« 2014年12月 | トップページ | 2015年2月 »

2015年1月

2015年1月31日 (土)

イスラム国による日本人人質事件 今私たちができること、考えるべきこと


■ 深刻化を増す事態

「イスラム国」が、後藤健二さん(47)、湯川遥菜(はるな)さん(42)を人質にとった事件はあまりにも深刻な事態となっている。

20日に、身代金2億ドルを72時間以内に支払わなければ、湯川さんと後藤さんの2人を殺害すると警告するビデオ声明をネット上に公表されたが、24日午後11時すぎには、「湯川さんは既に殺害された」との声明を後藤さんとみられる男性が読み上げる画像がインターネット上に掲載された。

イスラム国は、人質解放の条件として、イラク人、サジダ・アルリシャウィ死刑囚をヨルダン政府に釈放させるよう要求、しかし、ヨルダン人パイロットの生存確認を求めるヨルダン政府に対し、イスラム国は沈黙を貫き、交渉は難航しているようである。

後藤さんの状況は依然不明だという。

人質や捕虜の殺害・超法規的処刑やその威嚇は国際法上到底許されない人権侵害・犯罪である。本人はもとより、ご家族の気持ちを思うと本当にいたたまれない。

■ 2004年の経験

私は、2004年に発生した、イラク日本人人質事件(高遠菜穂子氏、今井氏、郡山氏)で、家族や釈放後の人質の方々の代理人弁護士を務め、解放までのほぼすべてのプロセスに立ち会ったが、今回と前回ではかなり状況が違う。

2004年のイラク人質事件で武装勢力~当時は、純朴な地元の青年たちがにわかに結成したものだった~が世界に訴えかけた「2003年のイラク戦争後にイラクの人びとが置かれた苦境を世界の人に知ってほしい、この不正義を正してほしい。」という訴えに対し、この約10年近くの間、結局超大国や国連を含む世界のほぼすべての人びとが無視を決め込んできたのだ。

イラクの人びとの蓄積された怒りと憎悪、そして大地に流されてきた幾多の血が残虐行為を顧みないISを生んだ。その残虐性は際立っており、到底許しがたい人権侵害行為を繰り返してきた。そのISと「交渉」し、人間としての会話を成立させることは極めて難しい。   しかし、それでも2004年の経験に立ち返ってみたい。

2004年のイラク邦人人質事件の際、人質となった人道支援家・高遠菜穂子さんは、自分を人質に取った武装勢力に、自らの人間性をかけて、「このようなやり方でイラクを変えることはできない」と説得した。

当時、犯人グループが突き付けた要求は「自衛隊撤退」であり、当時の日本政府が即座に拒絶した。

そうした厳しい状況の中で、支援に関わった友人や支援者は、高遠さんたち人質となった人たちが「イラクの人たちを助けたいという思いでイラクへ行った」「イラクの人びとの敵ではない」ということを知らせる映像をアルジャジーラに送り、アルジャジーラが放映をしてくれた。このほか、様々発信を続け、行動を起こした。

また、高遠さんがつながっていたNGOの現地スタッフは、多大な危険を冒して宗教指導者に会いに行き、彼女たちの活動がどんなにイラクの人びとを救ったかということを説得し、その結果地元の宗教指導者から『三人を解放せよ』という指令が出た。

現場では人質となった人々が犯人集団と対話を続け、「殺害する」という決断を揺るがせ、それを日本の市民社会が後押しし、その声が犯人グループの元まで届いた。そうしたことが功を奏して、結果的に三人の人質は無条件で釈放された。

参照: 書籍「イラク人質事件と自己責任論 私たちはこう動いた・こう考える」(2004年佐藤真紀×伊藤和子)

繰り返すが、当時の犯人グループとISでは異なり、状況はさらに厳しい。しかし、国ではない私たちにもできることはある。

私たちにできることは、ISとまさに対峙しているだろう後藤さんの孤独な戦いをサポートするメッセージを送り続けることだ。

■ 私たちが伝えるメッセージとは。

後藤氏のお母さんの記者会見については様々な意見も出ている(心無い中傷もあり、あまりにひどすぎる)が、私は以下のお母さんの声明は、イスラム国に伝えるメッセージとして適切だったと思う。 

健二は幼い頃から心の優しい子でした。 健二はいつも「戦地の子どもたちの命を救いたい」と言っていました。中立な立場で戦争報道をしてきました。イスラム国の皆さん、健二はイスラム国の敵ではありません。解放して下さい。日本は戦争をしないと憲法9条に誓った国です。70年間戦争をしていません。日本はイスラム教諸国の敵ではなく、友好関係を保ってきました。 日本は唯一の被爆国です。アメリカによる広島と長崎への原爆投下で数十万人が亡くなりました。

出典:声明文
アラブ社会には日本に対する信頼が長らく残されてきた。日本への共感・信頼の根拠は、米国による広島・長崎への原爆投下というあまりに壮絶な被害を受けながらも平和国家として立ち直ってきた国という認識、外交において中立的立場を保ってきたという認識(いまや大きく変わろうとしているが)また、損得抜きで人道支援・戦地報道等に尽力してきた個人(高遠さんや後藤さんのような・・)への信頼が大きかった。

日本の市民のなかには、欧米の「テロとの戦い」とは一線を画し、2003年のイラク戦争以降の欧米の介入に批判的で、イラク戦争後に起きたイラク人の苦しみに寄せてきた人々もたくさんいる、後藤さんもその一人であるということをもっと伝えていく必要があるだろう。後藤さんを知る人々、そして後藤さんのことを報道等を通じて知った私たちも、後藤さんのしてきた仕事を紹介しながら、同様のメッセージを伝えていくことが唯一できることではないだろうか。

後藤さんが生きている限り、私たちは諦めないでそうしたメッセージを発していく必要がある。

■ IS誕生の土壌~この瞬間も続くアラブの人びとへの人権侵害。

日本人の目は一人の人質の生死の一点に注がれてきたこの一週間、現地ではどんなことが起きていたのだろう。

国連関係者によれば、イラクでは1月21日から27日の一週間で、紛争関連で794人が死亡、825人が負傷したという。

例えば、イラク・ディヤラ州バロアナ村では今週、シーア派民兵がスンニ派の非武装の72人の住民を虐殺した。

「IS掃討」「テロとの戦い」という名のもとに、イラク治安部隊とシーア派住民が無抵抗のスンニ派住民を殺害する事態が拡大し、ほぼ「民族浄化」とでも言えるような重大な人権侵害が進行中だ。そして、ISによる人権侵害の被害もあまりにも凄惨で残虐ある。

