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2009年8月

2009年8月29日 (土)

代官山ライブ

今日は仕事の後、代官山へ。

ヒューマンライツ・ナウを応援してくれているミュージシャンの大日方治子さんのライブにいってきました。

http://haruko-ohinata.weblogs.jp/

大日方さんのブログの写真やCDの写真がかつこよく、音楽もなんか、とても胸キュンで引きつけられたので、ライブにいきたい、と思っていたところなので、時間がやりくりできてラッキー! でした。

 あってみると、大日方さん、かわいーーー。I will shine という歌で私たちのNGOのことを応援している、ということをみんなに伝えてくれてました。

 それになんといっても、特にメローな曲、バラードが切なく素敵でしたし、かつ気持ちいい歌いっぷりなので、いつまでも聞いていたい感じでした。

 ところでそんなライブの最中、ふと、思い出したのです。

 遠い遠い昔に私も実はミュージシャンになりたいと憧れていたこと、切ない感じの、きらきらした音楽を生み出したいなあ、と思っていたことを。長いこと忘れてましたね。あれは、高校一年のときでしたっけ。たんすにしまいこんでいたような記憶がよみがえってとしても不思議。

 そんな素敵な大日方さんとはこれからも楽しくコラボしていきたいです。

2009年8月23日 (日)

日経新聞とTVに「30の方法」

 いつもあちこちでおあいする、日本経済新聞論説委員の伊奈さんが、私たちの出版した本を紹介するコラムを書いてくださいました。

「人権で世界を変える30の方法」

http://www.amazon.co.jp/%E4%BA%BA%E6%A8%A9%E3%81%A7%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%82%92%E5%A4%89%E3%81%88%E3%82%8B30%E3%81%AE%E6%96%B9%E6%B3%95-%E3%83%92%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%84%E3%83%8A%E3%82%A6/dp/4772604375

また、明日にはどうも日経系のテレビでもこの本について紹介していただけるみたいで、嬉しい限りなのです。

 実はこの書籍、5月3日の朝日の社説にもちょっと紹介してもらったのですが、前回も今回も、論説の内容は、書籍とは関係なく展開しているように思います。でも、それは、人権、というキーワードから日本の知識人・ジャーナリストの方々がいま、何を想起するのか、を知ることができて楽しいです。書籍は書いた人の意図を離れて、連想ゲームのようにどんどん発展していくから面白いのかもしれません。

 さて、この見解はとても悲観的なのですが、懸念は共有するところなのです

 もっというと、ブッシュ政権の外交と一線を画したオバマ外交は「対話」路線。

 平和的に諸外国と共存していこうという路線は、「イラクに自由を」と言って他国に介入・侵略する路線よりははるかによいです、戦争が最大の人権侵害を生むことは間違いありませんから。しかし、ジレンマは「独裁国家で人々が抑圧されている国とも妥協するのか」というところで、どうもそのあたりが妥協的すぎるように思うのです。ウイグルの問題もそうですし、ビルマ軍事政権と対話するのか、などが懸念されます。

 平和外交と人権外交は矛盾しないと思うのですが、針が振れすぎているように思うのは私だけでしょうか。一方、パレスチナの人権問題に関しては、イスラエル擁護の従前の政権と変わらないようで、これも失望させられます。

  一方、日本の選挙の関係でいうと、少し明るいきざしがあるのではないでしょうか。

 日本の旧態依然とした人権政策の転換が図られるかもしれません。日本の人権問題はもちろんですが、未来の政権が、アジア外交のなかで人権擁護の課題をどのように位置づけ、世界にメッセージを発信し、国際問題の解決に役割を果たしていけるのか、注目したいと思います。

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人権感覚のたそがれ憂う(風見鶏) 2009/08/16  日本経済新聞 朝刊  2ページ   


 日本の非政府組織(NGO)ヒューマンライツ・ナウが「人権で世界を変える30の方法」という小さな本を出した。世界中で起きている人権侵害を中学生にわかるように説く。

 人権は、本来は政治を超えた問題のはずだが、しばしば政治的に扱われる。

 現実はそうでもないと断った上でいえば、人権運動は「左」の運動と思われがちだ。仮にアブグレイブ刑務所での米軍による捕虜虐待に怒り、中国や北朝鮮の人権状況には関心を向けないのなら、それも幾分か当たっている。

