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2014年4月

2014年4月30日 (水)

受信料は会長辞任まで不払い宣言

みどりの日・29日は午前中はガーデニングをして過ごし、薔薇やクレマチスなどのお手入れ、土をひっくり返したり、新しく植えたりでひとしきり奮闘しました。
昨年はわけあって、何もできなかったのですが、今年は無事再開。

以前はお年寄りがリハビリのために、毎日我が家まで花を鑑賞しに歩くのを日課にしていたくらい「美しい庭」だった栄光の時期もあるので、がんばりたいです。
フランソワーズ・サガンの「優しい関係」という私の愛する小説に、「庭いじりの格好」というのが出てくるのですが(ただ、主人公はそのような扮装をして実際はウィスキーをたしなむことを習慣にしてるらしいのですが)、私はどうもぴったりした庭いじりの服装がない。庭いじりスタイルを確立したいですね。

そのようなガーデニングの最中、最近転居してきた近所の方もたくさん外に出てキャッチボールだの犬の散歩だのしており、私を「案外ガーデニング好きの普通の女性かも~」という雰囲気でみていました。
(注・多分弁護士だと知られてるし、帰るの遅いし、たまにテレビに出る時は、なんか家の前にハイヤーがとまってたりして、変わった人だと思われてるんじゃないか、と心配してるんですが)

へへ、と思った矢先、そのような状況に気をよくしたのか、NHKの集金がやってきて、
「奥さん、受信料、2500円でいいから払ってくれませんか」
と意味不明の問いかけ。

その瞬間、私は怒りにおそわれ、
「おたくの会長が問題なので支払いません。辞任するまで払いませんから! 」
ときっぱり断ったのですが、周囲に轟くような声だったみたい。

新しい住民にも、やはりお里が知れてしまったわけですが、でも「そーだ」と思った方もいたかもしれません(^^)

え、なんでですって? 話すのもヤボですが、あんなNHK会長が辞任することもなくふんぞり返っていて、
私は日本が恥ずかしい。
橋下市長は辞任しないものの、あの発言以来ほぼ政治生命はおしまいですが、NHK会長はあれだけの問題発言をしながら、居座っていることはどうしても許せません。
現場で頑張っている良質なジャーナリスト・記者のためにも一刻も早く辞任せよ!

2014年4月21日 (月)

DV離婚7年後の襲撃~ いつまでたっても被害者が安心できない法と制度の不備


■ 離婚後7年で元夫に襲撃'''

2013年5月21日朝、神奈川県伊勢原市の路上で、30代の女性がDVを理由に7年前に離婚した元夫に、突然襲撃され、牛刀(刃渡り約18センチ)で首などを刺され、ひん死の重傷を負った。

骨が削れるほどの力で刺され、体内の血液の半分を失ったが、奇跡的に命は取り留めたという。

被害女性は、今年4月になり、毎日新聞の取材に応じ、記事が報道されている。

この記事を読んで改めて日本の法制度の不備が女性達を追い詰めている実情が浮かび上がっている。

彼女がいまも置かれている状況や心情は、日本がDV被害者にとって安全でない社会だ、ということを改めて突きつけるものだ。

平成24年も配偶者・元配偶者による女性への殺人事件は93件におよび、傷害事件は2060件におよぶ。この事件は、特殊な例ではなく、氷山の一角に過ぎない。

http://www.gender.go.jp/e-vaw/data/dv_dataH2507.pdf

伊勢原市の事件の被害女性の記事にはこのような記述がある。


殺人未遂罪などに問われた元夫は昨年12月に懲役12年の判決を受け、服役した。それでも女性は身を隠す生活を続けている。 「事件前と不安は変わらない。次は助からないでしょう。離婚しても7年後に襲撃された。懲役12年だからといって安心できる要素がありますか」
出典:毎日新聞
報道によれば、元夫は離婚した06年、裁判所からDV防止法に基づく計1年間の接近禁止命令を受けたこともあり、女性は地元市役所に住民基本台帳の閲覧制限をかけていたが、元夫は探偵などを使って女性の住所を特定したという。

事件1カ月前、女性は自宅近くでカメラが取り付けられた自転車を見つけて県警伊勢原署に相談したが、探偵業関係者の所有と判明しながら署員は女性に連絡しなかったという。事件前、周囲に不安を訴えたが、警察からは切迫性がないと判断され、その直後に惨事が起きたという。

■ DV防止法の不備

日本には、2001年にDV防止法が施行され、DV加害者が被害者に接近することを禁止することなどを含むDV防止法が施行され、これまでに三度にわたる改正がされた。

しかし、その内容は、未だに女性たちを暴力の被害から守るのに十分とは到底言えないものであり、痛ましい被害が後を絶たない。

◇ デートDV

特に結婚していない若いカップルのいわゆるデートDVの結果、別れてストーカーとなった男性が女性を殺害する事例が最近連続して発生、昨年6月、この問題だけに絞ったDV防止法第三次改正がされた。

しかし、この法改正も、一度でも同棲したことのあるカップルでない限り、DV防止法は適用されない扱いであり、その後にも元交際相手からのストーカー殺人が相次ぐ結果となっている。

同居を要件とすることなく、元交際相手からの攻撃から女性を守るよう法整備が必要だ。

◇ 短すぎる保護命令期間

もうひとつの切実な問題は、保護命令の期間があまりに短いことである。

保護命令の期間は法律上、半年と定められている。

延長をすることはできるとなっているが、延長が1回以上認められるケースはほとんどない。

そして、これは裁判所の扱いによってまちまちではあるものの、保護命令の期間である半年間の間に、加害者から被害者に対して何のアクションもない事例については、再度の保護命令を認めない取扱いをする裁判所が少なくない。

いかに、被害者が加害者からの報復を怖がり、不安を訴えていても、また、別居前のDVの程度が深刻であっても、「何事も起きなかったから」ということで保護命令の延長が認められないことになる場合が少なくないのだ。

半年では離婚手続きすら終らないケースが少なくないというのに、あまりにも短すぎると言わなければならない。

そもそも、DV被害者は、避難をすると居所を隠して生活するため、加害者は容易に居所をつきとめられない。探偵を雇い、数年たって居所をつきとめる、という今回のようなケースを考えれば、半年間何も起きていないから延長を認めない、という裁判所のあり方は非常に問題が大きい。計画的な加害者、冷酷で執念深い加害者の場合、半年どころか数年にわたって女性を追跡し、突然襲撃することもあるのだから、半年何もなければ危機は去った、と考えるのも甘すぎる。

