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2015年6月12日 (金)

嘘も百回言ったら本当になる? 違憲と言われても無視して突き進む政府。そのやり方が危険です。

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(平和のための戦争と、イラク戦争をごり押ししたブッシュ元大統領。最近の日本が重なる)

■ 安保法制・憲法学者三人がそろって違憲と断じ、本質的な議論に戻る。

5月半ばに上程された安全保障法制は、新しく出来る「国際平和支援法案」と自衛隊法、武力事態攻撃法、周辺事態法等の安全保障関連の現行法10本の改正案をいっぺんに提案し、今国会での採択を求めるというもので、条文もわかりにくく、たくさんの「事態」を設定するけれど、それぞれ曖昧で、論戦が入り乱れていた。

そんななか、この法案の目玉である

集団的自衛権行使の容認

という大問題について、国会・衆議院の憲法審査会に与野党の推薦で呼ばれた三人の憲法学者が、いずれも「安保関連法案は今の憲法に違反する」と明言したという。

・ 早稲田大学・長谷部恭男教授、「集団的自衛権の行使が許される点について、私は憲法違反であると考えている」

・ 慶應大学・小林節名誉教授「私も違憲と考える。憲法9条に違反する」

・ 早稲田大学・笹田栄司教授:「踏み越えてしまったということで、違憲の考えにあたると思う」'''   

これで議論は、振出しに戻り、

そもそもこれは憲法違反ではないか?

という正常な議論に戻った。

それまでは、政府の提案した法案の各論、些末な条文に攪乱されたかのような感があったが、本質的な議論、つまり

そもそも昨年7月1日の閣議決定は違憲なのではないか、

そして安保法制は憲法違反の法律だというのに、それを通してよいのか、

というまっとうな議論に戻ったことは非常によかったと思う。

集団的自衛権の行使は違憲であることについては、昨年、集団的自衛権の行使容認の閣議決定の際、私もこちらの記事でも指摘したところである。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/itokazuko/20140701-00036922/

憲法違反という批判をあんなに受けたのに、素知らぬ顔で既成事実化し、たくさんの法案を提出して早く可決しろ、というのは内閣としてそもそも問題であり、公務員の憲法尊重擁護義務に反するものだ。

■ 激怒し、無視する政府与党

ところが、こうした議論に対して、少し立ち止まって考えてみるとか、反省するという気配が政府・自民党にはまったく見られない。

憲法をことごとく軽視しているうえに、憲法違反との憲法学者の主張に敵意むき出しである。

例えば、中谷防衛大臣は  

「現在の憲法を、いかにこの法案に適用させていけばいいのか、という議論を踏まえて閣議決定を行なった」

出典:6月5日答弁
と言ったそうだ。国の最高法規である憲法を法案に適用させるなど、あり得ない話だ。さすがに批判を受けて中谷氏も、発言を撤回した。

さらにひどいのは、法案に関する与党協議の座長を務めた自民党・高村副総裁(弁護士出身の国会議員)である。

高村氏は、

安全保障関連法案をめぐり、衆院憲法審査会で憲法学者三人が憲法違反との見解を表明したことに対し、自民党の高村正彦副総裁は五日午前の役員連絡会で「憲法学者はどうしても(戦力不保持を定めた)憲法九条二項の字面に拘泥する」と反発した。

出典:東京新聞
という。

字面に拘泥?

つまり自分も字面から見ると憲法に反すると知りつつ、自分は字面にこだわらないで進めてきたというのに、字面にこだわる憲法学者はいったいなんなのだ、という批判であろうか?

しかし、憲法の字面=明文に違反していれば、それを憲法学者が問題にするのは当たり前だ。むしろ、憲法学者が問題を指摘する前に政権与党自ら十分に認識して、憲法違反にならないようにすることは立憲主義のもと、政治家として当たり前のことである。

国の最高法規である憲法をきちんと遵守する国であるべきことを考えるなら、憲法学者もそして政治家も憲法違反をしないように、「字面に拘泥」すべきなのだ。

ところで、憲法九条二項の字面(明文)は、


国の交戦権はこれを認めない

とある。

自分の国が攻められているわけでもないのに、他国の紛争に参加して武力行使まで認める集団的自衛権の行使は、やはり交戦にあたり、明文に反することが明らかだ。

それを憲法学者が字面=憲法の明文にこだわるといって反発・批判するとはいったい何事だろうか。

■ 憲法・判例を歪曲する政府見解

政府は6月9日、安保法制が「違憲でない」という政府統一見解を公表した。

(萩上チキ氏ラジオサイト)http://www.tbsradio.jp/ss954/2015/06/post-309.html

ここでは、1972年の政府見解が集団的自衛権は容認できないと解釈していたことを前提に、なぜ従来は「違憲」とされた集団的自衛権について一部合憲としたのか説明し、


これまでの政府の憲法解釈との論理的整合性及び法的安定性は保たれている。

としている。しかし、解釈変更したのに整合性が保たれているなどおかしな話で、読めばわかるが、明らかに論理的に破たんしている。

ただ、もっと問題なのは、自民党議員向けに自民党が配布した文書。これも先ほどの、萩上チキ氏のサイトにアップされている。

ここでの説明は公表文書とは全然違う。

自民党議員向けの文書では、砂川事件の最高裁判決を持ち出し、


みなさん、そもそも憲法判断の最高の権威は最高裁です。最高裁だけが最終的に憲法解釈ができると、憲法81条に書いてあるのです。その最高裁が唯一憲法9条の解釈をしたのが砂川判決です。そのなかで、日本が主権国家である以上、自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために自衛権の行使ができるとしたのです。最高裁のいう自衛権に個別的自衛権か集団的自衛権かの区別はありません。

