« 2013年4月 | トップページ | 2013年6月 »

2013年5月

2013年5月28日 (火)

国連特別報告者の勧告を受け、福島原発事故後の対応の抜本的な改善を

ジュネーブに来ています。国連人権理事会に出席していますが、主な目的は、国連特別報告者アナンド・グローバー氏の福島調査報告の傍聴と意見表明、関連イベントです。
井戸川元双葉町長ほか、住民の方とご一緒です。

この報告書・勧告ですが、たいへん素晴らしいものです。こらちでみなさんがもりもりがんばってくださり、すべて和訳しましたので、是非ご確認ください。
http://hrn.or.jp/activity/topic/-2/

ヒューマンライツ・ナウでは、以下のステートメントを公表しました。
これが一つの転機になることを強く望んでいます。是非拡散いただけると嬉しいです♪


福島: 国連「健康に対する権利」特別報告者の勧告に基づき、日本政府は
今こそ、原発影響後の住民保護について、抜本的な政策転換を図るべき


2013年5月27日、国連「健康に対する権利」に関する特別報告者アナンド・グローバー氏は、国連人権理事会に対し、福島原発事故後の人権状況に関する事実調査ミッションの報告書を提出し、日本政府に対する詳細な勧告を提起した。

http://www.ohchr.org/Documents/HRBodies/HRCouncil/RegularSession/Session23/A-HRC-23-41-Add3_en.pdf

この調査ミッションは2012年11月の特別報告者来日時に実施されたものである。
東京に本拠を置く国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ(Human Rights Now)は、この報告書と提言が示す明確な結論を歓迎する。
1 福島原発事故により放出された放射性物質の影響により、今も周辺住民、特に妊婦、子ども、若い世代は深刻な健康リスクにさらされている。多くの人々は、政府の設定した「年間20ミリシーベルト」という避難基準のもと、放射線量の高い地域に住み続け、移住・避難のための経済支援も十分な健康対策も図られていない。政府は、「100ミリシーベルト以下の低線量被曝は安全」との見解を普及し、低線量被曝の影響を過小評価し、すべての政策をこうした見解に基づき、住民の意見を十分に反映しないまま決定・実行してきた。
2 こうした状況のもと、特別報告者は、低放射線被ばくの健康影響に関する疫学研究を丁寧に指摘し、低線量被曝の影響が否定できない以上、政府は妊婦や子どもなど、最も脆弱な人々の立場に立つべきだと指摘し、「避難地域・公衆の被ばく限度に関する国としての計画を、科学的な証拠に基づき、リスク対経済効果の立場ではなく、人権に基礎をおいて策定し、公衆の被ばくを年間1mSv以下に低減するようにすること」(勧告78(a)) を勧告した。また、帰還について「年間被ばく線量が1mSv以下及び可能な限り低くならない限り、避難者は帰還を推奨されるべきでない」と指摘した。
これは公衆の被ばくを年間1mSv以下にするよう明確な基準を求めた、極めて重要な勧告である。
私たちは、日本政府に対し、この勧告を受け入れ、公衆の被ばく限度を厳格に見直し、安全な環境、少なくとも年間1mSv以下の環境で生きる権利を人々に保障するよう求める。
同時に、特別報告者の勧告に従い、学校教育その他の情報提供にあたり、低線量被曝の安全性でなく、リスクを正確に教育・情報提供するよう求める。
3 特別報告者が正確に分析している通り、健康影響調査は極めて限定的で不十分であり、私たちは健康管理調査の改善を求める特別報告者の勧告を支持・歓迎する。
政府は、年間1mSv以上の地域に居住するすべての住民と原発労働者に対して包括的で長期間にわたる健康調査を実施すべきであり、血液・尿検査も含め、すべての可能性のある疾患・症状に調査範囲を拡大すべきである。
また、特別報告者が詳細に指摘する通り、検査の頻度、情報へのアクセス、セカンド・オピニオンの保障の点で、子どもに対する甲状腺検査のあり方を抜本的に改めるべきである。
4 政府は、原発被災者への対応を怠っており、2012年6月に成立した基本法である「子ども被災者支援法」については、約1年経過後も、基本計画を策定せず、原発被災者の切実な要望を放置している。
 この点、特別報告者は、同法によって支援を受けるべき人々は、事故当時居住していた地域が1mSvを超えて汚染されたすべての地域であるべきだ、と指摘する。そして、政府に対し、「移住、居住、雇用教育、その他の必要な支援を、年間1mSv以上の地域に居住、避難、帰還したすべての人に提供する」よう求めている。
これは、健康の権利を保障するために、重要かつ合理的な勧告である。私たちは、政府に対し、この勧告を直ちに実現し、影響を受けたすべての地域の居住者・避難者を対象とする包括的な施策の実施を進めるよう求める。その際には、住民、特に子どもや母親など、脆弱な立場に置かれた人々の声を十分に聴き、政策決定への参加を求めるべきである。
5 このほか、特別報告者の報告・勧告は、事故原因、緊急対応、復旧、生活再建、放射線からの保護に関する日本政府のこれまでの政策を包括的・客観的に検証し、健康の権利の視点から明確で具体的な改善点が勧告として提示されている。
政府はひとつひとつの指摘に誠実に向き合い、政策の改善・変更を行い、明確なタイムテーブルを決めて直ちに実行すべきである。
6 福島原発事故から2年以上が経過したが、政府の対応は、チェルノブイリ事故等の住民保護政策から見ても著しく劣悪であり、極めて不十分な対策しか講じられないまま今日に至っている。
私たちは、今回の国連特別報告者の調査報告書提出を契機に、日本政府と東京電力に対し、改めて原発事故の影響を受けた人々に対する政策の問題点を真摯に反省し、勧告を誠実に実施するとともに、人権の視点に立った抜本的な政策の改善を求める。
それは、子どもや将来世代への深刻な健康影響を防ぐ唯一の道であると考える。
以 上