こうした事態に全く心を寄せずに、日本人の釈放だけを求める訴えを繰り返すならば、現地で共感を呼ぶことはないであろう。

そして、現地に心を寄せ、シリア・イラクにまたがるこの紛争をどう解決すればいいのか、を考える時、なぜISなるグループが生まれ、勢力を拡大しているのか、その背景にどんなフラストレーションがあるのか、考えてみる必要があるだろう。

・イラクで

ISの幹部たちは、イラク出身、特にサダム・フセインの旧バース党関係者が固めている事で知られている。旧バース党、そしてスンニ派は、イラク戦争後のイラクで徹底的に弾圧され、殺戮された。

イラク戦争はあまりにも過酷な人権侵害をイラクの人びとにもたらし、幾多の血が無残にも流され、人々は虐殺されていった。

米国の占領政策に反対する人々は次々と投獄され、拷問を受けた。アブグレイブのようにイスラムの人びとの尊厳を徹底して辱める性的拷問も行われた。

アンバール州ファルージャでは2004年に2度の大虐殺が行われ、残虐兵器を用いた虐殺で多くの民間人が犠牲になった。このほか、ファルージャを含むイラクの多くの地域で、米軍等が使用した有害兵器の影響で先天性異常の子どもたちがたくさん出生し、苦しみながら亡くなっている。

しかし、だれもイラク戦争の責任を問われない。イスラムの尊厳を傷つけた拷問の数々の責任を問われない。

そして、イラク戦争後に勃発した宗派間対立で、スンニ派住民は徹底的に、シーア派マリキ政権主導の血の弾圧を受け、大量に殺害されていった。イラク内務省直属の殺人部隊によって反政府的なスンニ派は次々と拘束され、処刑され、路上に見せしめのように死体が打ち捨てられた(その人権侵害の深刻さは、国連人種差別撤廃委員会にヒューマンライツ・ナウが提出した報告書に詳述した。http://hrn.or.jp/eng/news/2014/08/11/human-rights-now-submitted-information-report-for-the-review-of-iraq-cerd/)。

しかし、こうした事態に対して、占領統治をしていた米国は黙認、国際社会も本当に無関心であった。

2013年終わりころ、アンバール州で反政府の機運が高まった。平和的なデモに政権は銃をつきつけて住民を射殺、住民が武装をすると、2014年1月以降は大量の戦車を派遣して、民間人も含めた無差別攻撃を繰り広げた。

私たちがイラクの子どもたちの実情を調査した際、協力してくれたファルージャ綜合病院も攻撃対象となり、医療従事者が次々と殺されていった。病院への攻撃は明らかな戦争犯罪であるのに、マリキ政権はそれを実施し民間人を殺害した。

しかしこの時、国際社会も国連も地元の人びとの悲鳴や救いを求める声を黙殺した。

そうしたなか、ISの前身(ダイシュと呼ばれた)がマリキ政権の弾圧に絶望した人々の信頼を得る流れをつくり、勢力を拡大し、6月のイスラム国建国宣言につながった。

私たちヒューマンライツ・ナウでも、イラクの深刻な人権状況について、報告書や声明を出してきたが、国連からことごとく黙殺されてきた。

私たちは様々な国の問題に取り組んできたが、これほど重大な人権侵害が国際社会から黙殺された国は珍しい。

歴史の針は元に戻らないが、イラク戦争からのこの10年余、もっと人々が、国際社会が、イラクの人権侵害に心を寄せていれば、効果的に介入が出来ていれば、ISのようなモンスターが登場することはなかっただろうと心から悔やまれる。

今も前述したようなイラクでのスンニ派虐殺は光が当てられていない。ルワンダ等で起きたと同様の国際社会の怠慢が生んだ悲劇を私たちは再び繰り返しているのだ。

・パレスチナで

イスラムの人びとにとっての不正義の象徴であるパレスチナ問題はどうか。

最近では、2008~2009年、そして2014年とガザの人びとに対するイスラエルの虐殺が繰り返されてきた。

2014年には500人以上の子どもを含むガザの住民2000人以上が犠牲になったが、イスラエルの戦争犯罪の責任は全く問われないままである。イスラエルの戦争犯罪を問おうとする動きが起きるたびに、日頃、「人権」を声高に叫ぶ西側諸国がこぞってイスラエルを擁護する。そんな状況が続いている。

参照:http://hrn.or.jp/product/statement/icc/

http://hrn.or.jp/activity/area/cat69/post-278/

・収容所で

さらに、米国が主導する「対テロ戦争」では、アフガニスタン戦争の際に「テロ容疑者」として捕獲したイスラム教徒をキューバのグアンタナモ基地に収容し、拷問の限りを尽くした。その際、米軍がイスラム教徒に着用させたのは、今回の人質の方々に着せられたと同様のオレンジ色の囚人服だった。こうした拷問や辱めがイスラムの人びとの尊厳をどれだけ踏みにじったのか、その怒りは察するに余りある。

さらにCIAが世界に設置した秘密収容所でも、イスラム教徒が秘密裡に拷問され、その内容もあまりにすさまじいものであった。

参照:http://hrn.or.jp/activity/topic/cia/

・世界各地で

このような一生勝てないゲームの中で、殺され続け、踏みにじられ続けていくイスラム、そして世界各国の社会で差別され搾取され、貧困にあえぐムスリム移民。

そしてイスラムを嘲笑する風刺画が「表現の自由」「ユーモア」として西側諸国の知識人からも許容される。

そうした怒りがあるからこそ、ISには続々と人々が集まってしまう。

ISはイスラムではない、あのような人権侵害行為は絶対に許されないという穏健なイスラムの人びとはもちろんイスラム教徒の圧倒的多数であろう、しかし、イスラム教徒の人たちであれば同じフラストレーションを感じざるを得ないような状況が深刻化しているのだ。

