2018年10月 7日 (日)

キズナアイから考えること。

NHKの「キズナアイ」解説が問題になっていますね。
色んな人がヤフーでも書かれています。

ノーベル賞のNHK解説に「キズナアイ」は適役なのか? ネットで炎上中

https://news.yahoo.co.jp/byline/sendayuki/20181003-00099158/ 

確かに「萌え絵」と言われるもののなかに、女性から見て不愉快なものもあります。
女性をめぐる表現というのは、みんなが違和感を表明したり、クリエイターの中でも女性が増えたりして、いろんなディスカッションを経て鍛えられて行くものであり、議論は大歓迎。
この問題を提起した太田啓子さんや千田ゆき先生に、非難が殺到したり、それを理由にフェミニズム一般を批判するような動きってとても残念だと思います。
でも、
気になって(というかちょっと時間が出来て)見てみると、
「キズナアイ」
胸が大きいとか、おへそが出ているとか、受け答えの仕方を理由に、
性的だと言われて、こういうところに出てはいけないと言われるのはかわいそうではないか、と私は思うのですね。
知的好奇心のある若い女性ってもしかしたらこういうタイプの人、結構いるのではないでしょうか?
よく考えると
私も20代の頃はこんな感じだったかもしれません。
胸は大きかったし、修習生から弁護士になったばかりのころは、キャピキャピしており、受け答えはキズナアイのようだったと思います。
当時のはやりもあり、服装も周囲をびっくりさせていたようです。
そのため、年上の女性の人たちからは軽く見られたり、周囲から「こんなやつが弁護士になっていいのか」と陰で言われたりして辛かったからですね。
確かに、私は地味なスーツを着たりしていなかったのですが、それは私の個性だと思っていたし、実力本位の自由業についたにも関わらず、自分の好きな服を聞いて好きな振る舞いをしていることプラスそれが女性だからということを理由に差別されたり軽くみられるのはひどいと思っていました。それはひとつの女性差別かと。
女性が女性であること、女性が好きな服装をすることが性的だとか問題だと言われて公の場から排除されたり差別されること、見下されることに対して、怒りを感じていました。
また、20代の頃に、女優の 裕木奈江さんに似ていると言われていたことがあったのですが、彼女は、主婦層から「ぶりっ子」と思われてバッシングされてすごく嫌われ、
芸能界からいなくなってしまい、とても怖かったことを覚えています。
そんな経験からも、
仮想のキャラを叩くと、似たような実在の女性も公的な場から排除されてしまいそうで、心配です。また、批判をされないために、人目を気にして地味な格好をする、目立たない格好をする女性が増えるのも心配ですね(弁護士業界はどんどんそうなっているようにも思いますけれど。残念です。著明な五十嵐二葉弁護士がお若いころは女優のような服装で裁判所に行き、裁判官に注意されても平気でいたそうです。福島みずほ先生も議員になる前からピンクなどのカラフルな服を着ていて、ルールにとらわれず、業界からは浮いている感じでしたが、私は好きでした)。
また、見た目がセクシーだとみなされると性被害に遭っても仕方がない、という議論にもつながりかねず、危険ですよね。
エマ・ワトソン
が胸を見せたのは、反フェミニストなのか、という論争も起きましたが、女性があるがままにあることを批判されるべきではないと私は思います。
 ところで、
今度改めて書きたいと思いますが、私は、ハリウッド映画の
「キューティーブロンド」
が好きなんですね。「キューティーブロンド」、おバカ映画ではありません。お勧めします。
 リース・ウィザ―スプーン演じる主人公エルは、ハーバード・ロースクールに進学しますが、その見た目や立ち振る舞い、ブロンドやファッションから、教授やボーイフレンドからも見下され、ハーバード同期の女子学生からも軽蔑される。
 彼女は、彼女の見た目を気に入っていたボーイフレンドが、実は彼女を見下していたんだ、ということを知り、猛烈にファイトを掻き立てられるんですね。
 そして、彼女はものすごくがんばって頭角を現すのですが、それにも関わらずセクハラを受けるというものすごい理不尽を体験する、でもそれを乗り越えて彼女は首席で卒業するという痛快な話です。
 ここで彼女が体験することは典型的で普遍的な女性差別ですが、女性はこうした偏見や差別とたたかわないといけない。
 だから、女性を表面だけで判断するのではなく、その想いを理解しあって、励ましあっていかないといけないな、といつも思います。
そして、痛感するのは、キズナアイのようなキャラ、それが象徴する若い女性は
どんなに頑張って愛されキャラになり、人気があっても、
もてはやされている陰で結局はある意味で馬鹿にされている、これが女性差別の本当に悲しいことなのです。
(キューティーブロンドを是非見てほしい)。
がんばって学校に行き社会に出て色んなことに挑戦するのに、
見下され、差別にあい、痴漢にあい、AV強要にあい、セクハラにあい、レイプされる
私の事務所に相談に来る女性たちもそうです。
あんなにキラキラしているのに、キラキラしているが故にひどい目にあい、
ひどい目にあった途端「あなたには隙があった」と同性からも言われてしまうのです。
だから、私の場合は弁護士の資格をとり、一人前に実力をつけようと必死になりました。
馬鹿にされないためには、自分を守る鎧が必要なのが、この差別的社会です。
でも私はかなり資格によって守られてきたと思いますが一般はもっと厳しく、どれだけの女性がどれほど悔しい思いをしていることだろう、と思います。
みんなで手を取り合って、この差別社会をなんとか変えていきたいですね。

2018年10月 2日 (火)

事務所移転までの日々と「神楽坂」へのめぐり合わせ

10月1日から事務所を神楽坂の奥・山吹町に移転しました。

想えば、今年のスタートは、海外から戻ってきて1月4日から神楽坂に出かけて物件を巡ったものです。

移転の話が出たのは昨年12月、詳しくはお話しできませんが、大切な拠点を出ていかざるを得なくなり、寝耳に水の話で、なんてひどいことだろう、と思いました。

秋葉原ビルは私たちが7階、6階に日本国際ボランティアセンター等が入っているビルで、NGOに理解のあるオーナーさんたち。8階はフリーのカフェスペースで、インターンやボランティアがくつろぐこともできてとても素敵な環境でした。

