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2014年2月11日 (火)

雪の成田空港のてんまつ

大雪の週末、みなさんはどう過ごされましたか。
選挙の結果はあのようなことになって遺憾ですが、私はといえば、土曜日の朝に期日前投票を済ませて、日曜は朝からバンコク出張の予定でした。
実は、土曜日からあのような大雪でしたが、土曜の午後はシンポジウムに登壇予定。成田空港が雪で閉鎖になることを心配して、朝から「成田の近くに泊まろう」と荷造りをして出発したのでした。
期日前投票後、木曜日からのどを痛めて風邪をひいたので、土曜の朝に医師にお薬を処方してもらい、雪のなか、シンポジウムが開催される明治学院大学へ。
そこはまるで、新潟か北海道。。。(新潟に行かれた避難者の方もそうおっしゃっていましたので、誇張ではなく)。
前日に主催者から「中止かも」と言われていたものの、特に連絡なく、予定通り開催。そんななかでも「終わらない3.11」と題するシンポにTBSの取材をはじめメディア取材が入り、参加者もそこそこいらっしゃったので、感動。

しかし、成田の宿泊先は朝から一向に決まりません。宿泊先も決まらないけれど、仕方ないので、とにかく成田空港を目指そう! と、東京駅へ。しかし、成田エキスプレスは運休。
気を取り直して、駅地下でタイ料理を食べて、日暮里駅に。
各駅停車なら出ていますよ、と言われ、京成線に乗ってみると、「次に来る電車の行き先は、まだわかりません」というアナウンス。雪の中、日本人と外国人でホームはいっぱい。スキー客のような有様で、白い息を吐く群衆。
体が冷え込んでいき、みじめ。
そのうち、「点検のため、運転を見合わせます」「再開時刻はわかりません」というアナウンス。
みなさんはそれでも待っていましたが、私のようにやわな人間にはあてどもなく待つことは到底耐えられず、その場を離脱。
「多分、いくら待っても再開しない。成田への道は封鎖された」と直感したのです。「確かに半々くらいの確率で、ずっと待ってたら成田に行けるかもしれないけれど、寒空に待ち続けて成田に行けないと分かった時の精神的打撃は大きかろう」と思い、そのような怖いSituationを本能的に避けたわけです(あとで聞いたところによると、やはりそのまま封鎖されたようです。あそこで待っていた人たちがどれほど怒れる群衆と化しただろうかと思うと。。。)
で、成田を断念した私がその次に目指したのは、都内の某温泉宿泊施設。帰宅するのも明日また早朝に都心に出てくるのもつらいので、そこに逗留しようときたのです。
 出向いてみると、驚いたことに、ここも長蛇の列。でも同じ待つのでも寒空ではないので全然OKでした。
チェックインして真っ先に、リラクゼーション・コーナーのリクライニング・チェアを確保できたのがよかった。ベッドサイドにテレビがみられるので、道路交通情報もすぐにチェックできる。
安心してそのまま夜8時過ぎだというのにとめどなく眠っていました。
 しかし、起きた時に気づいたのは、ここもリクライニング・チェアを確保できなかった人たちが廊下に大量に雑魚寝をして足の踏み場もない有様で、避難所のような状態になっていたのです!!
 朝のニュースをいくら見ていても成田方面の電車は「運転見合わせ」
無駄なことをしても仕方ないな、と待機していましたが、7時20分くらいのNEXを一応目指してみようということでチェックアウト。しかし、東京駅にいけどもNEXは動いておらず。
 東京駅の人から「少しでも近づきたいなら、総武線で千葉駅まで各駅で行ってみてはどうですか」と言われ、秋葉原まで出て、総武線に乗り換える。
 ここで座れたのがよかった。千葉まで座って寝てました。 しかし千葉についたら既に9時すぎ。8時50分には空港にいるべきです。
 千葉駅も絶望の色濃い人々が詰めかけ、すさまじい状況で、駅にいても不健康なので、スタバを探しました。スタバでは、これもありがたいことに、電源が二か所とれる席に案内され、スマホとPCの充電を確保。
 そこで強気になり、何度電話しても出ないJALの予約変更窓口に電話をかけ続け、漸く担当者につながりました。時すでに10時10分。チェックイン終了時刻ですが、「何度もかけていたんです」と訴えてみました。
 担当者は、「飛行機は遅れていますので、乗れる可能性があります。だからとにかく成田を目指して、カウンターで交渉してください」とのこと。心配なので担当者の名前を聞き、またこちらの携帯番号も控えて、万一の時は連絡してもらうことにしました。
 で、あとは、ネットとにらめっこしながら情報収集。風邪のせいもあり、疲れて寝てましたけれど。
 しかし、ネットの運行情報は遅いし、付随して行われているTwitterの会話は無責任。
 一番ナーバスになったのは、JR線よりも京成線が早く運転再開するのでは、という情報。その情報に動かされて、津田沼まで向かってしまったのですが、津田沼に行こうと電車に乗り込んだ私の目の前、ホームの反対側に「成田空港行き」の電車が。ドアが閉まってしまったので次の駅までいって戻り、千葉駅へ。
 すると佐倉方面行の電車が出発するというので、それに乗り込み、佐倉で降りると、そこに「成田行き」が待っていたので乗り込み、「成田」につくと、「成田空港行き」がきたので、超満員の電車に必死に乗り込んでついに第二ターミナルまで辿り着きました。
 その間、「もう一本遅くいっても変わらないから待っていてはどうか」とか、「ここからはタクシーにしようか」という考えが頭をもたげたものの、「とにかく一歩でも先に」という思いと、「タクシーがトラぶり電車より結局遅く、かつタクシー代も支払うのはバカバカしい」という考えから、いずれも排斥して、愚直に鈍行で一駅ずつ前に進んでいったわけです。
 今回の出張は、国連の仕事で、国連がお金を出してくれているので、一応最後まで行ってみて、だめ、というところまでは見届けないといけないだろう、と思っていたのでした。
 で、空港はまた避難所のような有様でした。
 とにかく、出発のフロアに行き、フロアにつくなり、自分の乗るべきフライトらしきフライト名が連呼され、「最終案内です。すぐにお近くのJALの係員にお声掛けください」と言われますが、JALの職員さんはどこ?
 と手あたり次第探したところ、ビジネスクラス前で、おじさんたちに因縁をつけられている若い職員の方を発見。
 おじさんたちは「急に飛行機キャンセルだなんてどうしてくれるんだ! 」と怒っています。やっぱり私もその口かしら? と思いつつ、おじさんが立ち去ったので、話しかけようとすると、後ろに15人くらい並んでいて、「順番を守って! 待ってるのよ」と言われます。しかし、私のフライトの番号のふだを持っているので、「私この飛行機なんです」と言うと、ほかにも「自分もこの飛行機なんです、すぐにJALの人に声かけろと言われているんですよ! 」と言ってくれるお兄さんがいて、JALの人も「この方たちはお通しします」と言うことで、搭乗手続きに進むことが出来ました。
 しかし、、他の人たちは、理由もわからず、展望もなく、飛行機がキャンセルされ、予約変更の電話もつながらないなど、あれから大変だったに違いない、、、と思いました。
 幸い、搭乗手続きに進んで30分後には、飛行機が出発。すさまじい成田空港を脱出することが出来ました。
飛行機は乗れなかった人もいたので、すいていてゆったりしており、バンコクに付いた後は、今回国連の招へいということで、素晴らしいホテルでゆっくり過ごすことが出来ました。