■ 軍事的な勝利はない。

私は決してISのあのような人権侵害は容認しない。いつも怒りを抱えてきたし、いかなる理由があっても許されない。

しかし、残念ながら、軍事的手段によって、彼らを滅亡させることはできないたろう。

短期的にISを弱体化させることができたとしても、ISが熱狂的に支持されるこの世界の不平等・不均衡が彼らにも納得のいくようなかたちで是正されない限り、ISが支持される土壌までを根絶することはできない。

イスラムの困窮した若者たちは希望が持てず、他に行くところがないからISに集う。ほかにオールタナティブが見つけられず、西側諸国と互角に戦える術はほかにない。そのような思いがあれだけ残虐な映像を見せつけられても若い人たちをISに惹きつけている。ISが既存の体制と正面から闘っているから(しかも互角に見える)共感を集めてしまうのだ。

特に、イラクのスンニ派に対する不当な取り扱いに直ちに終止符を打つこと、そして、パレスチナ紛争や対テロ戦争の過程で続けられてきたイスラム教徒に対する殺人、拷問、尊厳の破壊などの重大な人権侵害について、西側が真摯に謝罪をし、責任者の責任を明確にし、補償をすることなくして、納得は得られないだろう。

そして根本的には、イスラムの人びとを尊厳をもった人間として対話を積み重ねていく必要がある。  

現地にいるある国際問題の専門家は、「イラクでイスラム国ではない平和な共存を求めている市民社会に対し国際社会の支援が少なすぎる。イスラムの未来世代・子どもたちの教育への投資・支援も少なすぎる。」と語る。

「イスラム国との戦いは何もこの砂漠で行われているわけではない。もっと違う世界中の町や教室で実は毎日繰り広げられている」「みんながもっと夢・希望をもっていきていける世の中にならなくてはしない。」という。

イスラムの人びとを絶望させ続けるような差別や仕打ちが国際的にも身近でも後を絶たない状況が続くなら、ISの隊列に加わろうとする人々は次々と出てくるだろう。

■ 日本の中東政策・「積極的平和主義」はこのままでよいのか

最近、ISの広報機関の一つ、ラッカメディアセンターが製作した映像が公開された。

住民がインタビューに答える形で、日本を米軍主導の有志国連合の支持国とみなし、「米国による広島、長崎の(原爆投下による)虐殺を忘れ、なぜ米国がイスラム教徒を殺害するのに手を貸すのか」「十字軍(米欧)連合に参加するという過ちを犯した」などと批判したという。

これはISの認識を示したものにほかならないだろう。そして、ISにはアラブ社会のフラストレーションや認識が一定程度反映されているといえる。

日本は実は対テロ戦争に常に賛成し、欧米に追随してきたが、あまり目立たなかった。

しかし「積極的平和主義」を掲げ野心的な対外アピールを続ける安倍首相が登場し、今回の中東訪問でも中東の人びとを刺激する発言や行動を連発したことで、イスラム国を刺激し、今回のような取り返しのつかない事態にも発展した。

今年、集団的自衛権、集団的安全保障に関する議論が本格化し、日本の海外での武力行使・「有志連合」への兵站支援・武器輸出に道が開かれ、現実化することになれば、そして「テロとの戦い」と称する中東での紛争に有志連合の一員としてより深くコミットすることになれば、ISというレベルではなく、アラブ社会全体におけるの日本への信頼は失われ、今回のような被害の危険もさらに増すことになるだろう。そのような時に、人命を犠牲にしても仕方ないという立場に日本が立つのか、ということが問われるだろう。

欧米とともに「テロとの戦い」に突き進むことは何をもたらすのか、私たち自身がきちんと考え、議論していかなくてはならないだろう。

2015年1月28日 (水)

To save the life of Japanese hostage, Mr. Kenji Goto

My heart has been almost broken since the news reported IS took two Japapese men as hostages.

Dear friends in Iraq and Syria...

We know how much you suffered by the armed conflict since 2003 Iraq war, how many Sunni people have been brutaly killed or tortured by the US forces and Iraq government......
We try our best but we had no power to stop the grave violations of human rights.

We issued series of statements on Iraq.... http://hrn.or.jp/eng/news/tag/Iraq/
So as Palestine... http://hrn.or.jp/eng/news/tag/palestine-opt/

We are outraged by the persistent ignorance and inaction of the international community as a whole...World is not a fair and just place at all.
But....

To Isramic State
You should not kill innocent people who try to create peace and trust.

Please release Mr. Kenji Goto immediately..

Have you seen the recent news coverage of his mother?
http://blogs.wsj.com/japanrealtime/2015/01/23/mother-of-islamic-states-japanese-hostage-please-release-him/

My heart is with her message. please read the following message....
Please save the life. Please release Mr. Goto.
I just pray. Pray for peace and for a just and fair world for everhone.

My name is Junko Ishido. I am the mother of journalist Kenji Goto. I am grateful that so many foreign reporters have gathered here. To the people of Japan and the government of Japan, as well as people in other countries, I apologize deeply from my heart regarding the trouble Kenji has been causing. I have been utterly saddened and in tears for the past three days. It is beyond my power to express.

Kenji was a child with a kind heart since he was small. Kenji always used to say that he “wanted to save the lives of children in war zones.” He has been fair in reporting about the war. To the people of Islamic State: Kenji is not an enemy of Islamic State. Please release him.

Japan is a country that has pledged never to fight a war under Article 9 of its Constitution. The country hasn’t been at war for 70 years. Japan is not an enemy of Islamic countries, it has had an amicable relationship with them. Japan is the only country to have suffered an atomic bombing. Tens of thousands of people died in Hiroshima and Nagasaki when the United States dropped the atomic bombs. We have so little time left. To the government of Japan: Please save Kenji’s life.

