深刻な環境破壊・先住民の人権侵害を生む熱帯雨林の違法伐採。違法木材は今も商社・建設業を通して日本に。
東京を本拠とする国際人権NGOヒューマンライツ・ナウは今年1月14日、「マレーシア・サラワク州 今なお続く違法伐採による先住民族の権利侵害 報告書」を公表しました。
マレーシア・サラワク州(マレーシア最大の州)では先住民の権利を侵害し、環境を破壊する熱帯雨林の違法伐採が続いています。木材の多くは日本へ。商社・建設業等を介し私たちの家や職場等の建物になっています。報告書では熱帯雨林の違法伐採が引き起こす先住民族の権利の侵害について報告するとともに、サラワク州の伐採企業、サラワク州政府、日本企業及び日本政府等の違法伐採に関与する関係者に対し、違法伐採の撲滅に向けた実効的な対策を取ることを求めています。
1 マレーシアのサラワク州とは。
ボルネオ島をご存知でしょうか。自然や熱帯雨林、オランウータンのイメージを持つ方も多いかと思います。
こちらのなかで広い面積を占めているのが、マレーシアのサラワク州です。
サラワク州には昔からの先住民族が住んでいました。彼らは、何世紀にもわたって、熱帯雨林ととに生活してきました。伝統的な法律や慣習に従い、狩猟や農耕などで生活する彼らにとって、熱帯雨林は生活は切っても切り離せないものでした。
彼ら、先住民族の土地に対する権利は、マレーシア憲法においても認められ、先住民族の慣習法上の権利(Native Customary Right)と定義されています。
2 違法な森林伐採
しかし、豊富な森林資源に目をつけた地元と国際的なビジネスが、彼らの生活を奪うようになりました。
サラワク州政府及びマレーシアの木材伐採企業は、違法伐採によって豊富なサラワク州の熱帯雨林を激減させ、何世紀にも渡って熱帯雨林で生活してきた先住民族の生活様式に重大な影響を及ぼしてきました。
こちらは、1960年当時のサラワク州の地図です。森におおわれていますね。
ところが2010年にはこうなってしまいました。
緑の部分はごくわずか。赤い部分が伐採により奪われました。
サラワク州における森林伐採は、マレーシア政府の管理するライセンス制度により規制されており、先住民族の土地に対する権利は、ライセンス制度の下で保護されることが想定されています。
ところが実際には、州政府は、先住民族の土地に対する慣習権を無視した地元企業の伐採計画に対してもライセンスを乱発、企業はライセンスのない場所でも違法伐採を行い、先住民の森林を暴力的に奪い、住民を追い出し、加工・輸入して利益を得てきたのです。
そこで、熱帯雨林破壊による伐採を実行してきたマレーシア地元の企業はこの6社、いずれも巨大な企業グループです。
Samling Group、 Rimbunan Hijau Group、WTK Group、Ta Ann Group、KTS Group及び Shin Yang Group
もちろん、熱帯雨林の伐採は、重大な環境破壊ですし、温暖化の要因にもなります。そして、先住民の権利も侵害しています。こうした環境破壊、人権侵害については1980年代から指摘され、「サラワク・キャンペーン」というキャンペーン活動が国際的にも展開されました。これを受けて、欧米諸国はこうした木材を買わなくなっていったのですが、そんななかでも買い続けてきたのが、日本と中国です。
とくに、日本はサラワク州の木材及び木材製品の主要な輸入国であり、サラワク州の違法伐採材が至るところに使用されているのです。
3 違法伐採の背景にある汚職
マレーシアの法律上は確認されてきた先住民族の土地に対する権利、これがどうして無視されて森林伐採が横行したのでしょうか。
この原因としては、1980年代から続 い てきた サラワク州政府における汚職を挙げることができます 。
国際 NGOグローバル・ウィットネスは、サラワク州 の前首席大臣(サラワク州の知事のような役職)であり、1985年から 2014 年までは資源計画環境 大臣でもあったアブドゥ ル・タイブマハムド氏(Abdul Taib Mahmud)が、サラワク州での汚職を生みだし、汚職の横行に最も深く関与してきた人物であると名指しで批判しています。
グローバ ル・ウィットネスが極秘に撮影したビデオでは、タイブ氏の 近親者を含む多くの大企業関係者が、タイブ氏に依頼することより、簡単にライセンスを取得できたと話しています。
国際環境団体Bruno Manser Fondsによれば、このようにして与えられた伐採 のためライセンス と、そこから得られた利益のほとんどが、サラワクの6つの巨大伐採企業である Samling Group、 Rimbunan Hijau Group、WTK Group、Ta Ann Group、KTS Group及び Shin Yang Groupに渡っており、いずれの企業もタイブ氏の関係組織と親密な関係にあると指摘しています。