DVの保護命令が発令されると、発令された期間は、警察も様々な援助を被害者にする。

しかし、保護命令期間が過ぎてしまうと、そのような対応は十分にとられなくなる。

特に、相手方の報復を恐れて、住所を転々とし、保護命令を受けた当時に対応した警察が所轄でなくなった場合、警察に不安を訴えてもなかなか対応してもらえないという事態になるのだ。

■ 法改正の必要性

事件を受けて、神奈川県警は、女性や子どもに対する危険情報を集約し、現場で被害者保護や加害者の逮捕にあたる「人身安全事態対処プロジェクト」を発足させたという。

事件が起きた場所の警察は、しばしばこうしたプロジェクトが立ち上げており、それ自体は評価できるが、本来、すべての警察が同様の対応をすべきである。そのためにも、国として、個々の県警任せでなく、一貫した政策・そして法整備をする必要がある。

この点、米国などでは、保護命令期間は極めて長く設定され、生涯にわたる接近禁止命令を認める州も存在する。

日本のDV防止法は、諸外国の法制度や国際スタンダードからみても、被害者保護が十分とは到底いえない状況だ。


■ 私たちの提言

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ヒューマンライツ・ナウでは、2013年6月に、DV防止法の抜本的改正を求める意見書を提出しているが、まだこのうち、デートDVに関する若干の法改正が第三次法改正で実現し、ストーカー規制法改正で若干の是正がされたのみで、いまも課題が多く残されている。

「国際スタンダードに基づくDV防止法等の改正に向けて」(ヒューマンライツ・ナウ)

本報告書は、NPO法人全国シェルターネットの協力を得て行ったアンケート結果も掲載しているが、裁判所の認定のあり方も含め、DV・ストーカーに関する被害者保護の現状に問題点が多いことを指摘しており、是非、真剣に受けとめて、法改正や運用の改善につなげてほしい。 

このなかで、保護命令の期間に関しては、


接近禁止命令の期間制限を設けない。仮に期間制限を設ける場合には、少なくとも1年とし、被害者の再度の申立てがあれば原則として更新するものとする  

と提言している。是非、裁判所の運用をまず見直し、保護命令の延長を認める扱いをし、また、法改正につなげてほしい。

また、私たちの提言の中には


差し迫った危険がある場合には、被害者の申立てに基づき、相手方の事情聴取を行うことなく24時間以内に緊急保護命令が発令できるものとする。

というものがある。諸外国の多くの国で、この「緊急保護命令」制度が認められているが、日本では認められていない。

日本は非常に立ち遅れている。

シェルターネットが実施したアンケートでも、多くの被害者が「保護命令に時間がかかりすぎる」ことに不安の声を挙げている。

相次ぐ凶行を防止するために、警察・裁判所等による保護の措置を早急に認めるため、緊急保護命令制度の導入を真剣に検討すべきである。

「女性が輝く社会」とのキャッチフレーズが躍る今日この頃だが、女性たちの3分の1は配偶者からの暴力の犠牲になっている。

http://www.gender.go.jp/e-vaw/chousa/images/pdf/h23danjokan-gaiyo.pdf

繰り返される悲劇を防ぐために、もっと政府・国会議員・関係省庁・裁判所・警察が真剣に対処し、抜本的な対策を考えてほしい。

女性が暴力に怯えないで暮らせる社会の実現は、人権の基本、とても大切なことである。

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2014年4月20日 (日)

4月23日に事務所で、無料法律相談を実施します。

事務所で毎月恒例の、無料法律相談、今月は私の担当日は4月23日ということで実施します。

以下ご覧ください。

http://mimosaforestlawoffice.com/topic/topic_2014.4soudan.html

ここのところ、このような告知前に予約が埋まってしまっていたのですが、今月はまだ予約に余裕があるとのことです。
当事務所も三人体制となり、体制もいっそう充実していますので、皆様のお越しをお待ちしております。

新しく事務所に参加された中西弁護士の無料法律相談も受け付けています。


2014年4月17日 (木)

なんと20年選手になりました!

私、ここのところ忙殺されて、月日のたつのも忘れていたら、なんと、弁護士になってから20年が経過してしまったことに気付きました。

OH No! 私はそんなに年取っちゃったの??

ぼーと楽しく過ごしてたらいつの間にか年取ってた、浦島太郎の気分です―――。


しかるに、、、成熟とは程遠いし、威厳と言うものがありません。

重々しさもないです。
先日ニューヨークに行った際も「学生ですか? 」と聞かれてしまう始末。

弁護士になったころは20年後の自分がこんなとは想像もしなかったなあ。


確かにいろいろと経験を積んできましたけれど、いまでもなんだか新人と変わらないような心持ちの自分がいます。

人は老い易く学成り難しです。

ただ、最近はとくに健康法がいいみたいで、全然疲れ知らず、日々好きな事件、情熱を傾けられる仕事を選んで、好きなことをして生きているし、毎日がチャレンジに連続なので、まだまだどこまでもやれる感じがあります。

それだけはいい感じです!!

ところで、なぜふと、20年と気づいたかと言えば、裁判官の同期の方が、再任されたという話しをされていたからです。再任された方々はこちら。

http://kanpou.npb.go.jp/20140416/20140416h06271/20140416h062710013f.html

実は、友人の名前が2人ほど見当たらないので心配していますが、多分ちょっとした問題で、無事再任と信じたいものです。

最近は、どんどん再任拒否をされる時代。
私もほんのいっときですが、お誘いいただいたりして、「裁判官いいかも」と思った時期がありましたが、私のような破天荒はとても裁判所には合わなかったはず。


多分自信喪失して、本領発揮できず、今ころ確実に、再任していただいていなかったはず、、、と思います。

そもそも私、思い起こせば、裁判官どころか、日本の弁護士という枠にもはまらなかったのです。
日本の弁護士のスタイルにあきたらず、国際人権団体をつくってしまい、ようやく本当の自分らしい活動、事件をやりつつ国際人権活動をするという今のスタイルができるようになったのですから。


その意味では、そんなことも可能な、弁護士という職業を選択してよかった、と、心から安堵します。

とはいえ、月日のたつのをしみじみと感じます。

これからも一日一日を大切に、一度しかない弁護士人生、出来る限り社会に貢献してまいりたいと思います。


2014年4月 4日 (金)

明日は北千住・女性の権利問題相談にのります。

明日の午前は、北千住法律相談センターで、東京弁護士会の助成の権利問題の相談員をいたします。
年間でこの相談が回ってくるのは、数回程度なので、せっかくの機会ですので、当職に相談されてみたい、という方は、ご予約の上いらしてください。
詳細や連絡・アクセス方法は、以下をご確認いただけると幸いです。

http://www.toben.or.jp/bengoshi/madoguchi/woman.html

ではでは。

2014年4月 2日 (水)

認定NPO法人になりました!!!

