経済・政治・国際

2008年12月 8日 (月)

オバマは公約を忘れようとしている?

あれほど熱狂的なMovementをおこしたオバマ次期大統領だが、

新政権の閣僚を見て、がっかりしている人も少なくないはずである。

実際、まったく楽観できそうにない。国防長官は、ブッシュ政権の留任、

そして、国務長官はヒラリー・クリントン。これでどんな変化がもたらせる

のか、私は懐疑的である。

ヒラリーはイラク戦争に賛成してきたし、そのことに対する反省を彼女の口から一度も聞いたことはない。「自由と民主主義」を掲げて世界への介入(武力を含む)を辞さない点で根底においてブッシュと変わらないと私は思う。ニューヨークにいた当時、「ヒラリーに裏切られた」「ヒラリーは信用できない」と述べ、彼女の偽善を告発する州民をたくさんみてきた。

それで、コード・ピンクという、アメリカの女性の反戦グループは、オバマは、彼の最大の支持勢力である平和運動のリーダーたちにあって、きちんと彼らの声、国民の声と願いを聞くべきだ、と呼び掛けている。

本当に、そのとおりです。ちょっとコスメティックをほどこしただけのブッシュークリントン政権にならぬよう。

December 5, 2008

Dear Friend,

When America voted for Barack Obama, America voted for change. As we watch the President Elect pull together his cabinet, full of members of the Clinton and Bush administrations, we want to remind him of the promises he's made to the American people. We want to remind him to keep the door open to voices that belong to the future, not just the past--to listen to the people who were right about the war in Iraq, right about the bail out, right about the many tragic failures of the Bush years.

Two weeks ago, we asked you to urge Obama to meet with leaders of the peace movement to talk about bringing our troops home. Thousands of you have added your voices to the petition; if you haven't signed yet, please do so now -- this petition is linked to change.gov and will be submitted directly to the Obama transition team

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2008年12月 6日 (土)

イラク戦争シンポジウム

私のオフィスのビルでご一緒している、ご近所さんの、NGO・日本国際ボランティアセンターの代表の谷山さんから、以下のご案内をもらいました。よかったらぜひのぞいてみてください。

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      JVC中東フォーラム・シンポジウム 127日(日)

         「イラク戦争は何をもたらしたのか」                  
           ~自衛隊の撤退を機に考える~
□━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━□

 日本政府は今年12月末までに航空自衛隊のイラクでの活動を終了することを表
明しました。国際貢献の名のもとに派遣された自衛隊は陸自、空自ともにイラク
でのすべての活動を終えることになります。
 「大量破壊兵器の保有」や「フセインとアルカイダとの協力」を理由に始まっ
た戦争とその後の混乱は、15万人以上のイラクの人々の命を奪い、暮らしそのも
のを破壊しつくしました。いったいこの戦争と混乱はイラクの人々に何をもたら
したのか、自衛隊はイラクでどのような「貢献」をしたのか、その検証がいま求
められています。

 イラクでの支援活動と日本の市民運動をつなぎ、イラクの「終らない戦争」に
向き合うシンポジウムを開催します。


第1部───
【報告】イラク戦争とその・u梃繧フ混乱は、イラクの人々に何をもたらしたのか
 ■原 文次郎(JVCイラク事業ヨルダン駐在員)+イラク人からのメッセージ
               ・・・ネット中継または電話
■吉岡 一 氏 朝日新聞 外報部 元中東アフリカ総局(カイロ)特派員
      『イラク崩壊―米軍占領下、15万人の命はなぜ奪われたのか』著者
 ■佐藤 真紀氏 日本イラク医療支援ネットワーク(JIM-NET)事務局長

第2部───
【報告】私たちは自衛隊イラク派兵にどう向き合ってきたか
 ■佐藤 博文氏 自衛隊イラク派兵差止訴訟全国弁護団連絡会事務局長、弁護士
 ■谷山 博史 日本国際ボランティアセンター(JVC) 代表理事

第3部───
【パネルディスカッション】イラクの人々と共に私たちは何ができるのか
吉岡 一 氏、佐藤 博文氏、佐藤 真紀氏、谷山 博史・

【日時】2008年12月7日(日) 13:30~16:30

【会場】明治大学 リバティタワー 1093教室

【住所】千代田区神田駿河台1-1(御茶ノ水駅から徒歩3分)
【地図】http://www.meiji.ac.jp/koho/campus_guide/suruga/access.html
【参加費】1000円(JVC会員、明大生・明大教職員は無料)
【主催】日本国際ボランティアセンター(JVC)
    現代史研究会
【協力】自衛隊イラク派兵差止訴訟全国弁護団連絡会
    日本イラク医療支援ネットワーク(JIM-NET

【お申込み】日本国際ボランティアセンター(JVC)
TEL 03-3834-2388
 info@ngo-jvc.net(担当:広瀬
http://www.ngo-jvc.net
 
※事前にお申し込みください。
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●「JVC中東フォーラム」は、「テロ戦争」と中東の問題を、JVCが活動
している現場を通して考える場です。様々な立場の方々を招いて、私たちにでき
ることを探ります。

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2008年11月 7日 (金)

オバマ勝利を実感。

  感激した。長いこと、米国を見てきた私にとって、今回の米国大統領選挙は本当に「やっとなるべき人が大統領になった」瞬間だった。

  私は2004年からオバマ氏を支持していたのだが、本当に今回当選できるとまでは、彼がここまでやってくれるとは。今年の初めから「もしかすると」と期待していたけれど、その時点で彼がなる、と思った人は日本には少なかったとおもう。でも彼は人々を勇気づけ、魅了し、なしとげた。

