日メコン首脳会議・7500億円支援表明で気になる、カンボジア、タイ、ミャンマーなどの深刻な人権状況
■ 日メコン首脳会議
本日開催の、日・メコン首脳会議のことが報道されていますね。
日本とメコン川流域5カ国による「日メコン首脳会議」が4日午前、東京・元赤坂の迎賓館で開かれた。環境に配慮しながらインフラ整備を進めるなど「質の高い成長」の実現を掲げた共同文書「新東京戦略2015」を採択。安倍晋三首相は、この戦略に関し、今後3年間で7500億円規模の支援を行う意向を表明した。
出典:ヤフー二ユース
聞きなれない首脳会議ですが、日本とメコン川流域のカンボジア、ラオス、ミャンマー、タイ、ベトナムの5か国の首脳会議。
この地域の国々は、韓国や中国など近隣国に比べると日本としては関係が良いため、外交にも力が入っています。
3年間で7500億円というのも、日本の昨今の経済状況を考えた時、かなり大きな支援だと思われます。
ここで採択された共同文書「新東京戦略2015」ですが、日本経済新聞によれば、
12年にまとめた戦略を改定したもの。(1)産業基盤インフラの整備(2)法整備や人材育成の協力強化(3)防災や環境に配慮した経済発展(4)米国や中国、アジア開発銀行(ADB)などメコン地域への関与を強める国や国際機関との連携――が柱だ。
出典:日本経済新聞
とのことです。しかしながら、私が気になるのは、「環境」や「防災」には言及があり、中国を敵視するような言及がちりばめられている一方で、この地域の重大懸念事項である「人権」に関する言及や議論が見えてこないことです。
人権侵害国家や、人権侵害が懸念されている国に無条件に経済援助をすると、それが、独裁政権・亜独裁政権を利してしまい、人権弾圧・人権抑圧を加速することにもなりかねない、このことは常に懸念されていますが、メコン流域諸国はいずれおとらず、人権侵害が懸念される国ばかり。そして、これからも懸念事項が大変多いのです。
条件も付けずに、こんなに気前よくボンとお金をあげて&約束していいのか? 人権NGOとしては危惧されるばかりです。
とはいえ、「メコン地域ってどこ? 」というくらい日本の皆さんには関心が薄い地域・イシューかもしれません。
そこで今日は、メコン地域の国が今抱えている人権問題について考えてみたいと思います。ラオス、ベトナムも問題が深刻ですが、本日はカンボジア、ミヤンマー、タイに絞ってみましょう。
■ カンボジア
カンボジアのNGOから、今や悲鳴のような声が連日私のところに寄せられ、心がまったく休まりません。現地の人はさらに、夜も眠れないような状況のようです。
なぜかというと、6月に突然政府が提出してきた「NGO法案」のせいです。
市民社会に何の相談もになく突如浮上してきたこの法案、
カンボジアで活動するすべての国内・海外の市民団体、NGOに登録を義務付け、未登録の団体の活動は一切禁止され、違法とみなされ、刑事処罰(過料)の対象となるというのです。
で、国内団体の義務的登録制度の権限は内務省(日本で言うと警察庁みたいなところ)に属し、海外市民団体の登録も外務・国際協力省のもとに厳格に規制されます。
国内団体については、結社またはNGOが「平和・安定・公の秩序を脅かし、または国家の安全・統一・文化・伝統・習慣を損なう」と考えた場合、団体の登録を拒否することが出来、第24条は、国内・海外NGO及び、海外結社に対し、「政治的中立性」の義務を課しています。
さらに、第30条は国内NGOが政治的中立性及び財務報告義務を違反した場合、及び、「平和・安定・公の秩序を脅かし、または国家の安全・統一・文化・伝統・習慣を損なう」活動をしている場合に、内務省が国内NGO及び結社の登録を削除できるとしています。
そして、登録を取り消された団体に主要に関わった人物は、以後一切、いかなる団体を結成することも禁止されるようです。
詳細は、ヒューマンライツ・ナウを含む日本のNGO共同声明をご覧ください。
意図がアリアリの単純な治安立法で、政府が嫌いな団体はみんな「政治的中立性」がないということで、登録を拒否して活動を違法としてしまえることになっていまして、政府を批判する人権団体などはこれを機会に根絶するつもりだと思われます。
また、アメリカや欧州の資金をもらい、フンセン首相に批判的なNGO、野党と一緒にデモに参加したりする民間団体も根絶しようとするものでしょう。さらに、海外のNGOでも、フンセン首相を批判したりする団体は生き残れないでしょう。
団体が国外退去になることを恐れて、萎縮効果が生まれ、カンボジアでの支援活動に従事している日本の団体も、怖くて何にもいえなくなると思われます。日本からの国際協力も本当に難しくなるでしょう。
同様の法律は、今年、中国でもつくろうとされていますので要注意なのですが、カンボジアは中国より人権面で規制が緩いと思われてきただけに、カンボジアが中国に先駆けてこの法律を強行してしまおうということは衝撃的でもあります。