同じような環境を手に入れることは無理。秋葉原周辺も探しましたが、オリンピックを前に家賃は高踏。駅から離れない限り、良い物件は見つからない。。そこで都内でも家賃が安い場所がないだろうか、と考えました。

移転にはとても大きなお金がかかります。2012年に大きなお金をかけて移転したばかりなのにまた移転でお金を失うことは現実問題としてとても痛いものでした。

それほどお金をかけて移転するのなら、現状維持ではなく、新しいところ、本当に行きたい場所にいきたいと思いました。

秋葉原のオフィスは、スタッフの事情など様々な事情から選択肢がそもそも限られていて、そのなかで選択したもの。でも今度は自由に決められる。

そんななかで、物件探しを始めた私は、神楽坂と江戸川橋の周辺の家賃が割安だということを認識しました。

神楽坂は実は私の生まれた街。矢来町が生家と聞いています。

ただ生まれた病院は鬼子母神病院だそうです。そこにいたのは1歳か2歳くらいまでだそうですが。

そして早稲田大学出身の私は学生時代、神楽坂でバイトをしていました。当時の神楽坂はそんな素敵なところではありませんでしたが、懐かしい場所です。

しばらくして、神楽坂がおしゃれな街になっているのを知り、アグネスホテルに泊まったり、フレンチを食べたり、ちょっと遊びに来るようになりました。弟が神楽坂好きで、よく母と弟と夫などと食事にきたりもしていました。

そして最近では、仁藤夢乃さんたちのコラボが「私たちは買われた」展を神楽坂の展示スペースで展開されたのを見に来ました。実はそれが神楽坂をよく知るようになったきっかけ。

実は展示内容があまりにショックで、展示スペースでも座り込んでしまう状態。暑い夏の日でしたが、到底そのまま電車に乗って家に帰ることができず、ふらふらと飯田橋方向に歩き続け、ある炉端焼き屋さんに入り、とてもそこが気に入って。。

夫を呼んで二人で食べました。それから神楽坂の通りを散策して楽しみ、その後、同じ店で母の誕生日をやったり、とこの数年で突然神楽坂好きになっていったのです。

もちろん、本当は神楽坂の大通りに事務所を出したい、でもそのあたりはとても人気で家賃が高いのです。

私は、弁護士業務でも経費を下げて、自由度のある暮らしをしようと決めてやってきました。そして、ヒューマンライツ・ナウは何より、多くのボランティア等が集えて、広いスペースが必要、それが高くては困りますので、単価が安いところでないと困ります。

多くのNGOはそうした要請を満たすために山手線の外側に事務所を構えています。でもボランティアさんや会員弁護士がアクセスしにくいところにはしたくない。

そこでちょうど手が届きそうなのが神楽坂の奥という選択肢でした。

一度きりの人生で、事務所を移動するのもこれで最後にしたい、これまでみんなの意見で決めてきたけれど、結局責任を取るのは私、お金を多く出すのも私、だったら、自分の好きな街に移転したい、そう思いました。

そう思えた町は吉祥寺か西荻窪か神楽坂。東京の西の方に住む私には何と言っても西の方が通いやすいのですが、いずれもとても好きな街。とはいえ吉祥寺や西荻窪では他県から通うスタッフにも大迷惑ですので、奥神楽坂に気持ちが高まります。

それでもいい物件がなかなかなく、他の場所も正直考えました。毎日のように物件案内をインターネットで探す日々。内覧も本当にたくさん行き、不動産屋さんとも何人も顔みしりになりました。

なかなか良い物件がなく焦り、もう神楽坂はだめかな、とあきらめかけた今年の夏、ひとつの物件の情報を得て、すぐに内覧に行き、そして決まりました。

坪一万円以下の物件で、新耐震、エントランスもきれい(風水の関係で大切です)、そして二つのドアがあって法律事務所とNGOでわけられる、という物件でした。そして、早大通り沿いのとても美しい街並み、明るい雰囲気。とても気に入りました。

山吹町、というのは昔の言い伝えもある場所ですが、山吹町とミモザというのは相性もとても良いと思いました。

これだと思ってこちらに決めて、ややこしい保証の話などもすんなりクリアすることができました。

私は今回は、自分が好きな、素敵だと思う街に移りたいと思ってきました。その夢がかなってとても嬉しいです。

当初よりはコストもかなり抑えられました。ヒューマンライツ・ナウについては移転カンパを募ったところ、温かいカンパも寄せられました。

南向きの窓、バルコニー。夕暮れ時に美しい北向きの窓。

様々な美しさを持った建物です。建物のかたちがよいので、事務所スペースも前より広い感じがしますし(実際は少し面積を減らしたにもかかわらず!)、ヒューマンライツ・ナウのスペースは倍近く広くなり、インターンやボランティアさんたちが静かに仕事ができる環境が手に入りました。