  四年前、多くのニューヨーカーが悪夢を見るようにブッシュ再選の報に接した。自分たちは全く同意できないのに、ファルージャで米軍はイラクの民間人を殺し続けた。そのことに何もすることができずに、その悔しさと罪悪感に、涙ぐんで語りかける若者たちもいた。政府の不満を持つ人々ひとりひとりのEmailまで監視の対象となった。アメリカの恐ろしい、暗黒の日々だった。

  しかし、ブッシュ時代がとんでもないと不満を持ち、声高に叫ぶ人はたくさんいたが、その望みを託せる人、というのはなかなか現れなかった。熱心にヒラリーを推すニューヨーカーの友人たちに、私は賛成できなかった。彼女は妥協をしすぎ、パワーポリティクスに染まりすぎていた。イラク戦争すら賛成票を投じていた。

 そこに現れて、変わらぬ穏やかさと力強さで、みんなに希望を与え、ひとりひとりに国を変える力があることを説得した、オバマ氏の人柄とリーダーシップがあって初めてこの変化が成し遂げられたと思う。国民はこれに応えた。懐疑的な人々、共和党を支持する人々も、一度も投票したことのない人も投票した。

  彼は「これはみなさんの成し遂げた勝利だ」と勝利を確認しあった。人々はそれを分かち合い、歓喜した。

  1950年代まで、選挙権すらなく、人種差別のなかにあった黒人が米国大統領になった、という歴史的快挙は、「月面着陸よりも偉大な歴史の進歩」だと米国で報道されている。ジェシー・ジャクソンが、オブラ・ウィンフリーが、コリン・パウエルがこの瞬間に涙ぐみ、多くの黒人の人々が喜びを爆発させ、黒人の子どもたちが微笑んでいるのをみて、彼らの道のりがここまでどれほど長く、どれほどこの日を待ちわびていたのかを気づかされた。

  彼を取り巻く課題は山ほどあり、シニカルな見方はいくらでもできる。米国は誰が大統領になっても変わらない権力構造だというのも正しいかしれない。核兵器で世界ににらみを利かせ、世界中に米軍基地を置き、CIAが世界で暗躍している、虚構の経済のうえに立つ国。著しい格差社会と不正義。

 しかし、それでも、これは言葉では語りつくせない、偉大な勝利だと思う。米国の構造と米国が経済と軍事力で支配する世界構造を少しでも変化させようとする努力を、私は、シニカルにならずに見守りたい。 

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2008年11月 1日 (土)

一刻も早く、グアンタナモ基地の閉鎖を

もうすぐアメリカ大統領選挙ですが、新政権にすぐにやってほしいことのひとつは、キューバにおけるグアンタナモ基地の閉鎖です。この基地に2001年秋のアフガニスタンへの米軍の攻撃の際にたくさんの人々(テロリズムとまったく無関係な人々を多く含む)が連れてこられ、拘束され、拷問を受けている。すでに7年近く経過している。2005年に私はアメリカの人権団体(Center for Constitutional Rights)で、テロと何の関係もないのにグアンタナモ基地に拘束された人々の人身保護請求の裁判などの手伝いをしていたが、グアンタナモ基地で行われている拷問や取扱いがあまりに残虐なので心底驚かされた。この件では、人権団体が提訴して、連邦最高裁が何度も、「軍ではなく、連邦裁判所が、グアンタナモの被収容者の拘束が正当かどうかを判断する。被収容者には裁判をうける権利があり、合衆国憲法の適用がある」と判断しているのに、ブッシュ政権が司法判断をまったく無視してグアンタナモ基地での拷問や拘束を続けている、という異常な事態であった。Al Odah事件(私も当時この件でいろいろと書面を書きましたが)という事件で、ついに2008年6月12日に、連邦最高裁が「大統領も、立法府も、グアンタナモの人々から人身保護請求の権利を奪うことはできない」という判決を出して、やっと、人身保護請求訴訟が始まった状態だ(詳しくは、http://ccrjustice.org/ourcases/current-cases/al-odah-v.-united-states)。グアンタナモ基地の経過はものすごく複雑だけれど、ロースクール生むけの雑誌に紹介した記事(ただし2007年の論文なので、2008年6月12日の最高裁判決や最近の動きはフォローしていないものですが)があるので、貼り付けます。私はグアンタナモ基地にいったことはないけれども、ひとりひとりがどんな拷問を受けたか、といったようなレポートをつくってまとめたりしていたので、一日も早く、彼らが釈放されるように! と思っています。また、グアンタナモだけではなく、世界中にアメリカ政府が秘密の収容所をつくってイスラム教徒にひどい尋問をしています。そうしたことをすべて、新政権が調査し、膿を出し切り、ジュネーブ条約違反を犯した者すべてを刑事裁判の裁きにかけるよう、勇気ある対応を求めたい。

テロリズムと国際人権法 

-  グアンタナモ基地の実情から

  9.11同時多発テロ事件以後、アメリカでは、「テロとの戦い」の名のもとに、いくつもの行き過ぎた人権侵害を伴う行動で世界を驚かせた。そのなかでも国際的に有名なのが、「テロリスト」と疑った者を世界中から、キューバのグアンタナモ基地などの収容施設に拘禁し、非人道的な取り扱いをしている問題である。今回はこの問題を例に、反テロリズム対策と人権について考えていく。

