的動向と日本の課題」 http://hrn.or.jp/news/13852/

2018年4月29日 (日)

「どこが女性が輝く社会?」セクハラ問題の説明責任を果たすため、政府・財務省がただちに取り組むべきこと

最近、女性の権利をめぐる事態はめまぐるしく動いています。

財務省セクハラ問題について一週間前にYahooに書いた記事をご紹介します。その後、財務省が責任を認めて謝罪しましたが、課題は残されています。引き続き責任ある対応を求め、声をあげ始めたジャーナリストの女性たちと連携していきたいと考えています。

2018



■ 居直り続ける財務省

 福田財務省事務次官が女性記者に対して取材中にセクハラ発言をしていたことを週刊誌が報道、それ以来、騒動はやむ気配がありません。

 週刊誌報道直後に、財務省はHPにセクハラを否定する次官の言い分のみを一方的に掲載、調査を行う等として自らの顧問弁護士を指定し、「調査への協力のお願い」等として被害にあった女性に名乗り出るように求めています。傷ついた被害者に名乗り出ろ、というのは被害者心情への配慮に著しく欠けており、恫喝的です。

 さらに、麻生大臣は、女性が名乗り出ない限りセクハラを事実と認定できないという見解を示し、官房長は、「(名乗り出るのが)そんなに苦痛なのか」と発言しました。

  こうしたやり方がセクハラ被害者の心情への配慮に欠け、調査の方法も不適切なものであったとして大きな批判を浴び、財務省はその信用を大きく失墜しています。新聞各社、識者、法律家からも財務省の対応への非難、異論が相次ぎました。

 ところが、テレビ朝日が記者会見をし、正式な抗議を行った後も、財務省の対応は適切さを欠いたままです。

 今の財務省の姿勢はまとめると以下の通り、

 ・福田事務次官をセクハラについて否定したまま、処分もせずに辞任させる

 ・音源がテープが福田事務次官の発言であること認めつつも、財務省として何らの不適切性も認めない

 ・「被害者は名乗り出るように」との調査方法や、その後の「名乗り出るのがそんなに苦痛なのか」との国会での発言について正式な謝罪・反省がない

 ・未だに顧問弁護士に調査を依頼するという利益相反に該当する調査を見直そうとしない

  セクハラの訴えを敵対視し、居直りとしか言いようがない態度を続けているのです。

  セクハラの訴えをした被害者は、セクハラの真偽が明確に認定される前から、手続的に配慮され、保護されるべきであり、訴えを受けた者は適切に対応、調査をしなければならないのは当たり前のルールですが、そうしたことが無視され、配慮に欠ける対応が続いていることはとりわけ問題でしょう。

  セクハラ問題は、財務省のガバナンスのなさと説明責任の欠如、女性の権利に対する無理解が最悪レベルであることを露呈してしまいました。

■ セクハラ被害への理解を著しく欠く不適切な麻生発言

 さらに多くの女性の怒りを買ったのは、報じられる以下の麻生大臣の発言ではないでしょうか。

だったらすぐに男の番(記者)に替えればいいだけじゃないか。なあそうだろ? だってさ、(週刊新潮に話した担当女性記者は)ネタをもらえるかもってそれでついていったんだろ。触られてもいないんじゃないの

出典:週刊新潮

 この発言の意味するところは一体なんでしょうか。

 (麻生氏から見てたとえ)女性の訴えが事実であったとしても

・それがどうしたというのか。たいした話じゃない、触られていないのにセクハラとは大げさだ。

・自分でついていった以上セクハラされても自己責任だ。

・セクハラに文句があるなら男性記者に変えて、女性記者など締め出してしまえばいい

 というあきれたものです。

 セクハラは、職場における性的言動により就業環境が悪化し、女性が安心して尊厳をもって働けなくなることを防止するために男女雇用機会均等法人事院規則等で禁止されています。

 身体接触を伴わない言動もセクハラに含まれますし、セクハラはされるほう(被害者)でなくするほう(加害者)が100%悪いのであって、被害者の対応を問題にすべきではないこと、そしてセクハラ相談があったことを理由に、女性を職場から締め出す等の不利益を課すことがあってはならない、ということはセクハラ対応のイロハのイ。ちなみに相談者のプライバシー保護もイロハのイです。

 参照 厚労省の民間事業者向けパンフ 

  事業主の皆さん 職場のセクシュアルハラスメント対策はあなたの義務です!!