ただ祈る・・・尊い命が奪われないように。

人質事件が発生して以来、心が締め付けられる毎日。
そして今日未明に、新しい後藤さんのビデオ。あと24時間しかないという。
なんとか解放交渉が進み、尊い人命が助かるように、祈る。
命は何よりも大切なもの。こんなこと、とても耐えられない。
だけれど、同時にシリア・イラクではずっと人々が殺され続けてきた。私たちはそのことも絶対に忘れてはならない。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150123/k10014906781000.html
後藤さんのお母さんのメッセージ

心から、同じ気持ちで、祈る。

声明文の全文「健二の命を救って」

イスラム過激派組織「イスラム国」とみられる組織に拘束されているジャーナリストの後藤健二さんの母親が出した声明文の全文です。
「私は石堂順子と申します。ジャーナリスト後藤健二の実の母親です。多くの外国人記者の皆さんにお集まりいただき、感謝します。日本国民・日本政府の皆さん、諸外国の皆さんに健二が大変ご迷惑をおかけしていることに心よりおわびします。私はこの3日間、ただただ、悲しくて、泣いていました。表現できません。健二は幼いころから心の優しい子でした。健二はいつも『戦地の子どもたちの命を救いたい』と言っていました。中立な立場で戦争報道をしてきました。イスラム国の皆さん、健二はイスラム国の敵ではありません。解放して下さい。日本は戦争をしないと憲法9条に誓った国です。70年間戦争をしていません。日本はイスラム教諸国の敵ではなく、友好関係を保ってきました。日本は唯一の被爆国です。アメリカによる広島と長崎への原爆投下で数十万人が亡くなりました。あと残された時間はわずかです。日本政府の皆さん、健二の命を救って下さい」。

2015年1月15日 (木)

潜入調査で明らかになった中国・下請け工場の過酷な労働環境

■ ユニクロ下請け工場に対する調査の実施

香港を拠点とするNGO・Students & Scholars Against Corporate Misbehaviour(以下、SACOMという)は、東京に本拠を置く国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ(HRN)、中国の労働問題に取り組むLabour Action China(中国労働透視)との共同調査プロジェクトの一環として、中国における工場従業員の労働環境について2014年7月から11月に渡り、潜入調査を含む、事実調査を行った。

調査対象となったのは、日本のファッションブランド、ユニクロ、その主要な製造請負企業であるPacific Textiles Holding Ltd(以下、Pacificという)とDongguang Luenthai Garment Co. Ltd(以下、Luenthaiという)の2社である。

そこでみたのは、あまりに過酷な労働環境

ここからは、ヤフーブログ

http://bylines.news.yahoo.co.jp/itokazuko/20150113-00042192/

に写真入りで紹介しています。写真の処理が大変なので、是非ヤフーのほうを読んで下さい。

■ そして、これからの予定。

こちらの記事、あれよあれよと、ヤフートピックに上がり、とても多くの方が記事を読んで下さったそうです。

今日(14日)には、調査を担ったSACOMの、プロジェクト・オフィサー
「その女、アレックス」が、
無事日本に上陸。

明日(15日)は記者会見。17日は報告会です。

http://hrn.or.jp/activity/event/post-313/

ユニクロとの交渉も調整中です。

2015年1月11日 (日)

名張毒ぶどう酒事件 89歳になる死刑囚の救済の道を閉ざす高裁決定は正義に反する。


■ 昨日の名張事件決定

昨日、1月9日、名古屋高裁第2部は、名張毒ぶどう酒事件で、「再審を認めない」とした決定に異議を申し立てていた再審請求人である奥西勝氏の異議申し立てを棄却した。

名張毒ぶどう酒事件は、一審が無罪、そして2005年には再審開始決定が出されているにも関わらず、奥西死刑囚はもう50年近く死刑囚として死刑の恐怖に晒され続け、事件当時35歳であったのに、いまや89歳を迎えようとしている。

無実を訴える死刑囚の救済を冷酷にも閉ざすこの事件は日本の刑事裁判の絶望的な後進性の象徴である。

私も弁護士登録以来この事件にかかわり、なんと20年もが経過しようとしている。

この20年間、いつか日本の刑事司法は改善されると信じてきたが、刑事裁判、特に再審をめぐる状況はほとんど微動だにしない。

弁護側がDNA鑑定などの「無罪証拠」をつきつけた時にだけ、証拠の開示が進んだり、再審の扉が開くだけであり、再審事件にも「疑わしきは被告人の利益に」の原則を適用すべきとした過去の最高裁判例は骨抜きにされたままである。

■ 事件の経緯

この事件が発生したのは、1961年、なんと私が生まれるずいぶん前である。

三重県と奈良県の県境の村の親睦会で女性用に出されたぶどう酒に毒物が混入していたため、5人が死亡、多数が重軽傷を負い、村人であった奥西氏が連日の取調べを受けて、自白に追い込まれたのがえん罪のきっかけである。

そう、多くのえん罪同様、自白からえん罪が始まる。この事件では、目撃証人はおらず、奥西氏と犯行を結び付ける物証も一切いない。

自白と状況証拠のみの積み重ねのみで、検察官は奥西氏を起訴。

自白調書を読んだ人はすぐにわかると思うが、自白は変遷を繰り返し、到底信用できないものである。

極めつけは、「毒物混入をいつしたのか」という問いかけに対して、奥西の回答が変遷を繰り返し、「これが一番この件でよくわからないところ」などと供述したとされている。まさに犯行という瞬間のことを「一番記憶していない」とはどういうことだろうか。  

一審判決は、いくつもの矛盾と変遷を指摘し、奥西氏の自白は到底信用できない、とし、状況証拠についても有罪立証に足りないとして無罪とした。

状況証拠としては、ぶどう酒が懇親会の直前に村に持ち込まれ、「奥西氏以外に犯行機会はない」とする、村人の供述に依拠しているのだが、この供述は捜査過程である日突然一斉に変更、一審判決は『検察官の並々ならぬ努力の成果』と皮肉っていた。

こうした一審無罪判決が出されたのに対し、検察官は控訴、高裁は逆転死刑判決をくだし、最高裁もこれを維持した。

無罪から死刑への逆転の根拠となったのは、事件現場に落ちていたとされるぶどう酒王冠についていた傷が奥西さんの歯型と一致する、という検察側鑑定。その鑑定+自白で、逆転有罪となった。