1 グアンタナモ・ベイに収容された人々 

   9.11同時多発テロ事件後の1113日、アメリカのブッシュ大統領はひとつの大統領命令を発布する。この命令は、アルカイダの構成員、米国・米国民・米国の外交軍事政策・経済政策に危害を加える活動に関与した者、それらの活動を援助・共謀した者、そのような者を匿った者を「敵戦闘員」(enemy combatant)として、世界中のどこにいても、大統領権限で無期限に身体拘束することができ、国防総省管轄の「ミリタリー・コミッション」で裁くことができるとしている。[1]

その後まもなく、キューバのグアンタナモ湾にある米軍基地(「グアンタナモ基地」という)は、大量の『テロ容疑者』を迎え入れることになる。基地に利用している土地は、アメリカが米西戦争時にキューバから「租借」し、キューバ革命以降のキューバ政府の返還要求に応じず、今日まで米軍基地として利用している。

この基地に9.11事件以後、当時戦闘のあったアフガニスタンだけでなく、他の地域から移送された者も多い。例えば、アルカイダと疑われてボスニアで逮捕された六人のアルジェリア人はボスニア最高裁で証拠不十分を理由に無罪とされたが、米政権のボスニア政権への引き渡し要求を受けて、釈放されることなくグアンタナモ基地に送られた。[2]

それから5年余、約100人以上の人々が釈放されたが、今も、約500名、40カ国以上から来た人々がグアンタナモ基地に拘束されている。彼らの多くは何の裁判も受けていない。米国政府は、安全保障(彼らが自由の身になって米国を攻撃することを防ぐ)と諜報(アルカイダの情報を聞き出す)の必要上、「テロとの闘いの終了まで」(無期限の)拘束するとしている。テロとは無関係なのに拘束された人も少なくないという。[3] 

2 非人道的な取り扱い

  では、実際にグアンタナモ基地にいる人たちはどんな取扱いを受けているのか。実は、筆者が2005年にインターンをしていたニューヨークの人権団体、Center for  Constitutional Rights(CCR) は、このグアンタナモ基地に拘束された約200人の代理人として、様々な活動を展開していた。法的手段としては連邦地裁に対する人身保護請求と米州人権委員会への人権救済申し立て、さらに国連へのロビーや世界のNGOと連携したキャンペーン活動なども行っていた。

筆者は米州人権委員会への報告書の作成を担当し、事件ファイルを通して人権侵害の実態を知った。例えば、2002年にアフガニスタンからグアンタナモに連れてこられたカナダ国籍の少年オマールは拘束された当時15歳であった。20051月、彼の弁護士がそれまで知られていなかったオマールに対する米軍の取扱いを明らかにした。彼は、頭巾をかぶせられ、両手錠をかけたまま宙釣りにされ、犬を使って脅された。さらに、米軍曹が彼の胃の上に乗り、足首と手首を彼の背中の後ろに縛り上げられ、彼がついに失禁すると軍曹は地面に油を注いで引きずりまわしたという。

ほかの被収容者たちもみな、殴る、蹴る、棒で叩く、踏むなどの暴力、冷たい室温の部屋への放置、手錠をかけての宙吊り、犬を使った脅迫、銃口をつきつけての取調べ、金属の箱に閉じ込めるなどの物理的拷問を受け、さらに、尊厳と宗教的信念を踏みにじる行為-頭巾を被せる、裸にする、女性軍曹による性的虐待、コーランを汚す、踏みつけるなどの冒涜などにさらされている。

実は、こうした行為は、「許される尋問テクニック」として、米政権上層部によって予め承認されていた。公開された政府内のメモによると、2002年1月から、グアンタナモ基地に拘束された人々に対する「尋問テクニック」はどの程度許されるか、米政権内で議論が始まる。125日、ゴンザレス大統領補佐官(当時、現司法長官)は、「この戦争は新しい戦争であり、テロリストを捕獲するために新しいアプローチが必要」とする意見書を大統領に提出、[4]2月7日に大統領は、捕虜の人道的取扱いを定めたジュネーブ第三条約の適用はタリバン・アルカイダには適用がないと判断。これを受けて国防総省内で「許される尋問テクニック」の検討が進み、「起立など、ストレスのかかる姿勢を4時間連続してとらせる/犬への恐怖などの嫌悪感を利用する/衣服を脱がせる/30日間隔離/20時間連続取調べ/照明の排除/ 環境調整(温度調整・悪臭の導入)/ 睡眠時間調整」は「許されるもの」とされた。[5] アメリカは、「拷問禁止条約」を批准しており、同条約では、拷問を「情報・自白収集、処罰、脅迫・強要等を目的として、身体的または精神的に、人に重い苦痛を故意に与える一切の行為」と定義し、国に拷問を防止する義務を課す。しかし、アメリカは、拷問とは、重い身体的・精神的苦痛を与える具体的な意図を持ってなされ、かつ精神的苦痛・症状については、長期的な精神障害を引き起こすことを具体的に意図した場合に限定される、という極めて狭い独自の定義を採用し、これに当たらない行為は「拷問」に該当しない、として、上記の尋問テクニックを承認したのである。