みなさま

東京で桜が開花した3月25日、おめでたいニュースが舞い込みました。
数年越しに進めてきました、ヒューマンライツ・ナウの「認定NPO法人」申請ですが、ようやくOKが出たとのこと!
これで寄付控除になり、寄付をしていただきやすくなり、様々なメリットがあります。やった~(^^) /

で、翌日さっそく東京都に受け取りに行きました。

Photo

東京都の人から、認定NPO法人の認定書を授与されたところなんですが、東京都の人は顔出しNGとのことで、こんな感じになりました。この授与と同時に認定NPO法人になりますので、3月26日からHRNは認定NPO法人です♪ 

寄付控除になりますよ~

認定証はこちら。

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会員・支援者の皆様に嬉しいお知らせをしたところ、
支援者の方からお花が。事務所一同励まされました!!
ありがとうございました♪

Photo_5

これもひとえに支えてくださった皆様のおかけです。本当にありがとうございます。

「認定NPO法人」とは、NPO法人のうち、

その運営組織及び事業活動が適正であること、

また、公益の増進に資すること等、一定の要件を満たすものとして、

各自治体から認定を受けたものをいいます。

http://hrn.or.jp/activity/topic/2014326npo/


この「認定NPO法人」に対する寄付は「寄付金控除(税額控除)」の

対象となり、2014年3月26日以降のご寄附から、

下記のような税制上の優遇措置が講じられます。


 1.個人の皆さまがご寄附をしてくださった場合

税額控除の割合は、寄付金から2,000円を引いた額の約半額が

税額控除で返ってきます。


最大50%(所得税40%+住民税10%)

※年末調整等では控除できませんので、所轄税務署で確定申告が必要です。

※住民税も寄付金控除の対象になり、控除割合は最大10%です。


ただし、各自治体によって異なりますので詳細は自治体へご確認ください。


2.法人の皆さまがご寄附をしてくださった場合

一般のNPO法人に寄付をした場合よりも、損金に算入できる額が増えます。


3.相続財産をご寄附していただく場合

ご寄附をしてくださった金額分が、課税価額の計算の基礎から減額できます。


※詳しくは、添付の『認定税制上の措置』をご覧ください。
http://hrn.or.jp/activity/%E8%AA%8D%E5%AE%9A%E7%A8%8E%E5%88%B6%E4%B8%8A%E3%81%AE%E6%8E%AA%E7%BD%AE.pdf


※なお、正会員(個人・学生・団体・法人会員)の年会費は、寄付金に該当しません。

 賛助会員の年会費、マンスリーサポーターの毎月のお引落し額は、寄付金に該当します。


私たちは「認定NPO法人」となり、改めて国際人権状況の改善のために活動するNGOとして、そのミッションに立ち返り、応援してくださる方々と共に社会を変えていくべく取り組んで参ります。


※全国の総NPO法人数は、現在48854法人(2014年2月28日現在)、

そのうち、所轄庁の認定NPO法人数は257(2014年3月28日現在)、

国税庁の認定NPO法人数は246(2014年3月3日現在)です。

(認定取得率はおおよそ1%です)


より一層のご支援いただきますよう、どうぞ宜しくお願いいたします。

ヒューマンライツ・ナウ事務局一同

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・・・というわけで、現在、認定に伴う諸規定整備や、新しい領収証の整備に努めています。
そんななか、認定手続きを支えてくれていた、会計スタッフが退職することになり、新しい会計スタッフを採用、早速来ていただけることになりました。

まこさん、お疲れ様でした♪引き続きよろしくお願いします。

ところが、さっそく私たちを試すような出来事が!!!
震災プロジェクトの助成金500万円の助成金申請がなんと今年は認められず、大変な事態です。
このままでは、震災法律相談にもいけませんし、福島関係のアドボカシーや調査もできません。
皆様の期待に応えて、事業継続するために、なんとかしなくちゃいけません。
これを機にもっと重層的に皆様にご支援を受け、社会的な支持基盤を拡大していかなくては、と決意している次第です。

是非、皆様のご支援・ご寄附をよろしくお願いいたします!!!

(寄附はこちらからどうぞ。このページも改訂しなくっちゃ!! がんばります。)

http://hrn.or.jp/contribution/

挨拶状をお手元に

年度の変わり目にいろーんなことが次々とおきまして、何より、法律事務所が新体制になりまして、消費税増税前の備品買いだめも忘れてしまうくらい、いろいろとあたふたしております。
なのに、今日もボランティア事件で名古屋に出張して戻ったのは午後4時すぎ、いろいろと進みそうで進みません。
とはいえ、昨日、こちらのウェブサイトにアップいたしました、事務所の御挨拶状、目下、事務員さんがせっせと郵送しております♪ 近日中に、皆様のお手元に届くかと存じますので、よろしくお願いいたします。
ここのところ名簿整理がうまくできず、年賀状をいただいた方に年賀状をお送りできなかったり、と後手後手に回っていましたが、このたび名簿整理を進めましたので、これまでの不義理も解消できるのでは、と期待しております。ただ、まだ名刺整理が追いつかず、これから頑張ってまいります。
看板、ウェブサイト、事務所リーフレットなど、鋭意新メンバーにあわせて更新してまいりますので、しばらくもたもたしておりますが、是非よろしくお願いいたします。

ミモザの森法律事務所・新体制でのご挨拶

4月1日、新しい年度のスタートですね! 私たちの事務所、ミモザの森法律事務所にも出会いと旅立ちがありました。
是非、新しい体制で頑張ってまいりたいと思いますので、今後ともよろしくお願いします。


