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2011年5月 2日 (月)

総合的な刑事司法改革を イノセンス国際会議報告

 以前お伝えしたように、米国イノセンス・ネットワークが米国オハイオ州シンシナティで47日から10日まで開催した「2011年イノセンス・ネットワーク会議- 国際的な誤判問題の探求」[1]に、足利事件・菅家利一氏と弁護人の泉澤章氏とともに招待されて参加してきました。

会議の概要をご報告いたします。

          

1    主催者と会議の概要

1)    主催者

米国イノセンス・ネットワーク

米国ニューヨーク州にあるNPO「インセンス・プロジェクト」(カルドーゾ・ロースクールのクリニックを拠点とする誤判救済機関として創設され、現在では独立したNPOになっている)の活動を皮切りに、米国各地で、ロースクールやNPOを拠点とする冤罪被害者を救う活動を行う団体が数多く誕生し、これら全米各地の「インセンス・プロジェクト」をつなぐ横断組織として米国イノセンス・ネットワークが構築された。

ネットワークでは事件に関する情報交換、スキルアップ、戦略の共有とともに、誤判原因を究明し、誤判を根絶するための政策提言も行っている。ただし、政策提言に関しては、「インセンス・プロジェクト」が中心になって全米に呼びかけて結成された「イノセンス・ポリシー・ネットワーク」が中心的に活動している。

2)    会議概要

米国イノセンス・ネットワークは近年、毎年全米各地で全国大会を開催しており、今年は米国オハイオ州シンシナティ・ロースクール(University of Cincinnati College of Law)を拠点とするイノセンス・プロジェクト(Rosenthal Institute for Justice/Ohio Innocence Project)がホスト役となって開催された)

現在、米国のイノセンス・ネットワークは海外の英語圏の国々にも拡大し、これまでも全国大会には英語圏のイノセンス・プロジェクトが招待されていたが、今回は招聘者を一層拡大した国際会議として開催し、アジア、南米、アフリカなどからも研究者、弁護士、冤罪被害者が招待された。

着目すべきは、実務家と並んで、冤罪被害者や支援者が数多く参加し、交流し、意見を表明していることである。イノセンス・ネットワーク会議は実務家がスキルを磨き、改革課題について認識を一致させる機会であるとともに、冤罪被害者が年に一度、支援者・弁護士、そして冤罪被害者と再会し交流を深める貴重な機会になっているようである。

本年は総勢600名程度参加があったとのことである。

2    日本からの参加者

弁護士   伊藤和子(報告者として。なお、日本の刑事司法に関して別途University of Cincinnati College of Lawに報告内容を論文として発表する予定)

弁護士   泉澤章(足利事件弁護団)

冤罪被害者 菅家利一

冤罪被害者として参加したのは米国以外からは、メキシコ、ニカラグア、イギリスと日本の菅家氏であり、菅家氏は、日本で初めてDNA鑑定によって雪冤した人物として

現地で大歓迎を受けた。

3    日本からの発表について

菅家利一氏が日本を代表して冤罪被害者としての経験、心情をスピーチし、大好評を博した。

当職が日本の冤罪の実情と刑事司法改革の動向について報告した。質問を受けたり、問題視された事項は以下のような点である。

・日本の自白率が高く、誤判に占める虚偽自白の割合が高いこと

・取調べ時間の長さ、23日間取調べが可能であること

・取調べ受忍義務があること- 取調べを拒む権利が身柄拘束された被疑者にないと解釈

されていること

  ・裁判員制度で無罪となったケースについて、検察官上訴がなされ、職業裁判官が破

棄自判をなしうること

  ・名張事件第7次異議審決定における自白に関する認定

(特段の強制もなく重大事件について自白をした場合、その自白は任意性、信用性があると考えられる、とした裁判所の自白偏重の認定について)

  ・DNA鑑定資料が全量消費され、資料保存が義務付けられていないこと

4      気が付いたこと、学んだこと

4日間におよぶ会合では、多くのワークショップが開催され、各国の経験から多くのことを学ぶことができた。このうち、日本でも既に紹介済みの問題も少なくなかったが、比較的日本で知られていないこととしては、以下のような報告内容があった。

 【DNA鑑定】

  米国では全米で2州を除くすべての州で、無実を主張する受刑者がDNA鑑定を受ける権利があることおよびDNA鑑定に関する手続きの詳細を定めた法律が成立・施行されている。イノセンス・プロジェクトでは、モデル法案をつくって政策提言・ロビー活動を全米で展開している。

  DNA鑑定を受ける権利が米最高裁で争われ、「まずは州の手続をすべて尽くしてから連邦における救済を受けるべき」との理由で救済が否定された「オズボーン事件」に関して、事件を管轄するアラスカ州において新たにDNA鑑定を受ける権利を認める法律が制定されている。

  また、多くの州で、DNA証拠を含む生物学的証拠について再鑑定保障のための証拠保存に関する法律が制定されている。

【独立した誤判救済機関】

  イギリスのCCRC(Criminal Case Review Commission)と同様の、誤判救済機関は、スコットランド、ノルウェー、米国のノースカロライナ州においても設立されている。しかし、CCRCについては、冤罪事件に取り組む弁護士の間から、強い批判が展開された。すなわち、CCRCには独立性に問題があり、高裁の諮問機関に堕しており、法律上定められている強力な調査権限が十分に活用されず、深刻な冤罪事件を救済する機能を果たしていない、などと報告された。日本や中国、その他の国の法律家の間にCCRCへの関心が高まっているが、誤った制度を導入することがないようにという注意喚起がこうした弁護士から出されていた。ただし、CCRCのような機関を全否定するのではなく、CCRCの欠点を認識したうえでそうならないような制度設計をすることはありうるとの意見もあった。日本において政策提言をするにあたっては、こうした批判についても調査し、検証すべきと考える。