3 司法と米軍・議会の攻防

  2002年2月、CCRは他の人権団体に先駆けて、グアンタナモ基地の無実の被収容者の釈放を求めて、連邦地裁に人身保護請求を申立てた。20046月に連邦最高裁は、「グアンタナモの被収容者は人身保護請求手続によって、自らの拘束の適法性に関する法的審査を受ける権利を有する」という常識的な判決を下す[6]。 この決定の直後、CCRは直接コンタクト出来ない者を含めた約200人の代理人となって人身保護請求訴訟を拡大させていく。最初は、弁護士が依頼人に会いにグアンタナモ基地に行って面会することすら拒否され、また接見の全てを国防総省が録画モニターするなどの制限があったが、弁護士たちは憲法上の「弁護人選任権」の実現を求める裁判で勝ち、自由な接見が認められるようになっていった。

ところが、米政府は、最高裁決定を無視して人身保護請求手続に協力しない態度をとった。軍人を判断者とし、連邦最高裁への不服申し立てができない特別法廷を設立して[7]、グアンタナモ被収容者の身柄拘束の正当性をこの特別法廷に裁かせることにし、連邦裁判所での人身保護の審理を空転させてしまったのだ。

2005年の夏、我慢の限界に達した被収容者たちは、待遇の改善をもとめて、ハンガー・ストライキを開始し、その規模は200人規模となる。その中には少年オマールもいた。それでも待遇が一向に改善しないため、被収容者は餓死寸前の状態となったが、なかには絶望して食事をすることを止め、「餓死」を選ぶ人たちも出てきた。米軍は、餓死の危険のある者を病院に収容し、鼻にチューブを通して強制的に栄養を摂取させたりした。こうした事態は長期間家族にも弁護士にも知らされず、ある日、面会した弁護士は、変わり果てて歩くことも出来なくなった依頼人たちの痛ましい姿に衝撃を受けた。[8] 絶望した依頼人の首吊りなどの自殺未遂も起こった。

200512月には、米議会で突然、人身保護法が改正され、「米国防総省が『敵戦闘員』としてグアンタナモに収容している者に対しては、裁判所は人身保護請求の審査を行うことはできない」とする改正案が上下両院を通過してしまった(議員立法)[9] 「グアンタナモは米国領土でないから、合衆国憲法は及ばない」という理由で、司法における人権論争を封じ込めるものだった。米政府はこの法律を受けて、連邦地裁に申し立てられた全ての人権保護訴訟の棄却を求めた。

4     テロとの戦いと人権

こうしたグアンタナモ基地の事態はメディアでも毎日のように取り上げられ、「国際人権のスタンダードに反する」と世界から批判を浴びる。ここで、国際人権法に目を転じ、どんな権利が問題になるか、テロとの戦いを理由に制約できるのか、を見ていこう。

(1)   まず、そもそも「テロとの戦い」を理由に、人権を制約することは許されるのだろうか。

同時多発テロ事件直後、国連安全保障理事会は、決議1373(2001)を採択し、「テロによる国際平和と安全に対する脅威と戦うため全ての必要な手段をとる」と宣言した。[10] 国には、テロリズムによる無差別攻撃から国民の生命・安全を守る責務を負う。国は、自由権規約の規定する「生命の権利」(規約6) を保障するため、この権利を自ら侵してはならないとともに、第三者の侵害からも守る義務を負うからである。しかし、テロ対策の手段は無制限ではない。2003年に安全保障理事会が採択した決議1456は、「テロとの戦いにおいて、国際法、とりわけ国際人権法、難民法、国際人道法上の義務に従うためあらゆる手段を尽くさなければならない」と明記する宣言を出した。全ての国は、テロ対策にあたって、国際人権法上の義務に違反する措置を取ってはならないのである。

(2)   では、グアンタナモ基地での被収容者の取扱いは、アメリカの国際人権法上の義務との関係でどこが問題となるだろうか。グアンタナモ基地では様々な人権侵害が指摘されているが、ここではもっとも根本的な国際人権法上の義務との抵触を指摘する。

    身体拘束

アメリカは自由権規約を批准しており、その91項は、「すべての者は、身体の自由及び安全についての権利を有する。何人も、恣意的に逮捕され又は抑留されない。」と規定、94項は、逮捕などにより自由を奪われた者に対し、その身体拘束の合法性について裁判所で争い、司法判断を受ける権利を保障する。また、規約14条 第1項は、すべての者は「権限のある、独立の、かつ、公平な裁判所による公正な公開審理を受ける権利を有する(141)」とし、142項は無罪推定、143項は主に刑事事件におけるデュープロセスの保障として、防御権、弁護人選任権、黙秘権、反対尋問権や上訴の権利の保障などを定めている。

従って、グアンタナモ基地の人々は、自らの拘束の合法性について、裁判に訴えて争う権利が認められるべきであり、その裁判はデュープロセスと上訴の権利が保障されるものでなければならない。

   人道的な取扱い

拷問・非人道的な取扱いは、自由権規約と拷問禁止条約で絶対的に禁止されている。自由権規約第7条は、「何人も、拷問又は残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰を受けない」とし、規約10条は 「自由を奪われたすべての者は、人道的にかつ人間の固有の尊厳を尊重して取り扱われる」とする。拷問禁止条約は、全ての拷問の防止を締約国に義務づけており、特に「戦争状態、戦争の脅威、内政の不安定又は他の公の緊急事態であるかどうかにかかわらず、いかなる例外的な事態も拷問を正当化する根拠として援用できない。」(2条の2) として、戦争・緊急事態にあっても拷問の絶対的禁止はゆるがないことを明確にしている。グアンタナモ基地の被収容者は、たとえテロ容疑者であっても、拷問を受けてはならない。