 一方で「右」の人権派の関心は、中国や北朝鮮などの状況に傾きがちだ。例えば冷戦時代の米国は、ソ連など東側の人権状況を批判したが、途上国の独裁者とは、彼らが反共であれば手を握った。

 人権運動に党派性があるとすれば、冷戦構造が背景にあった。政治利用できるからこそ政治指導者たちは人権に関心を向けた。

 冷戦が終わり、党派性は薄れた。超党派になって運動は強まるはずだった。そうはならず、皮肉にも政治指導者たちの人権感覚を鈍化させた。それを感じさせたのが、特に昨年来のG8の議論である。

 2008年7月の洞爺湖サミットの政治討議で最も時間を使ったのは、ジンバブエ情勢だった。当時それが「今そこにある危機」だったからだ、とされた。

 4カ月前に起きたチベット問題は全く触れられなかった。過去の問題と考えられたのか。G8サミットは危機管理システムでもあるとすれば、それもやむを得ない、と当時は思えた。

 しかし今年7月のラクイラ・サミットは、それでは説明がつかない。

 あの時点で現在進行形の危機だったウイグル情勢に言及した首脳が、ひとりもいなかった。中国の胡錦濤主席が急いで帰国したほどの事態なのに、である。

 何が起きているか正確にわからないにせよ、あるいは、わからないからこそ、真相の究明を中国に求めるのが普通である。原因を問わず、暴力が発生した事態に憂慮を表明するのも民主主義を価値として共有する諸国の指導者の基本動作のはずである。

 冷戦末期、1989年のアルシュ・サミットを思い出す。天安門事件のほぼ1カ月後にフランスで開かれた会議である。「人権に関する宣言」や「中国に関する宣言」が採択された。90年のヒューストン・サミットでも欧州諸国による中国批判が強かった。

 隔世の感がある。中国の嫌がる議論は控える。それがいまは作法らしい。

 この20年間、中国自身にも変化があった。市場経済の進展による経済成長である。だが人権状況には目立った改善はない。逆に、人権派が意識的にビルマと呼ぶミャンマー、さらにスーダンなどの抑圧国家を支援する。そこにウイグル情勢の急展開である。

 にもかかわらず、G8首脳は発言しなかった。世界同時不況からの脱出のために中国経済に依存するからか。下世話に言えば、オバマ米大統領ですら、腹が減って戦ができなかった。花より団子が欲しかった。

 中国はいずれ経済力で米国をしのぐ。軍事力でも世界一になり、北京の価値観を全世界が受け入れざるを得なくなる。G8サミットや米中戦略・経済対話を見ていると、杞憂(きゆう)とは思えない。

 マルクスではないが、下部構造(経済)が上部構造(政治)を規定するのか。人権問題はたそがれる。夜のとばりがおり、闇が広がる……。衆院選挙が18日公示される。何人の候補者が気づいているだろう。(編集委員 伊奈久喜)

夏の終わりに

この週末は仕事で京都に行ってきました。

京都はこのところ、いつのまにか、町屋風の素敵なカフェ、バーなどがたくさんできて、本当におしゃれ。どのお店にも立ち寄りたいくらい。

しかし、いつものことながら、時間がないのです。いつも京都は会議・仕事などの駆け足、海外のお客様を連れてきて、観光にご案内するくらいであっというまに終わってしまいます。

春や秋に、2日くらいの旅行はときどきくるのですが、いつか京都で暮らしてみたい、それがだめでも、一度京都で夏休みをとって、1週間くらい観光するのが夢です(みんなに「すればいいじゃないですか」と言われるけれど、なぜかなかなかできないものなのです)。

そんなわけで、今週末を過ぎると、いよいよ夏も終わりというところでしょうか。

先週末タイから帰国したばかりなのに、夏はあっという間に過ぎていきます。昨日あった多摩川の花火大会(大好きなイベント)もいけなかったので、浴衣、花火を楽しまないまま夏が終わるのでは。。

そういうときに「えー、まだ終わらないで! 夏。。」と思うのですが、だんだん町の音楽や、色やショーウィンドーが変わってくると「きっと秋も楽しいかも」と思い、夏をあきらめる瞬間があります。今日はそんな気分になった日かもしれません。