以後、奥西氏は、実に、40年以上の間無実を叫び続け、死刑確定後は毎日死刑執行の恐怖にさらされながら生きてきた。

第5次再審請求では、高裁死刑判決の根拠となった、歯型鑑定が、実は倍率をごまかしたインチキ鑑定であることが明らかになった。

奥西氏と犯行を結び付ける唯一の物証が崩れた以上再審開始がされるべきだったのに、裁判所は、これを認めない。

また、第5次再審請求では、奥西氏が混入したとされる毒物=農薬が赤着色されていたという証拠も提出した。

ぶどう酒は白。白ブドウ酒に赤い農薬を混入すれば、赤く変色したはず、また犯人がそんな農薬を入れるはずがあるだろうか。

ところが、そうした当たり前の証拠も裁判所は無視したままだった。

■ またも逆転・・・第7次再審請求をめぐる経過

7度目の再審請求で、弁護団は、様々な新証拠を提出した。最もパワフルな新証拠は、毒物に関する試験結果を分析し、科学的な光をあてたところ、本件で混入された毒物は、奥西氏が混入したとされる農薬ではなかった、という証拠である。

これら証拠をもとに2005年4月、再審開始決定が出され、奥西氏の死刑執行は停止された。この経過は最近の袴田事件と同じである。ただし、奥西氏はこの時に釈放はされなかった。

そして、検察官は即座に異議を申し立てた。2006年名古屋高裁・当時の門野博裁判長は、再び「自白」を過大評価し、これだけの重大事件で拷問もされずに自白した以上、自白内容は真実だ、などと乱暴な理屈で再審の扉を閉じた。

その後、最高裁は2010年に奥西氏の特別抗告を受けて、事件の審理が尽くされていないとして名古屋高裁に差し戻した。

ところが、名古屋高裁は、非科学的な独自の理屈(検察側鑑定人すら一言も言及しない独自の論)で、毒物に関して科学者たちが指摘してきた疑問についてつじつまあわせをし、奥西氏が混入した農薬である可能性があるとして再審を認めなかった。残念ながら、二度目の最高裁は、この結論を是認したのである。

■ そして、、救済を拒絶した第8次再審請求

弁護団は、第8次再審請求で、毒物の問題に関する裁判所の判断の誤りを示す証拠を提出したが、請求審、異議審とも、極めて短期間の審理で、前回と同一理由の請求であるとするなどして、実質的な審理をしないまま再審の審理を打ち切った。

第8次再審請求の特色は、毒物に関する問題に争点を著しく矮小化し、第7次の最終的判断に疑問が生じれば当然出てくるはずである、

一審無罪判決が示した数限りない証拠への疑問、そして第七次再審開始決定が示した確定判決への多くの疑問などについて、事実に謙虚に、徹底して「果たして無罪推定の見地に立てば請求人を死刑にしておいてよいのか」を審査するという姿勢が全くみられなかったことである。

出された証拠の証拠力だけに争点を絞り込んでそれ以外の証拠を検討しない再審のやり方は「孤立評価」と言う。

1970年代に出された最高裁の過去の決定(白鳥・財田川決定)はこれを克服し、新しい証拠と従前からの証拠を「総合評価」し、「疑わしきは被告人の利益に」の原則に基づいて判断すべきとしている。しかし、今回の判断は、このような判例の流れをまったく無視した「孤立評価」そのものである。

■ 証拠開示や新たな立証活動を拒絶

第8次請求にあたり、弁護団では、さらなる立証活動の準備として、裁判所が保管している証拠の閲覧謄写請求をしてきた。しかし、裁判官たちは、その機会さえ与えずに今回の決定をした。

また、弁護団ではいまだに多くの証拠が隠されていることを指摘し、再三にわたって証拠の開示を求めたが、これも全く実現していない。誤判救済という、再審における司法の役割を放棄したとしかいいようがない審理経過であった。

■ 国際基準から著しくかけ離れた刑事司法の象徴

この事件は国際基準から著しくかけ離れた刑事司法の象徴といえる。

・ そもそも、米国や英国では、無罪判決に対する検察官控訴は許されていない。

本件がもし米国や英国で起きていれば、1960年代に無罪判決が出され、それで釈放されて終わりだったはずである。

まして本件では2005年に再審開始決定が出ているのだ。加えて2010年の最高裁決定も、再審申立を棄却する判断に疑問を呈した。

少なくとも計6人の裁判官が疑問を呈したこの事件について、果たして「疑わしきは被告人の利益に」の観点から死刑を維持していいのだろうか。

・ 欧州には、無罪判決に対する検察官控訴が出来る国もある。しかし、欧州は死刑を廃止している。欧州でも奥西氏がいまのいままで、獄中で死刑の恐怖に晒されているということはありえないのだ。

・ 証拠開示についてはどうか。

欧州ではほとんどの国で、被告人は自分が裁かれている事件について、すべての証拠にアクセスできる権利を有している。ヨーロッパ人権条約によってそのように保障されているのだ。また、米国では、「被告人に有利な証拠は被告人に開示しなければならない。仮にこれを開示しないまま刑事裁判を進めれば憲法違反として有罪判決は取り消される」という厳しいルールがある。また、米国の再審プロセスでは検察が未開示証拠を弁護側に開示するのがふつうであり、未開示証拠すべてを弁護側に開示することが義務付けられている州法がある国も多く、それが誤判救済につながっている。

被告人に対し、証拠が隠されたまま、死刑判決を維持するという日本のような異常な事態は到底考えられない。

・ 取調べの問題・自白偏重

また、日本のように長時間被告人の身柄を拘束して密室で取調べ、その結果得られた自白をかくも重視して、有罪判決の主要な根拠にし続けるということも諸外国ではあまり例を見ないことである。奥西氏は逮捕前の49時間もの取調べの末に自白に追い込まれたが、日本の取調べがかくも事件に配慮したものでなかったから、自白に追い込まれていなかったであろう。

■ 国連からの勧告

日本が批准している国際人権条約・自由権規約の日本での実施状況を審査している

国連自由権規約委員会は2014年7月の日本審査を受けて総括所見を出している。

原文はこちらだ。http://hrn.or.jp/activity/Concluding%20Observations.pdf

袴田事件で袴田さんに対する再審開始決定が出されたということを委員会は重大に受け止め、同様の死刑えん罪を繰り返さないために、日本政府に対し強い取り組みを求める勧告を出している。