 アメリカは、グアンタナモに拘束した人々について、上記いずれの義務にも違反しているということができる。

5 国連の動き

米国内での救済手続きが袋小路に陥っていた2006年の2月に、国連のシステムが動き出した。国連人権委員会は、特別手続の一貫として、テーマ別・国別の重要な人権問題をフォローするため、独立した専門家を「特別報告者」に任命し、人権問題の調査に携わらせている。「拷問」「恣意的拘禁」「宗教的自由」「身体的精神的健康に関する権利」「司法の独立」という5つのそれぞれのテーマで世界の人権を調査・報告するよう国連から任命された特別報告者たちは、2002年以降、それぞれ独自にグアンタナモ基地の状況をフォローしてきたが、2004年にグループとして行動することを決めた。

2005年秋、5人の特別報告者は国連総会第三委員会でグアンタナモ基地の問題への憂慮を表明、同基地への査察を強く要求した。米国はついに特別報告者たちのグアンタナモ基地への訪問することを認めるが、被収容者に対するインタビューは拒絶した。5人の特別報告者たちは、インタビューが認められないような視察は特別手続の趣旨を損なうものだとして、グアンタナモ基地への訪問を取りやめ、代わりにヨーロッパ等に在住する元被収容者や弁護士などに対する徹底した調査を行ない、5人共同での報告書作成をすることを決めた。こうして5人の特別報告者によるグアンタナモ基地に関する共同の報告書が2006216日、国連に提出した。[11] 

この報告書の概要は以下のとおりである。

1) グアンタナモ基地の事態には、国際人権法が適用される。

報告書はまず、米国の国際法上の義務(自由権規約等に保障された人権尊重義務)を明記し、米軍がコントロールを及ぼしているキューバ・グアンタナモ基地はたとえ米国領土でなくとも、米国の人権尊重義務が及ぶ、と明記する(報告書には、前回紹介したパレスティナ占領地におけるイスラエルの人権尊重義務を認めたICJ判決が引用されている)。そのうえで「国際人権法は、全ての場合に、たとえ緊急事態や武力紛争下でも適用される」とした。さらに、報告が「『テロとの戦い』は現実の「武力紛争」に該当しない」と明記したのが注目される。アメリカは、「テロとの戦い」を通じて行った全ての行動について国際人権法は適用されず、国際人道法だけが適用される、という態度を採って来たことから、この分析は重要である。

2)    米国は緊急事態を理由に人権保障義務を後退させることができない。

報告書は、自由権規約4条が規定する、国家の緊急事態における人権保障義務の後退について検討する。後退措置をとろうとする国は、国連事務総長を通じ全締約国に通知をしなければならないが(規約4条の3)、アメリカはこのような通知を行っていないことを報告書は指摘する。

そのうえで報告書は、規約4条の認める後退は「国家存亡の危機の場合に許される、一時的・例外的措置であり、他の方法で目的を達成できる場合は人権保障の後退は許されない」とする。そして、自由権規約は、生命の権利、拷問・非人道的取り扱いを受けない権利、思想・良心・宗教の自由などの権利は、戦争のような非常時であっても保障を後退させることができないと明記していること(4)を注意喚起し、さらに、同4条に関する一般的見解29が「手続き的セーフガードは、4条に明文はないが、後退措置が許されない」と規定していることを紹介し、「自由権規約9条および14条の重要な要素、即ち人身保護請求の権利、無罪推定、最低限の公正な裁判を受ける権利は、国家の緊急事態においても全面的に尊重されなければならない」とした。対テロ戦争を巡って、拷問や裁判を経ない拘禁が世界で問題になっている現在、自由権規約9条、14条の重要な権利を対テロ戦争においても後退させることができない、と報告書が確認したことは非常に重要である。

3)無期限拘束について

以上を前提に、報告書は、グアンタナモ基地の人々が、身体拘束について司法判断を受けられないことを自由権規約9条・14条違反であると指摘し、アメリカ政府に「被収容者を速やかに司法の判断に委ねるか釈放せよ」と明確に勧告した。

4)拷問、非人道的取扱い、宗教的権利 健康の権利

さらに、報告書は、国防総省が作成した「許される尋問テクニック」は組み合わせられれば拷問に該当すること、また報告されている有形力の行使およびハンガーストライカーへの強制的な栄養摂取は拷問に該当することを指摘し、さらに拘禁の長期化と、長期の独房への拘禁は、それ自体が非人道的な取扱い(自由権規約10)に該当すると判断した。報告書はまた、グアンタナモ基地での取り扱いは、宗教的自由、健康の権利に反するという点も詳細に指摘している。

以上を前提に、報告書は、米国政府は拷問に関与した全ての人間を調査し責任者を処罰すべきであり、拷問の被害者には金銭賠償が認められなければならない、と結論付ける。

5) 報告書はさらに「米国政府は、グアンタナモ基地を速やかに閉鎖すべきである」と勧告する。

国連の任命した5人の専門家がそろってグアンタナモの事態を国際人権法違反と報告したことは国際世論に大きな影響を与えた。米国政府は報告書に強く反発したが、アナン事務総長は総論において報告書を支持し、「グアンタナモ基地は早晩廃止されるべきだ」と表明した。米政権が「テロとの戦い」の名の下に行なう人権制約が世界のスタンダードから見て通用しないことが、ようやく国際法の到達点に照らして明確に示されたことは重要である。