2013年5月22日 (水)

22日は「女性の人権を尊重する政治を!橋下発言に抗議する緊急院内集会」

21日は国連大学での講演だったのですが、無事に終わりました。
発言原稿が十分用意できなかったので、全部アドリブ英語・みなさん辛抱強く聞いていただきました。
自由に発言してよいと言うのでIMFの構造調整政策に対する批判を展開してきました。

さて、明日(というか今日か、、、) は、以下の院内集会が開催されます。
すごーい勢いで共催団体は200団体以上だそう。ヒューマンライツ・ナウも共催しています。
その他おーぜいということで私も参加する予定ですが、果たして会場に入れるか? すごい熱気のはずです。
発言時間をちょっといただけるようなお話しもありましたので、がんばります。
皆様も是非許せないという意思表示をいたしましょう。予約不要だそうですので。

(5/22)女性の人権を尊重する政治を!橋下発言に抗議する緊急院内集会

女性の人権を尊重する政治を!

橋下発言に抗議する緊急院内集会

http://ajwrc.org/jp/modules/bulletin2/index.php?page=article&storyid=226

●日時:5月22日(水)15:00~17:00
  
●場所:参議院議員会館 講堂
地下鉄有楽町線「永田町駅」、丸の内線・千代田線「国会議事堂前駅」南北線「溜池山王駅」


 橋下発言に怒りをおぼえる多くの女性と男性の参加をよびかけます。今こそ政治の流れを変えましょう!

(資料代:500円)

プログラム
主な発言(予定)
●梁澄子さん(日本軍「慰安婦」問題解決全国行動 共同代表)
●上野千鶴子さん
●北原みのりさん
●加藤治子さん(SACHICO 性暴力救援センター大阪)
●周藤由美子さん(性暴力禁止法をつくろうネットワーク)
その他

2013年5月21日 (火)

明日(21日)は国連大学でお話しをします。

明日というか今日ですが(涙)、国連大学のセミナーでお話しをすることになりました。
よろしければ是非ご参加ください。
嗚呼、準備が間に合わないので、とても苦手な、ぶっつけ本番英語トークになるのでしょうか?
スリリングな展開を迎えそうですが、がんばります。

国連大学セミナー「貧困と人権:私たちへの問いかけ

UNU Seminar "Poverty and Human Rights - A Challenge for Us All"」


このたび、こちらの催しにてHRN事務局長の伊藤和子がコメント

することになりましたのでご案内致します。


==========================

国連大学セミナー「貧困と人権:私たちへの問いかけ

UNU Seminar "Poverty and Human Rights - A Challenge for Us All"」

(使用言語英語・通訳なし)

==========================


日時/2013年5月21日(火)16:00~18:00


主催/国連大学サステイナビリティと平和研究所、

   国連学会、人権教育啓発推進センター


会場/国連大学(150-8925 東京都渋谷区神宮前5-53-70)