当然カンボジア全土で、「ポルポト時代の自由のないカンボジアに逆戻りする法律に反対」という、反対運動が燃え広がっています。
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ところが、この法案、来週にはもう議会で議決をしてしまおうという話が進んでいるのです。
そのさなかにフンセン首相が日本にきたわけですので、カンボジアの人びとはこの首脳会談の結果に非常に注目しています。
安倍首相がこの問題について特別に発言をして懸念を明確に伝え、「やめたほうがいい」と進言してくれることをカンボジアの市民は強く期待しているのです。
NGO法は民法の特別法という位置づけになると思われますが、このカンボジア民法の起草は日本政府・JICAが長年かけて地道に行ってきたものですが、JICAには何ら相談もなく、民法と全く矛盾する法律がつくられているわけで、日本の支援が否定されたことに怒ってもいいはずです。
EUなどは、「こんな法律ができて、カンボジアの市民社会の自由が失われるなら、もうカンボジアとの取引や援助は停止にしようか」という議論がいま行われている最中です。
しかし、日本はこれに反して、もうお金を出すと宣言をしてしまっているわけです。とはいえ、日本には、内戦が終わった直後からカンボジアを支援してきた重要な援助国として責務があります。
カンボジアの市民社会全体を弾圧することになりかねないこうした法律が強行的に通過しないよう、援助国として日本が役割を果たすことはとても重要であり、国際的にも大変注目されています。
■ ミャンマー(ビルマ)
ミャンマーは民主化に向かっているね、それが日本政府の見通しであり、どんどん支援をしていきたいということのようです。
しかし、ちょうど先週、ミャンマーの議会は、民主化を進めるための憲法改正案を否決しました。
2008年軍政のもとで強行的に国民投票が行われ制定されたミャンマー憲法は、議会の25%は軍司令官の推薦する軍人が選挙でえらばれていないのに議員になれる、としています。そして、この憲法を改正するためには議会の75%を超える議員の賛成が必要としているのです。つまり、軍が反対するいかなる憲法改正もできないわけですね。
また、この憲法では、「外国人を配偶者や子どもに持つ人間は大統領になれない」と明記しています。明らかにアウンサンスーチーさんを大統領にさせないための規定なんですね。
また、軍トップが国の危機だと判断すれば、非常事態宣言を出して、軍が全権を掌握し、議会を解散できるという規定も残っています。
つまり、今の「民主化」と言うものも、軍の気に障るようなことがあれば一挙につぶすことが出来る、極めて不安定なものなのです。
ミャンマーは今年2015年に総選挙が実施される予定で、それより前に軍政支配の憲法を改正したい、というのが、多くの国民の願いでした。そこで先週、憲法改正案が提出されたのですが、軍に近い与党の提案だったため、「75%を70%にする」「非常事態宣言の規定をちょっと厳しくしてみる」というような些末な改正案であり、国民を落胆させていました。
ところが、先週、この改正案も先週議会で否決されてしまい、スーチーさんが大統領になる道もほぼ絶たれてしまったわけです。
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こうした非民主的な政治を続けることに対して、日本政府もきちんと指摘をすべきではないでしょうか。
また、ミャンマーは民主化前に2000人以上の政治犯がいることで知られ、政治犯の釈放を国際社会が強く求め、その結果昨年までにほとんどの政治犯の釈放が大統領のもと、行われましたが、ここにきて、治安立法を使って、多くの人が弾圧されています。私が6月にミャンマーを訪れた際、「160人が投獄された」との報告を現地の方々から受けましたが、最近はさらに増えて「200人近い」との情報が寄せられています。
さらに、ロヒンギャ問題、カレン地域での戦闘による人権侵害など、人権侵害は今も深刻です。
そして、日経の報道によれば、今回の共同文書には、日本、ミャンマー、タイが、ミャンマー南部で計画する東南アジア最大規模の「ダウェー経済特区」に関し「多大な潜在性と地政学的意義」を指摘、さらなる発展に貢献すると歓迎した。となっている模様です。
しかし、このダウェー経済特区の建設、建設予定地には、たくさんの現地の人びとが伝統的な生活を営んでいます。
大勢の人びとを立ち退かせない限り、特区は建設できません。開発は、広範な地元住民の意向を無視し、多くの人びとの生活の拠点を奪うかたちで行われようとしており、地元の人びとは強く反対しています。開発が人権・環境を破壊する典型例というべきものだと、地元の人びとは主張しており、この文書で、このような開発のお墨付きを与えてしまっていいのか、大きな問題が残ります。
■ タイ