5     相次ぐ判断

この5人の報告書提出後、国連拷問禁止委員会は20065月の報告で、「起訴もせずに無期限拘束していること自体が拷問禁止条約違反」として、グアンタナモ基地での全ての拘束をやめることをアメリカに勧告した。 20066月には米連邦最高裁が、テロリスト容疑でシカゴの空港で逮捕され、ミリタリー・コミッションに訴追されたハムダン氏のケースで、「ミリタリー・コミッションはジュネーブ条約に違反する」と判断した。グアンタナモ基地について政府が強硬な態度をとるなか、国際機関と国内裁判所は相互に良識的な決定を出しあい、「対テロ戦争のもとでも基本的人権を守らなければならない」ことを鮮明に表明している。

9.11以後のグアンタナモを含む人権侵害は大規模かつ、目を覆うばかりの深刻なものであるが、ブレーキをかけ、警鐘をならし続けているのは、国際人権法の原則に誠実に立ち戻り、主張する国連・NGOなどの法律家の活動である。 彼らは、国をあげての反テロ掃討作戦で忘れられがちな少数者の人権を果敢に問題提起し、とても重要な歯止めの役割を果している。

キーワード

 テロリズム

  テロリズムの明確な定義は存在しない。しかし、120カ国が批准した1999年締結の「テロに対する資金援助禁止条約」は、テロリズムには、「集団を恐怖に陥れて、政府や国際機関にある行為をさせ、またはさせないことを強制する目的で、市民ないし、武力紛争時に敵対行為に参加している者でない者に対し、死や深刻な身体障害の結果をもたらすことを意図して行う全ての行為」が含まれると規定する。

  ジュネーブ第三条約(捕虜条約)

 捕虜に対する取扱いを定めた1949年に締結された国際条約で、今では国際慣習法としての地位を認められている。捕虜に対し、肉体的・精神的拷問をしてはならないこと、人道的に取り扱うべきことを定め、さらに、戦闘終了後には速やかに釈放されるべきこと(87)権限ある法廷で捕虜としての認定を受ける権利を有することを定める(5)。また、捕虜と認定されない者も、殺人、拷問、虐待を禁じられている(3)

連邦人身保護請求〔ハビアス・コーパス〕   コモンローによって認められている、被拘禁者が不当な拘禁からの解放を求める訴えの手続。アメリカでは、連邦裁判所がこの人身保護請求を審査することになっており、憲法に違反する逮捕・拘禁から個人の基本的人権を守るために極めて重要な制度として機能している。

  ミリタリー・コミッション

 200111月のブッシュ大統領の命令により設置された、「アメリカの敵」を裁く機関。裁かれる罪の対象は、戦争犯罪、テロ行為のほか、アフガニスタンにおける米軍と同盟軍への敵対行為全て、「米国と同盟国の敵対者」を武器、情報、金銭等の手段で援助し匿うなどの全ての援助行為、これら行為の共謀、未遂全てである。判事、主任検察官、主任弁護人は全て軍人から任命される。 国防総省内部の再審査があるだけで司法機関への上訴の道はなく、仮に無罪判決が出ても、最終的な判断者である国防長官がこれを破棄できる。2006629日、ハムダン対ラムズフェルド事件で、連邦最高裁は、ミリタリー・コミッションはジュネーブ第三条約に違反する、と判断した。

オマール・カードル 15歳のときにアフガニスタンで米軍に拘束され、グアンタナモ基地に送られた少年。少年でありながら、グアンタナモ基地に無期限拘束され、米軍による激しい拷問を受けていたことが、弁護士を通じて明らかになり、世界の衝撃を生んだケースである。彼は今もグアンタナモ基地に拘束されている。


[1] Military order issued by the President, Nov 13,2001

[2] Human rights watch world report 2004

[3] グアンタナモの元従軍教戒師、ジェイムス・イー氏は、「ほとんどの人は、テロリスト・アルカイダと関わりがあるようには思えなかった」と公言している。ペンタゴンの文書でさえ、被拘束者のうち、米国に敵対した者は45%、アルカイダ・メンバーは8%とされる。New York Times Feb 17 2006 

[4] Memorandum for the President from AlbertRGonzales 1/25/2002

[5] Approval on the techniques outlined in William J. Haynes' November 27's memo,Secretary of Defense Memorandum for the commander, US Southern command of 16 of April 2005 on "Counter Resistance Techniques in the War on Terror"

[6] いわゆるラスル決定。Rasul v Bush June 29 2004

[7] 「戦闘員資格認定法廷」 Combatant Status Review Tribunal(CSRT) 

「年次審査機関」Annual Review Boards(ARB)

[8] 被収容者の状況に関しては、主にCCRの提起している人身保護請求訴訟の記録による。

[9] Graham Amendment 2005

[10] E/CN.4/2005/103, 7Feb 2005, Robert K. Goldman

[11] Future E/CN.4/2006/120

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2008年10月31日 (金)

フランス的生活♪

 先日ご紹介した派遣のシンポにきていただく川口美貴先生(関西大学大学院法務研究科教授)と事前打ち合わせをさせていただいた。フランス法がご専門だというのだが、「フランスの人々はどんな働き方をしているのか」とみんな(弁護士)興味深々で、先生から根ほり葉ほりうかがってしまう。