 しかし、やっぱり成田空港には限界があります。東京という首都の空港なのに、雪ごときで交通がマヒしてしまうようなところに国際空港を置くということで大丈夫なのか。特に、都心や、都下、新幹線まで復旧したのに成田ゆきだけがいつまでたっても復旧しないというのを見ると、「なんでこんなところに空港? 」と思ってしまいます。
 いざというときにタクシーで空港に行くのには何万円もかかってしまうわけですし、こんなことで東京の国際空港といえるのか、極めて疑問です。
 JRの駅でもきちんとしたアナウンスもないし、まだ日本人はよいだろうけれど、外国人にはなにもわからず、何の説明も配慮もありません。千葉駅の説明はそのホームの情報以外に何も教えてくれません。ほかのホームで何が起きているか、振り替え輸送があるか、京成線はどうなっていて、千葉から空港ゆきのバスは出ているのか、など教えてくれません。
 成田も避難所のような有様でした。周辺のホテルもバックアップがないのか、普通、飛行機が遅延して、空港で宿泊しなければならない場合は、ホテルを手配してもらえるのが常識ですが、どうみても誰もホテルの手配などしてもらえずに空港で雑魚寝をしていたわけです。
 こんなトラブルに会ったら、外国人は二度と日本に来たくない、成田には行きたくない、という思いをしたことと思います。
 復旧にあたられた皆さんはたいへん頑張られたのでしょうけれど、日本のシステムは改めてちょっとした災害にも脆弱であり、システムを大きく変えないと駄目だろう、と思った次第です。
 いまはようやく、バンコクで落ち着きを取り戻してブログを書く元気を取り戻しましたけれど、あの時すれ違った皆様も、想像を絶するお一人おひとりの体験をされただろうと胸が痛みますが、みなさんそれぞれにお元気を回復されていることを祈らざるを得ません。ほんとうにお疲れ様でした。
 

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