江戸川橋までの間にもとてもおいしいお店の数々、神楽坂に本当に素敵なお店、ほっとできる場所が多いことは、言うまでもありません。

今の季節はとてもきんもくせいの香りがかぐわしく、とても幸せな気持ちになります。

そして、窓からゆさゆさと揺れる木々を見ていると、大好きなバリ島を思い出したりします。私は木がゆさゆさ揺れているのがとても好きなので、とても嬉しいのです。

このような物件に移ることができた幸運を周囲の方々に何らかのかたちで恩返しさせていただきたいなあ、と思わずにはいられません。

めぐりあいに心から感謝。がんばります。

事務所移転のご挨拶~ 10月1日より新事務所で業務をスタートしました

【10月1日より新事務所で業務をスタートしました】

拝啓 すっかり秋らしくなってまいりましたが、皆様にはいかがお過ごしでしょうか。いつもご厚情をいただき誠にありがとうございます。
 さて、このたび、ミモザの森法律事務所および、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウがオフィス移転をすることになり、2018年10月1日より下記住所にて業務を開始いたしました。新しい事務所のある奥神楽坂は、美しい場所で、神楽坂は私の生まれた町でもあり、移転をとても嬉しく思っています。近くにお越しの際は、是非お立ち寄りください。
 移転に伴い、ヒューマンライツ・ナウのスペースも広くなりますので、新事務所移転を機に、地域とのつながりも大切にしながら、一層のびやかに、国内外の人権問題に取り組み、誰もが生きやすい社会の実現をご一緒に目指していきたいと考えています。今後とも是非、ご指導、ご鞭撻をいただきますよう何卒よろしくお願いたします。    
                      敬白
ミモザの森法律事務所/ 
国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ
事務局長 弁護士  伊藤和子
移転先
〒162-0801 東京都新宿区山吹町335 鈴木ビル4階
TEL 03-5579-8471 FAX 03-5579-8534(法律事務所)
TEL 03-6228-1528 FAX 03-6228-1586(NGO)
東西線神楽坂駅 徒歩8分、有楽町駅江戸川橋駅 徒歩5分
※1階にドミノピザがあるビルです。

2018年9月24日 (月)

樹木希林さんのご冥福をお祈りします。

樹木希林さんがお亡くなりになりました。

全身ガン、とおっしゃっていたのですが、最近ますますのご活躍で、とても進行が遅くて、まだまだお姿を見られる、と思っていたので、

大きなショック! です。

私は希林ロスのただなかにあります。

しかし、こんなに素敵な、美しく、実のある人生があるでしょうか。

ハリウッドですら、年を取るとオファーが少なくなり、生き残れる女優が少ないと言われ、例外はスーザンスランドンや、メリルストリープ等、限られていることがつい最近まで指摘されていました。

ところが、希林さんは、年を取るごとに実力を高め、存在感を増し、素晴らしい役に恵まれ続け、70歳をすぎてカンヌ映画祭デビュー、そして出演作がパルムドールに輝くという快挙を成し遂げられたのです。

樹木希林さんのことを私が知ったのは小学校の頃、「ゆうきちほ」というお名前で、老け役をされていましたが、しばらくして、「ムー一族」で郷ひろみと「林檎殺人事件」でデュエットをされていました。

母が小学校の頃、ある時ふと、「この人みたいな個性的な実力派を目指しなさい」と言うので、「え?この人?」と、びっくりしてみていたのですが、その破天荒な結婚生活に驚いたりしつつも、そのご活躍を注目するようになり、目が離せなくなったのです。

特に、最近のご活躍や作品の選択は素晴らしいものだったと思います。

私が取り組んでいた名張毒ブドウ酒事件、奥西勝さんの母親を演じていただいた

映画「約束」。

そして私の故郷である東村山を舞台にしたハンセン氏病をテーマにした

映画「あん」 

こうした映画に樹木希林さんは欠かせない存在になっていて、本当になんと素晴らしい演技をしていただいたことでしょう。 いずれも大泣きしました。

「約束」は自分の悔しさや心の傷もあり、奥西さんに対してこの国と司法がしたことに対して、あまりにも許せない気持ちが募って泣いたことを覚えていますが、「あん」も涙が止まりませんでした。

 幸運なことに、2013年に、その樹木希林さんとお会いする機会がありました。「約束」に関連したイベントにきていただいたのです。当時から全身がんというお話だったのに、素晴らしいトーク、そして二次会までお付き合いいただいたのです。 その時のことをこちらに書いたのですが、

http://worldhumanrights.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/post-4f61.html 

 私が、希林さんには、月並みな美形女優ということでなく(失礼にあたらなかったらよかったのですが)、実力を磨かれてきたからこそ、希林さんが第一線の女優としてずば抜けた、いいお仕事をされてきたこと、いい生き方をされ、今も輝かれていることに対して、とても尊敬をしていて、僭越ながら、自分のお手本のように長年感じてきた、とお話したところ、希林さんは応じて下さり、美人女優でないということはとてもいいもので、私はそのおかげで様々なことに恵まれて、私の人生を味わい深いものにしてくれた、ということを語っていらっしゃいました。

その後、実は、2016年、「AV出演強要被害をなくすプロモーションビデオ」をつくる際に、樹木希林さんにどうしても一言だけご参加いただきたくて、ご自宅にFAXを送って依頼をしたのです。

そうしたところ、突然、事務所にご本人からお電話をいただきました。

希林さんは、「この問題ってとても重い問題で、考えることが多いので、セリフを言うんじゃなくて自分で話したいような気もするけれど、心が乱れてしまって、自分には無理だわ。ごめんなさい」というとても丁重なお断りの連絡でした。

急に希林さんからお電話をいただいたスタッフはびっくり。「きききききりんさん・・・」とか動揺してしまっていたようです。

でも希林さんは、「みなさん、とてもがんばってらっしゃるわね、大切な問題だものね。本当にえらいわ」と言ってくださったそうです。

スタッフが「ありがとうございます。伊藤に伝えます」と言ったところ、「あら、伊藤先生だけじゃないわ。あなたたちひとりひとりがんばっていて、とても素晴らしい。ほんとうにすごいことよ」と激励の言葉をいただいたというのです。スタッフが心から励まされたことは言うまでもありません。こんな心配りの方だったのです。

70歳を過ぎて益々かけがえのない、美しい存在になっていかれた希林さん。 私たち日本の女性に素晴らしいお手本を示して下さりました。 

私たちも長生きして、努力を重ね、少しでも希林さんに近づく生き方が出来たらどんなに良いことでしょう。

ご冥福を心よりお祈りします。

 

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2018年9月 2日 (日)

司法研修所25年 なつかしいあの頃!