まず、フランスは労働時間が35時間制であり、女も男もそれ以上働かない、残業しないのだという。

「え、でも、これから出世しよう、とうエリート社員や野心家の男性は、35時間なんて無視してどんどん働くんじゃないんですか」

 いいえ、早く帰っていますよ。長時間働いても効率が悪かったらしょがない。休みもとらないとクリエイティブでよい仕事はできません。

 「日本には労働基準法36条で、労使が協定を結べば残業はできることになっていますが、そんな規定はフランスにはないんですか」

 残業はできますが、みんなやりません。週39時間を越えて働く、という人はほとんどいない。

 「え、でも日本では、基本給が少ないので、サラリーマンは残業代で何とか生計を維持してます。残業しないと家計が苦しくならないんですか。賃金が高いんですか」

 うーん、単純に日本とフランスの賃金を比較できませんが、フランスでは子どもの教育費もほとんどかかりませんし、物価もそんなに高くない。それに、残業代を稼ぐために残業するくらいだったら、残業しないで、節約して生活するほうをフランス人は選ぶと思う。

--- これはすごく新鮮な発想! 残業するくらいなら、余暇を大切にして、節約して生活をする。いいですね。

  先生はおっしゃる。フランスでは家族と過ごす時間を大事にするし、余暇を大事にする。だから、日曜日はお店は閉まってますし、お昼も二時間くらい店が休む。それがあたりまえで、みんなが慣れている。職場の夜の飲み会もないので、みんな家に帰ります。

 「日本人とは人生観が違うので、ちょっとすぐにはフランス人みたいになれないかもしれないけれど、最低賃金をあげて、働き方も考え直したほうがいいですね。」

。。。。。

--- フランス流、にがつんとやられてしまいました。

   しかし、思えば、子どものころは、7時にはお店が閉まり、セブン・イレブンができたときも大人がみんなまゆをひそめていたけれど、今や24時間があたりまえ。昔は8時には普通の家のお父さんは家に帰っていたけれど、今はそんなことない。

 こうこうと電気をつけて、みんな昔よりも忙しく働き続けている。いつからそうなったのか、日本人全体で日本人の首を絞めているような気がします。

 そして、そんなだから、日本の場合は、女性は出産したら働き続けられず、仕事を辞めてしまう人が多い。そして、出産後復帰しようと思っても、就職口のほとんどはパートか派遣しかない。これがフランスみたいに35時間なら、多くの女性も出産・育児と両立して、働き続けられるだろうに。。。

 日本なら残業してでもお金がほしいと思うだろうに、フランスでは、社会全体が、時間・余暇のほうが大切、というコンセンサスになっているところがすごい。

 「お金がなくても平気なフランス人、お金があっても不安な日本人」という本を読んだこともあるけれど、お金がないならないで、節約して余暇を大切に暮らすという、すごい発想の転換。

 しかし、最近プチ・ベジタリアン化している私は、野菜を家で調理するだけならとっても食費が安いし健康にもよいことを発見。実は人間ってこんな感じなら本当に安く暮らせそうだな、と目覚めてしまった。

 働きすぎず、早めに家に帰って、電気を消して電気消費量を減らし、野菜を食べて、経済的に身軽になり、ゆっくりと考える時間を作っていい仕事をする、という生活が、これからの時代はいいのではないだろうか。

しかし、そのためには、労働法の規制(これまでの規制緩和の逆)と、人を使い捨てにしている今の企業のやり方を転換することが大いに求められる。

 

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2008年10月21日 (火)

注目のアメリカ大統領選挙

ついにアメリカ大統領選挙だ。私は実は、ずっと-2004年から-バラク・オバマに注目し、期待してきたのだけれど、2008年の大統領選挙に出馬して勝てると、期待はしてきたが、それが実現するとは思っていなかった。イラク政策でも、経済政策でも、あの国民たちからは受け入れられないと思っていた。

ところがいまや、雪崩をうったように、イラク政策でも、経済政策でも、オバマ支持が高まっているとのこと。アメリカに劇的な地殻変動が起こったのを実感する。

2004年に、対外的にはテロとの戦いを強調し、対内的には規制緩和を極限まですすめたブッシュの政策を多くの国民が「それでよいのだ」と支持し、それらの政策に関心のないものも、保守的なキリスト教原理主義のイデオロギーにもとづいてブッシュを支持した。

私は2004年の大統領選挙のとき、アメリカにちょうど留学していたので、心底この国の保守性に驚いたものだが、それから4年、イラク戦争も泥沼、規制緩和・市場万能主義の弊害がここまで極限まできた、という事態に直面して、ようやく人々が目をさまし、おかしいと考え始めたのだろうか。

日本の政権交代も大変注目されるけれど、それを決める総選挙の前にあるこの大統領選挙もとても注目される。なぜなら、好むと好まざるとにかかわらず、アメリカは全世界に影響を与える国だからだ。

 この8年間でみたような、イラクやアフガンなど世界中で罪もない人たちが殺されるような世界をもう目撃したくない。もうどこの国も自分たちと価値観が違うという理由で一方的に侵略をしてほしくない。人々の違いを認めながら、世界が信頼を構築して平和に近付くような外交政策に少しでも近づいてほしい。それにドラコニアンのようなグローバリゼーションも修正すべきで、その鍵はやはりアメリカが握っている。日本もアメリカの政策に事実として大きく影響されている。

 それに、40代の黒人の弁護士、オバマが大統領になる、というのは若者たち、マイノリティたちの意見が政治に届く、ついに私たちの時代がくるのかもしれない、という大いなる期待を与えるものだ。

 しかし、アメリカの人々は2000年、2004年の苦い経験があるので、まだ安心は全然していない。私がみていても、2004年の選挙は本当にあくどいものであった。

ひとつは、テロの危険をあおること。2004年の選挙の2日前に、メディアは、ビン・ラディンからビデオが送られてきた、と一斉に報道、ビン・ラディンは9.11を仕掛けたのは自分たちであり、今後テロを続けるかは、アメリカ国民が誰を大統領に選ぶかにかかっている、というメッセージを送った。このプロットを書いたのは誰か、誰がかかわったのか、わからないが、大変謀略的な出来事だったと思う。

マケインはさすがにブッシュほど極悪でないので、たぶんそこまではやらないのでは、と思う(甘いか?)