すなわち、

委員会は、「袴田巌の事件を含め、強制された自白の結果としてさまざまな機会に死刑が科されてきたという報告は、懸念される事項である(規約2 条、 6 条、7 条、9 条、及び14 条)」などと日本の死刑制度に対する懸念を表明し、以下の勧告をしている。

締約国は、以下の行動をとるべきである。

(a) 死刑の廃止を十分に考慮すること、あるいはその代替として、死刑を科しうる犯罪の数を、生命の

喪失に至る最も重大な犯罪に削減すること。

(b) 死刑確定者とその家族に対し予定されている死刑執行の日時を合理的な余裕をもって事前告知す

ること、及び、死刑確定者に対して非常に例外的な事情がある場合であり、かつ、厳格に制限された期

間を除き、昼夜独居処遇を科さないことにより、死刑確定者の収容体制が残虐、非人道的あるいは品位

を傷つける取扱いまたは刑罰とならないように確保すること。

(c) とりわけ、弁護側にすべての検察側資料への全面的なアクセスを保証し、かつ、拷問あるいは虐待

により得られた自白が証拠として用いられることがないよう確保することによって、不当な死刑判決に

対する法的な安全装置を即時に強化すること。

(d) 委員会の前回の総括所見(CCPR/C/JPN/CO/5、パラ17)の観点から、再審あるいは恩赦の申請

に執行停止効果を持たせたうえで死刑事件における義務的かつ効果的な再審査の制度を確立し、かつ、

死刑確定者とその弁護人との間における再審請求に関するすべての面会の厳格な秘密性を保証するこ

と。

(e) 死刑確定者の精神状態の健康に関する独立した審査の制度を確立すること。

(f) 死刑の廃止を目指し、規約の第二選択議定書への加入を考慮すること。

出典:国連自由権規約委員会総括所見和訳
特に重要な勧告であるため、2年以内にこの勧告の実施のためにとった措置を報告することが日本政府に求められている。

名張事件の今回の決定は、

(c) とりわけ、弁護側にすべての検察側資料への全面的なアクセスを保証・・することによって、不当な死刑判決に対する法的な安全装置を即時に強化すること。

という勧告に明らかに背くものである。すべての検察側資料へのアクセス、証拠へのアクセス、証拠閲覧謄写が裁判所によって拒絶されたのであるから。

そして、

(d)死刑事件における義務的かつ効果的な再審査の制度を確立

との勧告も一顧だにしていない。委員会の認識は、現行の再審制度では「効果的な再審査の制度」とは、到底言えないのであり、再審においてデュープロセス、再審請求人の権利を保障すべきだという趣旨である(例えば日弁連は「再審法」を制定すべきとかねて提言しているが全く実現していない)。

誤判救済の役割を放棄した日本の刑事裁判のあり方が、袴田事件のような悲劇を生んだことは世界的にもショッキングなニュースとして報道され、国連からも改革を強く求められている。

ところが、日本の司法当局は全く反省のかけらもなく、国連の勧告など無視し、証拠へのアクセスや証拠開示の権利すら死刑囚に与えようとしない。

このようなあり方は抜本的に正されなければならない。

改めて高裁決定は明らかに正義に反するものである。

弁護団は奥西勝氏が89歳の誕生日を迎える1月14日に最高裁に特別抗告を申し立て、最高裁の判断を求める予定だ。

併せて参照してください。  

名張毒ぶどう酒事件 再審認めず

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150109/k10014558931000.html

名張毒ぶどう酒:「特別抗告へ」に奥西死刑囚うなずく

http://mainichi.jp/select/news/20150109k0000e040248000c.html

奥西死刑囚 小康状態保つ 特別抗告にうなずく

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2015010902000241.html

映画「約束」公式ウェブサイト

http://www.yakusoku-nabari.jp/

2015年1月10日 (土)

フランスの襲撃事件を受けて、私たちが改めて考えるべきこと

風刺画が売り物の仏週刊新聞「シャルリー・エブド」を襲撃して記者ら12人を殺害し逃亡していた容疑者とみられる2人が9日朝、パリ郊外の工場で人質をとって立てこもった。当局は同日夕になって突入した。AFP通信は、2人は殺害され、人質は解放されたと伝えた。
http://www.asahi.com/articles/ASH195VX4H19UHBI025.html

ムハンマドの風刺画など、イスラムの尊厳を傷つけるような風刺画が話題を呼んでいた新聞社だ。
このような表現の自由を攻撃するテロは当然許せないことだ。
各国政府はこれを糾弾し、フランスでは表現の自由を守れという大集会が起きたという。


しかし、この事件を取り巻く背景を考えると、とても複雑な事情がからみあう。
現代社会はどんどん複雑化している。
「表現の自由を守れ」だけのキャンペーンで解決する問題ではない、分断された社会でどう人々の信頼を再構築していくのか、一朝一夕ではなかなか進まない問題が横たわっている。

自由・平等・博愛の国・フランス。言葉では言い尽くせないほど私が憧れたことのある国だ。
語りつくせないほど。

しかし、貧困化が進み、移民に対する差別も多く、自由・平等・博愛に強い嫌悪感を持つ若い世代が増えているという。
そんななか、フランスでは、ISに参加する若者たちが増えている。
これに対抗し、フランスは極めて強いテロ対策法をつくり、当局の権限は拡大し、薄弱な証拠による有罪判決で投獄される人が増えている。
フランスでは、ムハンマドの風刺画が「表現の自由」として保護される一方、女性が学校等で、伝統的な被り物であるヘジャブ・ブルカ等を着用することは禁止される。

表現の自由のルールは、イスラムの人たちにとっては『勝てないルールによる際限なく続くゲーム』のようなものだったのではないだろうか。

そして、「テロは許せない」「暴力に抗議する」と言うフランス自身が、現在はISに対する軍事行動に直接参加しているのだ。

フランスは、2003年にはイラク戦争に反対する国連安保理での議論が世界に支持されたが、最近は「人権」などの名目で、積極的に海外での軍事行動を進める立場をとっている。この転換はいつからだっただろうか。
旧宗主国からの「要請」に基づく安保理決議を経ない軍事行動は増えているがそれだけではない。
過去にも、最終的には武力行使に踏み切らなかった事態でも、フランスが武力行使に積極的な立場から強い意見を表明した事態(オバマ政権よりも強硬に)が少なくない。
背後には帝国主義的な思惑があるが、錦の御旗はいつも「人権」という人道的帝国主義を進めてきたように思う。

