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2015年11月15日 (日)

パリのテロ事件に寄せて。心から哀悼の意を表します。

パリでテロの犠牲になった方々に心から哀悼の意を表します。

私自身もとても愛する場所、パリがこのような非道な行為の舞台となったことにショックを受けています。

このような一般の人を巻き込むテロ行為は到底許すことができません。

思い出すのは15年前のニューヨーク。9.11テロ事件です。

その瞬間から、世界は「テロとの戦い」に突き進み、テロを犯罪として法の裁きにかけ、テロの原因にさかのぼってそれを根絶する、テロが発生するルーツをたどり、テロに駆り立てられる若者たちの怒りや絶望に耳を傾けるのではなく、戦争・軍事行動によって撲滅させるという方向性に進み、今日に至っています。

・解決することのないパレスチナ紛争。

・アフガニスタンだけでなくイラクに対する軍事介入、政権転覆。占領下での残虐な人権侵害と何の罪もない人々の犠牲

・イスラム系住民に対する迫害、排斥、そしてグアンタナモ基地やアブグレイブに象徴される、イスラムの人々の尊厳を蹂躙する拷問や性虐待。

今回犯行声明を出したと言われているISはなぜ誕生したのか、これについては既に私も書いてきました。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/itokazuko/20150131-00042568/

起源は2003年のイラク戦争にさかのぼります。
思い起こせば、イラク戦争開戦前、国連安保理議長国はシリアがつとめ、フランスはシラク大統領のもと、軍事介入に反対する素晴らしい演説により、世界の良心を代弁していると高く評価されました。
当時、対テロ戦争に対するアプローチで人権や国際法について語るフランスに対し、米国が反発して、「フレンチフライ」を「フリーダムフライ」と名称変更するなど、米国におけるフランスバッシングがありましたが、フランスは毅然としていました。
私も連日、安保理の討議を視聴していたのを思い出します。

ところが、米ブッシュ大統領は安保理決議も経ないまま、国際法違反の武力行使に踏み切りました。
イラク戦争後の占領で最も苛烈な虐殺の舞台となった地、アンバール州から、憎悪の中からISの原型は生まれ、ニュースにもならない民間人に対する日常的な虐殺、愛する者を奪われ、尊厳を傷つけられた人々の憎悪のなかで、ISのような勢力が生まれた。
侵略され、占領され、殺され続けている人々にとって、世界を覆う圧倒的な不正義と不平等に対し、唯一互角に戦っていると思われたのがISだった、だからこそ支持・容認する機運が生まれてしまった状況は想像に難くありません。

10年以上経過する中で、シリアやフランスを取り巻く状況も変わりました。
2003年に安保理議長国だったシリアを舞台として、これほどの泥沼の戦争が、国際社会の代理戦争というかたちで終息のめども立たないまま続いています。国際社会の関心は自国に難民が押し寄せない限り本当に低い。

フランスは、サルコジ大統領の頃から、米国の対テロ戦争の同盟者としての姿勢に転換、社会党政権のオランド大統領になってから、海外での軍事行動をためらわない国になっていきました。社会党政権がこれほど帝国主義的とは、と当初は驚いたものですが、今や好戦的な姿勢は常態化しています。
フランス国内では、ムスリム移民への差別や貧困などの問題も深刻化しています。
フランスに行けば私たち日本人も少なからず不快な人種差別を経験します(フランスに憧れて初めてフランスを訪れた私は、人種差別を経験して愕然とした経験があります)が、ムスリム移民に対してはどれほど差別的なのだろうか、思いを馳せてしまいます。

今年に入り、シャルリ―・エブド襲撃事件が発生、フランスではこれに対して、「屈しない」「表現の自由を守る」という西側の価値観一色に染まった感があり、マイノリティであるムスリムの人々の尊厳や置かれた状況への配慮、社会的対話は進みませんでした。
以下のような論調はフランス国内でもあったことでしょうが、西側の価値観に圧倒されてしまっています。
今回の事件の前兆はあったのです。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/mutsujishoji/20150109-00042123/

それでも、フランスという国の政策がどうあれ、その国の民間人に対し、無差別なテロ行為は絶対に許されません。それは、シリア・イラクの実情がどうあれ、その国の民間人の命を「対テロ」の名のもとに虫けらのように奪うことが正当化されないのと同様に、許されてはならないことなのです。