ご 挨 拶

拝啓 桜咲く春爛漫の季節となりました。皆様にはますますご清栄のことと存じます。
2012年4月に発足をしましたミモザの森法律事務所も、おかげさまで2周年を迎えようとしております。皆様から日頃より多大なご厚情をいただき、心より感謝申し上げます。

さて、当事務所の田部知江子弁護士が今年3月をもって退所し、事務所を移籍されました。
田部弁護士は、子どもの貧困問題をはじめとする貧困と人権の問題、原爆症認定訴訟等の公益訴訟等、多岐にわたる人権擁護活動に活躍してこられました。2007年1月以降、オリーブの樹法律事務所時代も含め、パートナーとして活動してきた田部弁護士の旅立ちは寂しくもありますが、新しい活躍を期待し、今後とも連携してまいりたいと考えております。
これまで同様、皆様の御支援をよろしくお願いいたします。

また、2014年4月1日より、当事務所に中西俊枝弁護士(新62期)を新たに迎えることになりました。中西弁護士は、女性の権利分野で先駆的取り組みを続けてこられた福岡の女性協同法律事務所に所属され、離婚、DV(ドメスティック・バイオレンス)など女性の権利に関わる事件に活発に取り組まれてきた、経験豊かな弁護士です。当事務所では、中西弁護士の参加により、これまでも重視してきた女性の権利分野での取り組み・女性のリーガル・アクセス向上への貢献の体制を一層強化していく所存です。
さらにご挨拶が遅くなりましたが、当事務所では、2014年1月から66期司法修習を終えた新人の遠藤彰子弁護士を迎えております。遠藤弁護士は将来的には法テラスの地方事務所への赴任を予定されており、多種多様な事件にエネルギッシュに取り組まれています。

新たに三名体制となりましたミモザの森法律事務所では、今後とも、隣接する国際人権NGOヒューマンライツ・ナウその他の市民社会組織とも緊密に連携しつつ、人権擁護と社会的正義の実現、権利の実現を求める市民の皆様への親しみやすく質の高いリーガル・サービス提供に一層努めてまいりたいと考えております。
なお、当職は、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ(認定NPO法人、国連特別協議資格取得)の事務局長を努める傍ら、2013年夏より、女性のエンパワーメントを実現する国連機関UN Womenのアドバイザーに就任いたしました。こうした国内外の人権擁護活動の一方で、引き続き民事・刑事・家事の弁護士業務にも全力で取り組んでまいる所存です。
今後とも皆様の変わらぬご厚情、ご指導をいただきますよう、よろしくお願いいたします。
敬具
2014年4月吉日
東京都台東区上野5-3-4 クリエイティブOne秋葉原ビル7階
 ミモザの森法律事務所 電話03-5807-3184 FAX 03-5807-8303
  代 表 弁護士  伊  藤  和  子
謹啓
時下益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。
 さて、私こと、この度福岡県弁護士会から東京弁護士会への登録替えにより、ミモザの森法律事務所の一員となりました。
 福岡では、弁護士法人女性協同法律事務所に所属し、女性の権利に関する事件、とりわけ離婚、DV事件を多く取り扱って参りました。困難な事件も多くありましたが、事件が解決した時の依頼者の笑顔に支えられてやってきました。今後も苦しみを抱えている人に寄り添い、問題解決の道を探し、全ての人がその人らしく生きていくお手伝いができればと思っております。
 弁護士としては、甚だ未熟者ではございますので、今後とも皆様のご指導ご鞭撻を賜りますよう、宜しくお願い申し上げます。
謹白
  弁護士  中  西  俊  枝
謹啓
 早春の候、皆様におかれましてはますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
 この度、第66期司法修習を終了し、ミモザの森法律事務所において、弁護士としての第一歩を踏み出すことになりました。
 身近な法律相談から複雑な訴訟案件まで、あらゆる案件に真摯に向き合い、依頼者の皆様方にとって最善の利益は何かということを常に模索しつつ、微力ながら力を尽くして参ります。
 また、依頼者の皆様方の人生の転機となる重大な局面に関わらせていただくことの重責を肝に銘じ、依頼者の皆様方にとってよき相談相手となれるよう努力して参ります。
 もとより弁護士としては甚だ未熟ではございますが、日々研鑽して参りますので、ご指導ご鞭撻を賜りますよう、宜しくお願い申し上げます。
謹白
  弁護士  遠  藤  彰  子
拝啓
 2012年よりミモザの森法律事務所にて執務を行って参りましたが、この度、下記住所に事務所移転する運びとなりました。
 ミモザの森法律事務所在籍中は、パワフルな伊藤和子弁護士より刺激を受けながら様々な活動に関わらせていただきました。
 新事務所移転後も、日々邁進して参りたいと存じますので、ご指導ご鞭撻のほど、宜しくお願い申し上げます。
敬具
  弁護士  田  部  知 江 子
新事務所  
〒101-0052 東京都千代田区神田小川町3-28-13 ラフィネお茶の水807号
 電話 03(6869)5977  FAX 03(6800)1617

2014年4月 1日 (火)

グローバー氏招聘のご報告とお礼

ご支援いただいた皆さま

3月20日(木)~22日(土)、
国連人権理事会の任命した“到達可能な最高水準の心身の健康を享受する権利”(健康に対する権利)特別報告者アナンド・グローバー氏の招聘にご協力いただきまして、誠にありがとうございます。
資金不足でしたが、皆様から50万円の寄附を得まして、またご協力いただいた研究機関・大学の方々にもサポートいただき、たくさんの方々にご支援いただき、グローバー氏に日本に来ていただくことができました。


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グローバー氏は、2012年11月に来日し、2011年3月の福島第一原発事故後の人びとが置かれている状況について「健康に対する権利」の観点から正式な事実調査を実施し、その結果を2013年5月の人権理事会に調査報告書として提出、日本政府に対し、抜本的な政策転換を求める重要な勧告をしました(グローバー勧告)。ところが、その勧告を日本政府はほとんど取り入れず、原発災害の影響を受けた人々の置かれた状況は極めて深刻なままです。今回の来日は、グローバー勧告を多くの方に知っていただき、世論を喚起すると共に、政府とのダイアログを行うために実施いたしました。