内容/

基調講演の講師Dr. Donald Lye Poh Leeは、長年にわたり国連

事務局において経済社会部門の主要ポストを歴任し、現在はパリに

本部のあるInternational Movement ATD Fourth World(貧困問題と

取り組む国連の協議資格のある人権NGO)の国連共同代表、および、

国連が指定した「貧困撲滅のための国連デ―」を記念する「10月17日

委員会」の委員長を務めています。

基調講演のあと、長谷川祐弘法政大学客員教授および伊藤和子弁護士

(ヒューマンライツ・ナウ事務局長)によるコメントがあり、続いて

質疑・討論が行われます。

Programme/

Moderator Dr. Madoka Futamura (UNU-ISP)


16:00-16:05. Welcome Address by Dr. Vesselin Popovski (UNU-ISP)


16:05-16:10. Introduction by Dr. Yozo Yokota, President,

Center for Human Rights Education and Training, President,

Japan Association for United Nations Studies and Chairperson,

ILO Committee of Experts on the Application of Conventions

and Recommendations


16:10-16:50. Keynote Address by Dr. Donald Lye Poh LEE


16:50-17:20. Comments by Professor Sukehiro Hasegawa and Ms. Kazuko Ito


17:20-18:00. Discussion


UNU Institute for Sustainability and Peace

Address :

United Nations University Building 10F, 11F

5-53-70 Jingumae, Shibuya-ku, Tokyo 150-8925, Japan

※セミナーの詳細、参加申込は以下URLをご覧ください。

http://isp.unu.edu/events/2013/poverty_and_human_rights.html


2013年5月20日 (月)

「侵略の定義はない」は事実でない。2010年に日本も参加して「侵略」に関する国際合意が成立している。


橋下発言が圧倒的なので、比較的目立たないが、忘れてはならない問題な発言がある。

安倍首相は4月23日の参院予算委員会で「侵略の定義は定まっていない。国と国との関係で、どちらから見るかで違う」と答弁したそうだ。

これには驚いた。国連等において、侵略の定義は明らかに決まっていて、日本もその決定過程に参加し、賛成してきたからだ。

まず、1974年の国連総会では、日本も参加・賛成して侵略の定義に関する国連総会決議が採択され、侵略が明確に規定されている。

決議3314という有名な決議だ。和訳については外務省締約がないようであるが、ウィキペディアは以下のように訳している。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BE%B5%E7%95%A5%E3%81%AE%E5%AE%9A%E7%BE%A9%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E6%B1%BA%E8%AD%B0

これは国際常識である。

ところが、5月8日の参院予算委員会でこの国連総会決議について問われた首相は「それは安保理が侵略行為を決めるために参考とするためのもの」としながら「侵略の定義は、いわゆる学問的なフィールド(分野)で多様な議論があり、決まったものはない」と答弁したようだ。

国連総会の文書を「参考」として過小評価するのはいかがなものか。

内外の批判を浴びて5月15日には、「第2次世界大戦における「侵略」の定義に関し「私は日本が侵略しなかったと言ったことは一度もない」と軌道修正したようだが、侵略の定義がないというスタンスは変えていないし、「侵略した」とも言っていない。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130515-00000572-san-pol

しかし、忘れてはならないのは、侵略の定義は1974年の国連総会決議で確認されただけでなく、2010年には、「侵略の罪」に関連して、さらに明確に定義されたというこだ。

2010年に議論されたのは、国際刑事裁判所「規程」に関する再検討会議である。国際刑事裁判所は、世界で最も深刻な犯罪を処罰する国際法廷で、ジェノサイド、戦争犯罪、人道に対する罪、侵略犯罪を裁く。日本も国際刑事裁判所条約に加入しており、参加国である。

このうち、侵略犯罪以外については既に裁判が開始されているが(アフリカの案件が多い)、侵略犯罪については、定義等をさらに明確にしたうえで裁判権の行使を開始することとされ、2010年にそのための会議が開催され、そこで、侵略罪、侵略に関する定義は明確になった。

規程の全文はこちら(英文) http://www.icc-cpi.int/NR/rdonlyres/ADD16852-AEE9-4757-ABE7-9CDC7CF02886/283503/RomeStatutEng1.pdf