時計の針を戻すことはできません。
9.11事件の時に違うアプローチだったら、と思いますが、政策の失敗を非難しても、歴史を戻すことはできない、そしてISのような強大な組織が誕生し、人々の生存を脅かす時代に私たちは突入してしまったのです。

カリフ制を復活させ、欧州も視野に支配領域の拡大を進めようとするISに対して、非暴力のアプローチだけで臨む、というのは、現にテロや攻撃の標的となっている国々に対して現実的でないことは認めざるを得ません。

しかし、それでも、再び9.11と同じリアクションを国際社会はとるのだろうか、ということが懸念されます。
国境を封鎖し、難民はもう受け入れず、イスラム教徒は次々とテロ容疑者として逮捕され、拷問され、社会にハンムスリムが蔓延し、果てしない軍事行動をISを絶滅するまで続ける、、、

そして、第二、第三の事件が犠牲が起き、解決の糸口もないまま、対話の道を閉ざして、地球規模の戦争が一層泥沼化していくことになるでしょう。
仮に現在のIS戦闘員が全員Exterminateされたとしても、その状況を目の当たりにし続けた次世代のムスリムの青年たちの心情から、怒り、憎悪、報復の感情を取り除くことは、できない。力による解決だけでこの問題を解決することは到底できないでしょう。

9.11テロ事件以降、世界は安全な場所になったかというばそれは逆であることは誰の目からも明らかでしょう。
9.11以降の流れは、武力行使では物事が解決するどころか、紛争が際限なく拡大することを示しています。

今こそ国際社会は、単純なリアクションではいけない。反テロの大合唱が新たな暴力、迫害、人権侵害、そして対話の拒絶と宗教間・文明間の対立の方向に雪崩うってはならないと思います。

人々の英知を願わざるにはいられません。

私は若いころ、法律家を志す前に、フランス革命、パリコミューン、第二次大戦中の対独レジスタンスなど、フランスの歴史を繰り返し学び、自由や正義、平等という言葉をフランスの歴史によって、そしてフランスの知識人や作家の書かれたものから学びました。どれだけ過去のフランスの人々の主張や行動に感銘を受け、感動し、指針を得てきたか、言葉では言い尽くせないものがあります。

文明国として世界の多くの人々を鼓舞してきたフランスが、深い痛みを経験しながら、その原点に戻り、容疑者に対する人道的な取り扱い、対話による解決の模索など、世界に範を示すような行動に出てほしいと、願わずにはいられません。

こうしたなか、憲法9条を持つ日本は、対テロ「戦争」に加わるべきではないと改めて思います。
そして今こそ日本には、中立の立場で、こうした対話・迫害や暴力によらない解決を提唱し続ける国であってほしいと願わずにはいられません。

世界には紛争から中立的な場所が必要です。
憎しみや対立に心が占領されている国どうしでは、紛争を平和的に解決することが出来ません。
2001年、ブッシュ大統領は世界のすべての国に、「テロリストの側につくか、我々の側につくか」と二者択一を迫りました。
しかし、二者択一で世界が二つの色に塗り替えられ、それ以外の選択肢がなくなれば、どうやって平和的な解決は可能となるのでしょうか。
もちろんテロは許してはならない、しかし軍事面では中立的な立場に立つ国の存在によって、軍事だけではない解決や対立の緩和を進めていくことがどうしても必要です。日本にはそういうアプローチの国であってほしい。


私の心は、9.11テロ事件以降、常に悲しみと怒りとともにあります。日常的に楽しいこと、素晴らしいことがたくさんあっても、心のどこかは常に悲しみと怒りが宿っています。
毎日、おびただしい数の人が犠牲にあっています。パリのように国際社会から注目を受ける死がある一方、国際社会から何の注目も得られないおびただしい数の死が何十倍、何百倍もあることも知ってほしいと思います。
人権侵害をなくすことをミッションにしていながら、最大の人権侵害を生み出す戦争をなくすことのできない自分の無力さも悲しく思います。

最後に再び、パリで犠牲になった人々、そして9.11テロ事件・そしてその後の「対テロ戦争」で犠牲となった全ての人々の、失われるべきでなかった尊い命の犠牲に対して、黙とうをささげたいと思います。

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