  「イノセンス・プロジェクト」としては、CCRCやノースカロライナ州の誤判救済機関について、正確な評価は定まっておらず、あまり肯定的な評価はなされていないことがうかがわれた。

【誤判原因究明のための独立調査委員会】

  全米では、誤判原因を究明し、制度改革につなげていくための、独立した調査委員会が多くの州で立ち上げられており、「イノセンス・プロジェクト」では、各州でのこうした活動を重視し支援している。

こうした独立した調査委員会のなかには成功して優れた勧告を提案している委員会もある一方、州によっては、あたりさわりのない勧告しか出されず、改革に役に立たない結果に終わっている委員会もあるという。まずは委員の選考が重要であり、そのための戦いに勝つこと、さらに、改革の獲得目標の明確化・焦点化とそれを実現するための戦略の策定、改革派のロビーストがロビー活動に十分な時間をさけるか否かが誤判原因究明調査委員会の成功の鍵を握っているとする。「イノセンス・プロジェクト」は全米でのこうした取り組みについて、これまでの経験を紹介し、成功に導くための援助を行っていくという。

  【科学証拠とNAS報告書】

  科学証拠について、National Academy of Scienceが最近出した「米国における科学鑑定を強化するために」という報告書では、全米における科学捜査・科学鑑定のうち、核DNA鑑定以外は、すべて基準を十分に満たしたものではなく、抜本的な改革が必要であるとし、改革のための重要な勧告を行っており、これまで十分な根拠なく科学証拠として提出されてきた証拠のすべてが厳密な検討の対象となっている。例えば、イノセンス・プロジェクト共同代表のバリー・シェック教授は、指紋証拠について鑑定人の主観が鑑定結果をゆがめる危険性が強い証拠だとして厳密な検討を呼び掛けている。

科学証拠をめぐるNASの報告書をめぐる議論は日本においても十分に検討し、参考にすべきものと考える。NAS報告の勧告のなかには日本の科学的証拠の改革を検討するにあたっても有用な勧告が多く含まれており、調査の必要性があると考える。

  なお、「イノセンス・プロジェクト」およびイノセンス・ポリシー・ネットワークでは、法執行機関から独立した科学鑑定機関の設置を求める活動を展開している。

【誤判原因に関する再考】

  米国でDNA鑑定などにより冤罪が発覚した事件について、誤判を導いた最も主要な原因は目撃証言であるという統計があり、これを是正するため、犯人識別供述に関する再検討が進んでいる。しかし、今回の会議では日本、中国等から、主要な誤判原因は目撃証言よりも虚偽自白であるとの報告がされた。イノセンス・プロジェクト共同代表のピーター・ニューフェルド氏は、「DNA鑑定により誤判が発覚したのはすべての誤判の10%にも満たないのではないか。DNA鑑定が冤罪救済に最も有効なのは性犯罪に関わる殺人事件であり、こうしたケースでは被害者等の目撃証言で有罪とされ、その目撃証言の誤りがDNA鑑定によって明らかになるという定型的なパターンがある。しかし、DNA鑑定が有効でない事件については誤判が実は救済されていないのであり、こうした事案も含めて考えれば、日本や中国の実務家が報告するように、自白などほかの誤判原因についてもっと着目し、誤判原因をなくす取組みを強化していく必要がある」と述べた。

5    今後の活動についての提案

米国では、DNA鑑定により冤罪事件が相次いで発覚したことを受けて、誤判原因の究明と併せて、誤判防止のための刑事司法改革の課題が次々と打ち出され、集中的なロビー活動、モデル立法案の策定などを通じて改革が次々と実現している。これら取組みの多くは2002年以降に実現しており、短期間の集中的な刑事司法改革の取り組みが目覚ましい成果を上げている。

こうした改革はイノセンス・ネットワーク、特にイノセンス・ポリシー・ネットワークにおいて行われている。

翻って日本では、誤判防止のために、取調べの全面可視化については日弁連をあげて取り組んできているところである。しかし、その他の冤罪根絶のための総合的な課題、例えば、証拠の全面開示の実現、DNA鑑定の再鑑定を受ける権利の保障と手続に関する法制化、DNA鑑定資料の全量消費を防止するための法整備、取調べ時間の短縮や取調べ受忍義務の撤廃、不適切な科学証拠を根絶するための基準の策定や捜査機関から独立した科学鑑定機関設置などの課題についても、日弁連として総合的な政策提言・問題提起が行い、重点的な取組みを一層強める必要があるのではないだろうか。

日本は誤判救済について長い歴史があり、献身的な弁護士による熱心な活動がたゆまず続けられているが、こと誤判救済のための実践的な政策提言活動については、米国の取組みに比べて立ち遅れていることのではないかと改めて痛感させられた。

誤判・冤罪をなくすために、取調べの可視化と並んで、可視化以外の総合的な刑事司法改革課題を明確化、重点化し、もっと実践的な取組を強める必要がある。

            以 上


[1]  2011 Innocence Network Conference - An International Exploration of Wrongful Conviction https://webapps.uc.edu/conferencing/Details.aspx?ConferenceID=365

報  告  書 

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