3月20日(木)成田空港に到着されたグローバー氏は、そのまま有楽町のFCCJ(海外特派員協会)で記者会見に出席、その後、参議院議員会館・講堂で開催された院内勉強会に出席され、以下のとおり、精力的に活動をされました。 
実施報告
①3月20日(木)10:30~11:30 日本外国特派員協会にて記者会見。
海外メディアだけではなく、日本のメディアも参加されました。
下記のリンクよりご覧いただくことができます。
https://www.youtube.com/watch?v=Gzg98qoGGEk
②3月20日(木)12:10~14:20 参議院議員会館・講堂で開催された院内勉強会(150人参加)
グローバー氏の勧告の内容に関する講演の後、関係省庁の勧告の履行状況の報告、NGO・市民社会との対話の機会をもちました。出席した省庁・および言及した内容は以下です。
・復興庁 佐藤紀明参事官 「子ども被災者支援法における支援対象地域の考え方」
・環境省 桐生康生参事官
  「原発事故に伴う住民の被ばくと健康調査に関する日本の政策とグローバー勧告が受け入れられない理由」
・原子力規制委員会 室石泰弘監視情報課長
  「福島原発事故に伴う放射線モニタリングと住民の放射線防護措置」
 ・外務省 山中修人権人道課長 伊藤京子人権人道課外務事務官
  「グローバー勧告のフォローアップへの取り組みについて」

ご報告のあと、NGO・市民社会から、意見が出され、活発な議論がありました。
伊藤和子 (弁護士/ヒューマンライツ・ナウ事務局長)
岩田 渉 (市民科学者国際会議(CSRP))
河崎健一郎 (弁護士/福島の子どもたちを守る法律家ネットワーク(SAFLAN))
満田夏花 (FoE Japan 理事) ほか

 院内勉強会の様子は下記のリンクよりご覧いただくことができます。
Our Planet-TV  http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/1748
ユープラン       https://www.youtube.com/watch?v=APu1dex8-mY
 IWJ(期限つき公開) http://www.ustream.tv/recorded/45083448
 この場では、グローバー氏の勧告が十分に理解されていないことに加え、政府が繰り返し低線量被ばくの影響を過小評価する見解を示しているものの、その実態は根拠が極めて薄弱であり、最新の研究結果を十分に参照していないことが改めて明らかになりました。今後の市民社会と政府のダイアローグにとって貴重な第一歩となり、意義の多い院内勉強会でした。

院内勉強会終了後は、この3年間、福島をはじめとする放射線数値の高い地域の人々の置かれた状況を改善するべく取り組んできたNGO、国会議員、原発労働者との面談を行いました。グローバー氏は市民社会の参画の重要性を強調しておられました。

③3月20日(木)明治学院大学(参加:170人)にて
国連人権理事会グローバー勧告を受けて~福島原発事故後の「健康の権利」の現状と課題
というシンポジウムを開催いたしました。
グローバー氏による勧告の内容についての講演ののち、福島第一原発で収束作業に従事する方、福島市内で測定する活動に取り組んでいる方、会津で子どもたちを放射能から守る取り組みをしていらっしゃる方からの発言していただきました。
そしてゲストをお迎えし、伊藤事務局長のコーディネートによりシンポジウムを開催いたしました。
・井坂晶氏(福島県双葉郡医師会顧問(前会長))
・木田光一氏(福島県医師会副会長)
・崎山比早子氏(高木学校/元放医研・主任研究員/元国会事故調査委員会委員)
・島薗進氏(上智大学神学部教授/同大学グリーフケア研究所所長)
福島県県民健康管理調査検討委員会の委員をされている井坂氏から、健康診査・支援体制の改革の必要性と方向性が明確に示され、木田氏からは、日本医師会、福島県医師会も井坂氏と同様の見解であり、グローバー勧告を基調とした健康モニタリング体制の改革が必要との力強いメッセージをいただきました。崎山氏からは低線量被ばくのリスクを重視したグローバー勧告の重要性が専門家の観点から提起され、島薗氏はこれを受けて、政府の行おうとしているリスク・コミュニケーションの問題、原発災害の影響を受けた方々への施策の抜本的な転換が多岐にわたる視点から提案されました。
グローバー氏のまとめのコメントに参加者一同、これからに向けてエネルギーをもらうことができました。
下記リンクから、当日の様子をご覧いただければと思います。
 IWJ(期限つき公開) http://www.ustream.tv/recorded/45088141 
 ユープラン第一部(手話付き) https://www.youtube.com/watch?v=P8oGphtJ-gI
 ユープラン第二部(手話付き) http://www.youtube.com/watch?v=cDN7DaOOfGk

④3月21日(金)13:00~18:00 福島大学・L4教室にて
 「放射線被ばくを健康への権利と教育から考えるシンポジウム」 (参加:150人) を開催。
福島大学放射線副読本研究会の方々のご尽力でグローバー氏の講演、
第一部 健康に対する権利に関する分科会、
・今中哲二氏(京都大学助教)
・木田光一氏(福島県医師会副会長)
・荒木田岳氏(福島大学准教授・福島大学放射線副読本研究会)
・伊藤和子氏(ヒューマンライツ・ナウ事務局長)
第二部 原子力・放射線教育に関する分科会
・國分俊樹氏(福島県教職員組合書記次長)
・佐々木清氏(郡山市立郡山第六中学校教諭/福島県中学校教育研究会理科専門部)
・八巻俊憲氏(福島県立田村高等学校教諭/日本科学教育学会)
・後藤忍(福島大学准教授/福島大学放射線副読本研究会) 

を開催いたしました。
ここでは、各分野の専門家福島でこの問題に長く取り組んでこられた多数の方々の御参加を得て、充実した意見交換をする機会となりました。特に、教育の分野での様々な現場での取り組みに力づけられました。

当日の様子は下記をご覧ください。
IWJ(期限つき公開) http://iwj.co.jp/wj/open/archives/130329

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⑤3月22日(土)9:30~18:30 同志社大学 志高館にて
「福島原発事故後、健康の権利をどう実現できるか?:その現状と見地」
1.ワークショップ@同志社大学
・峯陽一氏 (同志社大学グローバルスタディーズ研究科)
・中里見博氏 (徳島大学)
・小山田英治氏 (同志社大学)
・清水奈名子氏 (宇都宮大学大学院国際学部)
・白石理氏 (アジア・太平洋人権情報センター、ヒューライツ大阪)