さらに、深刻なのは、タイですね。軍政のクーデターから一年以上経過していますが、軍政による戒厳令がまだ有効であり、軍政に反対する言論は厳しく制限され、軍には裁判にかけることなく人を拘束する権力が与えられており、既に1000人以上が犯罪の起訴もされないまま、拘束されているそうです。
また、5人以上が集まるいかなる政治的集会も犯罪とされ、通常の裁判所ではなく、軍の裁判所で裁判が行われています。
非公式な統計では800人以上の人が、軍政に反対する平和的な活動を行ったことを理由に軍の裁判にかけられたそうです。
こうした事態に反対して、タイの人権回復を求める若手弁護士によるグループが結成され、6月に「クーデターから一年、タイの人権状況」という報告書をまとめ、それを外国特派員協会で世界のメディアに向けて報告する記者会見を開催する予定でしたが、軍政の命令で開催は禁止されてしまいました。
これ以外にも70以上の公的なイベントが、軍政によって中止に追い込まれたそうです。
表面的にみると、日常生活に戻ったようなタイですが、その実、人権侵害は大変深刻です。
ヒューマンライツ・ナウでも最近の人権状況をステートメントにまとめています。
タイ・クーデターから一年以上経過した人権状況(ヒューマンライツ・ナウ)英文
ところが、このタイに関しても、日本政府はあまり充分な役割を果たしているとは思われません。
■ 本当の意味で人権外交をしてほしい。
安倍政権は、発足当初、人権・民主主義外交ということをうたっていましたが、最近ではあまり人権外交ということは口にしていません。今回の会合でもこれだけ人権問題を抱える国々との会合にも関わらず、人権に関する議論が出されなかったことからみても、「人権外交の後退」という印象はぬぐえません。
日本はこの地域の最大のドナー(援助国)の地位を中国と競っていますが、ほかに欧米も有力なドナー国です。
ドナーの意向や方針というのは、被援助国の政策に大きな影響を与えるものであり、ドナーが人権についてどの程度厳しく発言したり注文をつけるかによって、じつに多くの人びとの人権状況が左右されます。
欧米は人権に関しては比較的厳しい注文を常につけてきましたが、日本は中国程でないにしても、人権についてきちんと物を言わないまま、お金だけを出しているため、援助が人権状況の改善につながらないどころが、悪影響を及ぼす場合もしばしばなのです。
首脳会議では、中国に対するけん制の議論が飛び出してきているようであり、日本は中国の影響力を排除してこの地域との連携を深めたいという思惑があることがよくわかります。
しかし、実際には、この地域を巡っての中国との主導権争いが影響しているのか、人権に関するハードルを以前よりも下げてしまっているのではないか、人権擁護に関する関心や情熱を失っているのではないか、というのが私の偽らざる感想です。
(身近な例で言っても、カンボジアのNGO法に関しても、2011年に同様の議論があった際には、大使が踏み込んだコメントを出していますし、http://sahrika.com/2011/04/03/controversial-ngo-law-set-to-advance-in-days-april-12011/、これ以外にもいろんな事例を肌で感じるところです。)
確かに、メコン地域では、中国のコミットする開発案件が多くの問題を引き起こしています。ただし、ダウェー開発なども、放っておけば同様の批判を招くことになるかもしれません。
また、日本は、中国との主導権争いなどという狭い視野に陥らず、真にこの地域の人びとの利益を考えた経済援助を行うべきであり、プロジェクト単位の人権・環境問題の吟味にとどまらず、広く全般的なその国の人権状況に関して改善を求め続け、人権状況に即した援助方針を慎重に策定すべきです。
私たち日本人が意識する以上に、このメコン地域における日本のプレゼンスは無視できないものであり、首脳などの公式的な発言は、各国リーダーのみならず、それらの国の人びとも注目しています。日本にはその影響力にふさわしい役割を果たし、人権侵害に苦しむ人たちの状況の改善につなげるべき、国際社会への責務があります。
日本政府が意図する「積極的平和主義」というのはなんなのか明確ではありませんが、そういう現地の人びとの苦しみに対処し、人々への抑圧をなくすために尽力することこそ、積極的平和主義ではないか、と考えます(そのためにも、政府は日本国内でも言論抑圧体質を反省し、抜本的に改善するなど、国内外問わず普遍的な人権へのセンシティビティをきちんと確立してもらう必要がありますね。)
この首脳会議を受けて、首脳会談、その後の二国間対話のなかで、今それぞれ深刻な問題、例えば来週に採決が迫るともいわれるカンボジアのNGO法の問題などについて、日本政府がはっきりとした意見表明をしていくことになるのか、注目していきたいと思います。
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