 今週の楽しみは、同年代で活躍する仲良しの女性社長たちとの食事会、女性弁護士のお姉さまたちとの食事会。

 週末は投票をしてから名張事件弁護団の合宿、そして来週は、国政選挙の結果、日本に何が起こるか楽しみな秋のはじまりです。

2009年8月22日 (土)

長引く、名張事件をなんとかして。

私が担当している死刑えん罪事件、名張事件。1961年の事件だというとだれもが驚く。

現在最高裁に係属しており、先日も最高裁に申し入れにいったが、決定が長引いていてなかなか出ない。

客観証拠がほとんどなく、再審段階で次々と有罪証拠が否定され、今や残る証拠は自白のみ。足利事件でも「自白を過度に信用してはならぬ」という教訓が明らかになったのだから、一日も早く再審を開始してほしいものである。

なんといっても奥西さんは、83歳である。いつも健康のことが心配である。

とくに最近、新型インフルエンザがはやり、名古屋にも波及しそうだ、などと聞くと大変心配である。名古屋拘置所の感染対策は大丈夫だろうか、、、などなど、気が気ではない。

司法は、正義は、絶対に遅れてはならない。生きて救い出す、これが私たちの合言葉なのだが、それができなかったら司法の役割はなんなのだろう。そうでなくても、もし、救い出せたとしてもその後長く生きられないようだったら、、、そんなことはとても許せない。

一日も早く、無実の人を無罪にして、釈放してほしいと願う。

2009年8月21日 (金)

国際人権法はだれのもの?

このような感動的なタイでの生活でふと心に起った問いは、国際人権法は誰のもの? という問いです。

 イタリアの映画に「イル・ポスティーノ」という映画があります。チリの著名な詩人に、イタリアの島の郵便配達夫が「詩はそれを必要とする者のものだ」と言う台詞がありました。この学校での体験を通して私が知ったことは、「国際人権法は誰のものかそれは、大学での研究や国連での討論のためにあるのではない、本当にそれを必要とする、人権を虐げられた人たちのもの、そしてその事態を変えようとする人たちのものだ」ということです。

 私はニューヨークで国際人権法を学び、ジュネーブやニューヨークの国連や国際NGOの舞台で国際人権法に関する議論に関わってきました。

 しかし、そんな最先端な議論よりももっとも大切なことは、本当に国際人権法を必要とする人たちに大切なメッセージとして国際人権法- 世界の人権のスタンダードを知らせ、それを活用して現状をかえる力にしてもらうことなのだ、と思ったのです。

 彼らこそがもっとも人権を否定され、人権の欠如に苦しみ、そうした状況を変えることを強く望んでいるのだから、もっとも人権法を必要としている人たちなのです。国際人権法もそれを必要とするひとたちのものなのだと思ったのです。

 国際人権法は、いま繰り広げられているような、レマン湖のほとりで洗練された議論を展開するためのツールではないのです。

事実、私はこれまで様々な国の学生にあい、国際人権法について議論してきましたが、彼らほど、こんなに真剣に国際人権法について学ぶ人々の姿を見たことがありません。彼らにとって国際人権法は知識ではなく、自分たちの苦境から脱するために必要な糧であり、現実に必要不可欠なものなのです

しかし、そんなに国際人権法を必要としているひとたちに、それがどんなものなのかすら届けられていないのです、知らされていないのです。

 そんな彼らに国際人権法を教える、これほど素晴らしい体験はありません。出し惜しみをすることなく、自分の持っている知識の限りをみんなに与えたいと思ったのです。いまもビルマで、人権という言葉すら知らずに人権侵害に静かに耐えている人たちがいる、そんななかで、人々の未来を背負ってひたむきに生きる生徒たちに、もっともっと伝えていかなくちゃと思ったのです。

未来のスーチーさんたち

 引き続きタイ・ビルマ国境のお話です。

 素晴らしい生徒たちに魅せられて、また、「1000本ノック」を思わせる質問攻めにあいながら、私は7日間、19クラスを生徒とともにすごし、国際人権法を教えたのでした。

 しかし、それでもまだまだ足りません。「先生はいつ帰ってきてくれるの」「今度国際人権法のクラスはいつあるの」という声に、帰国する際はとても心残りでした。ヒューマンライツ・ナウでは今後も継続して講師を派遣する予定でいますが、サポートをもっともっと強化し人権についてみんなの理解を深めたいと思いました。