    (※ちなみに国家公務員のセクハラに対応する人事院規則は最近の改定で、職員が職員以外に行ったセクハラも許されないし対応しなければならないと明記しています。)

 ところが、麻生大臣がこれをことごとく理解していないことは、発言から明らかです。

 こんな意識の政治家が、財務省のトップ、そしてナンバーツーであるということに愕然とします。

 政治家としての資質が厳しく問われなければなりません。

 そして、安倍首相は麻生首相の対応や福田事務次官の言動について明確に非難することもないのです。

 

■ 被害者バッシングが放置されている。

 こうして政府が居直る中、被害者の女性記者が置かれた状況はどうでしょうか。

 深刻なことに、ネットには被害者を特定して顔を晒そうとする現象が続いています。

 そして、麻生大臣の発言に触発されたのか、会いに行った方が悪い、ハニートラップ、等と、被害者を誹謗中傷する心無い「セカンドレイプ」が横行しています。

 勇気を出した被害者のプライバシーを尊重する、そしてセカンドレイプをして傷つけるようなことは決してあってはならない、当たり前のことです。この国のモラルは一体どこへ行ったのでしょうか。

 一部メディアには、被害者がセクハラの音声を週刊誌に提供したことが報道倫理に反するという筋違いの非難が広がっています。

 さらに自民党下村元文科大臣は、被害者の行動を「犯罪」等として責める講演を行ったことが明らかになっています。''推測するにこれは氷山の一角、政権に近い政治家、政権幹部のこうした水面下の言動、コメントがメディアの論調に投影していることは想像に難くありません'''。

 しかし、録音もないままセクハラの主張をしたら、彼女の言い分は否定され、彼女自身も潰されていたでしょう。私もセクハラでそのようなケースをたくさん見てきました。

 セクハラをした権力者のほとんどが強硬かつ威嚇的姿勢でセクハラ行為を否定し、訴えた女性を潰そうとする、これは残念ながら経験則です。だからこそ録音するしか身を守る方法はないのです。

 今、ようやくメディアで働く女性たちが声をあげ、セクハラについて語り始めています。新潮の報道が出なかったら、今のような事態はありません。非難している人たちは、つまり、彼女は権力者のセクハラに沈黙し、耐え、泣き寝入りをしていればよかったというのでしょうか。

 今の状況そのものが、メディアで働く女性に泣き寝入りと沈黙を強いています。だから、他の被害者も名乗り出ないし、非難を恐れて名乗り出る報道機関もないままなのです。

 政府・官僚のセクハラ行為を勇気をもって告発した被害者が洪水のようなセカンドレイプをあび、政府がその状況を放置している、ということ自体が極めて問題です。一罰百戒のようになり、もう二度と誰も声をあげることはできない、というレッスンにしようとしているのでしょうか。

 この間、複数の女性ジャーナリストにお会いしましたが、「ずっといえなかった被害がようやく明るみに出たというのに、このまま被害者だけがバッシングを受け続け、財務省が事態がうやむやにしてまともな調査を行わなければ、女性ジャーナリストが安心して活動できる環境に改善することは絶望的になる。メディアに女性の居場所はなくなる。」との強い危機感を口々に語っていました。

 こうした状況を見せつけられる、声をあげていないセクハラ被害者の方々、女性ジャーナリスト、そしてこれから社会に出ていくであろう若い女性や少女たちがどんな絶望的な思いになるのか、想像してみてもらいたいと思います。

 