自由・平等・博愛が色あせている。

今回の事態が、さらなる強硬なテロ対策、ムスリムへの憎悪・報復が高まることによるフランス社会とムスリムの対立の激化が憂慮される。

表現の自由を守ること、テロによる民間人犠牲を許さない、それ自体はそのとおりだが、フランス的価値を全面に出したそのような一面の対策だけでは十分でない。少数派であるムスリムの人権と尊厳の確保、差別と報復の防止、テロ対策による人権抑圧の見直しなど、フランスが取り組むべき課題は多い。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、以下の見解を出している。
シャルリー・エブド紙殺害事件には人権擁護で対応すべき

英語オリジナル: http://www.hrw.org/news/2015/01/08/france-attack-free-expression
日本語リリース: http://www.hrw.org/node/131762

私もこの趣旨に賛同する。
ただ、こうした視点に加えてもっと考えてみなければならない問題がある。

六辻氏の
「フランスの新聞社襲撃事件から「表現の自由」の二面性を考える-サイード『イスラム報道』を読み返す」

http://bylines.news.yahoo.co.jp/mutsujishoji/20150109-00042123/

に重要な指摘がある。

改めて、エドワード・サイードが、「オリエンタリズム」などで提起した問題の意味をかみしめたい。

自分自身へのたくさんの自戒もこめて。

これは、単にフランス一国の問題ではない、日本を含む多くの国が同じ問題に直面している。
私たちは今、もっともっと考えなければならないのだ。


2015年1月 8日 (木)

ろくでなし子さんは起訴され、AV強要被害は野放し 日本の欺瞞的な「わいせつ」


■ ろくでなし子さんの芸術活動は、果たして「わいせつ」?

昨年末、最も疑問を感じた二ュースの一つは、ろくでなし子さん逮捕、そして起訴という報道だ。

東京地検は24日、漫画家のろくでなし子さんをわいせつ電磁的記録頒布とわいせつ物陳列の罪で起訴された。

http://www.asahi.com/articles/ASGDS3SVCGDSUTIL013.html

弁護団によると、起訴事実は次の3つだそうだ。

(1)女性器をスキャンした3Dプリンタ用のデータがアップロードされているウェブサイトのURLをメールで送信したこと

(2)同様のデータが入ったCDを送付したこと

(3)北原みのり氏の経営する店舗で、女性器をかたどった模型を展示したこと

これが、刑法175条のわいせつ物頒布等罪違反に当たるというのだ。

これ、ひとつひとつ、構成要件に該当するのか、甚だ疑問というほかなく、つっこみどころは満載である。

そのあたりは弁護団が立派に弁護されることは間違いないであろうから、深く立ち入らない。

しかし、日頃女性の性が抑圧されている日本社会で、果敢に女性を主体とする表現をしてきた、ろくでなし子さんへのこの弾圧・起訴に対し、私も多くの女性とともに憤慨している。このような起訴に大いに異を唱えたいと思う。

ろくでなし子さんの活動といえば、こんな楽しいボートをつくったりしたことが知られる。

http://camp-fire.jp/projects/view/662

このようなことをするろくでなし子さんのこだわりはどこにあるのだろう。

ろくでなし子さんは言っている。

そもそもわたしがデコまんを作ったのは、自分のまん中の形が異常では?という悩みがきっかけでしたが、それはまん中が日本では長らくタブーとされ、常にモザイクをかけられてきたため、まん中の基本形がわからなかったことが大きいです。

また、まん中が必要以上に隠されてきたために、逆にいやらしさが増幅し、女性にとっては単なる体の一部なのにセックスや卑猥なイメージを勝手に与えられてしまったと感じます。

そこでまん中をもっとPOPに、カジュアルに、日常にとけこませるよう、

リモコンで走るまん中、まん中の照明器具、まん中アクセサリー、iPhoneカバーまん製作など、本格的に活動するようになりました。

出典:http://camp-fire.jp/projects/view/662
これをみるとわかるように、隠されているからかえっていやらしい、自分自身も忌避してしまい、愛着を持てない、自信が持てない、という悩みから女性たちを解放しようというのが目的であり、わいせつという意図とは180度違うことがわかる。

目的といい、活動といい、健全であり、男性の性欲の対象でなく、女性の視点から自分の身体の主体性を回復しようという動きのように思われる。なぜこれがわいせつとして禁圧されるのだろうか。

■ 納得できないダブルスタンダード

ところで・・・。この話、男性に置き換えてみると、どうなのだろうか。

まず、対象が男性の場合。

みんなが知っている

ダビデ像。

日本にもレプリカがいくつか展示されている。

このダビデ像は、割合リアルな男性器が露出されているが、公然と展示されている。

しかし、これは芸術と言われ、何ら問題とされていない。

日本でレプリカを展示したことを理由に誰かが処罰されたなど聞いたこともない。

ところが同じことが女性器であれば、禁圧され、処罰されるというのはなぜであろう。

3Dプリンタでスキャンしたからダメだというのか。

昔はそういう技術がなかったから、そんなことができなかったわけで、スキャンはできないものの、かなり忠実に模写をしたりして再現した写実的な芸術作品が多かったことは知られている。

いずれも創作の過程がどうだったかという問題に過ぎない。

仕上がりが芸術であれば、等しく表現として扱われ、尊重されるべきであろう。

そのように考えてみると、問題は女性器そのものにあるように見受けられる。

日本の「わいせつ」というものがあくまで男性視点で、男性をみだらな気持ちにさせるか否かによって決まっているようで、女性としては非常に不愉快である。

ろくでなしこさんが「これじゃ、真ん中がかわいそう」と書いている通りだ。

「いや、芸術性の問題だ、ダビデ像は芸術だけどろくでなし子さんは違う」という議論になるのだろうか。

ダビデ像が芸術でろくでなし子さんはわいせつなのか。

刑法には、何ら明確な線引き、合理的な基準と言うものは示されていない。

芸術性が高い、低い、という評価は主観的なものだ。

それを、そもそも芸術の専門化でもなんでもない検察・警察・裁判所によってジャッジされる、ということでいいのか?