伐採のライセンス収入はサラワク州政府の最大の収入源でもあったため、サラワク州政府は木材産業と共通の利害を有していました。
こうして、州政府は 巨大伐採企業と癒着し、伐採 ライセンスを乱発して森林伐採を進めてきたのです。
4 先住民への人権侵害・環境・生物への影響
このように 先住民族 先住民族 の保護よりも木材産業発展を優先した結果、 サラワク州において は急速な森林破壊と共に深刻な、人権侵害が引き起こされてきました。
伐採ライセンスが得られると、巨大企業は下請けを通じて先住民から暴力的に土地を奪い、どんどん木を切ってしまいます。さらに、大手6社は、ライセンスで伐採許可を得た土地の外まで拡大して、勝手に先住民の森に入り込んで、ライセンスを乱用して伐採を続けてきたというのです。
先住民が依存してきた森はあっという間に丸裸にされ、先住民は追い出されるのです。伐採に反対して、抵抗しようとする先住民には治安部隊が動員され、暴力がふるわれ、逮捕されました。
下の写真は1980年代の伐採の際の写真として先住民の方からいただいたものですが、無抵抗の先住民の女性たちが木を切らないでと懇願しているのに、軍が動員されて伐採を強行している様子が示されています。
最近ではさすがに軍は動員されなくなったようですが、今も大企業グループや下請け業者による強行なやり方は続いていると言います。
森を突然奪われる、そしてずっと営んできた人たちが生活の拠点を奪われたらどうなるでしょうか。
多くの先住民は読み書きもできませんし、都市での生活にはなじめません。森林を追い出されて、生活困窮に陥り、男性は肉体労働で酷使され、女性は犯罪や性的搾取のターゲットになる、不幸な事態が相次いでいます。
生活していくことができないため、他に選択肢がなく、自分たちの生存を脅かす伐採やダム建設のために働くことを余儀なくされる先住民もたくさんいました。
そして、これは明らかに環境破壊であり、生物多様性を害し、貴重な動物たちの生存を危機にさらしてきました。
5 憲法・州法が認めた先住民の権利・裁判所は「違法伐採」認定
マレーシアの憲法とサラワク州の土地法は、明確に先住民に対する土地の権利を認めています。ところが州は業者と癒着して権限を乱用し、法律に反する違法伐採を認め続けてきたのです。
これに対し、先住民は裁判を起こし、伐採が違法であることを認めさせようとしてきました。
地方裁判所、控訴裁判所などでは、先住民の土地の権利を侵害する伐採が違法であることが認められ、違法伐採に関与した企業に対し、先住民に対する補償を命ずる判断が続いてきましたが、近年、最高裁でもこうした判断が確認されました(詳細は報告書をご確認ください)。
それでも違法伐採は止まりません。
マレーシアでは、「仮処分」による伐採の差し止めを裁判所が出したがらず、長い時間かけて裁判で違法が確認された時には、すでに、先住民の土地は違法伐採で丸裸にされ、貴重な森は伐採され、木材となって売り出されているからです。こうした、裁判所で違法伐採だったと確認されるような木材は、判決が出たころには、日本などの取引国に輸出され、使用されているのです。
こうした事態を受けて、マレーシアの国家人権委員会(SUHAKAM)は、 サラワク州を含むマレーシア各地での先住民の土地での森林伐採について調査を行い、2013年4月に正式な調査報告書"Report of the National Inquiry into the Land Rights of Indigenous Peoples"を公表。調査結果を踏まえて、違法な森林伐採により先住民の権利が侵害されている、と断定。住民族の権利保護ため 18項目、 71個の提言を行いました。
なかでも重要な勧告は、森林伐採について、企業は、先住民の事前の同意を取らないといけない、その同意は、自由意志に基づき、十分な情報提供のうえになされなければならない、という点でしょう。
これは、Free(自由意志による)、 Prior (事前の)、Informed(十分情報を提供された)、Consent (同意)、略してFPICと言われる、先住民の権利保障の重要な原則ですが、そのことが森林伐採にあたって必要だと勧告されたのです。
6 最近の動き
さて、最近になり、長く続いたこのひどい慣行にも見直しの機運が出始めています。
サラワク州で違法伐採の原因をつくってきたとされている首席大臣タイブ氏は、2014年2月にサラワク州の首席大臣を退き、後任として就たアデナン・サテム(Adenan Satem)氏は、違法伐採の問題に本格的取り組む姿勢を見せています。
例えば、 サテム氏は、2014年10月には、違法伐採の問題が処理されるまで新ライセンスの新規発行を停止すると宣言しています。さらに、大手6社が、ライセンスで許可された土地以外でも違法伐採をしているとして、6社に違法伐採を行わないよう直接警告をしました。