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 セクハラの声をあげたらこういうことになるんだな、と思ったら、声をあげないほうがいいとなる、しかし声をあげずにセクハラにあい続けるしかない、というのが日本社会なのだとしたら、それはどんなに女性にとって暗澹たる社会でしょうか。

 これが果たして安倍政権の掲げる「女性が輝く社会」なのでしょうか。

■ 連休前に政府がどうしてもなすべきこと

 このままずるずると政府はだんまりを決め、セクハラ問題の真相を曖昧にしたまま、女性だけが二次被害にあい続けること、そんなことは到底許されないと思います。

 政府・財務省は以下のことを連休前に行うべきでしょう。

 

 ・麻生大臣が一連の発言を撤回して不適切な対応を謝罪すること

 ・「被害者は名乗り出るように」との調査方法や、その後の「名乗り出るのがそんなに苦痛なのか」との発言等、対応について反省し、謝罪すること

 ・音源テープの内容が事務次官の発言として不適切であるとの財務省の見解を少なくとも発表すること

 ・福田氏の処分を行うこと(処分なしの辞任で終わらせないこと)

 ・顧問弁護士による調査をやめ、第三者からなる外部調査委員会を立ち上げて、徹底した調査を実施すること

  外部調査委員会は、企業不祥事等の第三者委員会に関して日弁連が公表しているガイドラインに少なくとも準拠し、財務省と利害関係を有する者を委員に任命せず、完全に独立した立場の外部調査を行う機関とし、あらゆる資料、情報、職員、関係者へのアクセスも可能とすること

 ・国家公務員のセクハラ対応に適用される人事院規則がすべての省庁で徹底しているかを検証調査し、改善を実施すること

・安倍首相は、財務省の一連の対応を明確かつ具体的に批判し、官公庁においてあらゆるセクハラがあってはならないことを明確にすること

 ・政府は被害者へのセカンドレイプを非難し、被害者に対する二次被害を行わないよう広く社会に求め、被害者のプライバシーと心情への配慮を最大限に行うこと

  以上の点に着目して、今後の政府・財務省の動きが女性の想いに即したものなのか、女性を含む有権者を愚弄するものなのか、みなさんとともに厳しくチェックしていきたいと思います。(了)

2018年4月 9日 (月)

女性を土俵から排除するルールは明らかな女性差別。相撲協会は今すぐ見直すべき。


「女性の方は土俵から下りてください」
 44日、大相撲春巡業の舞鶴場所で土俵上で倒れた市長の救助をした女性に、行司が土俵から降りるようアナウンスをしたことが波紋を呼んでいます。

京都府舞鶴市で4日に開催された大相撲舞鶴場所で、土俵上で多々見良三市長(67)があいさつ中に倒れ、心臓マッサージなど救命処置をしていた女性たちに、女性は土俵から下りるようにとの場内アナウンスが数回行われたことが複数の観客の証言などで同日分かった()

出典:京都新聞

 これに対しては、「人命より伝統を優先するのか? 」等と、厳しい批判が相次ぎました。海外の報道はさらに踏み込んで、土俵から女性を排除する差別を厳しく批判する内容でした。

米紙ニューヨーク・タイムズは、相撲の「差別的な慣習が世間の厳しい目にさらされている」と解説した。スイスの「世界経済フォーラム」の2017年版「男女格差報告」で日本は144カ国中114位。これを踏まえ、今回の出来事が「日本でどのように女性が扱われているかを物語った」とした。ワシントン・ポスト紙は、土俵から下りるよう指示されたのは「このスポーツのしきたりで、女性が不浄と見なされているからだ」と指摘。

出典:日本経済新聞

女性を土俵から排除することは明らかな差別 
こうした非難を受けて日本相撲協会の八角理事長は談話を発表し、

「行司が動転して呼びかけたものでしたが、人命にかかわる状況には不適切な対応でした。深くおわび申し上げます」と謝罪した (出典:CNN)

