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2010年11月27日 (土)

毎日新聞 2件の死刑判決- 裁判員制度の課題を探る。

裁判員制度下での2件の死刑判決を受けて

11月26日の毎日新聞の「論点」に「裁判員裁判の死刑」という特集が組まれ、

元東京高裁判事原田国男氏、元検事総長但木敬一氏と並んで、私の見解を掲載していただきました。

私以外のお二人がビッグ・ネームで驚いておりますが、ご参考まで、全文ご紹介します。

それにしても、石巻の事件の様子を知るにつけ、懸念は深まるばかりで、裁判員の方々の心痛、少年の奪われていく命のことを考えると眠れない気持ちです。

弁護士 伊藤和子

2件の死刑判決- 裁判員制度の課題を探る。

「死刑廃止が世界潮流

 冤罪招きかねず恩赦なども有名無実化

 自白偏重変えうる裁判員制度には期待」

   

冤罪の人が死刑判決を言い渡される可能性がある以上、死刑は廃止すべきだと考える。我が国では、過去に再審請求で無実と判明した4人の死刑囚が死刑台から生還した歴史がある。今でも死刑が確定した後も、獄中から無実を訴えている人は少なくない。もし、国家権力が無実の人を殺すようなことがあれば、最も深刻な人権侵害であり、絶対に許されることではない。

 現在、日本の死刑囚は当日まで執行を知らされないため、毎日恐怖におびえながら暮らしている。通常の人なら、大きな不安に耐えきれず、正常な精神状態でいられなくなる。しかし、重い精神障害を患ったからといって、刑の執行を停止する制度が存在するにもかかわらず、全く機能していない。一方で、死刑囚の再審請求事件は、検察が不都合な証拠を出そうとしないために、相変わらず「開かずの扉」に近い状態だ。我が国の死刑囚の置かれた状況は、あまりに過酷だ。

 世界で死刑廃止国はどんどん増えており、先進国で存続しているのは日本と米国だけだ。それでも、米国では、死刑囚の悔悟の念や病状に応じた恩赦や刑の執行停止が有効に機能しており、容易にそうした手続きを取ることができるようになっている。一方の日本では、そういった制度が有名無実化している。国民は、こうした日本独特の死刑制度の問題点を知らされていないのが現状だ。

 裁判員制度自体については、刑事裁判に一般市民が参加することで、自白偏重主義に陥り、有罪慣れしてきた裁判官裁判を変えていける可能性があると期待している。これまでの裁判員裁判の実例の中には、米国の陪審員制度にしばしば見られるように「無罪推定の原則」に忠実な審理をしたであろうと感じるケースもあり、評価できる。

 ただ、裁判員に死刑判断を委ねるのは、極めて重い精神的負担を課すことになる。死刑廃止の潮流が進んでいる現在においても、80年代に示された不明りょうな「永山基準」をそのまま用い、裁判員にも適用を強いることは疑問だ。少なくとも、裁判員には、世界の国々が死刑廃止を選択する方向にあり、国連総会でも死刑執行のモラトリアム(猶予)が決議されているという事実や、実際の死刑執行の仕方など、評議においてあらゆる情報を提供すべきだろう。

 また、裁判員裁判の量刑が多数決で決められることも問題だと考える。死刑に反対する裁判員がいたとしても、多数決で死刑判決となった場合、本意でない判断に従わされる格好になる。人の命を奪いたくないと思っている人にまで、死刑判決に参加することを強要することが果たして許されるのだろうか。

 このように、我が国の死刑制度や裁判員制度の判断の仕方に多くの問題がある以上、死刑判断に一般市民を巻き込むことは避けなければならない。かつて裁判官裁判で現実にあったように、裁判員が冤罪の人に死刑判決を言い渡すという最も深刻な事態を招かないためにも、やはり死刑は廃止すべきだ。

  伊藤和子(いとう・かずこ)

  1966年生まれ。早大法卒。94年弁護士登録。国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ事務局長、日本弁護士連合会取り調べの可視化実現本部委員。

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