他方、マレーシア中央政府は 、2014年3月に出されたマレーシア国家人権委員会(SUHAKAM)報告書を受けて、タスクフォースを立ち上げて検討を進めて、同報告書のほぼすべての勧告を反映した勧告を出し、さらにマレーシア政府は2015年 6 月にはタスクフォースの勧告をほぼすべて受け入れることを決定したと報道されています。
タスクフォースの勧告には、先住民族の土地の権利を正確に認識し、開発に際し影響を受ける先住民族に事前通知をし、同意を得ること、つまり先ほどのFPICなどが含まれており、マレーシア政府はこらの勧告を 1 年以内乃至 3 年以内に実施する予定とされています。
ただし、今後本当に先住民族の立場に立った改革が実行されるかは予断を許さない状況にあるといえます。
7 日本では、違法伐採木材はほとんどフリーパス
こうしたなか、皆さんに是非知っていただきたいのは、
日本はサラワク州の木材及び木材製品の主要な輸入国であり、日本においてもサラワク州の違法伐採材が広範に使用されているということです。
日本では、違法木材の輸入を防止する法的な枠組みとして、
・グリーン購入法
・林野庁が策定したガイドライン等
が存在します。
しかし、民間部門に対し違法に伐採された木材の輸入を禁止したり、違反した輸入者に刑事罰を科す法令は全く存在しません。
また林野庁のガイドラインに基づき「合法木材制度」という制度が作られていますが、これは民間の自主的な取り組みに過ぎず、合法か否かは、例えばサラワク州に関していえば、州の認証文書があればよいとされ、独自の合法性審査の仕組みがありません。
これは、違法伐採した木材を輸入しないように厳しい法規制を進めている他のG7諸国に比べて、著しく不十分で、ほとんどフリーバスということができます。
これで、温暖化を含む地球環境問題に率先して取り組む国の姿勢といえるでしょうか。
今年はG7サミットが日本で開催される年であり、環境・温暖化・企業責任は大きな議論の対象となるでしょう。議長国として恥ずかしくない法整備を進める責任が日本にはあるはずです。
8 サラワク材を使っている日本企業
2012年の統計によれば 、
サラワク州の 木材取引38%(金額ベース、 9億米ドルに相当)が日本向け
と記載され、日本の民間業者はたくさんのサラワク材の輸入にかかわっています。
主要な輸入業者には 主要な輸入業者には 以下の企業とその子会社が含まれています( 順不同)。
・双日株式会社・伊藤忠商事株式会社
・住友林業株式会社
・三井住商建材株式会社
・丸紅建材株式会社
・トーヨマテリア株式会社
・ジャパン建材株式会社
また 、以下の大手建設会社が事業においてサラワク州木材を使用しています。
・清水建設株式会社・鹿島建設株式会社
・大成建設株式会社
例えば、国際NGOグローバル・ウィットネスが2013年9月に公表した報告書では、伊藤忠と双日が、違法伐採と認められる森林伐採で得られた木材の購入・輸入に関わったと指摘されています(ヒューマンライツ・ナウ報告書参照)。
そして、グローバル・ウィットネスが2014年12月に公表した報告書「衝突する二つの世界」には、日本の建設現場でサラワク材が使われているところを実際に写真撮影した状況が報告されています。
例えば、清水建設の東京・東上野の建設現場を見てみましょう。
使われている木材をみると
サラワク材が使われていることが刻印されたマークから明確となっています。
(3つの写真はいずれも東上野の建設現場・グローバルウィットネスの提供)
こうした実態を受けて企業は今後、どうしていくのでしょうか。ヒューマンライツ・ナウの問い合わせに対し、
双日は、 2015年9月に、違法伐採された木材の取扱いは行わないこと、森林伐採が及ぼす人権への影響軽減に努めること等を明記した木材調達方針を新たに策定した、
伊藤忠は、シンヤン・グループ(Shin Yang Group)とサムリン・グループ(Samling Group)に対して、第三者による調査と森林認証取得を働きかけるなど、改善のプロセスに入っているとしています。
建設大手のなかでも、木材調達の見直しを検討している会社もありますが、対応はまちまちです。
鹿島建設は 一部 支店において、シンヤン・グループ(Shin Yang Group)からの型枠合板調達を 2014年5月から停止するよう契約業者に指導しているほか、代替材の使用を検討しているとしています。
一方、清水建設 はサラワク州での違法伐採問題を調達部門と傘下企業に問題提起したとの情報があるのみです(以上、詳細はヒューマンライツ・ナウ報告書参照)。
しかし、いずれも 違法伐採材の流入を阻止するための抜本的な解決策 としては不十分といわざをえません。