といいます。しかし、相撲協会は何を反省しているのでしょうか。

 相撲協会の芝田山広報部長は、「(土俵に女性が上がれない)大相撲の伝統を守る協会のスタンスは変わらない」という姿勢を明確にし、

こういった緊急事態が、またいつ起こるかもしれないので、場内アナウンスの指導もしていかないといけない。緊急時のマニュアルも作らないといけない (出典:日刊スポーツ)

 などと述べたそうです。つまり、人命尊重のために緊急対応には女人禁制の例外を認める、ということしか念頭にないのです。

 そして、女性が土俵に上がれないことへの批判には、「差別のかけらもない」と否定したとされています。

 このような議論は、事の本質を曖昧にして収束を図ろうとしているだけで、方向性がおかしいことは明らかです。

 ある属性のみを理由に、正当な理由なく立ち入りを排除するというのは、差別以外の何物でもありません。差別の意図がない、といくら言おうと、女性を排除している以上、それは、女性差別にあたります。     
女性が土俵から排除されていることについて、「緊急事態にはどうするか」という議論に矮小化されてよいはずがないと思います。

 普段は土俵に上がれない人間であっても、緊急事態であれば例外的に容認して土俵に上がることを認める、 その議論そのものが差別にあたります。  

  このような議論は、戦前、無能力とされていた女性が戦争末期の本土決戦という切羽詰まった状況になって、竹やり訓練に参加させられたことをありがたがれ、というような、二級市民扱いではないでしょうか。女性をバカにした議論だと思います。

排除の理由は明らかに不合理
  日本には、憲法14条で、男女平等が定められています。これは民間でも適用され、ゆえに職場での男女差別は許されていません。

  男女間での差別的取扱いが許されるのは、合理的な区別と認められる場合だけであり、異なる取り扱いをする側が合理性を証明しなければなりません。ところが、相撲協会は女性を排除する合理性、正当性を全く説明せず、伝統、というだけです。

  その伝統、というのは何でしょうか。

  専門家の文献によれば、室町時代、江戸時代、明治にも、女性の相撲というのは行われ、女人禁制ということはなかったそうです。 
  それが、女人禁制になったのは、明治以降、神道に基づく、女性が穢れている、という考え方に基づくものだとされています。女性は月経がある=血を出す=穢れているという考えだというのです。

  このような考え方で女性を差別し、排除するというのは、女性蔑視の考え方に基づくものであり、合理性のかけらもない差別であることは明らかです。例えば、同じ理由で、女性を職場や政治から排除したり、選挙権を認めない、という結論が許されるはずもありません。

  一般社会では到底容認できない慣行なのに、「相撲は神事だから、伝統のわからない者が余計なことを言うな」等と、女性が論評することさえ許されないような議論があります。しかし、「伝統」「神事」を理由に、女性蔑視が正当化されて、女性差別が容認されて何もいえない、というのは論外です。

  たとえば、伝統・神事を理由に、外国人力士が排除されたり、差別されたら、すぐに人種差別、という問題になり、国際問題にすら発展するのが昨今です。ところが、女性差別については、まるでお約束のように、話題にすることすら適切でない、という空気感があります。女性差別であることすら気づかないような、話してはいけないような議論状況を見ると、日本の男尊女卑は深刻だ、とつくづく感じます。これでいいのでしょうか。

もっと深刻な女性差別があるから?