 若者たちの先にある未来

 この学生たちは卒業してからどうするのでしょうか。みんなの顔はあどけなく、とてもかわいいのですが、みんなが、ビルマで困っている人々を助け、そして民主化を実現するために活動したい、というひたむきな思いを抱えていました。国際的なNGOで貧しい人々の支援の仕事に携わりたいという女性。ビルマにかえって弁護士として人権活動をしたいという女性もいました。卒業生のなかには、難民キャンプのなかにある紛争解決の委員会の責任者をつとめている男性もいました。「私たちの住む地域では本当に人権侵害がひどい、あまりにも多くの人権侵害。だから今人権を学ぶことがとても好き。帰国したら周りの人たちみんなにこの経験を伝え、私がみんなを教育するつもり」と話してくれた女性もいます。学生たちは実に様々な民族にわかれています。たとえばカヤン州から来ている四人の男子学生と話をしていたとき、彼らは「みんな民族が違う。そしてこのうち二人の民族は敵対していてたたかいを続けている」と言っていたので驚きました。

  しかし、そうした異なる民族の学生が集まり、一緒に学ぶことはとても意味があります。彼らは「自分たちはたたかいを望まない。自分たちの上の世代が今の民族の中心なので、戦争を続けているけれど、自分たちが民族のリーダーになる時代がきたら、民族間の和解を実現して、もう紛争はおこさない」と言ってくれました。この学校を卒業した人々が未来の民族・コミュニティのリーダーとなって、民族間の平和共存に道を開く、それがこの学校のひとつの目的なのかもしれません。「ピース・ロー・アカデミー」という学校名は、何よりも民族間の争いを越えた、平和なビルマの創造を目指しているのではないかと思います。

未来のアウンサンスーチーさん

 この学校の運営を担っているビルマ法律家協会の代表ウーテンウーさんは「この学校の卒業生には、今のアウンサンスーチーさんのような民主化運動をひっぱるリーダーになってほしい。これからのビルマには民主化運動を担うリーダーが一人ではなくたくさん育っていくべきだ。そんな未来のリーダーを育てるのがこの学校の目的なんだ」と語っていました。ウーテンウーさんをはじめ、資金難や様々な困難ななかでこの学校を守り運えしてきた人々はこの学校にビルマの未来の大きな夢を託しているのです。そして子供たちが知識をどんどん吸収し、成長していく姿こそが、ビルマの未来の希望の象徴なのです。

 ビルマの民主化をめぐる道のりはまだまだ困難が多くありますが、私たちも草の根からビルマの民主化運動の担い手たちを応援するこの大切な活動をつうじて、未来への種まきをしていきたい、との思いを新たにしました。

 ヒューマンライツ・ナウでは、この学校の支援を今後も続けていく予定ですので、みなさん、ぜひ応援していただけると幸いです。

2009年8月19日 (水)

アウンサンスーチーさんの判決に抗議

 私がタイ・メイソットで、ビルマ民主化の運動のリーダーのみなさん(いい人ばかりです、本当に)に囲まれてすごしている最中にも、過酷な人権侵害の情報が次々と伝わってきます。

 ちょうど私が滞在していた8月11日にアウンサンスーチーさんの判決が出されました。

 みなさん、この日は「とても忙しい」と一日中大変そうに過ごされており、残業もしていました。

 学生たちは、スーチーさんが政治犯収容所で懲役刑に科されることとを心配していたので、そのような最悪のシナリオが避けられてほっとしている反面、いつまで民主化リーダーを自宅軟禁しておくのか、というやり場のない怒りを感じていました。なんという不条理でしょうか!

この判決については私の所属する団体、ヒューマンライツ・ナウとしても抗議のステートメントを出しましたのでご紹介いたします。

≪声明≫      

アウンサンスーチー氏への不当判決に抗議し、同氏とすべての政治犯の      

即時・無条件釈放、民主化対話の開始を求める。

 811日、ビルマ軍事政権は、ノーベル平和賞受賞者であるビルマ民主化指導者

アウンサンスーチー氏に対し、禁固三年の刑を言い渡し、その直後に自宅軟禁一年半に減刑する旨発表した。  

東京を本拠とする国際人権NGOヒューマンライツ・ナウは、この不当極まりない判決対し強く抗議するとともに、軍政に対し、アウンサンスーチー氏およびすべての政治犯の即時・無条件釈放、そして民主化勢力、少数民族との対話による政治プロセスの開始強く求める。  