もうひとつは、不正選挙。2000年と2004年には民主党支持と思われる貧困層や黒人の人々の投票を妨害し、投票をさせない、ということが大量に発生した。選挙人としての登録を誰かが勝手に取り消したり、誤った情報を与えたりするようだ。実は今年もすでに6つの週で不正が進行中だという。選挙当日に投票を拒絶され、なすすべがなくなることを避けるために、今年は多くの人が事前投票をしているという。以下は、反戦活動をしているグループから来たメールだ。

In 2000 and 2004, the right-wing machine went national with voter intimidation, misinformation, and other manuevers to steal elections. Possible illegal attempts to remove or block registration are underway right now in six states. Now is the time for the antiwar movement to join election activists in communities to protect the vote. Check with local chapters of NAACP, ADC, AFL-CIO, and the ACLU for efforts already underway (see contact info below).

 しかし、ブッシュのときになかったこととして、マケインは、最近、オバマを「社会主義者」だと攻撃しているというので驚いた。サブプライムローン問題に端を発した現在の米国経済は、市場経済万能主義の弊害を明らかにした。それを修正しようとしているオバマに対してこのような攻撃をする、というのは、追い詰められた証拠だなあ、と思う。

 しかし、そういえば、クリントン時代には、アメリカに医療保険制度を導入しようとヒラリー・クリントンが活動したところ、医療保険制度は社会主義的だ、というキャンペーンを医療関係の業界が張って、導入を阻止した、という(マイケル・ムーアの「シッコ」より)。医療保険制度が社会主義的だ、というのは笑ってしまうような話だが、アメリカでは効き目のあるプロパガンダなのだろう。

 こういうわけのわからないプロパガンダや、投票妨害、キリスト教原理主義の牧師たちが南部で繰り広げる説教など、予想される愚かしいことをオバマ・パワーが乗り越えることができるか、注目していきたい。

 このアメリカの状況は今の日本と本当によく似ている。日本も国際競争力を高めるなどという口実で人々が踏みつけられ、企業は巨大な利益を得ている一方で人々の貧困が深刻化して、行き過ぎた資本主義が行き詰っている。私も現在「女性の貧困」の問題に取り組んでいるが、本当にひどい状況で、今注目されている男性たちだけでなく、女性たちも圧倒に社会から踏みつけにされている。

 日本でも普通に働いている人々に優しい政治、人間が大切にされる政治に変わることが切実に求められている。

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2008年10月 3日 (金)

はじめまして。弁護士の伊藤和子です。

  はじめまして、都内で弁護士をしている、伊藤和子です。

  ブログ環境がやっと整いましたので、あらためてご挨拶です。

  このたび、ココログでプログを始めることにしました。

  普段の生活は、女性弁護士として働きながら、国境を越えて世界の人権問題に

  取り組むNGO 特定非営利活動法人「ヒューマンライツ・ナウ」

  (http://www.ngo-hrn.org) のスタッフ弁護士として、二足のわらじで、日々を

  あわただしく過ごしています。

   このNGOは、2006年に法律家、NGO関係者、ジャーナリストなどが

  発足した、アジアを中心とした、世界の深刻な人権侵害に、

  国境を越えて解決を図っていこうとする新しい

  国際人権NGOです。

  国境なき医師団の弁護士バージョンを目指しています。

   弁護士としての活動の重点は、女性の権利、刑事えん罪事件など。

  日々事件を通して感じること、司法界で思うこと、目指したいこと、

 世界の現場で知った事実など、そして関係するイベントの

 ご紹介などをお伝えしていきます。

 

   以前の非公式ブログ、http://plaza.rakuten.co.jp/kazukoitoatt/から引っ越して

  きました。

   また、留学中(2004-2005・ニューヨーク大学ロースクール)の

  ニューヨークでのブログを二つのウェブが掲載してくれてたのが残ってます

    (まったく同じもの)。

  http://www.cadu-jp.org/from_NY/new_york_report.html

  http://www.jdla.jp/cgi-bin04/column/kazuko/index.html

   ところで、ニューヨーク留学当時、ときどきお届けてしていた

  米国大統領選挙。月日のたつのは早いもので4年経過して、また大統領選挙です。

    私は今回、民主党オバマ候補を条件付き(イラク撤退など)

  支持してきましたが、一時は圧倒的に盛り上がっていたオバマ候補、

  勢いがありません。昨日アメリカ人の知人と話をしましたが、

  四年前ほどの高揚もないので驚きです。

    サブプライム問題の余波の金融情勢やペイリン氏の登場が複雑な影響を

  与えているようです。

   もし、ブッシュ路線を継承するマケインが勝ったら、信じられない!

   と彼女は言っていましたが、信じられないことは四年前も

  発生したのです。

   そしてその直後にイラクのファルージャで、たくさんの民間人が

 米軍の猛攻撃で命を落とし、その後も耐えられないくらいの人々の命が

 イラクで犠牲になりました。

    今月は、日本の政局とともに、この大統領選挙、日本から注目して

 いきたいと思います。

   

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