いつまでも昔と変わらないライフスタイルを続けている私ですが、

なんと司法研修所25年

 ということで、記念式典に昨日行ってきました。

 司法研修所とは、司法試験を合格した人々がいく研修期間で、

 集合して座学をする研修所での修習と、

 裁判、検察、弁護にわかれての実務修習をあわせたもの、 

当時は2年間研修して実務についたのです。 

私が合格したのはバブル真っ最中の1991年。 

当時は合格者は500人しかおらず、研修所もほのぼのとしており、 

待遇もよく、断崖絶壁の司法試験受験生活を解放され、

本当に能天気に遊んでいた友人たちですね。

 

座学の研修は3時で終わってましたので、

 アフター3は遊び放題飲み放題、

 スキーやテニス、カラオケなど(男性は女性に隠れて合コン)、

 とにかく遊んでばかり過ごしたもので、

 そうしたときの友人と会うと本当になつかしいものです。

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 (その後、1994年に実務についたころにはバブルも終わり、

厳しい時代となりましたが。。) 

ところで、同期といえばこの方、岡口判事も式典・懇親会に参加していました。

 ツイッターをやめなければ裁判官クビ、とパワハラされたということ。

 ひどいですね。同期の多くは岡口さんを応援しています。

これは、一人の裁判官の問題ではありません。

 内部にいる人の表現の自由、言論の自由を抑圧する裁判所、

 パワハラを指摘されても顧みないような人権感覚に乏しい裁判所が

 本当に、弱者の最後の権利の砦になれるでしょうか。

 私たちの自由を守ってくれるのは、最終的には司法です。

 変な抑圧的な立法ができた時、「おかしい」と言って違憲判断をしてくれるのは司法です。

だから、裁判官の自由というのは、私たちの自由に直結する問題なのです。

 物が言えない裁判官はきっと私たちの権利も守ってくれません。

 是非応援してください。

 

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クラス別懇親会では、教官に渡す花束をご好意でいただいてしまいました。

恐縮です。これからも精進いたします。

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2018年8月30日 (木)

10月から神楽坂に事務所を移転。秋のチャレンジ、是非応援してください。

皆さま、まだ暑い日が続きますが、お元気でお過ごしでしょうか。
日頃より、ヒューマンライツ・ナウの活動にご支援・ご協力いただき、ありがとうございます。
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HRNは今年7月24日に第11回通常総会を開催、本人出席・委任状により定足数を満たし、役員の選出等を済ませることができました。
総会後には、恒例のトークイベント
「オリンピック&パラリンピック×人権:2020年までに達成したい!ダイバーシティー・人権の課題を語ろう」
を開催、
2年後に迫った東京オリンピック・パラリンピックを前に、日本の人権課題として、障害者、女性、LGBT、外国人差別をめぐる課題を確認する貴重な企画となりました。
ご参加いただいた皆様、本当にありがとうございました。
さて、今年の秋のHRNのチャレンジについて御紹介させていただきます
◆チャレンジその1
 HRNは、9月末に事務所を移転し、10月1日から新事務所でのスタートを切ることになりました。
移転は、同居していたオックスファムジャパンが現在の事務所ビルからの撤退を決定されたことによるものですが、団体規模も大きくなり、大変手狭になっており、もっと広いスペースに移転し、団体の成長につなげたいと考え、移転先を探すことにいたしました。

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今の事務所です。狭いスペースにたくさんのスタッフ、ボランティア、インターンが集まって仕事をしてくれていますが、座る場所もない、移動が難しい、という日もあります。

エコノミック症候群みたいなのは、健康にもよくないですよね。

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みんなで一緒にご飯食べたりして仲良くやってますが、若いスタッフがのびのび活躍できる環境にしたいと思ったのです。