  、アウンサンスーチー氏が有罪とされた根拠は、5月初旬に同氏宅に忍び込んだアメリカ人男性との接触が、自宅軟禁の条件に違反したというものである。

かし、同氏に対する自宅軟禁は、そもそも何らの正統な根拠もない違法な民主化弾圧・恣意的拘禁であり、国際社会は一致して、同氏の即時釈放を求めてきた(国連総会決議 2009123日等)

 軍政はこれに応じず、昨年527日にアウンサンスーチー氏の軟禁期限が切れたにも関わらず、何らの根拠もなく軟禁を一年延長すると宣言した。このような違法な自宅軟禁の条件に違反したことを理由とする訴追はそもそも不当であり、有罪判決は何らの正当性も認められない。  

 軍政は、2010年に総選挙を実施するとしているが、アウンサンスーチー氏が前科を科され(2008年に軍政が強行した憲法は、刑事犯前科のある者の被選挙権を認めていない)自宅軟禁が1年半継続されれば、同氏の総選挙への参加は不可能となる。

  軍政が実施しようとする総選挙が、アウンサンスーチー氏を排除した、民主化の名に到底値いしないものであることはいよいよ明瞭となった。

 世界各国は、この判決に対する非難の声明を次々に表明している。

バンキムン国連事務総長は、アウンサンスーチー氏の「即時・無条件」釈放を求

め、「アウンサンスーチー氏とすべての政治犯が釈放され、彼らが自由かつ公正な選挙に参加出来ない限り、政治プロセスの信用性は問われる」と指摘している(812日付声)。  

 軍政は今こそ、国際社会の非難に耳を傾けなければならない。

 インドネシア、ジャカルタに集ったビルマ民主化勢力・少数民族グループは813日、「国民和解の提案」(Proposal for National Reconciliation)を発表し、民主化に向けた一致した提案を示し、軍政に対して民主化プロセスのテーブルにつくよう呼びかけた。

 今こそ国際社会は、ビルマ民主化勢力・少数民族グループが一致して呼びかけ

る、民主化への交渉提案を現実のものとするため、軍政への説得をはかり、交渉のテーブルにつかせ最大限の外交努力をすべきである。

 軍政が強行しようとする2010年の総選挙は迫ろうとしており、ビルマ国内における国際人権法・人道法に対する重大な違反は日に日に深刻さを増している。日本政府を含む国際社会には、単なる言葉だけの批判を越え、一致した行動が求められている。

ヒューマンライツ・ナウ(2009815)

自給自足のような

東京にいるとあくせくお金を稼ぐ一方、なぜだかお金がでていきます。

でもこのタイ、メイソットではお金はあまり出ていきません。

そしてゆったりとした気持ちで生きられるのです。

Img_0262_small ちょうど雨季でしたので、雨がよくふり、亜熱帯の植物がよく育ちます。

景色は雨に洗われていつも美しいのです。

毎日三つのクラスで教え、終わると町を歩く。

田園の教師生活なのでした。

 ご飯は三食学生と一緒に学校の食堂で食べますけれど、このビルマ料理がおいしいのです。でもとてもシンプル。Img_0280_small

お米と卵とそして魚。そして野菜。

野菜は学校の庭で生徒が育てています。魚は近くの川から釣ってきます。

そして卵は学校にいる鶏が産み落としてくれます。ほとんど自給自足。お金はほとんどかからず、おいしい食事ができて、とても精神的に豊かなのです。

 そしてここのビルマの人たちは本当にみんな性格が素晴らしく、いい人ばかり。なんと素敵な、やさしい、素朴で、思いやりにあふれた、謙虚な人たちなんだろう、、、と感動してしまいます。

そして明るく、前向きなのです。

NGOなどでも、仕事は5時には終わります。5時になるとみんな明るいのに家に帰っていきます。私たちのパートナーのNGOの人たちで家庭を持っていない人は、ひとつの家にみんなで住んで楽しくシェアハウス生活を楽しんでいました。とても楽しそう。

そして、土地があり、ゆったりとしているので、みんな家を建てて、持つことができます。

少なくとも日本よりはるかに低価格でとても広く快適な家、亜熱帯の木々がそびえ、人々がハンモックをかけて眠れるような庭のあるセンスの良い家、を手に入れて暮らすことができるのです。

