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2017年12月31日 (日)

#Metoo 声をあげられる社会に。

先日、明治大学のTEDでお話をする機会がありました。
その内容をご紹介させていただきます。
今年は#Metooのムーブメントが起きた記念すべき一年でした。社会で押さえつけられてきた声が沈黙を破って外に出てきた。声をあげた人が取り残されたり、傷ついたりしない社会、一緒に社会を生きやすくするように共に歩める社会をつくっていきたい。そう思います。

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こんにちは。弁護士の伊藤和子です。
私は2006年に日本から国境を超えて活動する国際人権NGOヒューマンライツ・ナウを立ち上げて10年以上活動をしています。
人権とは何だと思いますか。私は、人が自分らしく尊厳を持って生きられる権利だと理解しています。ところが、多くの人が人権を踏みにじられています。
私たちの活動の中核は、深刻な人権侵害にあいながら、声をあげられない人たちに代わって声をあげること、そして解決を求めることにあります。
なぜそうした活動が必要になるのでしょう。人権侵害は多くの場合、力の強い人、権力のある人から、力の弱い人、抵抗できなさそうな人に向けられます。被害にあった人は被害によっていっそう無力にさせられ、声をあげられない状況に置かれるのです。こうして人権侵害の多くはなかったことにされ、闇のなかで続いていく、だから声をあげることを助ける必要があるのです。

みなさんは#Me too のムーブメントをご存知ですか。

今年10月、アメリカのセレブ女優達が次々と、ハリウッドの大物プロデューサーから受けた性的暴行やセクハラを受けた体験を告発したのです。1990年代から隠されていた性被害の数々が一気に白日の下にさらされたのです。
そして10月15日頃、被害者のひとりである女優のアリッサ・ミラノさんがTwitterで女性たちに、性暴力の深刻さを示すために”MeTooのハッシュタグをつけて性的な被害の経験を語ろうと呼びかけました。すると、全米で、翌日には50万回以上のツイートがこれら呼応し、全米、そして世界中でも、私も被害にあった、という”MeTooのムーブメントが広がりました。ヨーロッパでは、政治家たちまで被害をカミングアウト、性暴力をもうこれ以上許さない、という声が高まっています。
では日本はどうでしょう。まだそれほど盛り上がっていません。
その原因のひとつが、声をあげた人を責める、非難する社会環境にあります。
勇気を出して告発した女性がきれいでないと判断すると、「でっちあげ」と叩き、美人だと判断すると「ハニートラップ」と叩く。
そして、加害者ではなく、被害者の落ち度を探します。
男性と一緒に飲みに行ったあなたが悪い、そんな恰好をしていたあなたが悪い、そんなあらさがしばかりして、加害者を責めない、そしてより大きな、性暴力に寛容な社会のシステムを問題視しない。
そんな言説を子どもの頃か見ながら育った若い女性たちは、被害にあっても「自分が悪い」「仕方がない」と思いこみ、声をあげることは難しいのです。

その結果、男性たちの勘違いが進んでしまいました。
今年7月、NHKの朝イチが行った「性行為の同意があったと思われても仕方がないと思うもの」というアンケート調査結果は驚くべきものでした。
二人きりで飲酒した場合27%の男性が、露出の多い服装をしている場合、23%の男性が、女性が泥酔している場合、なんと35%の男性が、同意があったと思われても仕方がない、と回答しています。
女性から見ればとんでもありません。こんなことではうっかり男性と飲酒もできません。そして泥酔しているのに、性行為をするだなんてとんでもないことです。
ところが、こうした非常識が信じられている、そして、裁判の世界ですら、こうした非常識が常識になっています。

伊藤詩織さんは、年輩の男性ジャーナリストから意に反する性的暴行を受けたとして、男性をレイプで告訴をしましたが、結果は不起訴でした。
しかし、彼女だけではありません。女性が同意することが到底考えられない性的暴行のケースで、男性が何の処罰もされずに終わるケースは後を絶ちません。私は多くの女性が悔し涙を流しているのを弁護士としてみてきました。

しかし、そんな性暴力に寛容な社会は変わる必要があります。

明確な同意がない限り、性行為に進むことは許されません。
刑法は、意に反するすべての性行為を処罰するように改正されるべきです。
悲しい思いをする人を減らしていくために、社会の意識も変わっていく必要があります。
私は特に、若い人たちから意識を変えてほしい、と願っています。性について、新しいカルチャーをつくってほしい。
こらちのスライドは、人事院が定めたセクハラの留意点です。これが守られていれば、セクハラに苦しむ人も減ることでしょう。

伊藤詩織さんは「自分と同じ被害に苦しむ人が増えないように」と考え、実名で性暴力被害を告発する活動を続けています。ところが彼女に対して応援の声もある一方、バッシングもあると聞きとても残念です。