とする。

これを受けたのか、菅官房長官も

憲法の番人は最高裁であるわけですから、その最高裁の見解に基づいた法案を提出させていただいたと。

出典:http://www.huffingtonpost.jp/2015/06/10/security-bills-suga_n_7557482.html
などと答弁している。

しかし、砂川事件最高裁判決は、そもそも安保条約に基づく米軍駐留の合憲性が争点となった事案であり、集団的自衛権は争点になっていない。

砂川事件最高裁判決は、こちらから全文読めるけれど、判決は


わが国が、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうることは、国家固有の権能の行使として当然のこと  

と言っているだけで、集団的自衛権については一言も述べていない。

さらに、この判決では、9条2項が 


いわゆる自衛のための戦力の保持をも禁じたものであるか否か

についてすら回答を出していない。

憲法明文を離れたうえ、最高裁判決が言ってもいないことを拡大解釈して、あたかも砂川事件で集団的自衛権が認められているかのようなキャンペーンをすることは恥ずかしくないのだろうか。

こちらの自民党議員向け文書、憲法に詳しくない国会議員にもばらまかれ、少なからぬ人が砂川事件判決の原典にあたることもなく、情報を拡散させることを意図したものであろう。

嘘も百回言ったら本当になる、というナチスみたいなキャンペーンである。

日本の政権与党のあり方としてこれでいいのだろうか。

■政府の進め方が何より危険

こうして、現在の日本政府・与党は、日本を代表する憲法学者に、違憲と言われているのに、これを無視して、独自の特異な憲法解釈で、強行突破しようとしている。その頑なさは異常である。

憲法学者、それも自党が推薦して国会に呼んだ参考人たる憲法学者が「違憲」と言っているのに全く耳を傾けない。 

そしてこの三人だけではなく、 同様に違憲だと表明した学者は200人以上にのぼるという。

憲法学者の圧倒的多数が違憲と述べているのだ。

このことについて仮に自分たちの考えと違うとしても、一度真摯に考えるべきではないか。

政府によれば、3~4人、集団的自衛権は合憲という学者がいるそうで、それを根拠に、長谷部氏らの意見を「一部の意見」などという。しかし、どの学会にもごく少数の特異な見解はあり、政府にすり寄る御用学者もいる。そんな人たちの声だけを聴いて、多数の憲法学者の声を無視するのはいかがなものであろうか。

国民の意見、専門家の声に耳を傾ける、合意のもとに進める、それが民主主義であろう。

これだけ疑義がある以上は、ごり押しせずに、どうしてもやりたいなら憲法改正の手続を踏めばいい。 

憲法に従い、憲法改正の国民投票で国民に聞くべきである。

ところが、なぜそれをやらないのかといえば、国民投票によって国民多数の賛同を得ることに自信がないからであろう。世論でも大多数の人は今国会での成立を望んでいないことが明らかになっているわけだし、多数の支持は得られないと考えているのだろう。

しかし、本来、憲法を改正しない限りできないことについて、改正の必要がないと誤魔化して、国民から選択権・自己決定権を奪うというのは大変卑怯なやり方である。

しかも、それは私たちの生き死にに直結している。戦争やそれに付随する死という選択肢なのだ。

この点、憲法審査会で意見を述べた長谷部教授は、  

「もし、仮に集団的自衛権の行使を容認すべきだというのであれば、それは正々堂々と憲法改正の手続きに訴えるべき。国民の理解がどうも行き届かないうちに日本の防衛のあり方、国のあり方を根本的に変えてしまおうというのは、極めて危険なやり方である」(早稲田大学 長谷部恭男教授)

出典:TBS
とはっきり述べられている。専門家の意見も、国民の意見も聞かない態度・進め方は危険だ。

■戦争もこんな風にごり押しされるだろう。

何より、こうした人の意見を聞かないやり方が続けられ、強化されたらどうなるだろうか。

戦争に参加することを決めるときもこんな風にごり押しされることになるだろう。

学者の意見も聞かず敵視する、国民多数の意見も聞かない、批判勢力は誰であれ無視したり、黙らせたりする、という方法がこのまま定着すれば、将来的に「これは国際法違反の侵略戦争ではないか?」「日本と関係のない戦争ではないか」というまっとうな冷静な意見があったとしても、独自な都合のよい解釈で、無視して戦争に突き進んでしまうのだろうと思われ、たいへん危険である。

これは、何かに似ていると思ったら、イラク戦争を正当化した際のブッシュ政権の論理や雰囲気に似ていた。

絶対に認められない侵略戦争なのに、自衛戦争だなどというあり得ない解釈を極端な御用学者が展開しているのを、私自身、アメリカ留学の際にも肌で感じ、驚いたものだ。

その結果数千人の米国の若者が戦死した。何よりもおびただしい数のイラクの人びとが虐殺され、未だに地獄のような武力紛争がイラクでは続いている。そのことを思い出すと怖くなる。

日本でもこのままずるずると政府のやり方に異を唱えることなく許してしまったら、再び誤った戦争にいつのまにか進んでいくことになってしまう危険性がある。

だからふだん政治に興味がない人でも、今回ばかりは声をあげたほうがいいと思う。政府とともに、主権者もいま、試されている。

※ 国際人権NGOヒューマンライツ・ナウでは、今回の安全保障法制に関して反対の声明を発表しました! こちらもご参照ください。

http://hrn.or.jp/activity/product/statement/post-333/

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