そして、ここに住む多くはビルマ人。移民として様々な問題を抱え、困難に直面していますが、ビルマを民主化したいという若くて騒がしい目標を持って生活している人たちの明るさが町に満ちているように思います。

この町に来るのは三回目、いつも調査、訪問、難民キャンプ視察などと忙しかったけれど、今回少し腰を落ち着けて住んでみると、なんというかカルチャーショックが大きく、離れたくないような気持ちになりました。

なんと日本に住む人たちはあくせくと働き、物心両面で豊かさを得られないことでしょうか。

 

とても素晴らしい体験 その1

この夏はしばらく、タイのメイソットに滞在していました。

その体験があまりに感動的だったので、少し何回かにわけてご紹介したいと思います。

タイ・ビルマ国境の町メイソット。そこから車で30分ほどいったメクという緑豊かな地域にある学校「ピースローアカデミー」。ここでは、ビルマ国内や難民キャンプからきた20歳から25歳のビルマの若者たちが法律、人権、民主主義について学んでいます。

Img_0229_small_2

(のどかな学校風景です。)

彼らは将来はビルマに戻って地域のリーダーとなったり、人権を守る法律家になったり、タイ・ビルマ国境にとどまって難民を支援したり、エイズ患者などのもっとも苦境に置かれた人々を助けたり、民主化運動に加わることを希望しています。彼らにこの学校にきた理由をきくと、「ビルマでは人権がない。とてもひどい人権侵害にみんなが苦しんでいるから」と口ぐちにこたえます。「誰も自分が苦しんでいるのが人権侵害だということを知らない。だから不当なことに耐えているだけ。帰国したら私が人権についてみんなに伝えたい、不当な目にあわないように、自分たちを守るために」。そんな25人の生徒たちの、勉強に向かう目は真剣そのもの、自分だけでなく、自分の国の人々のために、知識をどこまでも貪欲に吸収しようとします。彼らの目は本当に輝いていました。

Img_0233_small

(授業を受けている学生たちです。目がきらきら。でも、身の安全のため、あまり大きな映像にできないのです、、)

  

 

   私はこの学校で「国際人権法」の講義をしました。ビルマでは軍事政権が人権侵害の限りをつくし、人々を弾圧しています。本来なら人権を守る憲法があり、人権侵害は憲法に違反する、という議論になるでしょう。しかし、ビルマの憲法では人権は抽象的に、しかも法律の範囲内で保障されているだけです。国の中で「人権」について話し合うだけで逮捕されてしまう危険があり、「人権」について学校では教えません。そこで、国際的な人権のスタンダードである「世界人権宣言」や人権諸条約を学び、世界ではどんな人権保障が実現されているのかを知ることがとても重要なのです。

 

まず私のクラスでは、「世界人権宣言」を勉強することになりました。1948年に国連総会で採択されたこの宣言は人権のスタンダードとして世界で共有され、ビルマ政府ですら無視できない、まさに基本文書です。講義では、学生にその条文を一条一条読んでもらいます。 そして、「ビルマではこの条項に反する事態があるのか」と聞くと、どの権利についても、さまざまな発言があがります。改めて驚いたことに、ビルマでは世界人権宣言のどの条文も否定されているのです。どの条文一つとっても、まともに実現していないのです。

たとえば、民主化運動をしている人が政治犯として拘束され、民主化デモが武力鎮圧される、というニュースは私たちもしばしば聞くことです。しかし、人権侵害はもっと日常のレベルでありました。

生徒は例えばこんなことを教えてくれました。

「うちの村には軍がきていきなり家を没収した。軍にさからえないので家はとられたままだ」「内戦が続いていて、どんどん自分たちの民族が殺されている」「強制労働や少年兵にとられてしまう。断ることは許されない」「私たちは自由に歌をつくって歌う自由がない。歌をつくったら軍政に届け出て許可を得ない限り歌えない。」「学校ではビルマ語を習い、自分たちの民族の言葉を勉強できない」「小学校は無償じゃない。たくさんの教材を買わないとならず、教材を変えない人は学校に行けない。ユニセフが毎年鉛筆1本と本を三冊生徒にくれることになっているけれど、学校は『これも買わないといけない』と言い、お金を払わせられている」「政治犯の人たちにはひどい食事、汚い水しかなく、病気になっても治療もない。同じ注射針を使いまわすので、政治犯の人たちの多くがエイズに感染してしまっている」「政府が発行する身分証明書がないとほかの州に移動できない。身分証明書を持っていても、あちこちで軍に通行止めにあい、お金を払わないと移動をさせてもらえない。」