 そこで、都内あちこち探してきたのですが、おかげさまで、
 新事務所が 東京都新宿区山吹町(最寄駅は神楽坂・江戸川橋)
に決定しました。
 新しいエリアでは、事務所も広くなり、より身近に支援者、市民の皆さんに集まっていただき、サポートいただける団体に成長していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。
 実は、私は生まれが神楽坂の矢来町生まれた病院は鬼子母神病院です。
 物心ついた頃には引っ越していましたが、早稲田大学在学中は神楽坂でバイトをしていました。なんだか原点に返るようで嬉しく、とてもわくわくしています。
 ここ数年、ときどき立ち寄り、お気に入りの街になりました。
  移転という時に「あ、神楽坂」という考えが浮かび、実は今年の初めから神楽坂周辺をうろうろして探していました。
 山手線の内側、特に神楽坂など家賃が高く、NGOの多くが山手線の外側に事務所を構えていますが、駅からは少し離れているものの、とても良心的な家賃の素敵な物件を見つけることが出来ました。
 事務所名の「ミモザの森」を求めてきたのですが、山吹町というのがミモザにも通じるものがありますよね。
 ところで、この移転にあたり、HRNでは、敷金、礼金、転居費用、内装等で相当の費用がかかります。東日本大震災前から使っているパソコンもとてもスローになり、買い換えないといけません。
 既に、7月以降温かい御寄付をいただいておりますが、まだ目標額に50万円以上届いておりません。
そこで、事務所移転を含めた募金に是非ご協力いただければ幸いです。
◆チャレンジその2
また、HRNでは秋以降、以下のような活動に資金を必要としています。
・女性・子どもの権利に関する活動(AV出演強要被害、性暴力、児童ポルノ被害、セクハラ、オンラインハラスメントの根絶に向けた調査・提言・ロビー活動を予定しています)
ミャンマーにおける教育支援活動とアジア地域における人権調査活動(今年度助成金がとれていないため、わずかな資金で活動しています)
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・ビジネスと人権に関する調査提言活動  アパレル企業へのアンケート等のキャンペーン活動を予定しています。
・ニューヨーク、ジュネーブにおける国連アドボカシー活動(国際人権NGOとしての役割を一層強化し、影響力を増すために、拠点強化が今後の大きな課題です)。
・核兵器禁止条約の発効を含む、非人道兵器をなくすための国際キャンペーン活動
・新しいイベント・世界子どもの日・ユースフェスティバルの実施
こうした活動を進めていくため、是非、皆さまから、ご寄付にご協力いただけますと本当にありがたいと存じます。どうぞよろしくお願いいたします。
併せて、ユーチューバーと一緒に、若い人たちに人権について身近に知っていただく取り組みも継続中で、クラウドファンディングを募って進めています。こちらにも是非ご協力をよろしくお願いいたします。https://motion-gallery.net/projects/rights_youtube
◆チャレンジその3
そして最後に、HRNが今年秋に行う新しいイベントをご紹介させてください。
◇ 世界子どもの日 ユースフェスティバル(新企画) ◇
今年11月17日、恒例のチャリティウォーク&ランに代わる新しいイベント
「世界子どもの日ユースフェスティバル」を開催することになりました(協賛・聖心女子大学 グローバル共生研究所)。これは、次世代を担うユースや子どもたちがもっと主体的に参加し、交流し、行動する契機にしてほしい、との思いからブレーンストーミングを開始し、様々な方々のご協力で開催が決定した、ユース主体の参加型のイベントです。新しい取り組みですので、是非皆さまのご支援で成功させたいと考えております。出展、実行委員、ボランティア、そして当日参加など、皆さまのお力をいただきたく、どうぞよろしくお願いいたします 。
◇ 世界子どもの日 中高生スピーチコンテスト ◇
また、HRNでは今年も第4回「世界子どもの日」中高生スピーチコンテストを開催します。ぜひ、皆さまのお子さんや周囲の方々にもお声掛けいただけると幸いです。ご応募をお待ちしております。
詳細は是非、こちらを御確認いただけると幸いです。http://hrn.or.jp/speech/
皆さま、昨今、財務省セクハラ事件、LGBTに関し「生産性がない」として差別を助長する重大な発言、スポーツ界での人権問題、そして東京医科大学の女性差別発覚、過労死を助長しかねない労働法制の導入など、人権の分野では憂慮すべきできごとが続いています。
私たちは皆さまのお力も得て、様々な人々と連携し、こうした事態を変えてまいりたいと思います。同時に、国境を越えた世界の課題についても一層尽力してまいりたいと思います。
まだまだ暑さが続きそうですが、皆さまには是非ご自愛されてお過ごしになられますよう。
最後に。。
OCEAN's 8見てきました。面白かったですよ! ストレスも吹き飛びます。
涼しい顔、へっちゃらな顔をして
大それたことをやってのける女たちみんなへのオマージュ。

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2018年8月25日 (土)

8月26日藤田孝典さんと一緒に、中高生人権セミナー

*主に中高生向けですが、大人の方も参加できます。

夏休みももうすぐ終わりですね。ヒューマンライツ・ナウでは、毎年夏と春に中高生向け人権セミナーを開催しています。今年の夏は「下流老人」等の著書でおなじみの藤田孝典さんをゲストに貧困問題を中心にお話します。ご存知ですか。貧困でないことはひとつの人権です。

是非、お誘いあわせのうえ是非ご参加下さいね。大人の方もご参加いただくことができます♪

中高生人権セミナー 私たちの身近にもある「貧困問題」

貧困や格差、という言葉、ピンときますか?

2030年までの世界が達成する目標として、SDGs(持続可能な開発目標)が掲げられ、

貧困・格差をなくすことは、世界の重要なゴールの一つと設定されました。

それは途上国の恵まれない子どもたちの問題かな、と思う人もいるかもしれません。

でも、実は私たちの身近にあります。

若者の貧困、子どもの貧困、お年寄りの貧困・・・

お金がなくて大学に行けない、ネットカフェで生活するしかない等、

若い人たちの貧困も社会問題となってきました。

貧困や格差は未来や希望を奪い、多くの場合、人権が根底から奪われます。

多くの人が貧困に苦しまないため、私たちに何ができるでしょう。

貧困問題を中心に社会問題にとりくむゲストとともに、

「自分たちに何ができるか」を考えてみませんか?

たくさんの中高生のご参加お待ちしております!

 

【スピーカー】

「藤田孝典」の画像検索結果

藤田孝典氏(ソーシャルワーカー NPO法人ほっとプラス代表理事)
首都圏で生活困窮者支援を行うソーシャルワーカー。NPO法人ほっとプラス代表理事。聖学院大学人間福祉学部客員准教授。反貧困ネットワーク埼玉代表。ブラック企業対策プロジェクト共同代表。厚生労働省社会保障審議会特別部会委員。著書に『下流老人 一億総老後崩壊の衝撃』(朝日新聞出版2015)『ひとりも殺させない』(堀之内出版 2013)など多数。


伊藤和子氏
(弁護士/ヒューマンライツ・ナウ事務局長)

 

【概要】

日時:8月26日(日)
14:00~17:00(開場13:30)

場所:玉川聖学院 谷口ホール
〒158-0083 東京都世田谷区奥沢7-11-22
東急東横線「自由が丘駅」正面出口より徒歩約6分
東急大井町線「九品仏駅」より徒歩約3分
http://tamasei.ed.jp/access/

参加費:中高生:500円
関係者・保護者:1,000円
大学生:1,000円(中高生優先)
大人一般:1,200円

お申込方法:参加申込フォームよりお申込みください:
https://docs.google.com/forms/d/1wgsrlZL7VUyxVg900u1kp1YRVBDYp0d-R4TPtZ6Yrfg/
上記からお申込みができない場合は、下記のHRN事務局宛に、件名を「8/26開催 中高生 夏休み人権セミナー参加希望」として、お名前、ご連絡先を明記の上、Eメールでお申し込みください。

お問合せ:ヒューマンライツ・ナウ(HRN)事務局
Tel:03-3835-2110
Email: event@hrn.or.jp

主催:認定NPO法人 ヒューマンライツ・ナウ

協力:玉川聖学院

2018年8月20日 (月)

どうして女性差別と戦うの?