このうち、Article8Bis3に、侵略犯罪、そして侵略の定義が明確にされている。

その訳文はこちらだ。

http://unic.or.jp/security_co/res/other13.htm

そこで侵略とはこうなっている。


1. この規程の適用上、「侵略犯罪」とは、国の政治的または軍事的行動を、実質的に管理を行うかまたは指示する地位にある者による、その性質、重大性および規模により、国際連合憲章の明白な違反を構成する侵略の行為の計画、準備、着手または実行をいう。
2. 第1項の適用上、「侵略の行為」とは、他国の主権、領土保全または政治的独立に対する一国による武力の行使、または国際連合憲章と両立しない他のいかなる方法によるものをいう。以下のいかなる行為も、宣戦布告に関わりなく、1974年12月14日の国際連合総会決議3314(XXIX)に一致して、侵略の行為とみなすものとする。 a. 一国の軍隊による他国領域への侵入または攻撃、若しくは一時的なものであってもかかる侵入または攻撃の結果として生じる軍事占領、または武力の行使による他国領域の全部若しくは一部の併合
b. 一国の軍隊による他国領域への砲爆撃または国による他国領域への武器の使用
c. 一国の軍隊による他国の港または沿岸の封鎖
d. 一国の軍隊による他国の陸軍、海軍または空軍若しくは海兵隊または航空隊への攻撃
e. 受け入れ国との合意で他国の領域内にある一国の軍隊の、当該合意に規定されている条件に反した使用、または当該合意の終了後のかかる領域における当該軍隊の駐留の延長
f. 他国の裁量の下におかれた領域を、その他国が第三国への侵略行為の準備のために使用することを許す国の行為
g. 他国に対する上記載行為に相当する重大な武力行為を実行する武装した集団、団体、不正規兵または傭兵の国による若しくは国のための派遣、またはその点に関する国の実質的関与

定義は明確に決められている。しかも日本が参加して。

この会議では、侵略か否かを決するにあたって、安保理の認定は不要であることも確認された。

この会議のことは個人的にもよく覚えているのだが、それは、NGOヒューマンライツ・ナウとして、この侵略犯罪に関する定義の確定等に関し、意見を国際的に公表し、日本政府にも働きかけをしていたからだ。当時の日本政府(民主党政権)の対応は全く不十分だったと思うが、それでも「侵略の定義はない」などという話をするような呆れた状況ではなかった。

日本政府はこの会議での合意について、報告を掲載している。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/icc/rome_kitei1006.html

いかに日本が役割を果たし、貢献したか、詳細に報告しているのだ。その自画自賛ぶりについては、なかなか賛同できず苦笑してしまう、というところがあるものの、今思えば、こんな会議があったことすら忘れているらしい、今の政権の議論状況よりは明らかにましだった。

政権が違うと言えど、日本政府としてこれだけコミットした国際合意について、全く無視して「侵略の定義はない」とするのはどういうことか。首相がこのことを本当に知らないのか、国民が知らないのをいいことに意図的に無視しているのか、不明である。

しかし、この問題の重要性を考えるなら、忘れた、勉強不足、で済まされるような話でないことは明らかであり、また、意図的に無視しているなら悪質な国際法規無視である。このようなことでは誰からも信用されないであろう。

外務省も問題だと思う。というのも、会議報告は先ほどのウェブサイトに公表されているものの、肝心の改正後の規程についてアップデートされていないのだ。外務省の、この規程(国際刑事裁判所に関するローマ規程)に関するウェブページを見ると、制定当時の規程のままになっていて、2010年の改正が反映されていないので呆れてしまった。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/treaty166_1.html

これは締約国として怠慢としか言いようがなく、早急に改正後の規程をupdateすべきである。

首相がこのような発言を繰り返す影響は国内で深刻である。石原慎太郎氏は首相発言に励まされたのか、先の大戦は「侵略ではない」と公然と述べ、それに影響される若い世代もいて、反韓デモ等で繰り返されており、将来的な影響も心配される。

自ら意志決定プロセスに参加した国際合意があるにも関わらず、それを全く無視した発言を首相が繰り返すなら、日本は国際法規を守らない国として、信用を著しく失墜することになろう。このような発言は国際関係を極めて危うくするものであり、過去に侵略を受けた国々の被害者の方々を傷つけるものである。

首相は、きちんと勉強し、日本も参加した国際合意に従って発言すべきである。

2013年5月19日 (日)