  女性の論者の中には「もっと深刻な女性差別にこそ目を向けるべき」という議論があるようです。「わざわざ騒ぎ立てるほどのことではない」という議論はこういう時、おうおうにして出てきます。

 実は私も過去に何度か、官房長官や知事の女性が「土俵に上がれなくて悔しい」ということを繰り返し述べていたのを記憶しています。

 確かにその時は、「相撲の土俵になど、あがる人はほとんどいない」「功成り名を遂げた、一握りのエリート女性が騒いでいるだけ。若い女性はもっと苦しんでいるのに」と冷ややかに感じていたのです。

 しかし、今回、宝塚市の市長が「悔しい」と述べたことには共感しました。

 ここまでかたくなに女性を排除して平気でいる相撲協会の姿勢や、その背後にある、穢れ、という伝統の起源を知るにつけ、これは女性みんなの問題であり、スルーすべきではない、と痛感しました。

 女性が土俵に上がれない、ということ=女性にはその属性ゆえに行ってはならないこと、控えなければならないことがある、ということが、「伝統」の名のもとに存在し、正当化され、そうしたスポーツが「国技」として優遇されていることが、人々の意識に大きく影響することは軽視できません。

 そうした事実を子どもの頃から記憶に植え付けられれば自然と、女性は男性よりも劣った存在だと認識させられ、男性は女性を見下すようになる、そのことが性暴力やDV、セクハラ、AV出演強要、職場での男女差別などといった、「より深刻な」と評される問題に直接的につながっていきます。これは私がこうしたケースに多く接してきた経験から実感することです。

 すべてはつながっています。みんなの目につく女性差別は「小さなこと」「表層的なこと」「取るに足らないこと」として軽視されるべきでは決してないと思います。

今すぐにやめるべき
  21世紀、スポーツの世界でも、性別・人種等に基づく差別や暴力は、決して許されないという考えは趨勢になっています。合理性のない「伝統」の名のもとに女性を蔑視し、排除するような相撲の在り方は、今こそ変わらなければならないでしょう。

  東京オリンピックを控え、国際的にも日本のスポーツ界の差別や暴力に対する視線は厳しくなっています。

  相撲協会は、このまま合理性も説明できない女性差別をやめるべきです。

  このまま、一般社会では決して通用しない差別的慣行を維持し続けるなら、公益財団法人としての適格性が真剣に検討されるべきでしょう。 
  主務官庁である文科省も女性差別をやめるべく指導監督をすべきでしょう。

  そして、NHKも公共放送として、大相撲中継を継続するのが果たして適切なのか、再検討すべきだと考えます。()

 

 

2018年3月14日 (水)

3月15日、16日 UN・NYで詩織さんとともにイベントを開催します。

みなさま

ニューヨークに来ています。国連女性の地位委員会に出席するためです。
こちらがオープニング!
Csw62


毎年私たち、この時期に開かれるこの国際会議でイベントを開催していますが、今年は伊藤詩織さんをお迎えし、また日系人会のビジネスウーマンの会にもご協力いただき、とてもわくわくの企画を予定しています。

日本で#Metoo運動をリードする伊藤詩織さん
実名で被害を告発する勇気ある姿勢は多くの女性に勇気を与えました。
私も彼女の会見での様子や、ブラックボックスという書籍に書かれた言葉に心を揺さぶられた一人です。

Metoo3

みんなで応援していくことが必要ですね。ということで詩織さんの声を国連に届けるお手伝いをすることになり、日本でも2月23日のイベントに御参加いただきました。

3月16日のイベントはこちら 国連パラレルイベントです。

Photo

詳細はこちら。是非ご参加下さいね。
http://hrn.or.jp/news/13000/
3/16(金) 午後4時半~#MeTooからの新たな挑戦~ 声をあげた人たちを守り、意識を変えよう!

また、日系人会でも前日にイベントを開催して下さります。
こちらはもう閉めきってしまったそうですが、100人越えで大盛況とのこと。

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こちらは私がメイン講師、詩織さんをゲストにお迎えし、ジャーナリストの津山恵子さんが仕切ってくださいます。
http://hrn.or.jp/activity/12670/

そしてこれを支えてくださる、ニューヨークで活躍するパワフルなビジネスウーマンの皆様とランチ

本当に素敵な、やさしい方々です。みなさんなくしてこの活動は実現しませんでした。
心より感謝。
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そしてさらに、国連内での記者会見も決まりました。
私も国連会合で発言することはしばしばありましたが、国連で記者会見するのは初めて。緊張しています。
日本の#Metooの現状についてお話しすることにします。

Dear colleagues,

UNCA will hold a press conference on Friday, March 16th at 2:00 pm in the UNCA Meeting Room with Ms. Kazuko Ito, Founder of Human Rights Now and journalist Ms. Shiori Ito, on Protecting and Encouraging Silence Breakers in Japan, particularly in reference to victims of rape, sexual harassment and sexual violence.