2. 討論会「市民社会における経験と応答の共有」:  14:30- 18:30 
・宗田勝也氏(ラジオ難民ナウ!)
・皆川萌子氏(同志社大学)
・セシル・アサヌマ=ブリス氏(日仏会館(CNRS-UMIFRE19))
・福島敦子氏(原発賠償京都原告団)
・3.11同志社学生ネットワーク
・アナンド・グローバー氏(国連・人権理事会特別報告者)
・他

 22日は、関西で初めてグローバー勧告について議論するシンポジウムが開催されたものですが、原発事故後に関西に避難をされた方々がスピーカーとして、また参加者として、多数参加され、避難者の方々が提起した訴訟に関する支援の必要性が確認されました。多彩なスピーカーがそれぞれの立場から、今後の政策改善とグローバー勧告の実施のための課題と活動のアイディアを出しあいました。
そして、とてもよい交流の機会となりました。

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今回、多忙なグローバー氏に3日間、日本に来ていただき、駆け足でしたが勧告についてお話ししていただけたことは原発災害から4年目に入ったわたしたちにとって、大きな学びとなり、励ましとなったのではないかと思います。
 同時に、これまでの取り組みを振り返り、今後の新たな連携や取組について確認する場となったと思います。
ヒューマンライツ・ナウでは、今後とも皆様と連携し、グローバー勧告を原発災害被災者の支援施策に活かすべく、取り組んでいきたいと考えております。

この度は、ご支援いただきまして誠にありがとうございました。今後とも皆様の御支援、御協力、そして当団体の活動へのご注目をいただきたく、何卒よろしくお願いいたします。


ヒューマンライツ・ナウ
事務局長 伊藤和子

「ユーミンの罪」を読んで改めてユーミンに深く感謝する。

酒井順子氏の「ユーミンの罪」という本をようやくかじり読みし始めました。
私は本を買ってもすぐに読まずに枕の近くに積んでおき、気が向いた時に読む、
というスタイルなのです。
この酒井順子氏、「負け犬の遠吠え」で知られているけれど、
私から見ると、オリーブというティーン雑誌に「マーガレット酒井先生」
として登場していた人、というイメージのまま今日にきています。
あの時代の勢いを背負っている感じで、とてもなつかしい感じがする。
実は同じ年なのデス。
でも最近の彼女の本は「マーガレット酒井先生」とギャップが大きいからか、
あまり買ったことがなく、「ユーミン」というので、「ユーミン」と「マーガレット酒井先生」
の波長があうんじゃないか、ということで買ってみたのです。

ところで、私は聖子ちゃんについてもブログに書いたことがあるわけですが、
聖子ちゃんとユーミンと言えば、私をインスパイアした女性の両巨匠なんですね。
ああ、私って、あまりにもわかりやすい、バブル期女性の典型、と言われてしまいそうですが、
ま、そうです。そして、当時好きだったサウンドといえば、ユーミンとサザンです(開き直ります!!)。

ところで、この本、かじり読み、と言うのは、読んでいる途中に、懐かしい記憶や思いがどどーって溢れ出してしまい、本はそっちのけで想い出にひたってみたり、「あら私の解釈は違う」と言って、自分の考えを頭の中で展開したりして、なかなか本に集中できないからです。
人の記憶や思いを引き出してしまう、という点で、ユーミンの偉大さはもちろんですが、酒井さんの文書は優れているのでしょう。

ユーミンのデビューは1972年だそう。私は保育園の年長でしたね。このころの年の差は大きいです。
私がユーミンを初めて知ったのは、小学校4年。
その時きいた「あの日に帰りたい」「翳りゆく部屋」に本当にがつーんとやられ、
過去に聞いたことのないサウンドに衝撃を受け、ユーミンはその日以来、私の女王に君臨したのです。
当時私は音楽少女で、ピアノをひいていた、バッハなんかやっていたので、バロックっぽいニューミュージック「翳りゆく部屋」にやられてしまい、天才だと思ったわけです。
いえ、ユーミンは本当に明らかに天才なのです。
それに女子大生であるユーミンのファッションも大人っぽくて本当にかっこよかった。
私が生まれて初めて購入したアルバムは、1976年の「ユーミンブランド」だったわけです。
ベルベット・イースター、魔法の鏡、瞳をとじて、ルージュの伝言、とにかく、圧倒されました。今から考えてもすごいクオリティですよね。
歌詞も全然それまで聞いてきた音楽とは違う、「心象風景」を綴ったものでした。
その後「心象風景」というのは私のキーワードとなり、ユーミンの影響で作詞家になりたいと思い、その後詩人になりたいと思い、小説家・詩人志望はしばらく熱に浮かされたように続きました。私のなかの文学少女はユーミンから発展していったのです。
しかし、当時、ユーミンが好きという友人はいませんでしたね。ピンクレディー全盛期でしたので。

その後、私の中の第二次ユーミンブームは高校生の頃、このころになると周囲は全員ユーミン・ファンという時代でした。
当時の私は文学少女でピアノ少女、そして健全なスポーツ少女、という、当時通っていた都立高校の「文武両道」の理念に笑っちゃうほどかなっている、健全なデトックス状態の高校生であり、多摩地区の家から毎日自転車で国分寺にある都立高校に通い、日常的には水泳と陸上、たまにスキーに剣道、国立で遊び、たまに吉祥寺に遠征、週に一度は南青山にピアノのレッスンに通っていて、行きかえりに原宿・表参道で遊ぶ、という生活を送っていました。
好きな歌は中央フリーウェイ、海を見ていた午後、ロッジで待つクリスマス、悲しいほどお天気、恋人がサンタクロース、まぶしい草野球、ノーサイド、そして天気雨etc
さわやかな歌が多い。そして、未来への希望と背伸びしたら届きそうな大人の世界のなんとまぶしいことか。
天気雨は「優しくなくていいよ、クールなまま近くにいて」というのが、当時好きだったサッカー部の男の子に感じていた気持ちそのままだったわけで、ちょっと屈折しているかもしれないけれど、なつかしい。
ユーミンはよくも人の気持ちにぴったりとくる歌をつくるものだ、と思ったものです。
酒井さんも書いているとおり、荒井由実から松任谷由実に変わってから、「万人が食べやすく、そして一度食べたら癖になるような」、「ポップ」な歌に変わっていきました。
だからこそ、当時の高校生みんなに受け入れられたわけでしょう。
当時、私はとにかく「女子大生」に憧れていて、その「女子大生」というのは、ロングスカートをはいて、大きな帽子をかぶり、彼の車の助手席に乗って中央フリーウェイをドライブするユーミンにほかならなかったわけです。