橋下氏の「慰安婦は必要」発言はまさに言語道断。安倍政権の姿勢も厳しく問われている。


本当に許しがたく、耳を疑った。

知らない人はもういないが、5月13日、橋下徹大阪市長・日本維新の会共同代表は、第二次世界大戦中の「従軍慰安婦」は「必要だということは誰でもわかる」などと述べ、2007年の第一次安倍内閣の閣議決定に言及しつつ、「日本政府自体が暴行脅迫をして女性を拉致したという事実は今のところ証拠に裏付けられていません」とも述べた。

さらに、性犯罪が続く沖縄の在日米軍に関連して、沖縄米軍の司令官に対して「日本の風俗業を活用してほしい」とも発言している。

橋下氏は、「慰安婦に配慮を」などと言ったり、在日米軍に対する発言については「国際感覚がなかった」などと弁明を繰り返しているが、発言の根幹は撤回していない。

最近では「誤報だ」などと言ったと報道されているが、5月13日の登庁時、退庁時のぶらさがりやその後の会見の一問一答がシノドスに公開されていて、「必要だ」と何度も繰り返していることは否定しようがない。最近では、「英語力のなさから誤解を生じさせた」と言っているが英語力の問題とは関係ないし、誤解と言ってごまかせるものではない。抗議・非難が殺到するのは当然というほかない。

● 「慰安婦」とされた方々の思いを踏みにじり、女性の人格を否定している

「従軍慰安婦」制度は、第二次世界大戦中、朝鮮半島、中国、フィリピン、インドネシア、オランダ等の女性が動員され、旧日本軍兵士によって旧日本兵の性的処理を押し付けられ、性的な凌辱を受けた、極めて恥ずべき制度である。女性たちは監禁され、性行為を強要され、拒絶すれば残酷な暴力がふるわれた。

私も国際会議等でたくさんの元「慰安婦」の方々の勇気ある証言を聞いてきたが、彼女たちが具体的、詳細に語る日本軍の行為は血の凍るような残忍なものであった。慰安所での生活は、あまりにも人間の尊厳を著しく踏みにじるもので、命を失った女性も多く、生き残った女性たちの心身の傷はあまりにも深い。

「慰安婦」制度自体については、国際社会が驚愕し、国連が調査に乗り出した。

国連「女性に対する暴力」特別報告者ラディカ・クマラスワミ氏の調査報告は、「従軍慰安婦」制度が、旧日本軍による「性奴隷制」にほかならない、と正当に認定している(クマラスワミ報告E/CN.4/1996/53/Add.1 (1996)、マグドゥーガル報告UN Doc. E/CN.4/Sub.2/ 1998/13(1998)。

戦時下におけるレイプ、性奴隷制、強制買春は、国際刑事裁判所ローマ規程7条に明記されている通り、「戦争犯罪」を構成する最も深刻な国際犯罪のひとつであり、第二次大戦当時の国際法にも明らかに違反するものだった。「従軍慰安婦」制度が、国際法に違反する、女性に対する深刻な人権侵害であり、いかなる意味においても正当化・合理化できないことは国際常識であり、それはホロコーストについていかなる正当化も許されないのと国際的にはほぼ同じように理解されている。

橋下氏の発言は、かくも重大な人権侵害である戦時性暴力を「必要だった」と容認することであり、筆舌に尽くしがたい思いをされてきた被害者の方々を再び深く傷つけるものであり、到底許されない。

また、沖縄に関する発言は、戦争遂行・軍の維持のためには女性が性的暴力・性的搾取の対象となってもよいと積極的に推奨するに等しく、「慰安婦」が必要だったという発言と根底にある発想は全く変わらない。女性は今も昔も男性の性処理のはけ口として「活用」されるべき存在だと言う女性蔑視ではないか。

橋下氏は反省したのか、国際世論に驚いたのか、日々発言を転々させているが、一度口にしたことは否定しようがない。

橋下発言に誘発されて西村衆院議員がさらに許しがたい発言をしているが、「トカゲの尻尾切り」で済まされるものではない。

こんな女性蔑視の人権感覚の欠如した発言を放置したままでは日本は終わりだと思う。多くの女性たちが求めているとおり、橋下氏は、速やかに発言を全面撤回し、謝罪すべきだ。また、公職を自ら辞任すべきだと思う。

● 安倍内閣の態度も問われるべきだ。

自民党は、今回の橋下氏の発言について他人のふりをしているが、今回の発言は橋下氏一人の問題にとどまらない。

橋下氏が、「慰安婦」について強制の証拠はない、と発言しているのは、「政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」とする2007年の第一次安倍内閣の閣議決定に端を発したものであることは明らかだ(http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b166110.htm) 。