 今、私は女性の権利の問題に取り組んでいるのですが、実は昔からフェミニストだったというわけではありません。

 小さいころはとにかくおとなしくて引っ込み思案。
 そもそも前に出たい、という要望がありませんでした。
 だから女性だから差別されるというより、おとなしいから損をしている(自分ではそうは思わなかったけれど通知表に書いてあったかな)という感じだったと記憶しているのです。
  できれば前に出ることなく無難に過ごしたい、誰の目にも止まらずに、楽して暮らしたい、そんな性格でした。
 加えて以前にも書いた通り、大変不器用でしたので、女性だからというより、自分の特性として生きづらさがあったように思います。
 それでも高校、大学と性格がどんどんかわり、ようやくやりたいこと、やれることが増えていった私。
 特に早稲田大学は自由な大学でしたし、大勢の男性の中で女性は少数だったですし、法学部、という権利について勉強する場で権利意識にも目覚めてしまい、やりたい放題だったと記憶しています。ですから、女性差別に遭遇する機会がありませんでした。
 最近、「今まで女性差別を経験したことなんてない」と語る女子学生がいてけしからん、という論調がネットでフェミニストの方々から発言されていますが、私は典型的にそのようなけしからん鈍感な学生だったことでしょう。
 これで就職活動をすれば、きっと挫折をしたのでしょうが、就職活動というのは諦めていました。
 なぜなら私は不器用でしたし、コピー取りやお茶くみ、経理等の仕事が苦手でした。
 当時はバブル絶頂期で均等法は施行されたばかり。そして、ワンレン・ボディコンの時代でした。
 バンカラな早稲田の自分の周辺は通用しても、ワンレン・ボディコンとはほど遠い。でも、「私は私」という感じで、別に目指しもしませんでした。
 ワンレン・ボディコン・ハイヒールの、やる気に満ち溢れた勝気できれいな女性たちが総合職を目指しているなか、きっと社会でエリート女子どうしの熾烈な女性の戦いがあるであろう、そんな場面にはちょっと耐えられないな、と思ったのです。
 きっとその戦いの漁夫の利を得るのは男性たちや企業であり、女性は頑張りすぎた後で体を壊してやめてしまうだろう(特に私のような根性のない者は)と思ったのです。
 私はひのえうま年で、競争に巻き込まれずに生きてきました。そのため受験でもあまり苦労せずに生きてきたのです。もともと小さい時から勝気な少女ではなく、大学でも男性が多いという特殊条件で、比較的甘やかされていたのです。
 私のような不器用な者が差別されずに生き残っていくには資格、司法試験しかない、ということだったんですね。
  司法試験は厳しい試験ではありますけれど、世間は女性が死闘を演じているというのに、自分はそこには加わらず(競争には到底耐えられず)、競争を降りる、資格をとって楽したいな、という安易な気持ちがあったと思うのです。
  私は勉強は得意でしたので、司法試験は何とかなると思ったのですが、2回一次試験で落ち、その時が私のいわば初めての社会における挫折でした。
  気が付けば、大学を卒業した無職のプー太郎。自分を見失いました。そんな時に支えてくれたのが、中学高校時代の友達でした。
  励ましてくれるのです。
  以前、ラジオのインタビューを受けたときに話したのですが
  「大学を卒業して、仕事もなくて、プー太郎で勉強していて、、、本当に受かるかどうかわからないとうい時は、絶望的な気持ちになりました。その時、「自分も弱い存在なんだな」と思いましたね。そんな状況の中、周りの友達が励ましてくれたのがとても大きいかったです。だから、「自分は弁護士になったら人を励ます人になろう」と思いましたね。」
http://hrn.or.jp/media/1400/
 特に言われたことが、「弁護士になってほしい。試験にちょっとくらい落ちたからっていいじゃない、がんばりなさいよ。私たちさ。。。社会ですごく差別されて本当に悔しいんだから。大変なのよ」「女性の地位が低いって、社会に出て初めて愕然としたよ。でも自分にはこの環境、何ともできない。だから、弁護士になって。こういう状況をなんとか少しでも変えてほしい」
  ということ。その時に、自分の資格というのは単に自分のものだけじゃなくて、他の人の願いをかなえることでもあるんだ、という思いになったのだと思います。
  このことは結構私の中では大きかったと思います。
 しかし、その後、弁護士になってからも、特殊な世界、当時は弁護士500人時代で、新人は金の卵のように大事にされ、私のような若手の女性弁護士は差別をされるどころか、優遇され、大事にされてきました。
 だから私は留学もすることができ、自分の夢も数々かなえてきました。
 NGOを立ち上げたあと、私は手持ち事件を見直し、それまでかなりの比重を占めていた刑事・少年事件をほぼやめる決断をしました。例外は死刑えん罪の名張事件のみです。
 そして民亊に絞り、打ち込む事件としては女性の権利や離婚に関する事件をメインとすることにしました。刑事や少年事件も対応していては、NGOと両立することがとても難しかったからです。その時はとてもさみしい気持ちもしましたけれど、NGOの仕事に集中するために決断したのです。
 こうして女性の事件を専門とするようになり、私はある時気がつきます。
 クライアントとして私の前に立ち現れる女性たちの多くは私よりずっと優秀で、賢く、器用で、美人で、聡明で、真面目な努力家です。
 ところが、そうした女性たちが理不尽に差別され、暴力を受け、洗脳され、依存させられ、搾取され、心身共に深く傷ついているのです。
 翼がおられた女性たち、女性であるがゆえに。
 素敵な女性たちの身に起きていることに私は心の底から怒りを感じました。
 私は自分の資格によって本当に差別から守られてきた、ということがまざまざとわかるのです。
 よく美人は得だといいます。そして不美人は差別されて理不尽な思いをすると。
 しかし、私が見てきた現実はそうでもありません。美人でも不美人でも女性は本当に等しく見下されている。
 向上心があり、好奇心旺盛な素敵な女性・魅力的な女性であるほど、セクハラや性暴力に会いやすい、そして騙されて搾取されやすい、換金されたり性的に搾取される、利用価値があると踏めば利用されてしまうのです。社会の入り口にたち、やりがいのある仕事・やりがいのある人生を求める真面目で真摯な女性たちにとって性被害というのはどれだけその人生を馬鹿にし、台無しにすることなのか、怒りしかありません。そうした性被害を誰にも言わず、職場を黙って離れ、夢を失う女性たちがいるのです。
 この社会は差別に満ちている。そのせいで人生を奪われる女性たちは後を絶ちません。だから、これまで資格によって守られ、その資格によって不当な現状に異議申し立てのできる立場にある私は女性たちに寄り添っていかなければと思っています。
 もうひとつ、1997年、東電OL殺人事件が起きた時のことを私は衝撃をもって覚えています。
 2つの顔をもった被害女性。慶応大学経済学部を卒業し、東京電力に初の女性総合職として入社した彼女が殺害されたその時。
  彼女が亡くなったというのに、犯罪で殺害された犠牲者だというのに、メディアは切り刻むように彼女について書きたてました。面白おかしく、プライバシーをえぐり、愚弄し傷つけたのです。なぜ女性がレイプされ殺害されたのに、社会は女性をセカンドレイプするのだろうか。
 総合職で働いていた女性が30代で未婚であったこと、性的な仕事をしていたことについても本当に心無いことを言われていました。多くの人はそのことを人権問題だとすら思わなかったようですが、私はこれは女性の人権問題だと思いました。
 私はこの社会はあまりに差別的で残酷だと思いました。
 あの時、自分に力があったら何か言えただろうに、自分は弁護士でも特段の発言力もなく、ただ理不尽さを抱えていたのです。悔しい思いでした。
 でも、それからインターネットの時代になり、私の意見をSNSやブログ、ヤフーやメディアなどで発信する機会が増えました。
 私は、何かあると、あの理不尽な思いを思い出し、試練に立たされている女性、社会から理不尽に叩かれている女性がいれば、そばにいて助けたい、ひどい報道や風潮があれば、専門家としておかしいときちんと異議申し立てをしたい、と思うようになり、それが今につながっていると思います。
 