サラワク州政府自身が、 同州における違法伐採の問題が深刻であると認めている状況下において、サラワク産の 合板利用を継続する限り、先住民族の人権侵害、又は違法伐採に関与している可能性が高いといえます。日本企業による木材調達に対する抜本的な見直しは急務といえるでしょう。
9 勧告 特に日本政府・日本企業は何をすべきか。
以上を踏まえて、ヒューマンライツ・ナウは、日本企業、日本政府、マレーシア企業、マレーシア政府に対し、以下の勧告を行っています。
特にマレーシア企業には違法伐採を直ちに停止すること、マレーシア政府には、先住民の真の同意なき伐採を行わない仕組みを確立することを求めています。
また、日本企業に対しては、違法伐採を行っていることが疑われる6大伐採企業グループとの取引を停止し、違法伐採木材の輸入・取引を阻止すること、現在の法制度を改正して実効性のある違法伐採対策、違法木材の流入阻止のための法規制を確立することが重要です。
先住民の人権を侵害し環境を破壊する森林伐採によって得た木材を輸入し続け、対策を講じないことは、サプライチェーン上の人権・環境配慮に違反し、国連が2011年に採択した「ビジネスと人権に関する指導原則」が定めた人権尊重の責任に反するものです。
日本の有数な商社・ゼネコンは、国際社会の趨勢に基づいて、環境・人権保障の責務を果たすべきです。
今年のG7サミットでも、この問題は問われるはずですし、2020年の東京オリンピックに向けて、人権・環境に配慮しない調達を行う日本企業に対する国際社会の目は厳しくなりつつあり、人権・環境に反する企業への大規模なキャンペーンも想定される可能性があります。
こうしたキャンペーンが大規模に組織される前に、明らかに先住民の権利を侵害し、熱帯雨林を破壊し、環境を侵害し、温暖化を一層進めることになる違法伐採への対策に、日本政府・企業は早急に乗り出すべきです。
ヒューマンライツ・ナウの勧告1. 日本企業に対して
A) サムリン・グループ及びシンヤン・グループを初めとする、サラワク州で違法伐採を行っている伐採企業との取引を直ちに停止すること。
B) 法令の改正を待たず自主的に、輸入木材及び木材製品のサプライ・チェーンの徹底的なdue diligenceを行い、自ら違法木材を監視できる仕組みを構築すること。
C) 環境の保全及び人権の尊重を重視するようCSRの指針を策定又は改訂し、かかる指針の内容をグループ内及び取引先に対して周知徹底すること。
D) 違法伐採に関する正確な情報入手のため、NGOや先住民族コミュニティとも継続的に対話を行うこと。
2. 現地企業に対して
A) 違法伐採を直ちに停止すること。
B) 伐採ライセンスが付与されているか否かに関わらず、先住民族から自由意思による、事前の、十分な情報に基づく同意が得られていることを自ら確認し、かかる同意が得られていることを条件として伐採を行うこと。
C) 森林関連法規やライセンス条件に違反する伐採、汚職に関与する行為等の違法行為を防止するためのコンプライアンス体制を構築すること。
D) 環境の保全及び人権の尊重を重視するようCSRの指針を策定又は改訂し、かかる指針の内容をグループ内及び取引先に対して周知徹底すること。
3. 日本政府に対して
A) 違法木材の取引を全面的に禁止し違反者に刑事罰を含む制裁を科すよう法令を改正すること。
B) 木材及び木材製品の輸入について実効的なdue diligenceを義務付けること。
C) 違法性の判断に当たり、汚職及び先住民族の土地に対する慣習権の侵害を含め幅広く諸法令(国際人権法を含む。)を含むことを明示するよう法令及びガイドラインを改正すること。
4. マレーシア政府及びサラワク州政府に対して
A) 違法伐採に対する規制を強化し、及び違法伐採に関わる汚職の摘発を強化すること。
B) 先住民族が狩猟、漁業、伐採及び収集に利用している土地についても先住民族の土地に対する慣習権を認めるよう法令を改正するとともに、先住民族の土地に対する慣習権の登録を迅速に進めること。
C) 伐採ライセンスの付与に当たり影響を受ける先住民族から、自由意思による、事前の、十分な情報に基づく同意(FPIC)を得ることを条件とし、伐採企業への監視を強化すること。
D) 先住民族の土地に関する権利に関してSUHAKAMが2013年4月に公表した報告書記載の勧告に従い、法令を改正するか、又は、法令の運用を改善すること。
本報告書の全文はこちらからダウンロードできます。
http://hrn.or.jp/wpHN/wp-content/uploads/2016/01/MalaysiaSarawakReport_20160114.pdf
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