安倍首相は昨年、米紙に「慰安婦の強制連行を裏付ける資料はない」という意見広告に賛同者として名を連ねてすらいる。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/121107/plc12110712020007-n1.htm

しかし、これはいったいどういうことであろうか。

1993年8月3日の河野官房長官(当時)談話は、「慰安婦」制度について日本政府として調査を行った結果としての政府見解として、「慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。」と明確に軍の関与と慰安婦制度の強制性を認めている。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/kono.html

また、司法の場でも元「慰安婦」の方々が提起した国賠訴訟において、裁判所も「従軍慰安婦」制度の強制的な性格を繰り返し認定してきた。この資料などに詳しい。http://sengosekinin.peacefully.jp/data/data5/ianhusaibanpanhu1.pdf さらに、多くの生存する被害者たちは、強制的な連行や、甘言による詐欺によって集められ、意に反して慰安婦とされたことを訴えてきた。各国で被害に遭った多くの被害者たちが、日本の裁判で、国際会議で、国連の調査に対して、そして、女性国際戦犯法廷で繰り返し被害事実を訴えてきた。

http://www1.jca.apc.org/vaww-net-japan/womens_tribunal_2000/

首相はこれら「慰安婦」制度の被害に遭われた方々が集団的な「嘘つき」だと考えているのであろうか。

そうだとしたらとても許せない。

日本政府が強く関与して設立された「アジア女性基金」のウェブサイトにも、「慰安婦」制度の強制的な実態に関わる事実関係が詳細に紹介されている。

http://www.awf.or.jp/guidemap.htm

例えば、オランダの被害者について、「アジア女性基金」のウェブサイトは明確に強制連行に該当する事実を記述している。

http://www.awf.or.jp/1/netherlands.html

どうして、これまで司法や政府によって認められてきた「強制性」を今更覆せるというのか、私にはわからない。首相らは「強制連行があったか否か」と論点を狭く設定しているが、「従軍慰安婦」制度の強制性、人権侵害性は、狭義の「強制連行」があるかどうかに矮小化されるものではない。

首相は、「河野洋平官房長官(当時)談話」について、有識者の意見を聴取し、見直しを視野に検討に入る方針だというが、http://sankei.jp.msn.com/politics/news/121228/plc12122800060000-n1.htm

「従軍慰安婦」制度の強制的性格は否定することは歴史の歪曲として到底許されない。

人権侵害の重大性にもかかわらず、日本政府は被害者に対する直接的な国家補償、謝罪、被害者への十分な救済措置を怠り、「慰安婦」制度の強制性を否定しようとさえする。こうした日本の態度は国際社会から繰り返し非難されてきた。日本がこの問題で世界から批判されるのは過去に起きた恥ずべき人権侵害に対してというより、犯してしまった事実に誠実に向き合わずに被害を過小評価しよう、否定しよう、責任を逃れようとする姿勢そのものである(ドイツとの明確な違いである)。

元「慰安婦」の方々に対しては、不誠実極まりない態度を取り続け、そのことについて米国に強く言われると、態度を豹変させる(安倍首相はブッシュ大統領に対し2007年元「慰安婦」の方々に申し訳ない、と述べ、国内ではその事実を否定してきたhttp://mainichi.jp/select/news/20130518mog00m010005000c.html)。

弱者であり旧侵略国の女性である「慰安婦」制度の被害者の方々の真摯な訴えには耳をかさず、嘘つき呼ばわりをし、そうした人権感覚をアメリカ等国際社会からから批判されると、強い者に迎合して表面的に言動を豹変する、本当に卑屈で最低の態度ではないだろうか。そのような態度を国際社会は見抜いているし、オバマ大統領に嫌われ、軽蔑されるのも当たり前だと思う。

このようなことで日本の誇りは守れない。それどころか、人権感覚・品格に極めて乏しい野蛮な国として悪評が定着し、国際社会から相手にされなくなるだろう。

日本政府はこの機会に、橋下氏と並んで、外交問題とか国際感覚がどうこうというより、基本的な人権感覚について反省してもらいたい。

政府は、この機会に「従軍慰安婦」制度が強制的性格を有し、重大な人権侵害であることについて、留保なしに明確に再確認すべきであり、二度と恥ずべき論争が起こらないようにしてほしい。

そして、人権侵害の事実を正面から認めたうえで公的な謝罪・補償をし、歴史教育を徹底すべきである。

来週は院内集会も予定され、抗議は国際的にも広がっていくだろう。

http://ajwrc.org/jp/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=796


2013年5月13日 (月)