 

2018年8月18日 (土)

#Metooがパンドラの箱をあけた今、ひとつひとつのことを地道に。

残暑お見舞い申し上げます。皆様にはいかがお過ごしでしょうか。
今年の夏は、本当にたくさんの事件のご相談やご依頼をいただいています。
8月に入ってからの新規受任は既に8件。相談案件はもっとさらに多いわけです。
しかも9日から15日まで夏休みをいただいていたのですから、休みの前後がどういう状況かお分かり頂けるかなと思うのです。それだけ、救いを求める女性たちが多いということなんですね。

ところで、夏休みもあったので、この間のジェットコースターのような日々を振り返ってみました。
思い起こせば、昨年の#Metooの動きから、パンドラの箱が空いたように、いろんなことが起きすぎて、どちらかというとその中心にいる私ですらついていけないな、と思うことがあります。
私は近年、一つのテーマとして、AV出演強要問題を取り組んできましたが、昨年からは、性犯罪被害について、2017年刑法改正とその後の課題に取り組むようになり、伊藤詩織さんの声を届ける活動にも関わりました。それが3月ころまでの話。
それから、アラーキーの問題でKaoRiさんのこともNY Timesなどで取り上げられましたが、AV強要と構造が似ている、エンターテイメント業界における人権問題ですが、解決できないままです。
そして4~6月は、財務省セクハラ問題と、メディアにおける#Metooの話題、そして一般社会におけるセクハラの問題が厳しく問われました。メディアで働く女性たちのグループも誕生しましたね。

その後、杉田水脈議員(AV強要問題や詩織さんの件でも攻撃を繰り替えていましたが)のLGBT問題での発言が人々の怒りを爆発させましたが、本人は姿を消したまま。
そしてさらに東京医大の女性差別問題が発生したのです。驚愕の事態ですね。
このようにつらつらと振り返り、私が何が言いたいかというと、ひとつひとつきっちり解決できないまま、新しい大問題が勃発して、世間の関心もついつい新しいことに奪われてしまい、結局何も解決したり前進しないで怒りややりきれなさだけが募ってしまうのではダメだな、ということです。
次々、日替わりのようにとんでもないことが起きますが、その前に起きた問題が帳消しになるわけでもなくすべて未解決。そしてすべての根っこはつながっている。
だからその都度右往左往しているだけでなく、ひとつひとつについて忘れることや関心を失うことなくウォッチし続けて、地道に解決を求めていくことが必要だよね、ということを自戒をこめて思うのです。
そしてその前から続いている問題、例えば福島原発事故の避難者の権利の問題なども絶対風化させてはいけない問題です。
そして、私のところにご相談に来られる被害では、ここでは書けないように問題もたくさんあります。グラビアの問題、児童ポルノ、風俗、児童虐待etc。
私は飽きっぽいようでいて、実はしつこい性格ですし(^^) 、様々な#Metooの問題が起きるたびに「実は私も」と救いを求める人が私のクライアントになってくれているので、取り組み続けないといけないという職業上の強制的契機もあるのはいいことだと思っています。
時代に翻弄されたり振り回されたりせずに、地道に活動していきたいと思います。

2018年8月 5日 (日)