しかし、声をあげた人が叩かれるなら、声をあげられない無数の人たちも含めて、泣き寝入りは将来にわたり続きます。
私たちに求められているのは、声をあげる人たちを一人にしないこと、勇気を出して声をあげた人の声を受け止めて、出来ることなら応援することではないでしょうか。

私たちヒューマンライツ・ナウが最近取り組んだキャンペーンにアダルトビデオの出演強要被害という問題があります。「モデルになりませんか」「タレントになりませんか」と女性を騙して契約書にサインさせたとたん、態度を豹変させ、AVの仕事を強要し、従わなければ違約金を要求する、そんな被害に多くの女性が苦しんできました。
2016年3月に被害者の方のお話をもとに調査報告書を公表したとき、私たちや被害者を待っていたのは、「そんな被害はでっちあげでは? 」というバッシングでした。ところが、その時、「私たちも被害にあいました」と勇気を出して告発する女性たちが次々と現れてくれました。告発の声があがるたびにメディアが報道し、大きな社会問題となり、今年5月に政府は本格的な対策を講じることを決定したのです。あの時、バッシングの中でも、「私も被害にあいました」と勇気を出して告発した方々がいなかったらどうなっていたことだろうと思います。そしてその勇気をずっと励まし続けてくれた心ある男性たち、女性たちの応援もとても貴重なものでした。
声をあげる人たちの声に社会が、多くの人が耳を傾けてくれることは、声が大きくなり、たす、からかけるになっていくことは、人権問題を解決させ社会を前進させる大きな原動力になるのです。

ところで最近、性暴力の問題に限らず、「声をあげた人、権利主張をした人、目立っている人をみれば叩く」「バッシングする」という風潮があるのではないでしょうか。

今年だけでも、航空会社バニラエアでの待遇の問題を訴えた障害者の男性、熊本市議会で、子ども同伴で議場に入ろうとした市議が、みんなに迷惑をかけたという理由でバッシングの対象になりました。最近の風潮は、権利を主張した人の側の調整不足や既存のルールに従わなかったこと、さらに過去の言動まであら捜しして、非難するというやり方です。そして声をあげた人は「トラブルメーカー」と責められます。
どうして、彼らの話をまずじっくり聞こうとしないのでしょう。彼らが提起した、もっと大きな問題提起、障害者がもっとアクセス可能な社会をつくること、子育て中の人が政治参加しやすい社会や議会をつくることに議論が集中すれば、よりよい社会をつくれるきっかけになるはずなのに、と思うと残念です。
声をあげる人の足をひっぱる現象が続くと、怖くて誰も声をあげられなくなります。それはみんなの首を絞めて、ひたすら我慢する窮屈な社会をつくってしまうのではないでしょうか。

アメリカでは、1960年代、人種差別を撤廃しようという公民権運動が起きました。一人の黒人女性がバスで白人だけが座れるはずの席に座り続けた、つまり、既存の秩序に身をもって挑戦したことが理由で高揚し、ついに黒人差別を撤廃する公民権法ができました。人種差別に基づくおかしな秩序に従わないという声をあげ、多くの共感を呼んで社会が変わったのです。日本でも実は、同じころ、女性だけ30歳で定年するという差別的な定年制度を持つ企業慣行が横行していました。ある女性がこの企業慣行は憲法違反だと訴えて戦いました。みんな我慢して従っていたのに彼女はこれは差別だ、おかしいと声をあげた。
憲法は男女平等を保障しています。憲法に違反する社内ルールは無効です。
そこで、最高裁の判例が彼女の訴えを認めました。そして全国の会社で、女子差別定年制は撤廃されたのです。女性でもずっと働き続けたい、という当たり前の願いも、企業慣行に意を唱えた、一人の勇気から実現したのです。その恩恵を私たちは受けているのです。

私たちは社会にはびこるおかしなルールや慣習を変えてより生きやすい社会に進歩させることができます。そしてそれはひとりひとりが声をあげることから始まります。
声をあげる人はトラブルメーカーではなく、チェンジ・メーカーなのです。

私たちひとりひとりが生きやすい社会をつくっていくために、声をあげる人をサポートしませんか。

私は人権侵害の構図はいつも同じだと考えています。ひとつは、加害者が圧倒的に強いこと、ふたつめは被害者は弱い立場に置かれて孤立させられていること、最後に三つ目が社会の無関心です。
その無関心がさらにバッシングになることすらあるのです。
私たちの力で、この3つの要因のうち、最初の二つを変えることは難しいかもしれません。しかし、無関心、さらにバッシングというような要素を私たちは変えることができます。そして多くの人が関心を寄せ、ノイズをあげると、事態は変わるのです。
私たちも、声をあげた人に寄り添い、応援することによって、日本をよりよい、誰にもいきやすい社会に変えていくことができる、それを私は信じています。

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