The Best is Yet to Come

朝起きるとき、よくかけるジャズのCD。その一曲目は、The best is yet to come

です。
この言葉、「まだ素晴らしい時は来ていない」と考えると、不幸続きで幸せに縁のない人、みたいですが、そうではなく、
「お楽しみはこれから」「最高の時はまだまだこれから来る」という意味です。
オバマ大統領が第二期の就任演説で使ったことから日本でも割合知られるようになりましたね。

この曲を聴いていると、とても明るい気持ちになり、そうよね、まだまだこれから楽しいことはたくさんある、と思い、朝はとてもよいスタートを切ることが出来ます。
アメリカ・ニューヨークで、偶然聞きに行った女性ジャズ・シンガーが気に入り、偶然買った彼女のCD、留学中は毎朝起きるときにかけてましたし、今でもかけています。

歌は女性が歌う恋の歌のようです。
好きな男性に、「あなたは太陽を見ていると思っているけれど、本当の輝きを知らない」
「あなたに空を飛ぶことを教えてあげるわ」「あなたが私の彼氏になる時まで、最高の時は来ないわ」
と誘うのです。もしかしたら実際に口説いているのではなく、独り言かもしれませんが、「私があなたに素晴らしい人生をあげる。素晴らしい瞬間をあげる」「一緒に人生の宝物を探検しに行こう」という彼女の誘惑がとてもキュートでかわいいですよね。

不思議なことに、朝このCDをかけていると、歌詞とは離れて、「ああこれからももっといいこと、楽しいことがたくさんあるんだろうなー」となんだか大船に乗ったように明るい気持ちになります。
そして実際に、楽天的な気持ちでいると、次々と楽しいことが起きるから不思議です。
まだまだ人生の宝物を探しに行こう、まだまだ人生を味わいつくそう、と思って、行動するからかもしれません。

行動というのは、反射神経に左右されるもの、毎日のちょっとした選択が人生を変えていくと思うのです。その反射神経の根底に「The Best is Yet to Come」という気持ちがあることは結構大切かもしれません。

毎日の心がけとか、気分ってとても大切だな、と思うのですよね。

毎日ポジティブに生きられるよう、是非みなさんにも朝から聴くことをお勧めしたいです。


The best is yet to come, and won't that be fine
You think you've seen the sun, but you ain't seen it shine

Wait till the warm-up is underway
Wait till out lips have met
Wait till you see that sunshine day
You ain't seen nothin' yet

The best is yet to come, and won't that be fine
The best is yet to come, come the day that your mine

Come the day that your mine
I'm gonna teach you to fly
We've only tasted the wine
We're gonna drain that cup dry

Wait till your charms are right, for the arms to surround
You think you've flown before, but you ain't left the ground

Wait till you're locked in my embrace
Wait till I hold you near
Wait till you see that sunshine place
There ain't nothin' like it here

The best is yet to come, and won't that be fine
The best is yet to come, come the day that your mine

2013年5月 8日 (水)

「女性手帳」に感じる強い違和感の原因は何だろう。

「女性だけに手帳を導入する」というニュースを聞いて、連休明け早々、とっても嫌な気持ちになった。

日経新聞によれば、内閣府の「少子化危機突破タスクフォース(作業部会)」は7日、妊娠や出産に関する知識や支援策を記した「生命(いのち)と女性の手帳(仮称)」を作成する方針を決めたという。2013年度中に内容を詰め、14年度から市町村で若い女性に配る。晩婚・晩産化に歯止めをかける狙い。ほかの妊娠・出産支援や結婚支援の施策とともに5月下旬にも開く政府の会議に報告する。妊娠した女性に配る「母子手帳」にならい、妊娠適齢期などの必要知識や自治体の支援施策を記した部分と、所持者が健康データを記録できる部分との2部構成を想定するという。http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS0703K_X00C13A5PP8000/

ネットでも批判の声が上がったが、作業部会では異論がなく決まってしまったというから驚いた。

この違和感はどこから来るのだろう。

まず、少子化の問題は、女性の問題、女性たちの意識に問題があるのであり、それを矯正・調教しなければならない、という国家の「上から目線」を強く感じるからではないか。

少子化は決して、女性の意識の問題ではない。男女ともの問題であるし、もっといえば社会の問題である。

女性が子どもを産み、育てづらい社会の責任は政治にあるのだから、国こそ責任を感じて、根本にある社会問題を解決すべきなのに、その責任を棚に上げ、女性たちに責任を転嫁して、女性たちに産み育てる自覚と責任を痛み入らせて、問題を解決しようなんて、まさに本末転倒である。