Please see the media advisory below for details.

The press briefing is open to all UN correspondents.

Sherwin Bryce-Pease
President, United Nations Correspondents Association

Protecting and Encouraging Silence Breakers in Japan
Press Briefing Friday, March 16th at 2:00 pm

WHAT: During the week of March 12 Ms. Kazuko Ito, Founder of Human Rights Now, will be in New York City to join the CSW 62 along with Ms. Shiori Ito, a journalist who broke Japan’s silence about rape victims for the first time through her experience. They will brief UN reporters about the situation in Japan which still has a male dominated society in spite of being the world’s No. 3 economic power.
Speakers will discuss:
• Ms. Shiori Ito will discuss her experience as a sexual violence victim and will describe the massive challenge women victims in Japan face. After she disclosed her assault by a politically influential journalist, neither the social nor the legal system sufficiently helped her. She experienced media silence and a massive backlash from society, and most surprisingly from women.
• What is happening in Japan to silence rape victims in the midst of the #MeToo movement outside Japan.
• What the difficulties are in breaking the social, cultural and legal barriers in Japan where the society discourages women from speaking out about rape, sexual harassment and sexual violence.
Links to Shiori’s story:
https://www.politico.eu/article/metoo-sexual-assault-women-rights-japan/
http://www.bbc.co.uk/programmes/p05r58zm
https://www.nytimes.com/2017/12/29/world/asia/japan-rape.html
https://www.huffingtonpost.com/entry/why-a-japanese-journalist-went-public-with-her-rape-allegation_us_59f9f89ae4b0d1cf6e921ec1

WHEN: Friday, March 16, 2018
2:00-3:00pm, including Q&A

WHERE: United Nations Correspondents Association (UNCA) Room S-310
United Nations Secretariat Building, Third Floor

WHO: The speakers include:
Ms. Kazuko Ito, Founder of Human Rights Now
Ms. Shiori Ito, journalist

CONTACT: Maromi Martinez martinez9653@sbcglobal.net
Yoko Kobayashi ohayoko0505@gmail.com
rnnyinfo@gmail.com

今回の一連の企画に関しては、多くの方からの心あるカンパと応援で支えていただいています。
心より御礼申し上げます。
是非お近くの方はご参加いただき、メディアにもお声掛けください。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
     


2018年2月24日 (土)

アスマ、インディラ、ナンディー二、詩織さん。#Metooと女性たちの勇気について

■ インドから、旧友が来日
おとといからインドの旧友・女性活動家のナンディー二・ラオが来日している。
昨日は東京、今日は大阪でシンポを開催。昨日の東京では250人近い方々が集まってくれ、伊藤詩織さん、山本潤さんも迎えて本当に感動的なイベントになった。
既に報道もされている。

https://news.yahoo.co.jp/byline/ogawatamaka/20180224-00081957/

https://www.bengo4.com/internet/n_7488/

https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/201802230000885.html?utm_source=twitter&utm_medium=social&utm_campaign=nikkansports_ogp


Metoo_2


私も、ナンディー二がもたらした貴重な情報をどこかで丁寧に振り返りたいと思う。

ところで、ナンディー二とはこんな会話を交わした。
「まだ聞きたいことはたくさんある。モディ政権はどうなの」
モディ政権になってからの市民社会への弾圧・抑圧が続いている。