さて、大学に入ると、時間はたっぷりありますし、恋の機会は多いですが、実は恋への幻滅だの、別れだの、手痛い失恋だの、いろいろとあるわけで、2年生の頃には既に一気に大人になった気分で、ほろ苦い歌が好きになり、その代表的なアルバムは、パール・ピアスの「真珠のピアス」、「DANG DANG」、酒井さんの本でも取り上げられているアルバム、「DADIDA」、「アラーム・アラモード」、「ダイアモンドダストが消えぬ間に」における一連の歌でした。
私も酒井さんと同じく、「Holiday in Acapulco」は印象深かった。失恋したらアカプルコに旅行に行く、という、どこまでも先を走っているユーミンの歌の女は、ちょっと寂しいけれどかっこよかったわけです。

とめどもなく懐かしくなり、昔話など綴りそうでやばいので、これくらいにしておきます。

さて、私が一番「なつかしい!!」と思ってしまい、酒井さんに共感し、好きなアルバムと言えば、
DADIDA、そして、Love Warsです。
この2アルバムと、ノーサイド、パールピアスは暗い受験時代も聞いてまして、今にして思えば心の支えだったのかもしれませんね。
怨念系の歌や、痛みをこらえて前に進む女の歌、一人で生きていくことを鼓舞する歌も多く、暗い受験時代を乗り切れたのは、実はユーミン(また、この時期忘れてはいけないのは竹内まりやもですが)のおかげだ、と改めて思います。
ユーミンは高校時代に聞いたようなポップな歌をつくる一方、鬱屈としたなかをかっこよく乗り切る歌もつくって私を受けとめ、励ましてくれていたわけです。


しかし、私は、司法試験に合格し、司法修習生になり、弁護士一年目になるころまで、引き続きDADIDA、Love Warsを聞いていました。
笑ってしまうのは酒井さんのタイトルで、DADIDAのサブタイトルを「負け犬の源流」、Love Warsのサブタイトルを「欲しいものは奪い取れ」としているのは大変絶妙で、思わず笑ってしまいました。
さすがですね。
欲しいものは奪い取れ、そうですね、私たちの世代にありがちで、最近林真理子さんが一冊本を出して若い世代に投げかけた、あくなき欲望の追求です。

Love Warsには、酒井さんは紹介しなかったけれど、私にとってすごく重要な歌、Good-Bye Goes -Byがあります。
雨よりもやさしく、というトレンディドラマの主題歌ですが、自分を大切にできない恋に痛いほどしがみついていた女性が、
「走り出したバス」に飛び乗って、新しいステージにのぼって幸せをつかもうとする、という歌で、
ちょうど私が司法試験に受かる頃の心境とすごくマッチしていて、毎日暗示のように聞いていたら合格したのを覚えています。
http://www.kasi-time.com/item-19653.html

にわか雨がタップダンスで
朝の通り 渡って行った
雲のない10月のブルー
きみの出番を待っている
泣き明かした夜に good-bye
あてのない電話はもういらない
くすぶった日曜日 goes by
さあ取り返すの

走りだしたバスに飛び乗り
息をつけば 街も流れて
痛いほどしがみついていた
時はゆく せつないけど
駆け引きした夏に good-bye
止めどないジェラシーはもうおしまい
ばら色の人生 goes by
愛をつかまえて

これは忘れられない歌ですね。

Good Bye Goes Byもそうですが、酒井さんも書いていらっしゃるとおり、
恋を思い切る、うまくいかない恋を忘れて次のステージに進む、というのがユーミンの歌には多く(自分から男を思い切って次のステージにさっさと進んでしまう「青春のリグレット」のような歌もありますが)、それを通じて女性としてステップアップしていく、というメッセージが結構あり、女性を励ましてくれます。
その書き方がドライで、じめじめした演歌とは一線を画しています。ドライでいられるわけないのでしょうけれど、やせ我慢してでも自分に暗示をかけてでも、さっさと次に進む、自分を大切にし、自分の幸せに向かって進むのが、新しい時代の女性の生き方、というところが格好良く、自分もそうあらなくては、と思ったりしたものです。

ちょっと地味ですが、「心ほどいて」はそんな歌。大好きだった彼が結婚式に出席してくれて、自分は他の人と結婚する。きっと結婚と言うのはそういう苦味も噛みしめながら、幸せに向かう意志なんだろう、と私は理解しました。
それも含めてLove wars、最後は戦い終わって満足のAnniversaryとなるのです。

ところで、私は修習生になったころ、毎朝このアルバムのタイトルとなる曲・Love Warsを聞いて裁判所に通っていました。時は1992年、バブル直後です。
好きな人はいたようにおもうので、当時、恋愛をがんばる、と言う気持ちもあったんでしょうが、それよりも、新しいステージに立った毎日、自分を鼓舞していたわけです。
酒井さんは「自ら出陣する女性達」と書いてますが、そのとおり、バブル当時の女性の強気、女性も自ら戦い、ほしいものを手に入れるのだ、という時代の流れから、私もダイレクトに影響を受けていたわけです。あーなつかしいなあ。

このアルバムと並んで、私が修習生当時もしつこく聞いていたのは、DADIDAであり、全部好きですが、酒井さんも取り上げている「メトロポリスの片隅で」は本当に好きな歌で今も心が躍るほどです。
新宿の摩天楼をみながら、何度この歌を口ずさんだかわかりませんね。
http://www.roran.dk/yuming/dadidak.html
さよなら あのひと
ふりきるように駆けた階段
ひといきれのみ込む通勤電車
涙ぐむまもなく
ごらん、そびえるビルの群れ
悲しくなんかないわ
ときどき胸を刺す夏のかけら
きらめく思い出が痛いけど
私は夢見る Single Girl