少子化の原因は今の社会にあることは既に明らかではないか。待機児童を速やかになくさないと(保育の質を下げないで)、女性たちは仕事に復帰できない。

多くの女性たちは、非正規・不安定雇用に従事していて、育休も取れないような職場環境に置かれている。非正規・不安定雇用についている厳しい規制をかけて、働きながら子育てが安定してできる生活を保障しないといけない。

男女ともに若い世代が抱える将来不安と貧困を解消しない限り、子どもを産むのは難しく、雇用と貧困をめぐる状況を解決しないといけない。

諸外国・特にヨーロッパ諸国に比べてあまりに高すぎる日本の教育費をどうにかしないといけない。

ずっと言われていることばかりだ。

ヨーロッパ並みの従事した子育て支援・少子化対策を包括的に手厚く実施しているならともかく、そうしたことをきちんと実施もせずに、「少子化は女性の責任」と言わんばかりの政策に違和感はつきない。

もうひとつは、個人の生き方、特に子どもを産む、うまない、何歳で生む、というのは、個人の自由に属する問題であり、国が干渉・介入すべき問題ではない。国家が、個人の出産計画に介入して悪名高いのは中国の一人っ子政策であるが、国家が個人の出産計画に介入する、という点で手帳のほうが微温的であっても同様の問題がある。国際的にも明確に確認されている「性と生殖に関する権利」(リプロダクティブ・ライツ)を尊重しない姿勢であり、人権感覚があまりに乏しいと言わざるを得ない。

まして、適齢期を啓蒙して、「晩婚・晩産化に歯止めをかける狙い」というのはいったいどういうことなのか? 職場で上司が実施したらセクハラに該当するであろうことを国が行って良いのか? 

国があるべき国民の生き方のモデルを提唱する、ということ自体、全体主義的でぞっとする。

民主主義の基本は多様な生き方、多様な価値観を認めあい、共存することである。特に家族や結婚観、子どもを産む選択は、個人の尊厳・生き方そのものだ。女性の社会進出も少しずつ進み、生殖技術も進化した現代、益々女性は多様な生き方が保障されるべきだし、生む生まない、またいつ産むかについて、家庭や共同体や世間、まして国家に押し付けられたりすることなく、パートナーがいればパートナーとともに選び取れる時代になってきた。それが世界の趨勢だし、日本でもそうだと思ってきたのに、突然の復古調に愕然とする。

もうひとつ、今は不妊が大きな問題となっていて、不妊治療をしても妊娠せず子どもをあきらめなければならない人もいる、不妊治療はお金がかかるから断念せざるを得ない人もいる。また、思い描くパートナーに巡りあえずにシングルで生きる人もたくさんいるし、シングルを選ぶ「おひとりさま」もいる。

異性愛ではない人たちやトランスジェンダーの方もたくさんいて、ようやくカミングアウトできるようになった。

そうした個々の人たちについて考えると、啓蒙すれば子どもが生まれるわけではないのだ。

一つの生き方を押し付けるなんて、こうした人たちの生き方や人生の選択に対して無神経であるし、その生き方や想いを否定するようなものである。こうした人たちはマイノリティとして不当に扱われることも少なくないのが現実だが、国による価値観の押しつけで、一層肩身が狭かったり窮屈な思いをさせることになってしまう。政府には、そうしたことに対する想像力やデリカシーがないのだろうか。

先日提唱された「3年抱っこし放題」も女性たちの置かれた実態・窮状からかけ離れた政策であり、「女性に育児負担を押し付けようとしているな」と感じたが、今回は少子化対策として疑問ということに加え、政府による価値観の押しつけとして、根本的に問題があると思う。

今の先の見えない社会で、生きづらさを抱えながら生きている人たち、社会のメインストリームではない人たち、将来に負担を抱えている若い世代の悲鳴や思いや悩みに真剣に向き合う政治であってほしいのだが、今の政府の立ち位置は、そこからかなりずれたところに来ているように思えてならない。

« 2013年4月 | トップページ | 2013年6月 »

フォト

新著「人権は国境を越えて」

2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

ウェブサイト

ウェブページ

静かな夜を

リスト

無料ブログはココログ