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2013年10月30日 (水)

Lean IN(シェリル・サンドバーグ)は励ましの良書

話題の本「Lean IN」を読んだ。

本書は、タイム誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれた、フェイスブックの最高執行責任者である著者・シェリル・サンドバーグが、女性が社会でもっと活躍するために「一歩踏み出すこと」を呼びかけた書だ。
最初は、すこしシニカルな気持ちで手に取ったが、読み進むうちに舌を巻いた。
建設的に粘り強い態度で職場や社会を変えようと努め、女性たちに経験を分かち合い、助け合おうと呼びかける筆者の情熱に強く共感した。
日本ではちっとも男女格差が縮まらないが、米国でも実情は理想からほど遠い。
米国では、新規大卒者の50%が女性となってから30年も経過したのに、政府・企業のリーダーの大多数は男性によって占められている。
その背景として、サンドバーグは、「男らしさ」「女らしさ」に関する先入観・つまりジェンダー・バイアスが職場の意識・評価に浸透し、女性自身の意識や行動にも影響していることを的確に分析する。

例えば、
・女性は男性に比較して自己評価が低くなりがち、
・重要な会議でも中央でなく隅に腰掛け、引っ込んでしまう
・質問タイムに手をあげ続けずに人に譲ってしまう
・「献身的」という思い込みのせいで犠牲を強いられる傾向がある。

他方、他者はどうか。

・採用の現場では、同等の成績やスキルがあっても「公正中立」と信じ込む判定者の多くが、男性応募者を高く、女性応募者を低く採点される傾向がある、
・職場の会議では男女とも女性の発言を遮り、女性が最初に出したアイディアを男性のものにしてしまう傾向がある、
・成功した起業家のストーリーを紹介し、その人物について男性(ハワード)だ、という情報と女性だ(ハイディ)、という情報を与えると、男女ともにハイディよりハワードに好感を持つ

 などだ。
 
 実は、私もこんな経験したな、と思って、悔しい思いが読み上げる。女性はこうした思いをしつつやり過ごしてきたのだ、わたしだけでなく、多くの女性が、そしてサンドバーグ自身も。

 本書は、こうしたジェンダー・バイアスが確かに浸透していることを豊富なデータや調査の結果から説得的に論証する。ジェンダーバイアスを叫ぶひとたちは多くいるが、イデオロギー的に取り上げるのでなく、科学的な社会調査の結果を多数引用する冷静で理性的な筆運びは圧巻である。

  同時に、本書が優れているのは、筆者やその友人たちの経験をもとに、バイアスに基づく障壁をどう乗り越え、女性が本領を発揮できる職場環境に改善したか、豊富な実例を示していることだ。
  それは小さな一歩、女性が少し勇気を出して行動すること、経営者がバイアスを意識した環境改善に踏み出すことなどから始まる。そっと背中を押す、そうした小さなやり方が職場を変え、女性が活躍できる余地を与える。
  著者は、経営に対しても「疑わしきは罰する」で臨まないでほしい、変わると信じて粘り強く働きかけてほしい、という。
  「どうせ変わらない」と敵対し、諦めては変わらない。著書は、職場環境は、社会は変わりうるのだ、働きかけよう、という。その信頼の姿勢は、根拠なき楽観ではなく、信念だと思う。

  彼女は冒頭にリベリアの内戦を終結に導く役割を果たし、ノーベル平和賞を受賞したリーマ・ボウイーに、「女性が紛争で犠牲にならない社会をつくるために私たちはどうしたらよいか」と聞いた際、彼女が「もっと多くの女性が権力のある地位に就くことだ」とはっきりと言われたエピソードを紹介し、女性がもっとトップに就くことが必要だ、という明確な目標を定め、そのために連帯を呼び掛けているのだ。
 また、競争社会のトップでありながら、序章から気さくな語り口調で、決していかなる女性にも反感を感じさせない、共感を呼ぶ語り口、そして、男性をも納得させるデータを多用した確かな論証に、なんと聡明で、頭のいい人だろう、と驚いた。日本のビジネス・シーンにもこうした女性が増えてほしいものだ。

  新自由主義が浸透した格差社会であるものの、彼女のようにフェミニストの視点をしっかりと持った女性が政界・ビジネス界のトップにいるという米国の底力を感じた。

  
  一方、同じ時期に上野千鶴子さんの「女たちのサバイバル戦術」を読んだ。
  これは、サンドバークの本だけ読むのでは提供されない視点を求めて、交互に読んだのだが、ちょっとがっかりしてしまった。
 なんというか、米国に比べて、日本の支配的なフェミニズム思想の限界を見てしまったようで残念に思ったのだ。   乱暴に要約するなら、上野さんは、均等法制定を「ネオリベ改革」と断じ、女性も男性と同等に働く、というマインドセットや、女性がリーダーになる、という目標自体をネオリベの戦略にはまっている、と分析する。
   ではどうしたらよいのか、というと、肝心のサバイバル戦略はほとんど書かれていない。強いて一つ挙げられているのは、「バックトゥーザ百姓」 あまり仕事を頑張りすぎず、リスク分散のために、ひとつだけでなくダブルワークをこなして、メインストリームを目指さず、周辺でしぶとく生きていこう、というモデルだという。しかも、仕事じゃなくてNPOやボランティアでがんばるのもいい、という。
   しかし、それでは、まったくのところ、ダブルワークのワーキング・プアー・モデルを推奨しているに等しいではないか。そして女性がトップを目指すことがネオリベ的だ、と断じてしまっては、女性が主流となることもあり得ない。
   そしてあまりに決めつけ的に「ネオリベ改革」「ネオリベ勝ち組み女」などのレッテル貼りがされ、分析にはわかやすいのかもしれないが、対立をあおり、結局何も変わらない、という状況の固定化や諦めを蔓延させるだけではないのか、と思う。そして「上野さんみたいに学会でトップに立った女性はネオリベ的と指弾されない、政治家も医師も弁護士もそうだろう、なぜ就職しビジネスの世界に身を置く女性だけは、トップを目指すとネオリベ的と言われなければならないのだろう」と思った。
   私は、サンドバーグの言うように、やはり女性がトップに立つことは、それがすべてとは言わないが、世界を変えるために重要だと思うし、そのための小さな改革、変化は可能だ、という姿勢を日本の多くの女性が持つことは必要だと思っている。
  
   サンドバーグの健全で建設的なフェミニズムが日本のなかで多くの人に影響を与えることを期待したいと思った。
   希望や励ましをもらえる本は大切だ。

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