ナンディー二はちょっと話を変える。
「私はビザを申請するときにアクティピスト、フェミニストと書いたので日本政府には入国できないんじゃないかと心配してたのよ。」と彼女は言う。最近の日本の評判に危機感を感じたからだろうか。
「いいえ、大丈夫。日本政府は人権活動家をリスペクトしている。例えばネルソン・マンデラやアウンサン・スーチー。その人権活動家が日本で活動していない限りはね」というと、「インドも同じ」と彼女は笑った。

■モディ政権の弾圧とインディラ

インドでは、NGOへの弾圧が厳しくなり、政権批判をするNGOは露骨な嫌がらせを受けている。
特に驚いたのは以下の件だ。
インドの前司法長官は女性で、インディラ・ジェイシンという強いキャラクターの女性弁護士だ。
夫は、アナンド・グローバー。国連「健康に対する特別報告者」として来日し、福島原発事故後の人権状況の調査報告書をまとめたことで日本では知られる。
しかし、インディラのキャリアはさらに知れ渡っており、国連女性差別撤廃委員会の委員も務めた。
彼女はLawyers Collectiveという、首都デリーに本拠を置くインドの代表的な人権NGOの代表者を務めている。アナンドはその一部のプロジェクトを担ってきた。

しかし、モディ政権になって、まもなくして、このインドを代表する人権NGOであるLawyers Collectiveの資産が凍結されたのだ。しかも前司法長官が代表を務めるNGOだ。
ほとんど何の違反もないし、横領や不正等もない。
これは一罰百戒となり、インドのNGOで政権にチャレンジしようという団体は極めて少なくなってしまったようだ。そのことはインドから来日する様々な団体から聞こえてくることだ。
インディラの世界的なネットワークで、こうした事態に抗議するNGOレターが公表され、ヒューマンライツ・ナウも賛同した。

あれからしばらくたつ。この件はどうなったのだろうか。
ナンディー二に聞くと、まだ口座は凍結されたまま、戦いが続いているという。
困難な闘いをインディラは勇猛果敢に戦っているという。財産が凍結されても人権活動を続け、NGOを運営することが、いかに困難なことだろうか。

■不屈な女性アスマ・ジャハンギルの死

日本ではあまり知られていないが、最近、パキスタンを代表する伝説的な人権活動家、アスマ・ジャハンギルがか亡くなった。とってもかっこいい人だった。

Asma


Prominent Pakistani rights activist Asma Jahangir dies aged 66

https://www.theguardian.com/world/2018/feb/11/asma-jahangir-pakistan-human-rights-activist-lawyer-dies-aged-66

女性の人権活動家としてとても偉大であり、原理主義と闘い自由と公正、女性の権利を求め、不屈なその戦いは、南アジアで多くの人々の心をつかんでいた。多くの人が彼女を敬愛していたのだ。
突然の心臓発作による死。イランの人権状況に関する国連特別報告者として現職で活動していた最中である。
前国連事務総長のコフィアナンも哀悼の意を表明したし、バングラデシュのハシナ大統領もその死にショックを受けたとコメントを出した。そういう女性だ。
パキスタンでは国葬並みの追悼行事が行われたが、ナンディー二によれば、インドのデリーでもアスマの死を悼む集会が行われ、多くの女性たちが集ったという。
そこで、インディラが登壇し、力強く演説したという。
アスマは、人権を守るために意志を貫き、そのために拘束され、投獄され、拷問もされた。それでも彼女は一切屈することなく意志を貫き、活動も発言もやめなかった、とインディラはその生を振り返った。
そして、私たちもアスマの志を引き継いで何があっても戦い続けようとインディラは自らに、そして聴衆に訴え、多くの女性たち、市民たちがそれに感銘を受けたという。
ナンディー二はその場にいて、そこで受けた感動を私に話してくれた。