「ごらん、そびえるビルの群れ
悲しくなんかないわ」ってところが本当にすごくいいですよね。

酒井さんは「そう、これは男に未練を持たない、潔いsingle girlを礼賛する歌であり、そんなSingle girlへの応援歌」
「今までどれほど多くの女性が」「この歌を聴くことによって自らを奮い立たせたことでしょうか」とし、
「そして私は、このアルバムが出た当時、男と別れる度に「メトロポリスの片隅で」を聴いて「仕事をがんばろう!」という気になっていた若い女性達こそがいわゆる負け犬の源流なのではないかと思っています」と書いて、このアルバムが晩婚化を促進したのでは、と書いています。
酒井さんならではの興味深い分析だ、と思いました。
しかし、ユーミンの主人公は上に書きました通り、「悲しくないわ」と言って新たなステージにあがり、その後賢く、ちゃっかり結婚している人も多いのでは、と思っており、私もどちらかというとそちらに属するわけです。
酒井さんは、均等法世代の女性たちが、青春時代に「メトロポリスの片隅で」を聴いて「そうよそうよ。人生、男だけじゃないわ。仕事があるじゃないの!」と思った経験をもち、キャリア志向の負け犬が産声をあげた、と書かれており、あー、そのように「メトロポリスの片隅で」を解釈した方々もいたんだ、と思いました。
私の場合「ごらん、そびえるビルの群れ、悲しくないわ」というのは、むしろ、仕事VS男かではなく、「あっさり過去の人になった一人の男」VS「それ以外の輝くような広い都会の世界」、つまり、めくるめくような可能性すべて、それは恋愛も、遊びも、最先端の流行も、もちろん仕事も、そしてあらゆる未知の可能性すべてを含んでいる、都会、時代、バブルetcの渦、というようなものだったのではないかと思うのです。
20代の私にとって、あのバブル期の都会には、自分は何者にでも変われるかもしれない、どんな新しいことが自分を待っているかわからない、というすさまじい魔力があったのですね。

この曲も、私にとっては、別に失恋とこの歌が結びつくというよりは、ユーミンにありがちな、心象風景を書きたいために恋にこじつける、というふうにこの歌を解釈していて、時代と未来に夢見る気分というところに激しく共感したのです。


そして、ユーミンこそが、自分が背伸びしてたどりつきたい夢のような世界を提示してみせてくれた一人でもありました。
大人になったら自分も経験できるはずの中央フリーウェイのドライブ、スキー場での恋、そして、もっとがんばって手に入れよう、摩天楼を見上げるOL生活、山手のドルフィン、アカプルコ、アフリカ(ノーサイドのこの歌、http://j-lyric.net/artist/a000c13/l000e38.html)、と、見たことも聞いたこともない新しいものがあることを教えてくれたのがユーミンでもあり、そういたことを経験したくて自分を磨き、がんばってきた女性達が私たちの時代の女性達だと思うのです。
聖子ちゃんの歌からも、大人になったら明るい未来が開けている、希望がある、というメッセージが伝わって、私たちを明るい気分にしていましたが、ユーミンはさらに、明るい未来に生きるために、女性は自立してかっこよくあらねば、という美学も一緒に教えてくれていたのです。

ところで、酒井さんはバブル崩壊の時期からあまりユーミンを聴かなくなったそうですが、私も同じ時期から以前ほどは聴かなくなりました。
1994年に「Dear My Friend」を繰り返し聞いたのがユーミン依存の最後です。
当時、弁護士になったばかりでしたが、仕事に追われる毎日で、ある9月の日に突然寒くなり、薄着の季節ももう終わり、と思ったら、なんだかさみしくなり、「さみしくて、さみしくて」というこの歌を毎日聞いていました。
その年の11月に出会ったいまの夫と翌年早々に結婚し、その後あまりユーミンは聴かなくなりました。
コンサートは時々行きますし、昔の歌を好んで聴くこともありますが、それこそ以前は宗教みたいに聴いてましたからね。
というわけで、それまでの山あり谷ありの人生を支えてくれたのはユーミンだったのね、と、酒井さんの著書で改めて認識し、改めて深く感謝してしまった次第です。

酒井さんはやはりDADIDAの「たとえあなたが去って行っても」という曲を熱く語っていますが、これは女たちも「みんなLONELY SOLDIER」「私、道を曲げなかった」「たとえあなたが去って行っても」という歌で、私も好きなんですが、女性たちにあんたたちはLONELY SOLDIERだ、というユーミンのメッセージはすごいなあ、と思います。
これに続く、「自分からあふれるものを生きてみるわ」という歌詞の意味するものは、そう、当時の私たちのキーワード、「自己実現」だったわけです。
酒井さんは、今でも「メトロポリスの片隅で」や「たとえあなたが去って行っても」を聴くと、ついつい尚武の精神が沸いてきて「そうそうもっと遠くへ一人で旅を!」などと思ってしまうそう。そういうの、素敵で、共感します。
でも、次の瞬間に我に返り「あの頃とは年が違うことを思い出せ」と自分を諌めてしまうそうで、自分は既に当時考えていた「遠く」まで辿り着いたのだ、「すっかり遠くまで来た」と老兵よろしく独り言ちています。
しかし酒井さんそれはもったいない。世界はまだ広く、人生はまだ続く。
まだ世界は(汚いところであるのはわかっているけれど同時にいまも)めくるめく可能性に満ちている。まだ遠くまでいきましょうよ、と、同世代の私は思ったのでした。

以上勝手に書き綴ってみましたが、今日は力尽きましたし、まだ読破していないので、今日はこの辺にしておきます。
最後に、酒井さんの書籍で改めて、ユーミンなくして歩いてこれなかったことをまざまざとわかり、ユーミンに心から感謝いたします。
るる書いた通り、私と酒井さんでは、ユーミンの解釈は同じではない、しかし、それぞれの全く違う十人十色の女性が勝手にユーミンを自己流に解釈し、自分を奮い立たせて、時には自分を慰め、未来に夢を抱いて生きて成長することを可能にした、なんでも包み込んでしまったうえで前を向いて生きる勇気を与えたユーミンは素晴らしいわけです。

そして、そのことに改めて気づかせてくださった酒井さんにも感謝したいと思います。

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