個人としてのご報告とお詫び  児童虐待の署名に関して

【ご報告とお詫び】 

現在、問題となっている署名活動「もう、一人も虐待で死なせたくない。総力をあげた児童虐待対策を求めます!」に、私も共同発起人として名前を連ねていました。
 この問題では、署名の際に掲げられていた政策提言が、署名後に改変される、という驚くべき事態になりました。
 その間、少なくとも私に対する相談は一言もなく、気づいた時には改変がされる、という事態が進展しておりました。発起人、共同発起人に対してどれくらい事前に相談があったのか、全容はわかりません。発起人のおひとりの小澤様によりますと、小澤様のような方にも事前の相談がなかったということに驚いています。
 私は、目黒の事件が発生し、そうしたことを二度と繰り返したくないという思いがあり、一日でも早く、一人でも多くの声をひとつにできればと思い、この共同の動きに賛同しましたが、結果的に多くの方の信頼を裏切る結果となりました。人権擁護活動において、不誠実、ごまかし、ということはあってはならないことです。
 私自身にも勉強不足の点が多々あったこと、また、自らがコントロール不能なキャンペーンの一翼を担った無責任さに対し、深く反省しています。
 署名に賛同された皆様、この問題に懸念や影響を受けてこられた皆様に心よりお詫びいたします。
 本件は、NPO、市民社会のキャンペーンに対する信頼を根底から揺るがす重大な問題をはらんでおり、主催者からこの点での公式的な謝罪や経緯説明がない点も重大だと感じています。今後、私からも主催者に働きかけを行いたいと思います。
 私自身今回のようなメンバー構成の方々との共同のキャンペーンに関わった経験がなかったため、あまりの展開に驚愕した一人ですが、NPOの善意のキャンペーンでこのような事態が起きうるということを肝に銘じて行動してまいりたいと思います。
 児童虐待は深刻な人権侵害であり、多くの人々の力を結集して一歩でも前に進めたいとの思いは変わりませんが、今後、現場の方々のご意見に耳を傾けて、ひとつひとつ丁寧に、拙速にならずに行動してまいりたいと思います。
 この件では、6月下旬以降の体調不良と業務過多が続いたせいもあり、情報収集と情報分析が遅れ、皆様への発信が遅くなりましたことをお詫びいたします。

なお、この件では公開質問をいただいており、「3)当初の「児童虐待八策」の文面について、「児相の虐待情報を警察と全件共有すること」を求めたものと解釈されていましたでしょうか。もし、そのように解釈していなかった場合、その理由もご教示ください。」という質問をいただきました。
 当初の署名の文案は
  「通告窓口一本化、児相の虐待情報を警察と全件共有をすること、警察に虐待専門部署(日本版CAT)を設置することを含め、適切な連携を検討する会議を創ってください」
 となっていたと認識しています。
 署名は全件共有そのものを求めたものではなく、全件共有等の案も含めて、どう連携するかを検討する会議をつくることを要請するものと認識しており、まずは様々な案を議論の俎上にのせるという理解をしていました。
  当時の記憶を辿りますと、「全件共有」がストレートな要望事項でなかったこと等を確認したうえで賛同したと記憶しています。

 しかしながら、 「適切な連携」の例示として「全件共有」の文言が挿入されたことの重みや、それが様々な意味で一人歩きするリスクを十分認識していなかったということは間違いなく、反省しているところです。

 最後に、私にとっても学びの機会となりました、この問題に関する日弁連声明をご紹介いたします。

児童虐待死を受けての会長声明

 

東京都目黒区で5歳の女児が虐待により死亡したとされる事件の報道に接し、これまで児童虐待問題に取り組んできた当連合会としても、この痛ましい事態を深刻に受け止めている。本件の事実関係については、今後適切に検証される必要があり、本件を踏まえた対応等は慎重に論ずべきところ、個別事件の検証を待たずしてできる法律の運用改善や体制整備などの対策は、これまでに厚生労働省や各自治体が行っている虐待死亡事例の検証結果等も参考にしつつ、早急に検討を始めるべきである。

例えば、虐待事案への対応に当たっては、児童相談所と関係機関との間において、適時適切な情報共有と連携が必要不可欠であり、関係機関との情報共有には要保護児童対策地域協議会等を活用することが求められているが、法の趣旨に則った運用ができていない事例も少なくない。さらに、市区町村と児童相談所間との連携、児童相談所相互間の連携も不十分である。特に、児童が自治体をまたいで転居した場合の児童相談所間の連携は喫緊の課題である。そこで、政府は全国的に情報共有や連携の運用実態を調査し、改善のための方策を打ち出すべきである。 

そして、適切な運用を困難とする根本的な原因は、児童相談所も市区町村の児童福祉担当部署も、児童虐待通告の増加に呼応して人的・物的対応体制の整備が進められてはいるものの、予算措置も含め、いまだ十分ではないことにある。さらに、児童福祉の専門家に加え、心理・医療の専門家や弁護士など、専門性の高い人材の拡充も必要であろう。

当連合会は、会内周知を徹底するとともに研修等を整備するなど、児童福祉法の定める児童相談所への弁護士配置の拡大に向けた取組を行ってきたところであるが、今後も、人材育成を含め一層の努力を尽くす所存であり、政府・自治体に対し、児童相談所への弁護士配置をより一層拡大することを望むものである。

なお、本件を受けて、児童相談所が警察に対して「虐待事案全件」の情報提供をすることを求める声が上がっている。事案によっては、児童相談所と警察が情報共有して対応することが必要な場面もあるが、児童相談所が育児に悩む親から任意の相談を受ける機能も担っていることに鑑みれば、全てのケースにつき児童相談所と警察が情報を共有することとなれば、かえって警察の介入により逮捕等に至る事態となることを懸念する親からの相談がされにくくなり、その結果、虐待の発生防止・早期発見の妨げとなる可能性がある。したがって、安易に警察を頼るべきではなく、真に子どもの権利保護の観点から慎重な対応が必要である。 

当連合会は、各地における児童虐待対応のための協議会などを通じて、児童相談所と関係機関との連携の在り方等について更に議論を深めるとともに、体罰禁止を法律上明文化することなどを含め、児童虐待の発生防止・早期発見の更なる実質化のための活動に取り組んでいくことを、ここに表明するものである。

2018年(平成30年)6月28日

日本弁護士連合会      

 会長 菊地 裕太郎

«東京医科大 女性のみ一律減点の衝撃 女性たちはなぜ怒っているのか。

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