■ナンディー二 私たちは黙らない。

昨日のイベントでナンディー二は聴衆に語りかけた。
女性たちを苦しめていることのひとつは沈黙である。沈黙を余儀なくされ、不当なこと、例えば差別や暴力の対象となっても、不合理な経験をしても、それについて語れないこと、それは女性たちを窒息させ、自分たちがとるにたらないもの、力のないものだと思わせ、自分がいけないのだという気持ちにさせる、とてもつらいことなのだと。
だからこそ、沈黙を破る#metooには意味がある。
まず語ること、そのことが女性たちを解き放ち、自由にし、女性たちが尊厳を取り戻すことにつながるという。
そのなかで、加害者処罰を求める者もいるし賠償を追求する者もいるだろう、しかし、それを求めないけれども、あったことを声に出したい、その根源的な人間としての要求から声を上げる人たちがいるのだ、と。

沈黙をやぶり、声をあげること、そのこと自体が女性たちの人間性を取り戻し、自由とパワーを回復させるのだ。声をあげることそのものに大きな意義がある、それが#Metoo運動の大切なところなのだ。

声を上げれば攻撃される、しかし、黙り続けていたら女性たちはもっと危ないひどい立場に置かれてしまうことを私たちは知っている、だから私たちは黙らない、とナンディー二はスピーチした。

そこには、困難に直面しながら顔をあげ、声をあげてきたインドの女性たちの伝統が受け継がれ、凝縮されていた。

■私たちも黙らない。

昨日は、#Metooと声をあげることでバッシングされる日本社会が、若い女性たちにいかに過酷なのか、以下に不当な沈黙を強いているかを改めて感じさせるシンポだった。
250人もの会場の参加者たちはみな、詩織さんを応援したいという思いに溢れた人たちだった。
そんなに多くのサポーターをはじめて目の当りにしたからだろうか。詩織さんの涙が印象的だった。その涙をみて私たちも心を動かされた。一人だけでずっとどれだけ頑張ってきたことか。
どれだけ心ない誹謗中傷に苦しみながら、勇気を出して、声をあげ続けてきたことだろう。

詩織さんはmetooでなくてWetoo、みんなに声をあげてほしい、と訴えた。

Photo

そうだ。
私たちはもっともっと声をあげる人たちをサポートしていかなくてはならないと思う。
声を上げた人を一人にしない、応援する、それが昨日のイベントのコアなメッセージだった。


私事だが、今度国連の会議に参加する。
詳細は不明だが、政府批判をしたこと等を理由に、迫害されている人権活動家たちが集まる会議のようだ。
多分、来日した何人かの特別報告者との関連で私に起きた一連の出来事について国連が懸念を持っているからだろう。デイビッド・ケイ氏に関連して私の身辺が尾行されていたのではないか、という報道があることについては、国連事務総長あての報告書にまとめられているのだ。
しかし、考えてみると私が受けたことは尾行・盗聴されたかもしれないという報道のみ。
インディラは資金を凍結され、アスマは投獄され拷問され、詩織さんは心無い誹謗中傷に苦しんでいる。
人権活動をすることは、もちろん困難を伴うものであり、私も楽ではない。しかし、彼らに比べたら私の困難など、本当に大したことはない。
戦前、小林多喜二は拷問されて殺されたのだ。
そのころに比べれば、少なくとも私を取り巻くことなど微々たる問題である。
私が「人権活動家」として国連の会議に参加し、迫害について語るなど、場違いな気さえする。
もちろん、自分に起きていることについて「たいしたことない」と自分の感受性を鈍麻させてしまうと、他の人の心の痛みにもセンシティブでなくなってしまうから、そうあってはならないという思いがある。
自分の身に起きたことが仮に誰かに起きてしまい、萎縮が進んでしまうことがないようにと思う。

女性たちの勇気、そして声をあげること、それは世代を超えて、国境を越えて、脈々と絶望的な中で、絶望を乗り越えて営まれてきた。
インディラが、アスマが、ナンディー二が、そして日本では、山本潤さんが、詩織さんが困難な中でも勇気を出して声を上げ続けてきたように、私も決して黙らない。
みんなが声をあげられる社会、そして声を上げた人をひとりにしない社会をつくっていかなくてはと思う。

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