 だからこそ、これらの権利が国際的には絶対に保障されるべきなのだ、ということが大切なのだと思います。みんな、水を飲むように、ぐんぐんと私の話を吸収していきました。

 

その様子は、自分たちの村や州、民族の人々の分まで、目となり、耳となって、人権について一言も聞き洩らさないで心に刻んでいこうというひたむきな姿勢で、とても感動させられました。

2009年8月 8日 (土)

まるで時がとまったような。。

タイ・ビルマ国境のメイソットにきています。

メイソットの市内からまたさらに離れたところに

滞在しています。

ここはまるで時間がとまったよう。時間がゆっくりと

過ぎていきます、、、

雨がふって、やんで、風がふいて、木々がざわめき、虫たちが鳴いて、、

それだけ。とても心地よいのです。

地球にはこんな生き方もあるのだ、、、としばし感動。

こんなにのんびりとするのはとても久し振りで、コマーシャル・リゾート

に行ってもこんな開放感は味わえないと思います(リゾートは、今日はどこへいこうか

何をしようか、何を食べようなと忙しく心が休まりません)

といっても世界から無縁ではありません。ここで私は、

ビルマ難民や移民の若者たち(彼らの多くは将来ビルマに戻って民主化運動に参加する

ようです)法律と人権を教える学校で、法律と人権のトレーニングをしているのです。

彼らの人権は、ビルマでは徹底的に踏みにじられていて、それをなんとか変えるために、

いろんな試みがこのメイソットでは行われています。

2009年8月 2日 (日)

インテレクチュアル

今日は、午後遅くから、登録してあった「アジア国際法学会東京大会」に参加してきました。

アメリカ留学中はAmerican Society of International Lawによく参加していたのですが、そういう機会が日本ではなかなかない。ついつい考え方が近視眼的、実際的、内向きになりそうなので、よい機会でした。

特に、NYU留学時代に教えていただいた、国際法のマルティ・コスケニアミ教授が参加されるということで、これはいかなきゃと思ったのです。

コスケニアミ教授は(すみません、かなりマニアックな話ですが)、国際法のクリティカル・シンキングという流れの旗手として国際的に有名で、伝統的な国際法的思考に対し、斬新な問題提起を常になされている方で、講義ではとてもエンターテイナー。この分野では、世界的にファンが多いのです。今日も素晴らしくするどい発言を、他のパネリストを怒らせないように紳士的に、かつ挑発的にされていて、圧倒的な存在感でした。

パーティーで久しぶりにお話をさせていただいたのですが、あっという間に「I am a big fun of you!」という人々に囲まれてしまい、大変な人気ぶり。

教授を見ていると、インテレクチュアルというのはこういう人なのだ、と改めて思います。

私が講義を受けた2004年はイラク戦争の直後、当時もブッシュ政権下で国際法は大変深刻な危機を迎えていました。そして、それ以降の5年間で、対テロ戦争の泥沼化、金融・経済危機など、世界はさらに混とんとしています。国際社会にとっては目を背けたくなるような困難な問題ばかりです。

しかし、彼の姿勢は常に変わらず、現実社会の諸問題によって動揺したり、その議論の鋭さが衰えたり、擦り減ったりすることがない。

かつ新しい進展を冷徹に分析し、自分の理論をより研ぎ澄ませ、発展させている。そして現代の問題を適格にとらえて発言をする。シニカルでありながら、将来への確固としたビジョンを失わない。

迷える時代にこそ、難問が山積であるからこそ、「あの人はこの状況をどう思うのか」と話を聞いてみたい存在、そういう人こそが本当のインテレクチュアルなのだ、と改めて思ったのでした。いわば不動に見えて進化を続ける北極星のような。深く感心してしまいました。

日本には実にそういう人が少ないように思います。良識的と言われる知識人の方々も目先のことに動揺したり、怒ったり、感情的になったりしているのですが、私も、師を仰ぎ見、眼先のことにふりまわされたり、擦り減りがちな自分を反省し、もっと研鑽をつまなければ、と思ったのでした。

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