一般の市民は、たまたま摘発されたら犯罪者となり、深々と反省し、刑に服さなければならなず、摘発されなければ特に何ら問題はないということになるのか。

すべては検察や裁判所の判断ひとつ(しかも司法コミュニティの多数派は男性によって構成されている)、そんなことでいいのだろうか。

■ 男性視点からの性搾取、「性奴隷」的表現には天国のように寛容。

また、私が「これでは、あまりにもダブルスタンダードだ」と思うのは、男性の視点から女性を性的に商品化するわいせつ表現について、日本があまりにも寛容な国だということだ。

日本では、男性の好むポルノ広告は、電車などパブリックなところも含めて、いたるところに張り巡らされている。

社内にポルノ・ポスターを貼ることは女性の就業環境を害する「セクハラ行為」として認められているのに、公共の場ではそのようなルールは働かない。電車など、公的スペースへのポルノ広告は何らの規制も受けないのだ。

このような性の商品化天国ともいうべき文化は外国では考えられないことであり、外国人はみな大変驚いて、眉をひそめている。

そして、、、、私が以前、こちらのブログ

http://bylines.news.yahoo.co.jp/itokazuko/20140816-00038321/

でも紹介した通り、

AVに出演強要される被害者

は後をたたないようで、ひどい目にあい続けている。

私のブログ・エントリーがひとつのきっかけになったのか、夏以降、被害者相談窓口には、AV出演強要された、脅迫されて出演した恥ずかしいビデオを回収したい、AVから足を洗いたい、という相談が相次いで、パンク状態だという。

しかし、それでも氷山の一角ではないかと思う。

AVは単に性器そのものというより、性行為そのものを撮影しているのだ。

モザイクさえあれば、別にそれは「わいせつ」ではないという。

そして、いかなる凌辱的行為も、女性の尊厳を傷つける表現もOKとされる。

『AVを強要された』という相談を受けてビデオを見ると、女性が本当に性奴隷のように凌辱されている。

このような人権侵害の過程を映したビデオが「表現の自由」を理由に守られて、被害者が救済されないのは本当にいたたまれない。

私は個別ケースに取り組んでいるが、この問題、昨年の国会で法規制がついに実現した

リベンジ・ポルノ

に続いて、抜本的な対策が急務だと思う。

■ 不均衡な処罰と侮辱

AV、着エロ、ポルノ、若い女性たちが性の商品化の対象となり続け、女性の意に反する表現を強要されても規制や被害救済システムがほとんどない日本。

表現の自由の壁のもとで、深刻な被害事例が後を絶たないのに、救済への壁は厚く、一歩ずつ進むしかない。

そんな、女性たちが「客体」として性を消費され、被害にあってきた日本で、女性の側から、女性の視点から性や性器を表現しようとしたろくでなし子さんの試みが、かくも不均衡な形で、処罰の対象となるのはなぜだろうか。

ろくでなし子さんの勾留理由開示公判では、女性器について彼女が

「まんこ」

と発言するたびに裁判官が叱責したという。

http://www.bengo4.com/topics/2464/

なぜだ? 女性にとって大切な身体部位について、法廷で語ること自体が汚らわしいかのように、禁圧されるのはなぜなのか。

今回のような事件があると、日本は男性中心の曖昧な法制度のなかで、男性権力者の好まない表現が鎮圧され、本当に女性が虐げられ、侮辱されている社会なのではないか、という感想を抱かざるを得ない。

TV等でこの問題が議論されていても、なぜか男性ばかりが声高に発言し、女性は違和感を感じても結局何も言えないという場面に出くわすのも残念だ。

もっと女性たちがこうしたことに声を上げられる社会であってほしい。

女性の身体は女性のもの。

意に反してあらわにされたり、流通したり、性的な消費・搾取・虐待の対象になったり、

自らの決定を理由に貶められたり、糾弾されるようなことなく、

身体への「主権」が回復できる社会にしていきたい。

幸い、保釈されたろくでなし子さんは楽しく裁判を闘うつもりみたいで頼もしい。

この裁判を注目し続け、二度とこのようなことが繰り返されない結論が出されるよう監視していくことが必要だと思う。

2015年1月 5日 (月)

あけましておめでとうございます。

あけましておめでとうございます♪
つい今朝がたまで、ネットから離れて、海外で休息&瞑想などしていました。
昨年もたくさんの方に励まされ、助けていただき、ブログやSNSを通じても皆様からたくさん励ましをいただきました。心より御礼申し上げます。
今年の年賀状のメッセージをご紹介いたします。

2015年 初春のお慶びを申し上げます。

昨年、ミモザの森法律事務所は女性弁護士三人体制で、女性の権利に関連する幾多の案件を手掛け、おかげさまで多くの勝訴判決・決定を得ることが出来ました。
2006年に発足したNGOヒューマンライツ・ナウは、2014年3月に認定NPO法人格を認められ、今年は民主化が進みつつあるミャンマーで人権教育活動プロジェクトを開始。ニューヨーク、ジュネーブ、ヤンゴンに拠点を拡大することができました。
世界を見渡すとガザ紛争、シリア・イラクの紛争など、子どもを含む罪のない人々の命が犠牲になり、日本でもヘイトスピーチや歴史認識、メディア統制、さらに集団的自衛権をめぐる議論など、人権をめぐって深刻な状況が続きます。
2015年が、平和で笑顔の多い一年となるよう力を尽くし、皆様と様々な機会に御一緒してまいりたいと存じます。年頭にあたり、日頃のご厚情に感謝し、皆様のご多幸を心よりお祈り申し上げます。(2015年元日)。

さて、今日はウォーミングアップ。明日から本格始動いたします。


« 2014年12月 | トップページ | 2015年2月 »

フォト

新著「人権は国境を越えて」

2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

ウェブサイト

ウェブページ

静かな夜を

リスト

無料ブログはココログ