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2018年10月 2日 (火)

事務所移転までの日々と「神楽坂」へのめぐり合わせ

10月1日から事務所を神楽坂の奥・山吹町に移転しました。

想えば、今年のスタートは、海外から戻ってきて1月4日から神楽坂に出かけて物件を巡ったものです。

移転の話が出たのは昨年12月、詳しくはお話しできませんが、大切な拠点を出ていかざるを得なくなり、寝耳に水の話で、なんてひどいことだろう、と思いました。

秋葉原ビルは私たちが7階、6階に日本国際ボランティアセンター等が入っているビルで、NGOに理解のあるオーナーさんたち。8階はフリーのカフェスペースで、インターンやボランティアがくつろぐこともできてとても素敵な環境でした。

同じような環境を手に入れることは無理。秋葉原周辺も探しましたが、オリンピックを前に家賃は高踏。駅から離れない限り、良い物件は見つからない。。そこで都内でも家賃が安い場所がないだろうか、と考えました。

移転にはとても大きなお金がかかります。2012年に大きなお金をかけて移転したばかりなのにまた移転でお金を失うことは現実問題としてとても痛いものでした。

それほどお金をかけて移転するのなら、現状維持ではなく、新しいところ、本当に行きたい場所にいきたいと思いました。

秋葉原のオフィスは、スタッフの事情など様々な事情から選択肢がそもそも限られていて、そのなかで選択したもの。でも今度は自由に決められる。

そんななかで、物件探しを始めた私は、神楽坂と江戸川橋の周辺の家賃が割安だということを認識しました。

神楽坂は実は私の生まれた街。矢来町が生家と聞いています。

ただ生まれた病院は鬼子母神病院だそうです。そこにいたのは1歳か2歳くらいまでだそうですが。

そして早稲田大学出身の私は学生時代、神楽坂でバイトをしていました。当時の神楽坂はそんな素敵なところではありませんでしたが、懐かしい場所です。

しばらくして、神楽坂がおしゃれな街になっているのを知り、アグネスホテルに泊まったり、フレンチを食べたり、ちょっと遊びに来るようになりました。弟が神楽坂好きで、よく母と弟と夫などと食事にきたりもしていました。

そして最近では、仁藤夢乃さんたちのコラボが「私たちは買われた」展を神楽坂の展示スペースで展開されたのを見に来ました。実はそれが神楽坂をよく知るようになったきっかけ。

実は展示内容があまりにショックで、展示スペースでも座り込んでしまう状態。暑い夏の日でしたが、到底そのまま電車に乗って家に帰ることができず、ふらふらと飯田橋方向に歩き続け、ある炉端焼き屋さんに入り、とてもそこが気に入って。。

夫を呼んで二人で食べました。それから神楽坂の通りを散策して楽しみ、その後、同じ店で母の誕生日をやったり、とこの数年で突然神楽坂好きになっていったのです。

もちろん、本当は神楽坂の大通りに事務所を出したい、でもそのあたりはとても人気で家賃が高いのです。

私は、弁護士業務でも経費を下げて、自由度のある暮らしをしようと決めてやってきました。そして、ヒューマンライツ・ナウは何より、多くのボランティア等が集えて、広いスペースが必要、それが高くては困りますので、単価が安いところでないと困ります。

多くのNGOはそうした要請を満たすために山手線の外側に事務所を構えています。でもボランティアさんや会員弁護士がアクセスしにくいところにはしたくない。

そこでちょうど手が届きそうなのが神楽坂の奥という選択肢でした。

一度きりの人生で、事務所を移動するのもこれで最後にしたい、これまでみんなの意見で決めてきたけれど、結局責任を取るのは私、お金を多く出すのも私、だったら、自分の好きな街に移転したい、そう思いました。

そう思えた町は吉祥寺か西荻窪か神楽坂。東京の西の方に住む私には何と言っても西の方が通いやすいのですが、いずれもとても好きな街。とはいえ吉祥寺や西荻窪では他県から通うスタッフにも大迷惑ですので、奥神楽坂に気持ちが高まります。

それでもいい物件がなかなかなく、他の場所も正直考えました。毎日のように物件案内をインターネットで探す日々。内覧も本当にたくさん行き、不動産屋さんとも何人も顔みしりになりました。

なかなか良い物件がなく焦り、もう神楽坂はだめかな、とあきらめかけた今年の夏、ひとつの物件の情報を得て、すぐに内覧に行き、そして決まりました。

坪一万円以下の物件で、新耐震、エントランスもきれい(風水の関係で大切です)、そして二つのドアがあって法律事務所とNGOでわけられる、という物件でした。そして、早大通り沿いのとても美しい街並み、明るい雰囲気。とても気に入りました。

山吹町、というのは昔の言い伝えもある場所ですが、山吹町とミモザというのは相性もとても良いと思いました。

これだと思ってこちらに決めて、ややこしい保証の話などもすんなりクリアすることができました。

私は今回は、自分が好きな、素敵だと思う街に移りたいと思ってきました。その夢がかなってとても嬉しいです。

当初よりはコストもかなり抑えられました。ヒューマンライツ・ナウについては移転カンパを募ったところ、温かいカンパも寄せられました。

南向きの窓、バルコニー。夕暮れ時に美しい北向きの窓。

様々な美しさを持った建物です。建物のかたちがよいので、事務所スペースも前より広い感じがしますし(実際は少し面積を減らしたにもかかわらず!)、ヒューマンライツ・ナウのスペースは倍近く広くなり、インターンやボランティアさんたちが静かに仕事ができる環境が手に入りました。

江戸川橋までの間にもとてもおいしいお店の数々、神楽坂に本当に素敵なお店、ほっとできる場所が多いことは、言うまでもありません。

今の季節はとてもきんもくせいの香りがかぐわしく、とても幸せな気持ちになります。

そして、窓からゆさゆさと揺れる木々を見ていると、大好きなバリ島を思い出したりします。私は木がゆさゆさ揺れているのがとても好きなので、とても嬉しいのです。

このような物件に移ることができた幸運を周囲の方々に何らかのかたちで恩返しさせていただきたいなあ、と思わずにはいられません。

めぐりあいに心から感謝。がんばります。

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